第二章 魔法授業
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どうも精霊の治療と言うのは予想以上の大事だったらしい。
マリオンとしては自分の体で試した事をそのまま精霊達に応用しただけなのだと話すと、また皆が口元や額を押さえ出す。
段々昔話の定番になって来たなと思いながら、以後のマリオンの授業には精霊や魔法に関する知識も重点的に学ぶ事となった。
「そうは言っても、我々には精霊について殆ど分からなかったと言ってよい。
ある意味マリオン嬢が第一人者だと言える程にの。」
精霊は自然界に存在する魔力に似た力の塊で、ある程度の意志がある存在を指すという。厳密には、意志と思われる行動を見せる存在、か。
魔術師は自前の魔力を変化させて魔法を使うが、術式で形作った魔法よりも精霊の力を分けて貰った魔法の方が威力は大きい。
しかし精霊の力は必ず分けて貰える訳でも無く、結果的に魔術は即興で操る現象魔術が廃れ気味で、魔導具を介する錬金魔術が主流となった。
錬金魔術には明確な利点があり、一つは術式を事前に用意出来るので、現象魔術を扱う難易度と速さが劇的に下がった点。
更に精霊が宿る魔導具を作れれば精霊の力を借りるのに近い効果が生じる点。
そして何より、動力に魔力を用いる事で道具効率の向上が見込まれた。
欠点は単純だ。金がかかる。初期費用がべらぼうに高い。
長年の生産により徐々に難易度や元手の回収が済み、原価が下がって来ている。
しかしそれでも錬金魔術は貴族の魔法であり、妖精眼の持ち主は殆どが魔術師の門戸を叩くほどには高給取りだった。
「そして錬金魔術最大の値上がり要因が、素材に魔力を定着させる難しさな訳だ。
加工に失敗したら大金が失われるし、定着しても加工が容易とは限らない。」
では、マリオン君の利点は何かね、と宰相教師デスグレイ先生が質問する。
「服飾に限り素材も魔力の定着も問題無い、という点でしょうか。」
「半分正解。普通の人間は自分の魔力の範囲内でしか魔法を使えない。
君みたいに複数の精霊からも力を借りれない。だから術者の体調や魔導具の質によって精度、作業量は大きく変わる。」
安定した作業を行える精霊魔法など、常人には妄想扱いされる程の異常事態だとデスグレイ先生は語る。
勿論マリオンも無尽蔵に精霊に頼れる訳では無い。向こうの気紛れで力を貸してくれる事があるだけで、普段は魔力との等価交換に近いのだが。
「確実に精霊と魔力交換が出来る方法は無いのだよ。
魔導具によって特定の状況下で精霊の力に似た効果、そこまでが魔法でギリギリ再現出来る範囲だな。とにかく細かく条件を設定する必要がある。
常に精霊の力を借りられるのは精霊と一体化した、国宝確定の秘宝に限る。」
『私は物ではない。』
視線をヴェールヌイに移したデスグレイに、感情の感じられない態度で補足。
多分、魔導具の類では無いと言いたいのだろう。
「そうですな。半精霊で、魔力生命体と言う新生物だ。
そしてマリオン君に精霊魔法の中でも特に高度な力を授けて頂ける、精霊の力を自在に扱える奇跡の体現者でもある。」
遠回しに国宝が霞むと告げ、視線をマリオンに戻す。
「よって、ヴェールヌイ様は既に知られている者達の前以外では基本話さないようお願いしたい。話す時はマリオン君の問いかけにのみ応じる形が望ましい。」
精霊が敬われる理由の一つに、人の手が届かぬという点は見逃せない。
会話出来る、口先で騙せる可能性があるのなら、邪道の人間にとってはそれだけで欲望の対象になる。
『知っているとも。
だから私は、母の生死が必ずしも我が死に直結しないと伝えた。』
報復を恐れよ、と告げて口を閉ざす。
多分、ヴェールヌイにとってはマリオンの命だけが特別なのだろう。
「そうですか、安心しました。」
価値観の違いは時に絶対の壁であり、説得不可能とあれば脅迫者も減る。
マリオンの敵対者には、ヴェールヌイの独断による敵対が確実に存在するのだ。
(そもそもヴェールヌイは頼みを聞いてくれてるだけなのよね……。)
