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00  作者: 佐々木 青
1章 黄昏の約束
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残骸と希望 4

「長話をしてしまいました。ご飯はもうできてるので、さっそく食べてしまいましょう」

「そうだね、ごめん」

「……ちゃんと謝れる子は好きですけど、必要のないところでは言わなくてもいいですよ」

 ミツルは首を傾げる。なにか間違ったことを言ってしまっただろうか、と言わんばかりの表情に彼女は苦笑する。

「こういうときは、ありがとうの方が嬉しいです。」

「…わかった、ありがとう」

「はいっ!」

 椅子に座って、目の前に並べられた食事を眺める。少し焦げ目のついたパンに、サラダ、ソーセージ。横にはヨーグルトが置かれていた。

「いただきます」

「召し上がれ」

 ミツルは食事を一品一品丁寧に食べる。06に教えてもらったテーブルマナーが活きているようで、粗相をすることなく皿は空になっていた。

「ごちそうさまでした。美味しかったよ、ありがとう」

「いえいえ、そういえば昨日の料理は大丈夫でしたか?作りすぎちゃった気がしてたので…」

「あの量でも全然いけたよ。もし食べれなかったとしても、せっかくルナが厚意で作ってくれたものを残すことなんてしない」

「大袈裟すぎるような気がしますけど…そうですか、それならよかったです。ミツルくん、育ち盛りですもんね。あれぐらいの方がいいのかも。」

「そうかもね、でもボクのことはあんまり気遣ってもらわなくていいよ。お世話になってる身だし、恩を返したら出ていくつもりだから。」

 その言葉にルナの動きが止まる。

「…出ていくんですか?」

「?うん。といっても、何年かはここに居続けると思うけど」

「そう…ですか。そうですよね。」

「…えっと、大丈夫?ボク、変なこと言ったかな」

「……いえ、なにも。」

 ルナは笑顔を取り繕う。

(大人げないことしておきながら、我儘だな)

 兄と目の前の少年を重ねてしまう自分に嫌気が差す。その場に立ち会えないよりは幾分かましだろう、と自身を説得すると、

「それじゃあ行きましょうか。紹介したい場所がたくさんあるんです!」

 ルナはミツルに明るく声をかけた。


「あれ、ルナちゃん!今日はどうしたのさ」

「おはようございます、リンさん。実は、この子に街を案内してて…」

 ちらりとミツルを見上げる。ぺこりとミツルが頭を下げると、リンは驚いた顔でルナを見た。

「美少年じゃないのっ!ルナちゃんもなかなか隅に置けないわねぇ。」

「もう…違いますよ。第一、知り合ったばかりなんですから…」

「だったらなおのことじゃないか!今のうちから自分好みに仕込んでおくんだよ、こういうのは。若さゆえの特権さね。」

 ミツルにはよくわからない話を展開するおばさん、リンさんの容姿を眺める。三角巾にエプロン、しっかりとついた腕の筋肉を見るに、料理関係の力仕事を担当しているようだった。

