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00  作者: 佐々木 青
1章 黄昏の約束
16/23

残骸と希望 1

 一夜寝たとはいえ、ミツルの身体は決して万全とはいえなかった。少し走れば動悸がし、少しでも火照った体を冷やそうと汗が絶え間なく流れる。水を得る当てもないミツルにとってそれは最大の敵だった。

 背中に張り付いた服が気持ち悪い。ただでさえ薄い材質のそれは汗を吸い込んだことで重量を増し、ミツルの肌を透かした。

 後ろを振り向く。追手はまだ来ていない。せめて街まで行かなければ、助かる可能性すら見えてこない。

 走る。走る。走る。

 ミツルにできることはそれ以外なかった。家族も友人も知り合いもいない彼には何を頼りにすることもできない。街に行って同情を誘い泊めてもらう。子供のミツルに考え付く方法などその程度だった。

 街に行けば希望がある。最悪、奴隷だったときのように身を粉にして働けば生活をすることはできるだろう。

 街が見えてきた。もう少し、あと少し頑張れば。そう気を抜いた瞬間、ミツルの足はがくりと地についた。視界が揺らぐ。頭が警鐘を鳴らすようにズキズキと痛みだす。体は無慈悲にもミツルに限界を訴えていた。

(あと少しだったのに)

 数メートル先の街を見据え、手を伸ばす。持っていたスーツケースはミツルとともにくたばっていた。瞼が落ちる。自分はどこまでいっても無力なのだと、誰かにそう言われているような気がした。



 少女は倒れている少年を見ながら、こてんと首を傾げる。見覚えのない顔だ。街の人間ではない。

 少女にその少年を助ける義理はなかった。ただでさえ人と関わるのは苦手なのだ。放っておいてどうにかなるならそれに越したことはない。

 しかしもし自分以外の誰も手を貸さなかったら?自分が助けなかったせいで少年が死んだら?そのせいで自分が責められたら?

 そんな考えが過ぎって、少女はぶんぶんと頭を振る。そんなことをこの街の人間はしない。少女はそれをずっと前から理解していた。足のない自分を助けてくれる彼らを何度も見てきた。彼らは自分を良く思ってくれている。そんな自分をいの一番に責めたりなんてしない。

 わかっていることだ。わかりきっていることだ。

 少女にとって自分が好かれることは当たり前だった。必然だった。彼らが自分を責めることも穢すこともありはしないのだ。

(あの時は失敗しただけ)

 自身に暗示をかけながら、ゆっくり息を吸う。

 そう、ここで少年を見捨てようが誰も少女を責めたりなんかしない。むしろ少年を見捨てたことを褒めたたえるだろう。そうだ。ここでどんな選択をしても少女にはなんの罪もない。

 少女は車椅子を使い、少年の横を通り過ぎようとする。ここで見たことも、会ったことも誰も知らない。すべてなかったことになる。

 ふと、少女は少年の顔を見た。正確に言うなら、見てしまった。

 あ、と少女の口から声が漏れる。知らないはずなのに、少女はその顔を知っていた。車椅子を止める。少年の顔を覗き込むと、少女は声をかけた。

「大丈夫?」

 反応はない。しかし少女は先程と違い、少年を見捨てるような素振りを見せなかった。車椅子に乗っている自分では運べないと判断し、街へ向かう。

 彼を助ける理由ができてしまったのだ。



 ミツルが目を開くと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。06の家とは違い、かなり頑丈そうな造りの建物だ。

「起きたんですね」

 車椅子に乗った少女は、本から目を離すとミツルに優しくそう言った。儚げな雰囲気を纏う少女は齢十六といったところだろうか。

「…キミがボクを助けてくれたの?」

 初対面の相手、しかも年上に向けた言葉遣いではないが、今のミツルにそれを取り繕えるほどの余裕はなかった。なんせ命の恩人なのだ。あのままくたばっていたら、ミツルどころか06でさえ壊れたままだった。