恩返しは色々画策したが、今一手応えは感じていない。
本来の該当者が評価対象にならない所為で今一判断に困るが、マリオンにとってヴェールヌイは一般的な意味での父親か、兄に相当する存在だと思う。
気が付いたら七色に輝いていた事もあって、自分の創作物と言う実感は薄い。
「で、だ。マリオン君には折角なので、自分の強みを活かす魔術を習得して貰おうと思っている。」
「強味?」
今マリオンの髪の毛で遊んでいるこの子達だろうかと、精霊達に視線を向ける。
「違う。滑り台と化している君の髪の毛は一旦忘れたまえ。
君は金属の糸を自由な形に操れるだろう。だがそれはあくまで糸だ。
鉄かも知れないが鋼じゃあない。」
指先に炎を灯すデスグレイ。
精霊を介さず呪文も無く現象魔術を操る姿は、間違い無く天才の一人だと、今迄の説明を聞いたマリオンなら理解出来た。
「溶接……。糸を板に出来たなら。」
「その通り。先ずは必要な術式を理解して貰う。」
術式の意味を解説付きで理解し、魔力糸で術式の造形を再現する。
座学から実地に移ったマリオンは、魔力糸を繋げて術式の発動を試みる。
「魔力糸を過信し過ぎるな。魔力が繋がっている以上、切り離されていない魔力糸は術式の一部だと理解したまえ。」
魔力を糸状で操るのはあくまで秘術、秘伝の類だ。本来魔力は自由に形状を形作れる無形のエネルギーだ。
やがて魔力糸抜きで判子の様に空中に術式を形作れるようなると、初歩的な属性魔術は自由に操れるようになった。
「では本番だ。金属糸と術式を別々に発動し、効果範囲を重ねるのだ。」
最初は熔けたり弾けたりを防護服で防ぎながら練習を繰り返したが、その内に形作った金属糸を溶かすより、熱の通った金属糸を操った方が造型し易いと気付いた。
「見事。これで冶金魔術は概ね習得完了だ。」
後は基礎的な付与魔術に対する理解を深めれば概ね授業は終了だ。
既に課程の大部分が終わり、もう少しで全授業が終わるとデスグレイとはお別れになるのだろう。そう考えると少し寂しいものがある。
「うん?言ってなかったか。
ラッセル宰相――デスグレイ先生は君が結婚するまでの後見人だ。別に会わなくなる事は無いぞ。逆にこれからは君が研究される側になる。」
「待って下さいジグラード様。」
後服着て、と上半身裸で護身術の鍛錬に励むジグラードに、妙な気恥しさを覚えながら、伏し目でタオルを渡す。
因みにジグラードは細マッチョだ。スラっとした細身ながら、実に縦横無尽。
鍛錬を始めれば殆ど動きを止める事が無い、驚くほどの体力を誇る。
「はっはっは。
半年前は恥じらいの意味すら理解出来なかった君が、随分成長したものだ。」
「変わらぬ者は、精霊達かヴェールヌイくらいです。」
乙女にはあるまじき姿を晒していた半年前を思い出し、羞恥心で顔を赤くする。
ジグラードもまあな、と同意して汗を拭き終え、マリオンが用意した薄手の下着を気持ちよさそうに着る。
今、他の職人達が技術を習得するまでの間と条件付きだが、王族全ての下着はマリオンが編み上げていた。
他にもちょっとした衣服の類にも手を出し、布地の品であればジグラードの服は全てがマリオン製の物に変わっている。
着心地の良さもあるが、それ以上に精霊達が寄り付き易いからだ。
精霊眼を持つ者は貴族にもそれなりに居るので、精霊が寄り付き易い者は貴族にとってちょっとしたステータスなのだ。
因みに庶民となると精霊眼が少ない事もあって、それほど精霊が気にされる事も無いらしい。
「現在ちょっと君の立場の扱いが、家族間で折り合いが付かなくてな。
話がまとまるまで宙に浮くのは不味いから、暫くの間は宰相であるラッセルが君の保護者代表なんだ。」
「養子以外、どんな立場が?」
「そうだな。先ず養子候補として、父と兄と私の三人が上がっている。」
つまり王族なのは変わらないらしい。
最上級の養子候補が並ぶのは、今なら恐れ多いという発想も理解出来る。
「だがそれ以上に、君をストラード家当主にすべきだと私の兄が強く推しているんだよ。」
