身勝手な姉妹の、身勝手な幸せのお話
私達は寄り添って、手を握って空を見上げた。
「こんな形になって、すまない」
「ふふ、今更ね。謝る相手も違うわ」
風が吹く。靡いた私の髪に、貴方がそっと触れた。貴方はいつも私のこの髪を触れたそうに見つめていた。今だけは、触れても誰も文句は言わない。だって、誰にも見られていないもの。
黄昏時に、私達は触れるだけのキスをする。
やがて夕日が落ちて、月が輝いた。これで終わりなのだと、私は涙を流す。貴方はそんな私の涙をそっと拭った。
満天の星空が、私と貴方の最期を看取る。
「愛してるわ」
「俺もだよ」
強く抱きしめられて、息が苦しい。このまま二人でずっと一緒にいられればいいのに。
本当はこのまま夢を見ていたいけれど、貴方のことを愛しているからこそこれでおしまいにしましょう。
貴方にそっと口付けを。そして、そのまま口に含んだ甘い毒を飲ませる。彼も私に同じように服毒させた。
すぐに眠たくなって、目をつぶった。けれど、彼の優しい声はまだ聞こえる。
「天国で、結ばれよう」
きっと、私達は天国には行けない。けれど。
「ふふ、もちろんよ。絶対、約束。…地獄で再会しましょう?」
二人の約束は、果たされるのか。果たされなくても、私は貴方と終われて満足だけれど。
繋いだ手から、力が抜けた。私もすぐに、そうなるだろう。
おやすみなさい、愛してる。地獄ではきっと、結ばれましょう。
私達の婚約は、生まれながらの約束だった。私の婚約者であるはずの貴方は、ある日私の妹に心を惹かれてしまった。その時に、私は身を引けばよかったのだ。けれど貴方を愛していた私には、それが出来なかった。
「せめてあの時に、私から婚約者を取り替えようと願い出ていれば…婚約者と妹を同時に失うことは、なかったのかしら」
妹は父の愛人の子で、腹違いの姉妹だ。しかし誰よりも優しくて、相手のことばかり考える良い子。だからこそ、貴方はあの子に惹かれたのだろう。
あの子はいつからか貴方が自分に好意を寄せていると気付いたその時、心底驚いたのだろうと思う。あの子は、貴方を突き放すような態度を取るようになった。
ー…あの子も本当は、貴方を愛していたのに。
「あの子は、誰よりも優しかったから。…最後の最後で、わがままになったようだけど」
やがて、妹にも婚約者が選ばれた。誠実で頼り甲斐のある、素敵な人だった。
妹は幸せそうににこにこと笑い、結婚するのが楽しみだと言っていた。けれど、私と私の婚約者の結婚が決まり、自分達も近々結婚することになると、沈んだ表情を見せるようになった。
周りはマリッジブルーだと思い励ましていた。妹は何も言わず黙って励ましの言葉を受けていた。
「あの時に、あの子が何かしら胸の内を伝えてくれたなら。結果は、違ったのかしら」
そして私と貴方の結婚の前日。
ー…あの子は、貴方と心中した。
「せめて。心中ではなく駆け落ちだったなら…」
私は貴方達の心中の報告を受けると、壊れたように笑い転げていたらしい。あまりのショックで気が触れていたのだろう。けれど、残念ながらすぐに正気に戻ってしまった。
貴方の葬儀やあの子の葬儀は、日をずらして行われた。とても質素で静かなものだった。誰も泣きたくても泣けなかった。
苦しい気持ちに押しつぶされそうでも、現実は続く。一歩外に出ればみんな私達の一大スキャンダルにヒソヒソと悪質な噂を流す。まあその内容は、現実と当たらずとも遠からずではあったけれど。
「辛かったのはむしろ、その後だけど」
なにがどうしてそんな結論になったのか。私はなんと、あの子の婚約者と結婚することになった。
彼は酷く窶れていて、あの子のことで相当傷ついたのだとわかった。けれどそれでも、本当は自分のことで手一杯なはずなのに。…私を心配してくれる優しさは失っていなかった。
その強さが、私にも欲しかった。
「私はいつまでたっても悲劇のヒロイン気取り。今でもそう。…ごめんなさい」
私達は結婚して、彼が婿養子に来てくれた。彼のおかげで、我が家は安泰だ。なんだかんだで二男三女の子宝にも恵まれた。誠実な彼に、心から大切にもされている。
ー…それでも私は、未だに貴方を愛している。
表には決して出さない。けれど、彼は貴方のことを未だに想い続けている私に気付いているかもしれない。人のことをよく見ている人だから。
「それでも、たしかに家族として彼のことも愛している…それだけは、本当なの」
嘘じゃない、温かな気持ちもたしかにある。それを大切に抱えて、心の傷を隠して。
綱渡りの幸せをなんとか渡って、明日に向かうのだ。