銀色の記憶 1
「これでどう?」
ミツルはルナにラジオを渡す。数時間前まで音が潰れていたそれは、今では綺麗に聞き取れるようになっていた。
「わあ!すごい。ミツルくん、修理の腕上達してない?」
「数年間、その手の仕事をやりまくってたからね。上達してないと困る。」
ルナはその言葉に曖昧に笑うと、ラジオを置く。ミツルがこの家に来る前からあるラジオは、なんでもルナが彼女の兄から譲り受けたものらしい。
「それにしても、ルナがラジオを直してほしい、なんて言うと思ってなかったな。キミ、壊れたものはすぐ買い替えがちだし」
「壊れたものに関してはそうだけど、直るものなら別。どうせ動くんだったら直したほうがいいじゃない。」
「そういうことじゃないんだけど…まあいいや。」
ルナが兄を好いていることはミツルも雰囲気で察している。そのぐらい彼女の周りには兄からの贈り物が多いのだ。
(いや、この場合お兄さんがルナを溺愛してるのかな)
彼女の家には、兄の私物も多くある。ミツルが現在着ている服も彼女の兄が使っていたものだ。
(会ったら殺されそうだ)
ミツルは身震いをする。兄妹愛とか家族愛とかそういったものに無縁なミツルだが、愛というものがとんでもなく厄介であることは奴隷時代に思い知っている。
「…そういえば、ミツルくんって誕生日いつなの?」
「誕生日?いや知らないけど」
「?でも年齢は知ってるんだよね?」
「…昔奴隷だった話はしたっけ?」
「ううん、聴いていない。それと関係があるの?」
「うん。簡単に言ってしまえば、奴隷だったときに奴隷商が忠告をかねて年齢を教えてくれたんだよ。」
「忠告?」
「そう。年相応の振舞いをしろっていう忠告。奴隷は外見、年齢、性格、能力によって選ばれるからさ。外見や年齢で選んだ主人にはそれらしい態度をとる必要があるんだ。」
「…生きづらいね」
「人によってはそうかもね。でもそれさえやれば、一応命は保障してくれる人が大半だから。」
ルナはその言葉に首を傾げる。
「奴隷ってそんな感じなの?」
「反抗さえしなければ基本的には無事でいられるよ。金持ちは愛玩用にしか子どもを買わないし。」
「そういうものなの?」
「子どもは間違えるし、失敗する。それでいて自分の欲には忠実だ。だからこそまともな金持ちは子どもなんか買わない。使えないし、利用されるから。それでも買うような金持ちは、ろくでなしかそういう嗜好の持ち主ってことだ。」
「…答えたくなかったら答えなくていいんだけど。ミツルくんはそういう人達には…」
「買われたことはあるよ、どっちの人にも。だけど、そういう嗜好の人にもろくでなしにも突き返された。」
「なんで?」
「なんというか、目?が駄目らしい。奴隷のくせに夢を持ってるとかなんとか」
勝手だよね、とミツルは苦笑いをしながら彼女を見る。ルナはそうだね、と微笑みながら自身の胸をひっそりと撫でた。
ルナが奴隷のことを理解できないように、ミツルも彼女を根底からは理解できない。よって彼女のその動作が何を意味していたのか、ミツルにはわからなかった。かと言って追及する気にもなれなかった。
自分が06のことを話さないように、彼女にもきっと話せないことがあるのだろうから。
「そういえば、少し気になったことがあるんだけど」
ルナは妙な雰囲気を流すように、別の話題に切り替える。黙ったままのミツルは視線で続きを促す。
「作業しているとき、髪邪魔じゃない?」
彼女は、首の付け根ほどまで伸びたミツルの横髪を指差す。定期的に垂れてきては耳に掛ける、という動きをしていたのでルナは気になっていたのだ。
声や格好で男とは認識できるが、顔周りだけ見れば女として見れなくはない。何なら、この顔立ちだと奴隷時代も性別を勘違いして突き返されたことがあってもおかしくはないほどだ。
「慣れてたからあんまり気にしたことなかったけど、たしかにそうだね。さすがに肩を過ぎたら切るようにはしてるんだけど。」
「うーん…男の子的にはそれでいいのかな…。」