ストラードの名前にびくりと肩が震える。実の所マリオンは、父の顔をはっきりとは覚えていない。
元々十歳まで軟禁されていた上に、以降父が来る時は殴られる時だ。迂闊に顔を直視すればそれこそ容赦無く暴力を振るった。
マリオンの恐怖は、本人の姿形より、来るという事実そのものにあった。
「心配は要らん。君が家を引き継ぐ時はあの家の連中が爵位剥奪される時だ。
君がこっちに来た辺りからあの家から送られる服飾は大分質が下がっていてな。
最近は特に増長甚だしいと、皆とっとと切り捨てたがっているんだ。」
そもそもオークレイル王国に伯爵位以上の貴族は王族しかいない。
伯爵位を授けて王族の側近入りすれば、事実上マリオンに強権を振るえる者は居ないという理屈だ。
厳密には直系以外の王族は公爵になるが、役職に就かない限り代が下がるごとに爵位が下がるので王族に該当する者は十人程度だ。
「まあ王家は君の後ろ盾になるという点では一致している。
礼儀作法も問題無いようだし、今度王と兄に対面して貰う事になるな。」
流石にヴェールヌイ様を見せずに話を進めるのは限度があるのでな、と確認を取るが、ヴェールヌイは特に無反応。けれど。
「大丈夫です。」
実の所ヴェールヌイは人と違い、意識しない会話は聞く事が出来ないらしい。
その代わり聞き逃した話でも一呼吸程度遡って聞き取れるというので対話に支障は無いが、マリオン以外が話しかけても絶対気付くとは言えないのだ。
なのでジグラード達がマリオンに話しかける際、ヴェールヌイが近場にいる時は常にマリオンが魔力糸を通して伝える方針を取っている。
これは内密な相談にも都合が良いのと、マリオンが見落としがちな人と精霊との相違点を指摘して貰う意味もあった。
両者の関係が分かり易いのでマリオンに対する護衛的な意味でも、ジグラードに人前に出る時は必ず繋げて置くよう念押しされている。
「では日程はコルネリアに確認しながら調整するから、彼女から聞いてくれ。」
分かりましたと頷き頭を下げる。その場を立ち去ってからふと気付いた。
そう言えばさっき、私がデスグレイ先生の研究対象にされるみたいな話をされていたのでは?
(されていたぞ。そこはちゃんと聞いておけ。)
「あ、うん……?」
ヴェールヌイに指摘され、謝罪しながら侍女達と共に部屋に戻った。
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マリオンが立ち去った後、ジグラードは侍女達に気付かれないよう小さく深呼吸して肩を解した。
鍛錬場を後にして、毅然とした顔で威厳を崩さず廊下を歩き、一部の侍女達に顔を赤く染められながら、軽く微笑みつつ労うのも忘れない。
書斎に戻り机に座り、肩を下ろす。そして深々と息を吐く。
(うむ!半年で随分育ったな!)
意外と自制心に響く破壊力だった。
なるべく本人の前では以前と同じく振る舞うよう気を付けてはいたが、しっかり羞恥心も芽生えている様子。今後は少しずつ変えても大丈夫かもしれない。
ジグラードはむっつりでは無い、オープンだ。
だが節操も拘りもあるし、紳士を捨てる気も無い。
欲望に塗れて女を見るのは酒を浴びる様なもの。呑むなら呑まれず雅に味わいたいし、手を出すのなら口説きたいし、恥じらいやムードまで楽しむべきだ。
正直出会った時のマリオンは論外だったが、多少回復しても歳の近さに驚いたくらいだ。ぶっちゃけ異性として意識する程では無かった。
体つきも性別を間違えない程度には膨らんでいたものの、異性と言うよりは庇護対象、妹同然に接して違和感を覚える事も無かった。
が。マリオンの栄養状態が回復すると、遅れていた成長期が花開く。
身長もそこそこ伸び、胸元以外丸みが無かった体形に女性的な膨らみとくびれが育つと、無表情だった顔に明るさと生気が宿る。
今でも表情は硬く多彩とは言えないが、色白の肌に小さく朱が差す控えめな仕草は本人に自覚が無くとも色気を漂わすには十分だ。
(特にあの谷間はヤバいな!下手に無垢な分、デカ過ぎない方が余程凶器だ!)
