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炯目の刺繍鳥  作者: 夕霧湖畔
前編
8/27

婚約発表2

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 婚約発表の日。

 先日新しい家名も聞かされて、ドレスも既に二着。非常時の予備も仕上がった。

 因みに予備はある程度フリーサイズで腰回りや袖を縛る形で調整可能なので、他の誰かに着せる事も可能です。


 流石に全王族の方々にまで手は回りませんが、手袋などの小物は既に届けております。某家が仕事してなかった所為で、キャンベル家だけでは負担が大きかった様ですね。高級素材を扱う伝手は、今必死で増やしている段階だそうで。


「いよいよですね、マリオン様。」


 コルネリアに促され、マリオンは椅子に座ったまま時を待つ。

 今は婚約発表の前に、前夜祭的な催しが開かれている。マリオンの出番は、ストラード家断絶が言い渡された後の予定になっている。




 ストラード宮廷子爵は不機嫌さを隠さず周囲を威嚇する様に会場入りした。

 先代で宮廷伯爵から降格し、宮廷子爵となって以来衰退が続いているストラード家が、遂に誰がやっても同じと言われていた下着作りの依頼すら打ち切られて。

 早ければ今年中に宮廷男爵へ降格するのではないかと噂されるようになった。


 一方同じ服飾付与を営むキャンベル伯爵家は領主貴族にも関わらず、商家としての特色が色濃く、平民とも繋がりが深い。

 且て双璧だったストラード家を圧倒し、今なお成長著しい服飾系貴族だった。

 加えて今、王都に新たな大店舗を所持し、新しい貴族向けの下着を売り出し中とあれば何処に仕事を奪われたかなど、想像に難くない。


 だが平民を蔑むストラード家が店舗経営など夢のまた夢、財力に至っては文字通り桁が違い過ぎた。代官職を持たない宮廷貴族が領主貴族に喧嘩を売るなど、ストラード卿本人から見ても全く、恐ろしい程に勝ち目が無かった。


 マリオンを失ったストラード家には今や、精霊が一切寄り付かない。

 今のストラード家は付与魔術に対して幅広い知識が残ってたりもしない。

 数代を重ねる内に貴族化し、それでも先代までは相応の技術を保持していたが、現ストラード卿はそれらに一切興味を抱かず失伝している。

 職人は平民を脅迫して抱え込み、代用品は用意出来たが、精霊が寄り付かない家に精霊の力を宿す秘術があっても何の意味も持たない。


 だがストラード卿は後悔するどころか清々したとしか思わず、既に存在すら忘却の彼方になり始めている。

 精霊が見えないストラード卿にとって痛手ですら無かった。

 だが王家の叱責は煩わしく、最近、邪法を用いて精霊を捕える呪術を用いて精霊から無理やり力を奪い、秘術で魔導具に封じる事に成功した。

 後はこれを元に売り込み、王に爵位を上げさせれば全て解決だ。

 ストラード卿は、代替わり以後一度も裁縫の練習をした事は無かった。


「本日は、祝いの発表の前に、付けねばならぬけじめがある。」


 だからオークレイル国王が言った言葉も、当初は話半分に聞いていた。


「今日この場を以て、ストラード宮廷子爵家による誘拐、脅迫、不正等全ての犯罪行為を断罪し、一族の職人貴族としての地位を剥奪、断絶する旨を宣言する!」


「は?」


 壇上から見下ろす国王の視線と共に、周囲の視線が一斉に自分へ向けられて漸く、ストラードは王の言葉を理解する。

 と、同時に両脇から騎士達が両腕を掴み、拘束具を付けて逃走を封じる。


「な、何を馬鹿な!わ、私はストラード家だぞ!」


 喚くストラードの袖を強引にまくり上げて、瘴気漂う紋が刻まれた腕を騎士達が周囲に見せつけようと引っ張り上げる。

 ただそれだけで全ての精霊達が恐れ、ダンスホールから契約精霊達が契約者の影に隠れて姿を消す。僅かに漂っていた精霊などもう姿形も無い。


「己が爵位の根拠である職人を侮辱し、精霊を害する者などこの国には要らぬ!

