第七章 大洞窟に牙剥く複頭の
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数人の死者と十数人の怪我人。
あの規模の怪物として見れば、奇跡的な成果だろうと一晩だけの弔いを兼ねた勝利の宴が開かれた。
マリオンは疲労困憊で参加出来なかったが、楽しそうな住民達の声は確かに耳に届いていた。
無論誰一人油断して警戒を解く真似はせず、宴にも交代で参加し休みを取った。
数日が経過して立て直しが終わった後の報告会では、一時期より始まった全体への猛攻が、今や最小限に抑えらえているとの結論が出た。
「連中が包囲網の外にいる可能性はもう無いか?」
「ああ。どうやら穴を掘って逃げ回るにも、浄化の影響の薄い場所を選んでいたのは間違いない。穴を掘るのに大型を回す余裕は無いようだな。」
穴を拡げている最中の黒い獣の一団を討伐した隊長ドワーフが、確認した様子を子細に語る。
今迄の情報を統合してみると、通常の洞窟では小さな黒蜘蛛が浄化の及んでない方角を探していた。
土竜状の怪物が発見された場所は地中への浄化の影響が薄い場所に集中し、後に浄化魔具が設置された場所は迂回して掘り進んだ跡もあった。
しばらく進んで安全が確認されて。漸く大きな拡張が始まるというパターンが数件確認されて。更に黒い獣達によって破壊された道順を逆算する形で、概ね本体の現在位置が分かったという話だった。
「恐らく、本体は先日の牛鬼で間違いあるまい。
そして牛鬼から逃げた核は、別の怪物に移って成長中だと見るべきだろう。」
「向こうも手数を拡げるのは無理と考えたと見て良いか。」
長老デボーディンの言葉に恐らく、とジグラードが頷く。
怪物はこちらほど正確に浄化範囲を把握出来ない点を踏まえると、先日の敗北はによって浄化範囲を強行突破するのはデメリットがメリットを上回ると判断したのではと推論を述べる。
「そうだな。奥に行くほど浄化網が広がっていると考えれば、強行突破するには相応の力を用意したがるのは必然だろう。
恐らくそれが、先日の牛鬼だったのだろうな。」
マリオンを見つけたのは半分以上偶々だと思う。恐らく壁が厚かったせいで浄化の浸透が浅い部分が例の天井付近だったのだろう。
あの怪物は移動中にマリオンの気配に気付いて襲って来たと思われるが、結果として返り討ちにあっている。
とあれば向こうに知性があるなら、前回以上の力を用意しなければ強行突破する気など起きないだろう。
時間が有利に働くのは向こう。であれば後は打って出るのみ。
「マリオン、君は奴らがどんな場所に巣を作っていると思う?」
急にジグラードから質問されて、慌てて無理だと答えようとしたが、笑って違うと手を振り、反論し易い意見だとありがたいと言われて意図を察する。
(成程、検討する元の意見が欲しいんですね。)
要は叩き台だ。立派な人の意見だと意義を唱え難くなるから、先ずは素人の思い付きが聞きたいのだろう。
「ええと、鍾乳洞のありそうな大洞窟じゃないかと思います。」
「「「?????」」」
え?何この反応。
何かドワーフの皆さんが急に白目を剥きましたけれど。
「待った。何故そんな場所に?」
「え?だって、大きくなりたい訳ですし、逃げ道も欲しいでしょ?
前の洞窟もそこそこ広かったですし、あの牛鬼もそこから来た訳ですし。」
何かとんでもない意見を言ってしまっただろうかと不安になる。
(え?何か不味かった?叩き台だから、難しく考えない方が良いんだよね。)
「どどど、どう見ます?今の、やっぱりアリですか?」
「そ、そうですな。アリかも知れませんな。
確かに、あの牛鬼が同じ場所から来たと考えるのは自然ですし。」
「確かに我々も隠れ潜んでいるという発想に捕らわれ過ぎていましたがが、きょ、巨大な生物が隠れ潜むなど、相応の場所なのは確かに広さが必要ですし。」
「考えてみれば水辺も対象ですな。別にかの生き物が水を嫌う訳でも無し。」
「む、むしろこちらは上。生き物ベースなら、大量の水と食料のありそうな場所と言えばまあ?当然考慮すべき自然の帰結でありますのぅ。」
「あ、あの。長老方?つまり?」
ジグラードも何かに気付いたらしく、物凄い冷汗を浮かべてドワーフ長老方の動揺振りに歯止め、じゃない答えを求める。
「「「赤錆大水脈合流地、地底湖大空洞。」」」
………………………?