爆では無い。だが巨だ。品が無くならない絶妙な大きさで、幼さも大分薄れた。
全ての貴族を対象にすれば上は居るだろう。だが同世代では多分最大。
自分への自信の無さと家族同然の距離感が警戒心の薄さとして現れる。
今日も紳士力を総動員して、立ち位置や角度的に危うかった谷間に視線を向けないよう、鋼の克己心を以て耐え切った。
これが社交界なら軽口で指摘して冗談めかしながら褒めただろう。眼福だがと注意を促せばそれで良い。が、彼女は動揺を処理出来ず泣きそう。いや、泣く。
侍女達の反応も怖いが、それ以上に絶対凄まじい罪悪感を覚えるだろう。
何せマリオンが家族らしい距離感に飢えているのは、愛情を望んでいるのははたから見ていて、とても分かり易い。
だがそれ以上に遠慮と不安が今も尚、ちょっとした素振りから顔を出す。
所詮半年だ。警戒心や恐怖心が薄れるには短過ぎると言っていい。甘えたいと理解出来る様になったのは成長の証で、反面不安感も増した様だ。
表情は未だに小さくしか動かないが、慣れるととても素直で分かり易い。
身体を優しく抱き寄せた時に肩や胸元に顔を埋めるのが好きで、頭を撫でられると表情が小さく緩む。
彼女からは決して抱き着かないが、撫で続けて漸く肩の力を抜く。
(香水を付けさせるのと素の香り、どちらが攻撃力が高いのやら。)
以前は抱き寄せたくらいでは届かなかった。今は本人が肩の力を抜かなくとも丸みの圧が服越しに伝わる。正面からは谷間が見える恐れがあり特に危険だ。
なので横向きに、膝に乗せる様に抱くのが紳士力の秘訣だ。
特に最近はオープンのプライドを捨て、紳士の仮面と鎧を総動員しないと彼女を抱き締めるのは非常に困難となっている。
だが、やらねばならないのだ。絶対に野獣になる訳には行かない。
(一番気を許しているのはコルネリアではなく私だと太鼓判を押されたからな!
長年礼儀を学んだ他の令嬢の方が余程遠慮が無いというのにだ!)
下手に距離を取れば、確実にマリオンは遠慮するし受け入れる。
彼女の中では捨てられる不安も拒絶への恐怖も、甘え方に限らず感情の隠し方もまだまだ下手だ。
(さっさと妹扱い出来れば少しは楽になるのだが!)
いい加減早く立場を確定させてしまいたい。一旦妹扱いしてから距離を取るのは彼女の情緒へ確実に亀裂を入れる、嫌な確信がある。
マリオンは今、確実に期待と恐怖が入り混じったまま日常を送っている。
ジグラードには婚約者がいない。一時決まりかけた事もあったが、諸々の政治的理由でお流れになり、派閥争いを避けるために結婚話自体が宙に浮いている。
故に発散させる相手も相談出来る味方も居ない。何せ当面は、家族こそが説得すべき最大の障害なのだから。
確かなのは、ジグラードの紳士力は当分全力で振るわれるという点だけだ。
ニヒルに黄昏るジグラードの元へ、扉を叩く音が届き入室を命じる。
「相変わらず仲が宜しいようで、何よりですな。」
「枯れた老人は楽でいいな。良いから本題に入れ。」
他に相手が居ないからと言って、けけけと笑うのはどうかと思う。
デスグレイ先生ことラッセル宰相は視線に促されて壁際の、記録係用の椅子に手を伸ばし適当に座る。
お互いに気心が知れた間柄なので、公的な場以外は割と気安いのだ。
「結論から言いましょう。
マリオン・ストラードは決して天才の類ではありません。
恵まれているのは才能と言うより偶然、大部分は環境によって磨かれた狂気や執念とも言うべき努力の成果です。秀才型、と言うべき人間ですな。」
「ふむ。中間報告にも言われたが、間違いないのか?」
マリオンがもたらした功績と実力は、怠慢と傲慢に溺れた事を差し引いてもストラード宮廷子爵家全体の実績を凌駕する。
道具さえ揃えればあれほど早く仕事が出来るのかと驚き、もう一方の服飾付与師貴族、キャンベル伯爵家にも確認を取ったが単純作業に限っても随一だとあっさり負けを認めた。本職の、それも職人貴族が、だ。
「はい。確かに彼女は驚くほどの精霊に愛され、絶大な、膨大と言って良い魔力量を誇り、魔力糸の操作能力も当代一です。
それらの大部分が余す所無く、環境によって培われた狂気の産物だと断言いたしましょう。」
狂気の産物、詰まり土壌があると言う意味だ。
姿勢を正して覚悟を決め、続きを促す。
