問いに答えよ 2
「ただいま」
ようやく家に帰ることができたミツルは、ルナにそう声をかけた。
「おかえりなさい、遅かったね?」
買ってきたパンをルナに渡す。せっかく焼き立てをもらってきたのに、それはすっかり冷めてしまっていた。
「ちょっとね。仕事の時間が長引いたのもそうだし、帰りによくわからない子どもに話しかけられてさ」
「よくわからない子どもって…広場でも見たことがない子?」
「うん。というかローブを羽織っていたから顔は見えなかったんだ。どのみち、ローブがなくても暗くて見えなかっただろうけど。」
「そうなんだ…。どんなことを言われたの?」
「それは、」
ミツルは言いかけて口を閉じる。もしこれを言ったことで、ルナが敵だとわかってしまったら。ルナを警戒しなければならなくなったら。
(それは…嫌だな)
一緒に暮らしている以上、日常的に警戒するのは精神的にも疲れる。なによりルナにそういう疑惑の目を向けることを、彼女は嫌がるだろうしミツルも極力したくなかった。
知らないこともたまにはあっていい。
「いや、そんなに大したことじゃないんだ。」
「そう?ならいいけど…。あっ、でも…」
ルナは思い出したように言葉を続ける。
「もし、『機体』に会ったら気を付けてね?ミツルくんなら大丈夫だと思うんだけど…機体って兵器だから」
人間なんてぐちゃぐちゃにしちゃう。
そう苦笑するルナに、ミツルは苦笑で返す。あえて出さなかった話題を、違う形ではあるが相手が出してくるとは想定していなかったためである。
(ていうか、ボクなら大丈夫ってなんだ。)
ミツルは自分がそこまで強そうな見た目をしているとは思っていないし、実際ミツルは筋肉がそれほどついているわけでも図体がでかいわけでもない。
そのため、人間をぐちゃぐちゃにしてしまう奴らと張り合えるとは到底考えられない話である。
「…ルナはたまに変なこと言うよね」
ぼそりと呟いてはみたものの、その言葉はルナへの投げかけでもあった。案の定、ルナはそれを拾い、小首を傾げる。
「そんなに変だったかな?でも、本当のことだよ。人間をぐちゃぐちゃにするのも、ミツルくんが多分大丈夫なこともね」
「…なんでそんなことわかるの?」
「さあ?なんでだろうね。少なくともさっき隠し事をしたミツルくんには教えてあげません。」
ふふっ、と楽しそうに笑う彼女は、ミツルの知っている彼女のようでまったくの別人だった。ミツルにとっての彼女は優しいが少し捻くれている、そんな年上のお姉さんだ。会った時からほとんど容姿の変わらない彼女が、こんな風に見た目通りの表情をするところは初めて見る。
「かくしごと」
「そう、隠し事。女の子になに言われたのか教えてくれなかったでしょ?」
「バレてたんだ…。でも本当に大したことじゃないんだよ。」
「別にいいんだよ、無理に教えてくれなくて。ミツルくんにとってそれが教えたくないことだから教えないんでしょ?わたしも同じだから」
「…」
「お互い最大の秘密は隠したままでいようよ。その方がわかったとき面白いから」
約束ね?とルナは小指を突き出す。
生憎、ミツルはそれがなにを意味するのか知らなかったが、ルナと同様に小指を突き出した。ルナが小指を絡ませる。
「ゆーびきりげーんまん、うーそついたらはーりせんぼんのーます」
ゆびきった、そう言ってルナは絡ませていた小指を放す。
「…それってなんの歌?」
「約束の歌!といっても、わたしもどこで知ったのか忘れちゃった。ね、そんなことよりご飯食べよう!」
うん、とミツルは返事をする。先程からシチューの匂いが気になっていたのだ。仕事疲れで腹も減っている。
さっさと食べて空腹を満たそう。
(…あれ。でもボク、子どもが女の子って言ったかな…)
次回、10/12更新
番外編になります。