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00  作者: 佐々木 青
序章 彼方の夢
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夢を見る生き物

 この世界には奴隷が腐るほどいる。家計が厳しくなり、自分の子供を奴隷商に売ったり、金儲けのために全財産を賭けたが故に、手元に身包みひとつ残らず放り出されてしまった間抜けものであったりと、奴隷になった理由は人それぞれだ。しかし奴隷になったからには、その経緯がなにかに繋がることは一切合切無くなる。それがどれだけ悲壮なものであっても雇用主には関係のないことであり、どうでもいいことだからだ。

 奴隷というものは夢を見る生き物である。地下にある狭い空間で夢を見続け、いつかそれが叶う事をまた夢見るのだ。夢を見ては涙を流し、腐り落ちていく。それが奴隷というものである。そんな奴隷の、最早定められていると言ってもいい道筋を、進むことになる少年がまた一人増えた。

 その少年の名はミツル。六つになってまだ間もない子供であった。

 少年には好きなものも嫌いなものも存在しなかった。なにをさせても適当にこなし、贔屓にされるほど好かれることもなかったが、それなりの評価を与えられ、小綺麗な状態で地下牢に戻される、そんな奴隷だった。

 少年は何も持っていなかったが、人一倍夢を見ていた。その夢は、自分を捨てた家族に愛されることでも奴隷として買われることでもない。

 友達と話すこと。

 少年が見続けた、焦がれた夢はそれだけだった。どれだけ働こうと、何度地下牢に送り返されようとも少年の夢が変わることはなかった。毎朝毎晩毎日、少年はその夢を見続けた。

 少年と他の奴隷の決定的に違うところは執着心だった。他の奴隷が二日看病に付き合ったら飽きてしまうような病人を、数か月に亘って看続ける気概があった。それは他の奴隷達にとっては薄気味悪いことこの上なかったが、少年はそれを気にもせず、ひたすらにその執着心を振り回し続けた。

 簡潔に言ってしまえば、少年は無神論者であるにも関わらず、空想・幻想・夢想といったありもしないものに対して非常に信心深いきらいがあるということだ。おとぎ話のような、雲をつかむような絵空事を夢に見続ける少年。子供らしいと言われれば、そうなのだろうがその少年は他の子供と違って夢から覚める時がこないので大人にとっては性質が悪い。

 少年が地下牢に戻されるのも、要するにそういう性質が少年にあるからだった。大抵の大人は昔の馬鹿な自分を見ているようで羞恥がこみあげるのだ。そうして「見てられない」と奴隷商に突き返す。なんともまあ自分勝手な話である。

 


『何事も信じ続ければいつかは報われる。』

 その言葉は、少年の母親が常日頃から少年に言い聞かせていたものだった。少年は特段その言葉を信じていたわけではないし、更に言えば覚えようとすらしていなかった。

 しかしそんな、少年にとってそこまで価値のない言葉が、結果的に少年のこれからの人生を体現するようになるのだから、言葉というものは中々侮れない。


 少年は今日も働き、眠り、夢を見る。

 奴隷という身分で叶うはずもない、大層な夢を。今見ている夢がもうすぐ叶う事も知らずに。


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