 祝いの席故、判決は後日言い渡す!その痴れ者を牢に放り込め!!」




 先程の報告でマリオンは実の父が牢に放り込まれたと聞いたが、出たのは安堵の溜息だけだった。

 侍女達に大丈夫かと聞かれ、今初めてマリオンは自分の父の名を知らなかったと、今更ながらに気が付いた。


(服飾職人を奴隷扱いとか本気で何やってるんだあの人達……。)


 今更親に対する情は無い。マリオンの実感としての父は、定期的に殴りに来る鬼か何かという認識が近かったと思う。

 罪状が多過ぎて屋敷含めた財産は没収、被害者の賠償に当てられるという。

 今回は雑用人達も連座対象になる。使用人だから逆らえなかったではなく、主人に取り入るために積極的に加担したという結論に至ったからだ。


「今後、あの家の関係者には一切気を許さない様に、との事です。」


 家名が変わるのも必然の腐敗振り。だが一年前まで致命的な罪状は無かったというから逆に驚きである。


「マリオン様が居たからでしょうね。あの家の問題は腕も精霊もマリオン様が居れば解決していましたから。」


 あの腕で、とは思うが今ならマリオンが担当していた雑用部分が全てだったのだと察しが付く。多分どうでもいい部分しか彼らは関わっていなかったのだ。

 精霊達からの嫌われ振りを思えば、秘術自体無実化していてもおかしくない。


 今、会場にストラード家はおらず、実家の方も騎士団が突入した。

 マリオンは侍女達に頷き返し、通路を進む。

 大きな扉の前で、重厚な正装に身を包んだジグラード様と合流して腕を組む。


 ジグラード様の服は元々王家伝来の品を纏っており、部分的にマリオンが補修した物を纏っている。細工の一部には以前宿らせる方法が失われたと聞いた宝石の中で、精霊達が寝床にしている。


 どうも以前の修繕の際に魔力の流れが切れ、精霊が入るには向かない形状で術式が修復されたらしい。細工の形状を魔力経路に合わせて戻すと、まるで揺り籠のように精霊達が体を丸め、中で微睡み始めた。


『諸君!如何に腐敗に塗れたとはいえ、事は希少な付与防具の絡む話。

 市場の独占や一極化を恐れる者達もこの場にはいるだろう。だが敢えて言おう。

 それら全て、問題にはならぬ!我がオークレイル王家は既に、新たなる家を興すに足る才媛を見出している!百の言葉より、先ずは紹介をしよう!』


 サミュエル第一王子が演説を終え、気を引き締めた二人の前で扉が開く。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 扉から現れたのは、まるで絵画の様な光景だった。

