第三章 王族の茶会1
◇◆◇◆◇◆◇◆
マリオンの今のプチブームは、精霊達に金属製の装飾品を付ける事だ。
本来精霊と金属は然程相性が良い組み合わせでは無い。
金属は土属性の頂点とも言うべき存在で、土属性のみが金属に適した属性だ。
なので金属製装備の付与魔術は第一に強化、第二に増幅。他属性の付与は殆どの金属で高度な術式となる。
だがマリオンの金属糸は基本が精霊製なので、微量であれば精霊に近い性質を持ち合わせ、精霊と一体化も可能だ。
言わば金属の性質を持った精霊糸、と言うべき代物だった。
今まではブーケ止まりだったが、魔術知識を得た今ならティアラに指輪、髪飾り等に加え、立体的なふくらみを持つドレスも再現出来る。
後は――。
「はい、どうぞ。」
傍らに控えるコルネリアが扉を開き、ジグラードを客室で出迎える。
今マリオンは寝室、私室、書斎、客室の四つの自室を与えられていた。
浴室や洗面台、食堂等は王家客人用のものを使い、勉強には今誰も使っていない王族用の勉強部屋を借り、礼儀作法の訓練もそこで行う。
魔法授業の時は王族専用の魔法工房に出向き、デスグレイ先生の授業を受ける。
受講中の魔術と一部の魔法は此処でしか許可が下りないが、単位を取った中で簡単な術は自室でも使って良いと許可を得ている。
多くの人間にとって狭い世界なのは変わりないが、劇的に変わったマリオンにとっては驚くほど広がった生活空間だ。気が休まる場所ばかりではない。
けれどジグラードの来訪だけは、どの場所であっても楽しみにしていた。
「うぉ!こ、これは凄いな……。」
挨拶をしようとしたジグラードが驚きに目を瞠り、侍女長コルネリアの咳払いで慌ててマリオンに挨拶を交わす。
返礼を返したマリオンはジグラードが驚いたものの正体に気付き、笑顔で頷く。
「ええ。折角ですので、精霊達の遊び場を作ってみました。」
部屋の一角を占拠するのは子供向けのベット程度の大きさの、様々な遊具を並べた今でいうジオラマの様な空間だった。
月の模型を揺らして遊ぶ精霊に、波打つ滑り台を転がる精霊達。
小さな家屋で熟睡する精霊も居れば、高台で楽器を鳴らす精霊も居る。
流れる星々にぶら下がって笑う精霊など、精霊眼を持つ者が見れば眩しいほどの輝きが満ち溢れている。
そう。精霊眼持ちには、太陽光が乱反射しているくらいに眩しいのだ。
(せ、精霊達が子供の様に普通に遊んでいる……!!)
落ち着いて目が輝きに慣れると、その凄まじさが実感出来る。
一目で数え切れないほどの精霊達が、多様な遊具に集まり飛び回る。
繰り返しになるが、精霊は気紛れであり、一ヶ所に留まる事も稀だ。
契約すれば呼び出す事は出来るが、契約精霊ですら常に一人の人間の元に留まり続ける訳では無い。精霊を一つの場所に止めて置く手段など普通無い。
邪法であれば精霊を拘束する手段もあるというが、常識的に生きていれば知る事すらない知識ですらある。
「な、なあ。これに、付与魔術は使っているのか?」
「?いえ、魔法が無い方が自由に遊べますから。」
ひょっとして同じ精霊がずっと留まり続けている訳では無いのかと考え、唐突に勘違いに気付く。さっきも彼女が言っていたでは無いか。
このジオラマは、正しく精霊の為の遊具なのだと。
(精霊を活用するのではなく楽しませる、か。精霊に触れるために血と汗を流す者達には到底届きようも無い発想だな。)
ジグラード自身も想像すらしなかった。
成程精霊に愛される訳だと、深い溜め息と共に納得出来た。
一方、敢えて訪れるまではと黙っていて貰ったマリオンは、悪戯が成功したと二人を椅子に座らせるコルネリアと頷き合う。
呆然と見つめるジグラードの姿を見れば、侍女達にも成功が伝わりちょっとした歓声が上がる。ジグラードが我に返るまで暫くの時間を必要とした。
侍女達の中で精霊眼を持つのはコルネリアだけだが、魔力だけは感じ取れる。
それに時々柔らかい光を放ち、風に逆らって揺れ動くジオラマが特別な代物なのは全ての侍女達にも理解出来た。
マリオンの創った作品が受け入れられたのは、侍女達にとってちょっとした祝い事でもあったのだ。
「それで、今日は何か御用がおありなのですね?」
多分先日コルネリアから聞かされた国王陛下とのお茶会の話なのだろう。
マリオンの指摘に頷きを返して、紅茶で喉を濡らす。
「そうだ。茶会自体は一月後に決まったのだが、父の方から一つ提案をされてな。
茶会当日のドレスを、君が作ってみないかと言われた。」
軽口に聞こえる無茶苦茶な提案に、既に完全にマリオンの味方と化した侍女達が揃って目を剥く。それは一体どういう意味かと。
「あ、はい。色や形状の指定、御座いますか?」
「ああ、この書類に必要なルール、禁止されている意匠などは記載されている。
授業の方は調整するが、時間はどのくらいかかる?」
拝見します、と手渡された書類を確認すると、儀礼的な禁止事項は元々マリオンが把握している内容とも一致しており、実に判り易い資料の数々だった。
なんと実際に使われた衣装の作品画まで用意されている。
「ちょ、ちょっと待って下さいジグラード様!