「雪解け水が溜まり地上に出る前の合流地点がありましてのぅ。
隣国との国境付近でして、そこの水源が赤錆連邦の地下にあると言うのが暗黙の了解となっておりますな。
隣国が容易に赤鏥連峰を侵略出来ない根拠となっておりますが……。」
そこでドワーフ長老の一人が、現在諸々のトラブルで滞っている、今迄後回しになっていた近隣情報の報告通知を取り出す。
恐る恐るジグラードが手紙を開き、一同の視線が集まる。
『今年、麓の村々で原因不明の伝染病が流行の兆し有り。
鉱毒では無い事は確認したので、念の為来訪を控えられたし。』
「「「………………………。」」」
「ば、ばっちり汚染水流れているじゃないですか~~~~ッ!!」
マリオンが衝動的に叫び、その場の全員が青褪めながら背筋を正した。
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地下水脈出口側に浄化布を浸すと予想以上の効果があった。
とはいえ元々浄化術式は鉱毒にも効くので不思議は無いが、問題は小さな黒蜘蛛が小魚を回収している様子が確認された点だ。
即座に地下水脈の周りを確認し次々と浄化石を投入したが、流石にこの量の宝石を用意するにはマリオンの力をフル活用するしか無かった。
何せ水脈である。普通の浄化布では全面を埋め尽くすのはかなり難しい。
その点宝石なら洞窟一帯を壁から天井まで、強力な浄化力で照らす事が出来る。
出力の違いは劇的に命運を分けてしまう。しかも水中ががら空きのままではいつ逃げられても不思議ではない。
気付かれる前に即行で封鎖するしか無いのだ。
此処まで来るとドワーフ達とオークレイル王国の同盟は最早一心同体だ。
いっそ連合王国にしようという提案が出て、条件面でも概ね合意を得てしまう。
理由がマリオンの秘密を守るためと言われ、妙に胃が痛むのは止められない。
尚、流石に調印諸々は後回しだ。
「さて。これで窮鼠が猫を噛むのは確実となった。
偵察隊の報告も周辺調査では殆ど間違いないという推論が出ている。
後は、攻撃部隊による威力偵察兼、発見次第の討伐を行う。」
住民達の避難は早々に終わった。何せ事前に散々準備しており、移動出来なかったのは安全な方向が解らなかったからだ。
山頂側、特に山肌や外の施設がそのまま避難場所として使えるとなれば、非戦闘員達の移動も極めて楽に終わる。守備隊の配置も容易い。
今は念のため、大洞窟側にも老ドワーフ達が予備戦力として駐屯している。
今回に限っては、マリオンを後方に置くのも危ういという結論が出た。
向こうはもうマリオンという個体を認識しているのだ。
強引に突破すればどうにかなるという当てが有る限り、まともに戦うのを避ける恐れがある。そうなれば持久戦、消耗戦になる恐れがある。
マリオンの存在は、敵にギリギリまで無理をさせ、一発逆転の目を敵の眼前にちらつかせるための誘蛾灯になるのだ。
逆に牛鬼以上の存在が後方を狙った場合、ヴェールヌイ単独ではマリオンを守り切るのは難しいだろう。先日の一件でそれが証明されてしまった。
そう言う意味でも、即座に支援に回れる戦力は一ヶ所にまとめておきたい。
ついでに言えば、負傷者を即座に治療出来る人材としてマリオンは最適だ。犠牲者を減らし、長期戦を行う上で継戦能力が格段に上がる。
「済まない。結局君を危険に晒すことになった。」
「気にしないで下さい。むしろ私は常に一番守られ易い場所に待機するんです。
命を狙われている中で、これほど頼りになる環境はありませんよ。」