「聞こう。何をやらかした。」
「は。とは言え、やらかし自体は事前に御承知の通りです。
ですがマリオンは情報を与えられなかったまま親の期待に応えようとした結果、裁縫に関わる魔力糸の操作のみに注視して腕を磨き続けた。
そして後に魔力糸の操作こそが生命線となり、手の数と素材の不足を魔力糸で補い続けた。尤も、素材の不足は意図しての事では無さそうですが。」
魔力糸を扱える程の者は本来一生安泰が約束されている。生きるか死ぬかを賭けるほど苦労させるなど、あの家は本当に腐っている。
「魔力量は恐らく幼少期は人一倍くらいだったと予想しています。
だが精霊眼を持つマリオンは精霊を友として、精霊達の為に様々な小物と魔力を提供し続けた。
精霊達も自分達に尽くす子供に応え、挙って自らの魔力を分け与え続けた。
詰まり彼女は幼少期から膨大な魔力を受け取り使い続けていたのです。これが今に繋がる成長の種でしょう。」
言われると成程、と思う。そうか、彼女は精霊の魔力も日頃から宿していたか。
(精霊に好かれる訳だ。
事実彼女は、今でも精霊達への小物作りを趣味の一環としている。)
精霊との関係が良好なのは大事なので、マリオンの趣味は歓迎すべきものだ。
健康に害が無い範囲で加減出来ているのなら、こちらは問題無いだろう。
「ヴェールヌイ様に至っては命の危機を感じて死力を費やした結果です。
長く魔力を止める手段は必須で、目立たぬよう気配も隠し、長年を費やし最後には命を燃やす勢いで完成させた。
費やした熱意も希望も桁違いだ、比較対象が無い。」
同じ事をさせれば死ぬとヴェールヌイ様に断言されている。まあ当然の評価だなとここも変わらない。
「身の安全が保障された今のマリオンの資質は、万全の体調が整ってからは成長期の割に殆ど伸びていません。まあ別方向に時間を使った所為もありますが、儂は錬金の方に適性を感じます。
服飾に関わる諸々は効率や手間の問題で放置されていただけでしょう?
魔術の習得も早かったが、環境が悪いだけで歳相応と比べれば決して天才とは言えない、普通の理解力です。」
真面目で理解力のある、良き生徒ですが、高い魔力制御力を踏まえれば、不可能どころか現実的な範囲に収まるでしょう、とラッセル宰相が締め括る。
「成程。窮地に追い込まれたものだけが枠をはみ出し、それ以外も努力家の範囲に留まる、か。
ではやはり、異彩を放つのはヴェールヌイ様だけになるな。」
悪くは無いが、少し残念だ。彼女の価値が高ければ特別扱いもし易いが、無理をさせる気も無いので過剰な期待はかけるべきでは無い。
ストラード家当主着任も、益々現実味を帯びてしまった。
「だが、流石に今の彼女では食い物にされる未来しか思い浮かばんな……。」
はっきり言って時間が足りな過ぎる。礼儀作法に基礎知識、魔術技術で既に時間一杯で習得速度も予想以上。後は諸々の時間を削って詰め込むしかない。
成長期も止まらぬ彼女に無理をさせるのは流石に論外だ。十中八九断らないだろうし、限界以上に無理をしかねない。
「こうなるともっと早く彼女を陛下や兄貴達に紹介するべきだったか……。」
「いえ。半年前であればどれ程の期待に耐えられるかも分かっておりません。
今以上に思惑が絡み過ぎればそれこそストラード家に引き渡す事態になる恐れもあったかと。」
「そうだな。それが最悪で、一応今は避けられている、か。」
ああ面倒だ。兄の気持ちも他人事なら判らないではない。
彼女を特別扱いすればするほど、職人としての彼女の腕は封じられる。快適な生活から遠ざかるのだ。それに本来であれば当主着任は栄誉で褒章の類だ。
(だが、致命的に早過ぎる。何より人に使われる事に慣れ過ぎている。)
「当面は多様な魔術を教えて適性を明確にするつもりでいます。
王子の方も、何かしら考えて頂きたく。」
これで報告は終わりだと頭を下げるラッセル宰相に、ジグラードは今後に頭を痛めながら退席を認める。
「ああ。引き続き頼む。」
宰相の退席後、肩を解して椅子に座り直す。
次に会う時までには、何とか良い報告をしてやりたいものだ。
ジグラードは気を取り直して、今日兄が執務室で出すであろう諸々の議題の確認に取り掛かった。
※次回、文章量の都合により6/9日の金曜投稿をします。