王族の茶会3
◇◆◇◆◇◆◇◆
やがて遂にお茶会の日が訪れる。
改めてドレスに着替えたマリオンだが、王族と言う最高権威を理解した今は流石に緊張感が拭えない。
ドレス自体に問題は無い筈だ。あれから余裕のあった時間で少しだけアクセントになる小物を追加したが、全部デスグレイ先生による安全確認が済んでいる。
コルネリアもデザインに問題は無いというし、後は気の持ちようだけだ。
そこへコートの様な上着を羽織ったいつもより少しだけ上等な生地の装いのジグラードが、マリオンを迎えに訪れた。
「どうだマリオン。ドレスは出来ていたと報告はあったが……。」
侍女達に促されて入室したジグラードは、ぎこちなく出迎えたマリオンの装いに思わず絶句し、見惚れていた。
背中に届く程に伸びていた長い金糸交じりの銀髪は、後頭部へと編み込まれてリボンで束ねられて。白いつばの大きな帽子に結ばれた、レース生地の華と重なり首筋に伸びている。
首筋や胸元を露出した薄水色のシュミーズドレスの上から、薄手の白いショールで飾り付けている。特に目を引くのは胸を強調するかのように、腰より上で巻かれている七色の帯だろう。
帯とリボンは、よく見ればどちらも揃いの柄で、同じように七色に輝いている。
しばし呆然とマリオンの雷鳴の様な緑の筋が走った濃い碧眼を見つめていると、不意に不安気なマリオンの声が届く。
「あの、ジグラード様。何か、変だったでしょうか……?」
「い、いや。見事だ。見事だとも、見違えたよ。
ここまで美しく仕上がるとは想像以上だったのだが……。
なあ、もしかしてその髪のリボンと腰帯はもしや……。」
『我が尾の飾り羽だ。
我が身が欠けた際に自力で再生出来るかを、少し削れても問題ない場所で試してみたのだが、特に尾の部分は再生が容易の様だな。』
我は普通の精霊には無い特性を持っているのでな、とヴェールヌイが答えた。
「守りを高めるからと、ドレスに用いるよう言われたのですが。
何か問題になりますようでしたら、今からでも別の物に……。」
「い、いや。ヴェールヌイ様の提案なのだろう?
報告はして欲しかったが、今回は丁度良いくらいだ。」
「デスグレイ先生がサプライズだと、当日までは黙っておけと言われまして。」
拳を震わせてあの爺と呟くジグラード様に、別に怒っている訳では無いらしいとこっそり安堵の溜息を吐く。
気を取り直したジグラード様に一旦ゆっくり回って見せる様に言われ、スカートの裾を摘まんで一回転する。
足首が出ているので引っかかる長さでは無いが、カーテシーというちょっとした作法の一種だと聞いている。
「よし、問題無いな。
着る前は少し地味かと思ったが、想像以上に良く映えているな。
余っている帯を後ろで束ねて下ろした部分が、歩くと後ろが煌めいて見える。」
これなら文句の付けようも無いだろうと太鼓判を押され、マリオンは思わず表情を綻ばせた。
「ああ、ヴェールヌイ様も今日は皆に姿を見せて頂きたい。」
あなたの姿を見て戴くのも目的の一つですのでと、ジルベールが確認を取る。
頷いたヴェールヌイがマリオンの肩飾りの上に乗り、では行こうと凛とした姿勢で手を差し出した。
「よろしくお願いします。」
「うむ。任された。」
手を取ったジグラードに並んで衣装室を出て。外の王族専用の庭園区画へと歩き出す。日の明るさは柔らかく、気持ち涼しいくらいだった。
今日の茶会は、王妃ロザリンド様の主催になる。
意識が戻って初めて訪れる庭園は、想像以上に花の香りが強く、緑溢れる迷路の様に道全体に満ち溢れていた。
マリオンの後ろに続く侍女はたった一人、コルネリアだけだ。
元々この庭園は王家の者しか入れないので、大勢の護衛は必要無い。
観賞用の低木で形作られた道を抜けて、庭園の中央にはガゼボと呼ばれる東屋がある。庭園が最も映える位置に建てられた、庭を眺めるための建物だ。
白色の柱と雨除けの屋根、柵で囲まれた壁の無い一室の中に。
簡素ながら豪勢な装いの三人が、脇に給仕と供回りを控えて紅茶を飲んでいた。
白地を基調にしたドレスの淑女が奥に座り、脇に壮年の髭を生やした同じく白地に紺の上衣と毛皮のマント椅子に掛けた紳士が横顔を覗かせる。
もう一方の脇には若く豪放な空気を漂わせた、壮年の紳士より簡素にした装いの青年が両親と思しき二人に話しかけている。
「陛下と、王妃と、第一王子様……?」
なんか増えてる。
心音が段々大きく響く中で、必死に状況の理解に努めようと頭を巡らせる。
陛下と兄君は聞いた。確かに一度に対面した方が早いのも解る。
けど。失敗出来ない相手が増えるのはそれだけで身が竦む。
ギギギと軋む程に堅くなった顔を、ゆっくりと横に向け。
「悪いな。重圧にならないよう黙っているようにとの仰せだ。」
ならば悪戯が成功した顔は止して戴きたい。泣くよ?