「はい。街に帰ってきたと思ったら、人が倒れていたのでびっくりしました。」

「…本当にありがとう。キミがいなかったらどうなっていたか…」

 ミツルは基本的に人間を信用していない。06を壊した人間のことを信用しろ、だなんて都合が良いにも程がある。人間のことは利用することはあっても、信用することも信頼することもしない。

 しかし目の前の少女は自分を助けてくれたのだ。小汚い格好の自分を、名前すら知らない自分のことを受け入れてくれた。それだけで、ミツルにとっては信用や信頼を寄せるまではいかなくても好意を向けるのには十分だった。

「そういえば、スーツケースはどこに…」

「それならこちらに。なにか大事なものでも?」

 きょとんとした顔を見せる彼女に、ミツルは笑みを浮かべながらも明確に答えることはしなかった。恩人とはいえど人間である以上なにがあるかはわからない。口を軽くした結果、最悪の状況になることだけは避けたかった。

 何も答えないミツルに、少女は触れてはいけない問題だと理解する。少女にも触れられたくないことが沢山あった。それを口にしない自分に、彼の秘密を知る権利などないことは少女が一番よくわかっていた。

「すみません、不躾なことを聞いてしまって。忘れてください。」

 申し訳なさそうな雰囲気を醸し出しながらも、なんとか笑おうとする少女にミツルは少し罪悪感を覚える。

(そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけど)

 ミツルも曖昧に笑い返す。二人が親しくなるにはあまりにも秘密が多すぎた。

「…」

「…」

 沈黙が続く。ミツルが人間とコミュニケーションをとるのは久方ぶりのことだったし、少女はそもそも人と関わるのが苦手だった。お互いのことを知らなさすぎることもあり、どういう話題を振ればいいのか双方掴み損ねていた。

(ていうかそもそも名前すら知らないな、ボク)

 名前は識別番号じゃない。そう言っていた06のことをミツルは思い出す。名前を知ることは相手と仲良くなる第一歩なのだと身を以って理解したのだ。

 ならば恩人である彼女の名前を、知っておくことに越したことはない。きっとこれから彼女にはたくさん恩返しをしなくてはならないのだから。

「もし、よければなんだけど、名前を教えてもらってもいいかな。」

 ミツルのその言葉に少女は目を見開く。どうやら予想外のことだったらしい。それに気付いたミツルはすぐさま言葉を紡ぐ。

「嫌だったら言わなくてもいい。ただ、ボクが恩人の名前を知っておきたかっただけなんだ。」

 蛇足のようなその言葉を少女は真正面から受け取る。ミツルは言葉を付け加えたことを少し後悔していた。しかしミツルのそんな様子をいざ知らず、少女は嬉しそうに口を開く。

「ルナ。わたしの名前はルナです。」

 呆気なく放たれた単語にミツルは驚きつつも噛みしめる。

 ルナ。その二文字こそ、自分を助け、自分の唯一の友人を助けた少女の名前だった。

「…ルナ、ありがとう。ボクを、ボクたちを助けてくれて。」

 目に涙の膜が張る。ミツルは自分がきちんと笑えているか、わからなかった。

「…ボクたち?」

 涙が引っ込む。感極まって余計なことまで口にしていたらしかった。

「あ、いや忘れてくれ。ありがとう、ボクを助けてくれて。」

 本当は06の分まで感謝を述べたい。しかしそれはできない。言ってしまえば、すべて終わってしまう可能性があったからだ。

 歯がゆさを堪える。ミツルにできるのは言葉ではなく、これからの態度で06の分まで恩返しをすることだけだった。

「ルナ。もし困ったことがあったらいつでも頼って欲しい。ボクにできることならなんだってする。」

 キミには返しても返しきれない恩ができたのだから。

 そう真っ直ぐに少女、ルナを見つめる瞳に嘘はなかった。

 

 少年はそうして再び目に光を宿した。夢を見ていた時と同じような光を。


前に投稿していた1章1節その1を削除し、書き直しました。

長らく投稿していなかったので色々忘れていますが、少しずつ再開していきますのでよろしくお願いします。

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