少年は夢を見る 1
「なあ、オマエは出てこないのかよ?」
オマエのお仲間は皆どっかいっちまったぜ?と首を傾げながら、黒色の短髪の青年はミツルに近付く。ミツルは鉄格子越しに青年の顔を視認した。
「ホラ、出てこいよ。鉄格子壊れてんだから出れるだろ?」
さも不思議そうに青年はミツルに尋ねる。その言葉を聞いて、ようやくミツルは牢屋から出た。
「オマエ、喋んねェから言語が理解できないヤツなのかと思ったがそうでもないらしいな。」
青年はミツルが出てきたのを確認すると歩き出す。牢屋を出たはいいものの、ミツルに行く当てはなかったので青年の後を追うことにした。
施設はボロボロだった。ミツルが毎日顔を合わせていた奴隷商は、背中の深い切り傷から血を出しながら倒れていて、他の奴らも地面に倒れている。中には腕と胴体と頭があちこちに転がっている奴もいた。ミツルが青年の衣服を目を凝らして見ると、そこには血があちこちに飛び散っている。この惨状を作ったのはこの男なのか、と少しミツルは意外に思った。
青年は口調こそ乱暴だが、そこまで悪人面をしているわけでもなかった。強いて言うなら目付きが悪いくらいだろうか、とミツルは考える。
突如、青年が後ろを振り向く。
「うおっ、なんだオマエ、付いてきてたのかよ。」
青年はすぐ近くにいたミツルを認識すると狼狽した様子を見せる。
「…気付いてなかったんだ。」
呆れたように青年を見るミツルに
「ガキのくせに舐めた態度とってんじゃねーぞ。」
と少々睨むように青年はミツルに言い返す。
「ていうかオマエ、なんで喋れるくせにさっき返事しなかったんだよ。」
なにさも今まで喋ってましたよ感出してんだ、とミツルの隣に並ぶように青年は歩みを遅くする。
「…知らない人だったから。」
ミツルの言葉に、青年は目を丸くする。
「それ言うなら今もそうだろ。オレはオマエの名前なんて知らねぇぞ。」
「名前なんてわからなくても大した問題じゃないよ。所詮、識別番号でしかないんだから。」
「なんだオマエ、ガキのくせに。なに悟った気になってんだ。」
やれやれと言わんばかりに青年は首を横に振る。
「名前っていうのはなあ、オマエの親が丹精込めて考えた唯一無二のものなんだぜ?それを識別番号扱いとはいい度胸してるじゃねぇか。」
「…ボクがたまたま気にしてない人間だから良かったものの、奴隷に対して自分を捨てた親がくれたものを大切にしろ、なんてことは言わない方がいいと思うよ。」
ミツルがまた呆れたような顔をすると、今回は図星だったのか青年が言い返してくることはなかった。
「…まあ、とにかくだ。名前のことを識別番号なんて言うのはやめろよ。少なくとも今のオマエにとっては、名前がオマエを証明する唯一のものなんだからよ。」
「…肝に銘じておくよ。」
少し不服そうに承諾するミツルを見て、青年は楽しそうに笑みを浮かべる。
「で、結局オマエの名前はなんなんだよ。まだオレ達、知らない人同士だぜ?」
その笑みにほんの少しのからかいが含まれているのに気付いたミツルは眉をひそめる。それを見た青年は面白いものを見たと更に口角を上げた。
「…ミツル。ボクの名前はミツル。ほら、キミの名前は?」
腹立たしげに放たれたその言葉を聞いた青年は満足げに笑う。
「なにそんな怒ってんだよ。あー…オレの名前だったか?オレの名前は…」
「06、機体06だ。」
そう言って青年、06はミツルを真っ直ぐ見つめた。
キミの方がよっぽど識別番号らしい名前じゃないか、とミツルは声に出しそうになったが、なんとか抑え、不満げな視線を06に寄越した。