 最近王城に精霊が増えた気がすると話題にはなっていた。


 元々精霊は何処にでもいる反面、街中では中々見かける事は無い。自然溢れる土地であれば、蝶や鳥のように精霊を見かけるだろう。

 だが花の一つ樹木の一本に個別の精霊が宿る事は稀で、精霊は自分達が宿れる場所を放浪し続ける。

 良き窯良き厨房には火の精霊が宿る時もあるだろう。澄んだ池魚が喜ぶ川には水の精霊の踊りを目にするかも知れない。


 けれどやはりそれらは例外で。王宮の様な広い庭園が稀なだけで。精霊の宿った素材を用いなければ、王都ほどの都で精霊が集う姿は稀にしか見られない。


 だから精霊眼は重要なのだ。確実に精霊が宿った品を見分けるから。精霊が宿れる程の上質を区別出来るから。

 精霊に偽りなど意味を持たず、貴族ほど本物を望む者達もいない。


 けれど同時に皮肉でもある。精霊眼は精霊に愛される者に宿り易い。後天的に目覚める例は稀にあれど、精霊は悪意に敏感だ。偽りが多い貴族を精霊は嫌う。

 偽りが多過ぎれば精霊眼を失う例すらある。

 だから精霊の寵愛を受けるというのは、実は本当に難しい。

 契約を結ぶのも一代毎で、幼少期に結べぬ契約が成人後に結べる例は、皆無に等しいと相場が決まっている。


 だから在り得ないのだ。扉を開けるだけで精霊が群れを成して現れるなど。

 精霊眼を持つ者は多色の光が溢れる様に流れ込んで、魔力に敏い者は濃密な精霊力を肌に感じて。

 どちらも持たぬ者ですら畏怖を抱く程に、はっきりと空気が変わる時。


 第二王子に連れ添われて現れたのは、正に妖精を想わせる可憐な美女だった。


 薄い白と金糸のヴェールに包まれた下には、金が紛れる銀髪が背中へと編み込まれて。両の碧眼には雷鳴にも似た筋が走り、儚くも強い意志を感じさせる僅かに幼さを残した相貌に映える。

 血の気は薄く肌は白く、しかし足取りは軽やかで落ち着いて。


 その薄水色のドレスには銀糸の羽根が生えていた。

 肩を露わにしながら胸元を隠して、女性的な膨らみとは対照的に細い腰回りから下は、花弁のように膨らみ渦巻いて、広がりが流れる様に後ろに長く。

 それでいて白い靴を隠さない低さを保っている。

 ドレスを覆うように装飾を隠さぬ薄手の布を纏い、全身からは確かに強い守護の魔力を精霊の加護と共に。


 それはこの場の貴族達ですらお目にかかれない、最上級のドレスに他ならない。

 服飾術師としての高い力量を感じさせる、類を見ない破格の衣装束。


 そして何よりも人目を惹いたのは、彼女自身と並ぶ存在感を放つ。

 七色の輝きを帯びて少女の肩に、専用の肩当と見えるレースに止まった金属の様な光沢を放つ大鳥だった。


「あれは精霊なのか……?」


 濃密な精霊力を漲らせた、よく見かける大きくとも拳以下の精霊達とは別格で。何より精霊眼の有無に関わらず目視出来る、尋常ならざる魔力に満ちた動く鳥。

 精霊にしては大き過ぎて、作り物にしては余りに緻密で魔力と精霊力に満ち溢れ過ぎている。

 壇上に進み出て、精霊に祝福された二人は王の前で臣下の礼を取る。


「諸君に紹介しよう!マリオン・ヴェルーゼ、新たなる服飾付与術師である!」


 王の言葉に合わせてドレスの裾を摘まみ、壇上から諸侯達に恭しく一礼をする。

 事前の打ち合わせ通り、誰とも目を合わせないように視線を上げるマリオンの姿は精霊の輝きもあって、壇下の者達には驚くほどに神々しく映る。


「大精霊ヴェールヌイの加護ありしこの者を、今日この場でヴェルーゼ宮廷伯爵に任じ、今宵我が息子、ジグラード・オルズ・オークレイルの婚約者と定める!

 そして近日、正式な婚姻の儀を執り行う旨を、ハーディ・オルズ・オークレイル五世の名において宣言する!」


 降って湧いた宮廷伯爵の誕生と婚約に、流石の貴族達も動揺を禁じ得ない。

「この者は貴族籍こそ有するが今まで病態の回復が侭ならず、今日を迎えるまで皆の前に姿を現せずにいた。

 しかし先日、こちらの大精霊ヴェールヌイ様の加護を賜った事で体調は安定し、回復に至っている。

 但し流石に健常の者とは比較にならぬため、平時の当主としての責務はこの私、ジグラードが取り仕切る!」


 反論が出る前に一通りの説明を済ませ、必要な情報だけを先に広める。


「以上、堅苦しい話はこれまでだ。皆、今日の宴を楽しんでいって欲しい!」


 オークレイル王の宣言と共に拍手が鳴り響き、婚約者共々感謝の意を示した後、再び壇上を降りて脇に引き下がる。

 本来であればこの後、貴族達と挨拶を交わす時間となるが、事前に病弱を宣言したため不自然な流れでもない。


 かくして精霊鳥の巫女マリオン・ヴェルーゼ宮廷伯の名は、人々の記憶に深く刻まれる事となった。

※次回、文章量の都合により6/30日の金曜投稿をします。

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