右手を頬に当てながらルナは悩む。一瞬、間を置いてから「あっ」と声を出してミツルに迫る。
「…やっぱりばっさり切っちゃうか結んだ方がいいと思うの。その方が作業効率も上がるし!」
作業効率。その言葉は彼にとって魅力的なものだった。06を直すにあたって時間がかかるのは百も承知なわけだが、修行の段階でそうなってしまうと本末転倒だ。なるべく早く技術を習得し、正確に理解して、青年がまた笑って歩けるようにするのが今の目標だ。
それをしようと思うなら、当然効率は良くなければならない。
「作業効率…。それは上がるに越したことはないね。」
ミツルもそれは理解していたので、ルナの提案に賛同した。
「でしょう?それでそれで!どうするの?」
心なしかテンションが上がっているルナに、首を傾げる。
「うーん、これ以上切るのはあんまりしたくないから…結ぼうかな」
「…ミツルくんって髪の長さとか気にするんだ、そういう素振りなかったからつい…」
「まあ、切ってもいい気はするんだけど。少し切りづらくて。」
「どうして?」
「昔、母親がこの髪を褒めてくれたんだ。『あの人似の綺麗な銀髪』だって。そのときの髪の長さが大体これぐらいで、それ以来この長さを保つようにしているというか…」
「あの人っていうのは…」
「父親のことだよ。なんでも父親のほうも同じような感じで褒めていたらしいけど。」
懐かしむように、髪に触れる。触っても母親のことも父親のことも思い浮かばない。神様にお祈りしていた母親と、どこか知らない場所で死んでしまった父親。
すべてがぼやけていて、声も顔もよくわからない。
「顔すらしっかり覚えていないのに、こういうことだけ気にするのって薄情だよね」
奴隷になったばかりの頃は、こんなことで寂しいだなんて思わなかったし、ただなんとなく髪だけはこのままの方がいいだろうと思っていた。だから06にも言わなかったし、興味がないだなんて言えた。
愛に無縁だったことは確かだ。両親に愛された記憶も愛した記憶もないのだから。
(ボクは本当は…。)
「そんなことないよ。家族との思い出なんだから大切にしなきゃ。」
まっすぐルナはミツルを見る。
「家族との思い出って一瞬なの。自分がどれだけ大切にしようと思っていても、ふとした瞬間になくなってしまう。ずっとずっと長い間一緒にいたはずなのに、あの日なにを話したのか、なにが好きだったのかわからなくなる。家族だけじゃなくて、友達だって同じこと。」
ルナは自身の過去を思い出すように目を伏せる。
「あの日の自分が見落としていたことを、未来の自分が拾ってようやく気付くことだってあるの。」
「…」
「薄情なんかじゃない、ミツルくんはやさしい人だよ。だって、形だけでもその記憶を残そうとしてるんだから。」
「…」
「後悔しないように生きている。それだけで十分すごいことだから。」
その言葉を聞いて、ミツルは少しだけ躊躇った後、口を開かないようにした。
後悔しないように生きている。いや、違う。こうして一度、二度後悔しているからこそ、今度こそ後悔しないように06を直すと決めたのだから。
「…ルナは家族や友達と仲良い?」
ふと気になってミツルはその問いを口にする。
「わたしは…どうかな。好きだけど、仲が良いかって言われると…。兄さんとはよく話すんだけどね。」
ルナの両親の情報をミツルは一切持っていない。兄のことはよく耳にするが、お母さんお父さんなどという言葉を彼女の口から聞いたことがなかった。
「わたしは少しだけ、ほんの少しだけ後悔しているから。家族のことも…あの子のことも。」
そう言う彼女の姿は、先程までとは打って変わって弱弱しい。先程までが良い子ちゃんだとするなら、今は素の彼女と言ったところか。
「だから、ミツルくんにはこういう気持ちになってほしくないんだ。」
困ったようにルナは笑う。彼女の悪い癖が出ている、とミツルはぼんやり思った。
「…そうだね、ありがとう。」
曖昧にミツルは笑う。同様に彼の悪い癖が出ている、とルナも考えていた。
次回、10/26更新