マリオン様もこんなギリギリの要求を引き受ける必要は無いんですよ?!」
慌ててコルネリアが口を挟む。
侍女達も挙って頷く辺り、それが普通の反応なのだろう。だがマリオンとしては首を捻るしかない。
「え?……えっと。無茶、分かりませんが、どういう事でしょう?
指定ドレス、種類は祭典用、儀礼用ではなく。夜会用か私服ドレス。
今ある私服改造か、アレンジでも可、ですよね。
定時休み、最小の手間なら。三日あれば何とかです……が?」
その言葉であっと見落としに気付く。
何も生地から全て作る必要は無い訳か、と。あれ?最低限必要な物は全て揃っている。一体何処に理不尽があるのか。
「いやいや!それでも本来ドレスは色合いや季節柄も踏まえて三ヶ月が常識の筈!
え?そもそもマリオン様は初めてでは無いんですか?」
「ストラードに居た頃に多少心得がありそうだと予想しての提案だったが……。」
「ああ。はい、基本的な構造は。押さえてあります。
色染めは流石に未経験でしたが、生地の部分変更、印象の変更等の修正。半日前に突然という話もあって、結構やりました。
一から全部なら、一ヶ月あれば何とか、間に合わせます。」
これには流石にジグラードも絶句する。
というより言ってる意味が判らない。え、今の注文の話か?服だよな?
「いや、その場凌ぎでも当日は無いだろ。え、何?今日はレースの気分じゃないとか突然言い出したりするのか、あの家。
それってかなり継ぎ接ぎで誤魔化してる印象になるんだが。」
術式を完成させるのは自分では無いので、実際はもっと猶予あったかも知れませんがと答えるが、それでも周囲の全員がドン引きするには十分だった。
「いやいやいや!どんだけ適当にやってるんですか服飾貴族の分際で!
付与が後付けって、それ本体に組み込まれてないって意味ですよね?術式がアクセサリーにしかなって無いじゃないですか!
んなドレス恥ずかしくて着れませんよ!」
三流貴族が市販品で取り繕うための小細工じゃないですか!と恐怖すら覚えてそうな雰囲気で頭を抱えるコルネリア。
うぅ、夜会服では定番の手法だと思ってた……。
「あの連中、妙にアンバランスなドレスで現れる時があると思ってたら、そういう仕掛けか……。
ま、まあ王族に見せるドレスだ、流石に手抜きは不味い。
防護術式はきっちり服と一体化させてくれ。」
言葉遣いが壊れる程戦慄したコルネリアを宥め、これは最低限のオーダーだと補足するジグラード。執事にさきの話をと、メモを取らせながら話を戻す。
「と、兎に角定時内に就寝するのであれば、勉学の時間を製作に回して構わない。
全てを一から作るか、現行のをアレンジするかも君のセンスに任せる。
無理をしないでどの程度の作品が出来るのかを知りたいだけだから、極論失敗しても大丈夫なんだ。元々用意してあった服もあるしな。」
後夜会服じゃなくて私服ドレスな、と修正する。私服用ドレスでこの豪華さ、となると王族にとってのドレスは想像より大分豪華なのかも知れない。
「御免なさい。付与付きの完成品は見た事無いです。
宜しければ実物。幾つか、見せて頂けないでしょうか。
付与無しなら二週。ですが、付与の構造はこちらでしか教わらなかったので、今の私、お答え出来ません。」
こめかみを抑えるジグラードが分かった、とコルネリアに衣装室を好きなだけ見せてやれと指示を出しす。
一方で詰まり連中、人に作らせた物を分解して入れ替えたり、一部分だけの加工物を自分の作品だと言い張ってた訳かと、小声で呟き怒りに震えている。
(あれ?何か想像以上に私が関わっていた事になってる?)
「しかし、付与術式は秘伝では無かったのですね。」
マリオンの言葉にジグラードが相好を崩す。
「いや付与術式自体が難易度高いからな?