「…ミツルくん、この人はリンさん。パン屋の店長さんをしている方です。朝食べたパンはリンさんのところで買ったものですよ。」

 あのパンを、とミツルはリンの顔を見つめる。

「…初めまして、ミツルと言います。パン、美味しかったです。毎日食べたいくらい」

 笑顔でミツルがそう言うと、リンは顔を綻ばせる。

「…お客様にそう言ってもらえるのは嬉しいねぇ。今度はルナちゃんと一緒に買いに来な」

 おまけするよ、とリンはお茶目な表情で言う。

 じゃあ用事があるから、とリンはルナとミツルに手を振ると走っていった。

「ちょっと色恋沙汰になると面倒だけど、基本的にいい人なので…街のことでなにかわからないことがあったら、リンさんに聞いてみるのもいいと思います」

「なるほど、じゃあルナがいないときはあの人に聞いてみるよ」

「はい、ぜひ。きっとリンさんも喜ぶと思いますよ」

 それじゃあ次に、と言葉にしたところで車椅子が横転しかける。車輪が石に躓いたようだった。ミツルはルナの体を支えると、傾いた車椅子を元通りにする。

「ごめんなさい…」

「いや、いいよ。それにこういうときは、ありがとうが嬉しいな」

「……ふふっ、そうですね。ありがとうございます。」

「うん、せっかくだしボクが押すよ。」

「え、さすがにそこまでは」

「いいんだ。これも恩返しの一環ってことでさ」

「…もう」

 ルナは頬をほんの少し赤らめる。それにミツルは気付かないまま、車椅子を押す。ミツルの中には、少しでもルナに報いたいという気持ちが強く芽生えていた。

 恩返しが終わっても、もっと彼女に尽くしたい。

 ミツルのそんな想いが強くなる度に、耳鳴りがどんどん強くなっていくような気がした。


 リン以外にもルナはたくさんの人間を紹介してくれた。

 どの人達も明るく、気さくにミツルに接する。ただそれは、ミツルが気に入ったからではなく、ルナが連れているから、というだけの理由だった。

 ルナはこの街の人気者だった。街のどこにいっても、なにをしようとしてもルナに声をかける人間がいる。ミツルが話しても無視をする人間も、ルナが言えば話してくれる。

 それをミツルは異質だと思った。

 ルナがいい人であることはミツルも知っている。彼女の善性で自身の命が繋がっていることも事実だ。でもここまでの人間が一個人に擦り寄るものなのだろうか。

 ミツルがルナに尽くすのは、尽くしたいと思うのは、恩があるからだ。自分と、そして06の安全を確保してくれたからだ。

 しかし他の人間は?この街にいる全員がミツルと同じように恩返しをしたいと思っているのだろうか?

