王族の茶会2
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型紙を用意するだけでも一手間掛かると思われていたと気付いたのは、マリオンが実際に魔力糸で形作った型紙でサイズ調整した時だった。
「そっか、魔力の糸だから現物の服をすり抜けるんですよね。
お嬢様が操る魔力糸の数なら、普通に現実的な手法ですよね……。」
マリオンに求められたドレスは普段着として使うドレスの類で、夜会用ドレスと私服の中間に位置する最もラフなドレスだという。
椅子に座る前提なので、後ろが豪華過ぎても問題。スカートを膨らませる必要は無いどころか、乗馬服をアレンジしたスカート風ズボンでも良いとの事だ。
この国では乗馬というのは貴人全般の教養であり、社交的な趣味なのだとか。
「ただお嬢様は当分の間は乗馬に誘われても断れるよう、普通にスカートを選んだ方が良いですね。」
最初に用意された侍女用ドレスよりは豪華に。一方で家柄を示す紋様は省く。
正式な夜会なら腰か肩に帯や羽織りを羽織って身分を示すか、家紋を描いた装飾品を周りが見やすい位置につけるのだとか。
「まあ今回は未定の家紋を使う訳には行かないんですが。」
「布地の選定、今日出来ます?」
小首を傾けるマリオンの返答に、解説する侍女達の方がええ勿論と頷き、私室の方角を指差す。
「お嬢様が頂いてる布地なら夜会でも十分使えます。
今使っている手袋も、当日使い回しても良い一級品ですから。」
オークレイル王国では儀礼用の服を除けば、大体の場合で洗濯した服を着るのは普通と認識されていた。
庶民と比べれば遥かに少ないが、下着も使い回すのが王族でも常識。
これは付与魔術が普及している国々では割と共通の風習だったりする。
何せドレスや儀礼服には防護付与がなされている。一品物が多過ぎる上に、先祖代々で引き継がれる防具もある。
再利用と洗濯を否定するのは、率直に言って環境と経費が許さなかった。
汗の多い部分は取り外し可能にするか下着で補い、汚れを残さない方針で作成。
時に下着には防護では無く浄化、洗浄系の術式を用いる例もある。
交換が容易な素材に用いる日常用の付与魔術、それが服飾付与の中で最も多くの顧客に望まれる形式だ。
マリオンが付与の無い下着を編み上げたのに王族全員が愛用した理由は、下着の洗濯は必須と捉えた国全体の文化が下地にあった。
(でもまあ、最近は浄化術式を下着に付けてますけど。)
着心地爽やかで使い回し回数が増えると、中々の高評価を得ている。
なのでドレスに付与を付けるなら汚れ対策は不要。暗殺防止に防御力を重視して全体と一体化した高位術式を、裏地か意匠に組み込むべきだろう。
デスグレイ先生に魔力糸で編み上げた型枠を見せ、どの様に防護術式を刻むのかを相談してみると、何故か呆れられた。
「立体の模型を見ながら術式の相談とかが先ず非常識だ。
更に言えば、効果が無かろうと術式模様の魔力糸を編んで配置を相談出来るのは君一人、唯一の強みだと思っておけ。」
間違っても他人に出来て当然だと思うなと、念入りに注意された。
普通は魔力を糸化出来ず、一般的には球体や平面で止めるのが精一杯。修行目的で魔力を留める訓練はあるが、分単位で維持する者は稀。
そもそも世間では属性魔術を如何に早く用いるかを鍛えるから、純粋に魔力だけを留める特訓をする者が少ない。
「想像してみたまえ。仕事では必要とされない高難易度技術を、出来て当然と言われた相手の反応を。」
出来ない謝罪、ではないのだろう。この場合の意味合いは、裁縫職人に鍛冶仕事を要求する様な真似、だろうか?
「謝罪なんて在り得んからな?