「何、一人増えたぐらいで変わる事など無い。さ、早く行くぞ。」
深呼吸の間だけ待って貰い、再び手を引かれながらジグラード王子の後に続く。
招待客であるマリオンが手を離すのはジグラードによる紹介の後だ。
ガゼボの入口に立ち「おお、来たか!!お前が噂の妖精姫か!!」
……………………。
…………。
姿勢を崩して振り向いた青年が立ち上がった。
「兄上?サミュエル・オルズ・オークレイル第一王子兄上殿下?
今回は客人の紹介だと、無礼講の前に先ずは紹介からだと事前に伝えておいた筈ですが兄上?」
手順が塵と消えたマリオンが更に青褪めて硬直する一方、絶対零度の怒気を宿した笑顔でジグラードが兄を威圧する。
「何だよ、堅いなぁ~!久々の茶会なんだもっと気楽にいこうじゃないか!」
事前に調整しなきゃ集まる事すら出来ない家族の茶会なんだぜ、と爽やかに全てを吹き飛ばす笑顔は何もかもがジグラードと対称的であり。
溜息を吐いた王妃と思しき淑女が扇子でテーブルを叩く。
「ジグラード、許します。」
「感謝します、母上。」
身の危険を感じて腰を引いた兄サミュエル王子の肩に腕を回し、抱え込みながら腕を固めて首を絞めるジグラード。
痛みに悲鳴を上げたサミュエルが謝罪して手を離した。
「御免なさいね、恥ずかしいところをお見せして。」
「い、いえ……。」
そこで言葉が止まってしまうマリオンに、王妃はジグラードへと水を向ける。
「さて。それじゃ最初から紹介して貰いましょうか?」
「はい、改めましてご紹介します。
こちらは此度の茶会にて客人として連れて参りました精霊の愛し子、マリオンに御座います。」
サミュエル王子が座り直すかどうかの間にマリオンの手を取り直し、素早く一礼して手を離す。
「お招き頂きました、マリオンに御座います。」
直ぐに略式の礼を取り、頭を下げる。今回の席で家名を名乗ってはならない。
名乗る資格が無いのもあるが、マリオンは彼らの養子候補でもある。
家名を持つ者が養子になるには実家の同意が必要になるので、この場は敢えて身分無しの一個人として対面しているからだ。
「面を上げよ。
我が名はハーディ・オルズ・オークレイル五世、現オークレイル国王である。」
以後、見知り置けと壮年の王が告げると、改めて王妃が口を開く。
「ロザリンド・ガルボ・オークレイル。この国の王妃で、二人の母よ。」
「サミュエル・オルズ・オークレイル。
この国の第一王子で、そこにいるジグラードの兄だ。」
驚かせて済まなかったな、と姿勢を正す。
「では、改めてもう一方を紹介させて頂きます。
七色の精霊鳥、ヴェールヌイ様です。」
ジグラードが再びマリオンへ振り向くと、身体を透明化させていたヴェールヌイが肩に乗ったまま姿を露わす。
『これで、良いのかな?』
光り輝く全身が七色に波打ち、マリオンの髪よりも長く肩に下がる飾り羽を見た一同が挙って驚き、一様に目を丸くする。
この場の三人は揃って精霊眼を有している。
如何に事情を知っていたとはいえ、どれ程大きくても精々が拳大である筈の精霊が実体化して誰の眼にも明らかな姿で現れるなど、驚くなという方が無理だ。
しかもヴェールヌイは帽子を被るマリオンの頭より大きく、人語まで解する。
宿した魔力の強さや見た目だけでも十分に荘厳な威圧感を放ち、見ているだけで打ちひしがれる程の重みがある。
給仕達の中には傅く者も出る程だ。
『我はこれ以上関わらぬ。人世の事は人の身で選ぶが良い。』
言うが早いか、ヴェールヌイはそのまま羽搏いて飛び上がり、皆が呆気に取られている間に木陰の向こうへ消える。
不可視の糸で繋がるマリオンには姿を隠した上で再び戻って来て、近場の屋根に止まったのが分かる。
だが常人では一度透過してしまえば、精霊眼でも魔力視でもヴェールヌイを視認する事が出来ない。
「さて如何ですかな、この者の腕は。」
一同が落ち着いたところでジグラードが話を戻し、皆が姿勢を正したマリオンのドレスに視線を向ける。
「ふむ。確か全てを完成させたのは初めてと聞いたが、その割には随分とまあ見事な出来栄えだとも。
防護術式も間に合ったというのは本当かね?」
「はい。切断耐性を外に、衝撃吸収を内に。」
マリオンの返答に王が普通に一人前の作品だなと呟く。
「色や意匠も自分で決めたのよね?