魔力糸を扱えてしかも得意って言える魔術師が希少なんだ。
服飾への付与は防具以上に安定しない。だから金物と違い装飾品の付与術式は、国の承認を得た魔術師全てに公開されている。」
防具の場合、加工技術も関わるから秘伝認定されれば国に保護される。だが本音を言えば他国に狙われる秘伝より、売りに出せる工芸技術が欲しいのだ。
「最も人気のある付与は魔剣を代表する武器の類だが、こっちは公開非公開以前に大部分が失伝しているな。
力のある素材を魔具扱いし、製造技術を復活させたら勲章が貰える。」
尚、武器の破損防止程度なら今の技術でも可能だが、他はほぼ何も出来ないのが現状だという。少なくとも店売りされる様な魔剣は破損防止だけだ。
例えば雷を放つ剣など、発見された段階で強制的に国宝になるレベルだとか。
「何にせよ、別に高い技術を期待している訳じゃない。何せ付与魔法自体が我が国ではこの程度だからな。
我々に下手な服を着せたら問題だろうが、今回はあくまで君が着る分だ。
今まで既製品ばかりだったから、一番君の恥にならない状況でお願いしてみてはどうかと提案されたのだよ。」
「でも、初顔合わせです。」
後、一番評価が問題になる相手。
「……済まん、私の家族は茶目っ気が好きなんだ。」
思わず全員の視線が宙を仰ぐ。
反論が全滅し、マリオンは早速ドレスを見せて貰う事になった。
侍女達に衣装室へ案内させた後も、ジグラードとコルネリアは直ぐ立ち上がらずに私室へ残っていた。
マリオンが居なくなった事で精霊達も半分くらいが居なくなったが、それでもマリオンの作った遊具には割と非常識な数の精霊が遊んでいた。
ジグラードはマリオンを見送った後の、不満の表情を隠さないコルネリアにもう良いだろうと声をかける。
「王家の方々は、本格的にマリオン様を仕立て屋になさりたいとお思いですか?」
侍女長コルネリアとしては、労働の対価としての保護か純粋な家族に迎え入れる方針かを問い質したいのだろう。
「仕事量自体は足りていると言っても、ストラードと言う前例がある。
対抗馬が無くなったキャンベル家が、将来王国が存続する間に一切増長しないとでも?」
「それは真っ当に技術継承をして、正しく育てられた相手の話です!」
権利一つ与えられずストラード家の負債だけ押し付ける等言語道断と、鼻息荒く抗議するが、実際ジグラードも元々職人扱いする心算は無かった。
「家を継がせたいのは兄の私情だが、総意ではない。
父としてはストラードを潰す建前に使いたいだけだ。」
「では、何故あの子に無茶な期間でドレス作りを提案する話に?」
「出来ると思っていなかったからだ。少なくとも私はな。
父の提案は兄に焦るなと、この程度しか教わってない、幼子同然の扱いしかされてない娘に一流の職人としての仕事を求めるのかと。
実物を見せて説得するためだと聞いている。」
だが成功する見込みが無いと思っていた訳ではない。
だから敢えて取り繕ったドレスを用意しやすいよう、期間ギリギリの場の披露を提案したのだったが。
(だがストラード家の惨状が想定に輪をかけて腐っていたとは。)
マリオンは知らない話だが、ストラード家は今義務最低限の仕事しか受けてない状態が続いており、しかもドレス全般の質が落ちている。
内偵の結果、マリオン失踪後に市井のドレス職人を秘密裏に連れ込み、半ば脅迫同然で抱え込んだという情報が入っていた。
(連中は自分の娘の腕頼みの仕事をしておきながら、当の本人を使い潰しても平気だと思ってた様だな……。)
現状の問題は精霊の力を宿す秘術をどう継承するかだが、その辺は家を潰す際に力尽くで吐き出させればどうにでもなる。
しかもマリオンが存命の内に精霊の未知なる特性が判明すれば、彼らの秘術すら不要かも知れない。というか先程の情報を踏まえると既に十分な気もする。
どこぞの一族が仕事を出し惜しみしていた所為で、既に服飾貴族としての権益は大部分がもう一方、キャンベル伯爵家に移っている。
こちらは商家を抱え込んでおり付与無し衣服でも相応に稼いでいるため、平民を見下す傾向も低い。技術すら軽んじるストラード家とは犬猿の仲と言って良い。
ストラード家を存続させる利益など既に、無いに等しかった。
(その辺裏付け出来ればそれで良し。
実際殆ど関わっていないだろうと、扱いからは想像していたが……。)
「では、積極的に継ぎ接ぎで良かった、と?」
「付与まで間に合いそうとは、流石に思わなかったからな……。」
違う方向で兄の説得に苦労しそうだ。
を露わに歓迎するものだった……。
※続きは明日、6/10日投稿です。
※23/9/10 後半に 王族の茶会2 が残っていたので修正いたしました。
報告有難う御座います!