 話を聞いていると、ルナが街に来たのはここ数年のことだった。そんな彼女が数年でここまで愛されるまでに、いや、崇拝されるまでになるだろうか。

 この街はなにかおかしいのだ。重要な部分が抜け落ちたまま存在しているような気がする。ただの少女をお姫様のように扱い、一生出られないように閉じ込める。

 まるでおとぎ話のようなこの街が、ミツルは少し苦手になっていた。


「最後はここです」

 そこは街の全貌を見渡せる広場だった。子どもたちの遊び場でもあるそうで、ミツルよりも背丈の小さい子が走り回っている。

 子どもたちはルナを見ると途端に嬉しそうに笑いながら手を振る。一緒にいるミツルには興味ありげな視線を向けたり、睨んだりと様々だ。

「ミツルくんもあんな風に走ってきていいんですよ」

「…ボクが?なんで」

「だってミツルくん、子どもなのに大人みたいに振舞ってて苦しそうだから」

 ミツルはきょとんとした顔でルナを見る。それは本心だったのだろう。いつものように取り繕う仕草は見せなかった。

「…ルナは優しいね」

 ミツルの色々な感情が混ざったそれに、

「そんなことないですよ。」

 とルナは困ったように笑った。

「…わたしは“いい子”でいないとだめなんです。そうじゃないと愛されないから。」

 そんなことない、とミツルは言おうとした。言おうとして口を閉じた。ミツルはルナのことをなにも知らない。無責任な言葉はかえって彼女を傷つける。

「“いい子”でいたらみんな愛してくれる。兄さんも、あの人も、みんな。」

「…」

「“いい子”じゃないわたしに、意味なんかないんです。」

「…どうして?」

「そうじゃないと、あの子に負けちゃうから。」

 あの子、というのが誰かなのかミツルは知らなかった。街に会った人間に、ルナに何らかの勝敗をして勝る人間なんて一人もいなかったからだ。

「あの子はなんでもできたから。だから努力して努力して追いつこうとしたんです。」

「それなのに。あの子、そんなわたしを見てなんて言ったと思います?」

 ルナのその声からは怒りと諦めが感じ取れた。ルナは自身が冷静さを欠いていたことに気付くと、少しの間閉口する。

「『つまらない』って、そう言ったんですよ。」

 彼女にとってこれは終わった話だった。どうすることもできないまま、ここまできてしまったのだ。今更引き返すことも、あの子に会いにいく気もない。

「あの子は悪い子でした。サボり魔で、よく人にちょっかいをかけてくるような女でした。それでもあの子は許されたんです。努力しなくても全部わかる子だったから。」

 ルナは左腕を強く、強く、握りしめた。あの子は彼女にとって唯一の悔恨だったのだ。

「きっとあの子は今ものうのうと生きているんだと思います。わたしの人生が滅茶苦茶になっても、連絡ひとつ寄越さない女ですから。」

 ミツルを見る。驚いた顔も、怖がる顔も見せることなく、まっすぐ話を聞いているミツルを、ルナは少し意外に思った。

「…あのね、ミツルくん」

 そんな彼なら大丈夫だろう、と彼女は口を開く。

 信用したわけでも、信頼したわけでもない。ただ現実を見せようと思っただけだ。

「…わたしはミツルくんが思っているよりずっと醜いんです。親切にしてくれる人達をどこまで利用できるか、なんてことばっかり考えている最低女です。」

 軽蔑するでしょう?と諦めたように彼女は笑う。

 あの時みたいに怖がればいい。怯えればいい。どうしようもないぐらい、わたしを嫌ってしまえ。その方が楽だから。その方が落ち着くから。

 彼がまっすぐ見つめてきたように、彼女もミツルをまっすぐに見つめた。しかしミツルの表情には何の陰りもなく、むしろ安心したような顔をしていた。

「しないよ。むしろそっちの方がボクは好きだ。」

 ルナは首を傾げる。予想とは違う反応だった。

「好きって…、適当言わないでください。そんなことあるわけ…」

「好きだよ、だってそっちの方がよっぽど現実感がある」

「…?現実感ですか?」

「うん、だっておとぎ話のお姫様みたいだったから。誰にでも優しくて、皆から好かれるお姫様。いていいはずがないんだ、そんな人。」

 それはルナには理解しがたい言葉だった。

 お姫様であることのなにがいけないのだろうか。優しさを振りまいて、皆に好かれて。その方が息苦しいけど簡単なのに。

「物語みたいな偉業を成し遂げるなら好きにすればいいと思う。それで英雄みたいに扱われるならそれはそれでいいと思うんだ。」

 実際そういう人がいて今があることも事実だから、とミツルは言葉を続ける。

「でも、そいつが皆の理想みたいな性格をしているなんて、そんなことあるわけがない。あっていいはずがない。」

 強い語気で言う。

「だってもしそうだったら、そいつは英雄にしかなれない。そんなのあまりにも可哀想でしょう。」

「…」

「欲があったから行動したんだ。誰かに認めてもらいたいから、愛してもらいたいから世界を救ったりするんだ。そうじゃなきゃ英雄になんか誰がなるものか。」

 目的がないとおかしい、ということをミツルは伝えたかった。英雄とは「そうあるべき」ではなく、「そうなろうとする」ものなのだとミツルは思っていたからだ。

「キミにも同じことが言えるよ、ルナ。」

 ルナが不安げに瞳を揺らす。それに気付いたミツルは、少しだけ声を和らげた。

「キミが本当のお姫様ならともかく、少なくともここにいるルナは普通の女の子だ。お姫様である必要も、登場人物になる必要もない。」

 “いい子”である必要なんてない。

 そう受け取れるその言葉は、ルナの心に深く突き刺さった。それは今までの彼女の在り方を根本から覆すものだったからだ。

 そうすれば楽になれることはわかっていた。しかしそれをすることはこの世の何よりも受け入れがたいことだった。

 ルナがどうすればいいか悩んでいる様を見て、ミツルは声をかける。

「…まあ、本音を言うとそっちの方がやりやすいし、信用できるんだ。優しすぎる人間と話してると、それだけでこっちが押しつぶされそうになるから。」

 頬を掻く。偉そうなことを口にしていたが、結局ミツルはそういうことが言いたかった。

 キミが息苦しいならやめたほうがいい。ボクも接し方がわからないから取り繕われるのは困る。

 大層な言葉で着飾りはしたが、お互いのためにルナとはなるべく素面で接していたかった。長い期間、取り繕うことには慣れていたが、それは奴隷としての性でありミツル本人の性格とは違っていた。

 ぷっとルナが吹きだす。

「…変な子だね、ミツルくんって」

 ルナが笑う。仕方ないと言わんばかりの表情でミツルを見る。その顔は、お姫様としてではなく普通の女の子としての笑顔だった。

 それにつられてミツルも笑う。ただの子どもとして、普通の男の子として。

 無邪気に、楽しげに、おかしいくらい、二人で笑う。



 いつの間にか、耳鳴りは消えていた。


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