もしかしなくても、帽子の花飾りを束ねている帯とそっちのドレスの帯は、先のヴェールヌイ様から頂いたのかしら。」
羽根は無理でもこの腕なら私も一着頼んでみたいわね、と王に同意する。
「見習いの仕事だと思って家族でのお披露目になりましたが、これなら舞踏会でも十分な物が出来そうだな。
何だ、お前の心配し過ぎじゃないかジグラード!」
「お褒めに与かり光栄です。
ですが例の件は、問題が別にある点をお忘れなく。」
若干苦々しい顔のジグラードが肩を叩かれながら、全員が一通り批評し終わったところで改めてマリオンも感謝を伝える。
ジグラードに手を取られて席に着くと、丁度正面に王妃がおり、サミュエル王子を遮る形でジグラードが隣に座る。
二人の間に給仕が立ってマリオン達の紅茶と茶菓子を用意すると茶会の開始だ。
「――それはそれは、息子とも上手くやれている様で何よりだ。
少し短期間に色々押し付けてしまったかと心配したが。」
オークレイル王が相好を崩して何度も頷く。
質問されるとどうしても文で話せず、口数が少なくなるマリオンだったが、四人は何ら気分を害した様子も無く暖かい視線を向けてくれる。
一刻も過ぎた頃には、緊張も大分和らいだものとなった。
お菓子を食べながら話をするというのも、思い起こせば初めての経験だ。
「距離感が難しいとの話だったけど、良好な関係を築けた様で安心したわ。
その手袋の意匠飾りは息子からのプレゼントかしら?」
首を傾げるジグラードだが、マリオンは王妃の視線に気付いて。
「これも作品です。手袋用のバンクルで、大きめに。
刺繍は立体が難しくて、付け外せる花飾りにと。」
手袋の薔薇に似た立体意匠を、一同に見易い様に持ち上げる。
見た目は金属板を繰り抜いた様な立体絵か。手首を巻く形で固定されている。
毒感知の付与術式は付いているけど、昨日完成したところなので術式の動作確認迄はしていない。
デスグレイによると、今日毒入りの心配は無いから確認よりも完成品を用意している方が大事だと言われた。
マリオンとしては花飾りの有無の方が大事なのだと思ったが……。
「待て、私は聞いてないんだが、許可は誰が出した?」
「せ、先生が。只の飾りで。
『サプライズに気付かなければそれまでだ』と……。」
ジグラードの不穏な気配に、思わず肩身が狭くなるマリオン。
「はっはっはっ。君が心配する必要は無いぞマリオン。
さてはその前段階で報告を隠したクソ爺が全ての元凶だからな。
危険物を持ち込んだ訳でも無いのに、お披露目する価値のある物を用意した君が非難される謂れなど無い。ちゃんと似合っているぞ、マリオン。」
「あらあら。けれど、それ金属製よね?