無理難題を要求して、自分の得意分野で自慢。となれば大抵の相手は侮辱されたと考えるのが常識だ。」
「それが……侮辱。」
分からない方が悪い、では無いのだろうとは何となく分かって来た。
「……君の場合は自分に置き換えるな。私にとっての非礼だと考えろ。
そうだ、そこで上と下の意匠を繋げて魔力が循環出来る術式に組み立てろ。
ああ、それが基本の形状だ。」
ちょっとここ、立体だと位置がズレるな、と指摘されて糸を伸ばす。
(先生にとっての非礼。つまり、先生にしてはいけない事?)
質問、は口答えじゃない。先生が魔力糸を使えない事を、出来て当然と言ったら侮辱、だろうか?言われた事が理解出来ないのは、侮辱?だろうか。
「こんな風に話しながら微調整出来るのは、とんでもない強みだ。
もう一度念を押すが、強みだ。他の者なら絶対に自慢する程の長所だ。」
「有り難う御座います。」
話が難しい時は、ストラード家の方を疑え、だったか。
「ジグラード第二王子殿下、ドレスのデザインが決まったとの報告が……。」
「いや早いな!いや、流石に候補だったか!安心したぞ!」
五枚程のデッサン画を見て、絶句する。あれ、確か提案して五日目。
早くね?付与術式もきっちり間に合うって話だよな?
「このデザイン画は、随分立体的だが。誰が描いた?」
恐る恐る執事を見上げるジグラード。
「マリオン様が、魔力糸で編み上げたドレスをスケッチした後にある程度細かくデザインし直したと聞いています。」
「そうか。絵、上手いな……。」
勿論プロの指導を受けた筈も無く、画家になるなら指導は必須だ。けれど要点も抑えて外観に注文を付けるだけなら何の不都合も無い絵だ。
五択か、と再び呟き。
「付与の方に問題無ければどれでも良いと伝えろ。そっちは流石に分からん。」
マリオンは本当の意味でドレスを最後まで完成させた事は無かった。
担当するのは全て下働きで手直しで裏方で、だから一から十まで全てを自分一人で行う最初のドレスが、今自分が手掛けている初めての作品となる。
「では、魔力を流します。」
服飾付与は最後に魔力を通す。理由は服の全体に魔力を循環させるためで、作業段階で魔力を通すと未完成部分が術式から除外されてしまう。
複層式の防具では逆に部品単位で完成させる方が一般的だが、服には浄化や体調維持の術式も含まれるため、可能なら完成後に術を発動させた方が良い。
「わぁ……。」
ドレスに輝きが灯り、帯や術式に光が繋がる。
魔力線の繋がるドレスの端から端。袖や襟を始めとして、スカートの端に加えて腰回りや首回りなど。布地全てに魔力が満たされて、一体化して定着する。
「ふむ。途中休憩を挟むべきかと思ったが、この速さで定着させるとは、中々。」
初めてとは思えぬ安定感じゃったぞ、と頭を撫でるデスグレイ先生に、マリオンは照れ臭さに頬が赤くなる自分を実感していた。
脇で見ていた侍女達もわっと歓声を上げ、拳を突き上げたり手を握り合ってる。
「うむ。精霊が普通に遊んでいる以外は特に変わった点は無いな。
何もアレンジしなかったのか?」
デスグレイは微妙に残念そうな顔で聞いてくるが、変な期待をされても困る。
「最初の一回目ですし、これから何度も袖を通すものですから。」
「まあそんなものか。」
納得してくれたところで折角出来た七日間ほどの猶予を有効活用しようと、コルネリアに礼儀作法の復習か一部授業の再開を打診してみる。
『それも良いが、どうせなら我の方から母に提案がある。』
聞いて貰えまいか、と珍しくヴェールヌイが口を挟んだ。
「!ええ、何かしら?あなたも何か欲しいものが?」
『生憎と我に私物は要らぬ。それよりも一つ試して欲しいのだ。』
ヴェールヌイの話は確かに提案と呼べるもので、しかしコルネリアは絶句して顔から血の気が引いていく。
半面デスグレイ先生は、全身で喜色を露わに歓迎するものだった……。
※読み易さを重視し、前作より細分化して投稿予定。
多分金曜日投稿も増えます。