金物の魔導具は術式の刻印が難しくて、細工師としての技術も必須だと思ったのだけど。」
怒りを沈めるジグラードに今は安心しておこうとマリオンはお茶を口に含むと、改めてロザリンド王妃が花飾りに興味を示す。
「私は魔力糸を金属に出来ます。
術式部分を魔力糸、本体部分を金属糸で編み、糸を熱で一体化させて、魔力糸を抜く。糸あった、部分が空洞になる。
以上、刻印状態の金属細工が出来ます。」
分かり易く実演しようとヴェールヌイを呼ぶ。
羽搏くヴェールヌイが小鳥並に小さくなって肩に乗ると、マリオンが出した魔力糸を自身の体に巻き付け、金属糸に染める。
そのまま金属糸を操って、目と鼻に小石を嵌めた刺繍猫を編む。
最後に一本の糸を引き抜くと、立っていた猫が机に寝そべる姿になる。
「完成です。熱と付与、形以外、手順同じです。」
大きさは親指大。金属糸は魔力糸の数倍は消耗するが、この程度なら少し疲れるだけで済む。術式は無いので本当に手慰みという奴だ。
今度はヴェールヌイも飛び立たず、肩に乗ったままで首を折り畳む。
「さ、触っても構わんかね?」
「はい、差し上げても構いません。
金属糸ですので、怪我には注意を。」
早速精霊が二人ほど背中に乗って遊んでいたので、オークレイル王は精霊の邪魔にならないよう、ゆっくりと目の高さまで持ち上げる。
動かしにくそうだったので、精霊達に花飾りで誘うと他の精霊達と一緒に遊び始めた。王様も思わず目を丸くしていた。
一方で他の三人も順番に手に取り、繁々と猫の出来を観察する。
「いや、これは見事だ。そうか、報告では気付かなかったが、金属糸にはこの様な使い道があるのか。」
「なあコレ、材質は何だ?何か普通の銀より大分頑丈そうだが。」
「ミスリルです。普通の銀は、これからです。」
「「「………。」」」
マリオンの言葉が理解出来ず、内容を呑み込むまでにしばし見つめ合う。
ミスリル。純銀、真銀の異名を持ち、精霊が宿れる程に親和性が高い魔法金属の名前。不浄なるものへ浄化能力が宿り、呪術への対抗手段として珍重される。
「ね、ねぇ。今、ミスリルは出来て銀は出来ない、みたいに聞こえたのだけど。」
「お恥ずかしながら。
慣れれば鉄も、と聞いています。」
「ま、待て!ミスリルは一流の頂点に立つ職人が、精霊の力を借りながら限界まで魔力を浸透させて鍛え続けた後に、初めて完成する真なる魔法金属の筈だ!
君はもしかして、ミスリルを自在に生み出せるのか?!」
咄嗟に両肩を掴もうとしたサミュエル王子の手をヴェールヌイが払い、軽く謝罪した後何処かへ走り出さん勢いで両拳を振り回す。
一応怒ってないと思ったマリオンは、話に違和感を覚えて首を捻る。
「誤解、かと。
ミスリルと銀の違いは、精霊力が宿って、密度と強度が増した銀、です。
銀を鍛えながら魔力を注いで、精霊が通り易く鍛えていれば、密度が増し続けるのだと。」
「ぅうおおおお!?!?!」
素っ頓狂な声を上げて万歳の姿勢で両拳を握り上げるサミュエルにジグラードは呆れながら、手振りでマリオンとヴェールヌイに大丈夫だと伝える。
「落ち着け馬鹿者。
詰まり君は、銀には精霊力が宿れば密度が増す性質がある、というのだね?
魔力の薄い銀では精霊が入れぬが、魔力の質が良い状態で銀を圧縮すれば、自然と精霊の力が満ち、ミスリルになるのだと。」
サミュエルを宥めた王は、自分なりの解釈でマリオンの言葉を纏める。
「その通りです。」
証拠はと聞かれれば、今作った現物を鑑定して貰うしか無い。
だが幸か不幸か、王は成程成程と何度か頷くも、それ以上追求しない。
「お?ぉおお!!!成程、流石は父上!驚かせて済まなかったなマリオン嬢!
だがこれだけは覚えておいてくれ。ミスリルは完全に解明された事の無い金属だ。その製法は巨万の富に等しい。金銭については理解しているかね?」
「はい。買い物に使い、時に命を奪う者もいる特別な物だと。」
「そうか。他にも色々あるから覚えておくと良い。
君がミスリルを作れる事は隠せないかも知れないが、製法の方は最低でも君の口からは隠してくれ。それは命に係わる秘密だ。」
必要があれば王家の方から公開する、とサミュエルが他の三人にも同意を取る。
慌てたジグラード含めた三人も、即座に頷いて肯定する。
マリオンとしても加減が分からないので、口を噤むだけで良いのなら有り難い。
「まあ、今回の目的は我々との顔合わせだ。
必要な話はジグラードを通して貰えれば良い。うむ。」
無粋な話はこれまでだ、とオークレイル王が次の茶菓子を指示し、お前達も沈黙を貫けと周囲に命令を出す。
(元々この場での会話は他言無用ですけど、改めて命令した場合は更に重い意味になるんでしたか。)
重い話は置いておこうと、再び雑談が始まったのだが。彼らの質問に答えるのは結構難しかったので、ロザリンド王妃の真似をして聞く側に徹した。
王妃様曰く、子女は適切なタイミングなら壁の花に徹する事も必要らしい。
※次回、文章量の都合により6/23日の金曜投稿をします。