そうかとジグラードが苦笑し、前線に意識を向ける。
本来で有れば後方にいるべきなのは、第二王子であるジグラードも同じだ。しかし彼自身が高い戦闘力を誇り、何より両国の危機的状況がある。
一方が全力で戦う以上、全力の証拠である王子の参戦はオークレイル王国軍側に大きな意味を持つ。対外的にも王子の参戦は周囲への牽制として極めて強力だ。
ジグラードが戦線から離れるのは、正直政治的にも難しい。
そこへオークレイル王国唯一の将軍職、老将バルクホルン将軍が三百の軍を率いて赤錆連峰王国へ到着。参戦しに現れた。
「よ、良いのですか?王国唯一の将軍様なのですよね?」
流石に国内ががら空きなのは拙くないかと、冷汗が止まらない。
「はっはっは。何、既に家業の大部分を嫡子が差配しておりますので、戦死したところでむしろ世代交代がスムーズになるくらいですよ。
それに幾ら洞窟内では支援が難しいとは言え、精鋭三百では一国の支援としては少な過ぎるのです。儂が参戦しないと形だけの援護と言われる恐れがある。
他国の介入を防ぐため、そして儂の武勲のため。
これは必須な外交戦略なのです。」
カカと笑うバルクホルン将軍から最後に漏れた本音は聞こえてない。胃痛に咽び泣く御子息の幻聴も聞こえてない。
自分にはどうにも出来ない事なのだからと、必死で考えるのを止める。
それに参戦部隊の大部分は道中の閉鎖に回されるので、突入部隊に選ばれたのは五十名程度。討伐隊としては決して多くは無いという。
それもドワーフ達もいるので、三十はマリオンと一緒に後方支援兼予備戦力だ。
「それにこちらに来たのは儂だけでは有りません。」
バルクホルン将軍の合図によって、天幕に新しい人影が招かれる。
「アスリ!」
「久しぶりね、マリオン。
輜重隊管理補佐官、アストリット・キャンベル伯爵代理。
支援物資を届けに参りました。」
抱き着いたマリオンを受け止めながら、ジグラードに簡易式の敬礼を取るアストリット伯爵令嬢。旅行用のドレスながら、軍人の様に凛々しく周囲を魅了する。
マリオンの負担を減らす為、王命で派遣されたという。
「尤も、私に出来る事と言えば戦場では無く道中の援護物資輸送までですが。
諸々の事務関係の負担を減らす方が殿下には重要だと仰られまして。」
「ああ、物凄く助かる。書類の管理も最近形式が揃う様になった所でな……。」
そもそもドワーフ達は余り書類を書かない。
在庫管理や地図製作は綿密に行うが、鉱山に関わらない事は基本雑だ。
更にドワーフ達が百聞は一見に如かずの現場主義な性格が、諸々の乱雑さに拍車をかけていた。その辺を大部分整理していたのが最高責任者ジグラード様だ。
尚、アストリットはドワーフの様な相手にとても慣れているらしく、数日間で現場に馴染み姐さんと呼ばれて恐れられるようになった。
「では、明日出陣という事で宜しいですね。」
応!と会議室全体に号令が響き渡り、解散と同時一斉に走り出す。
各々最後の確認と仕上げ、そして英気を養うためだ。無論今この瞬間にも敵が動き出す恐れはあるため、酒類は厳命で控えている。
『その代わり勝利の美酒には秘蔵の蜂蜜酒を含め、オークレイルには大量の祝い酒を用意しておりますわ。
安全が確保された洞窟を使えば、即日の大量搬入が可能です。』
アスリの激励に喝采が上がったのは言うまでもない。
実は遠回しな、宴会酒は大洞窟搬入前という牽制でもあったりする。
そして遂に、突入日が訪れた。
出陣するのは総数350の攻略隊。他のほぼ全ての戦闘員が、包囲網の維持に駆り出されている。文字通りの総力戦だ。
攻略隊は三つの中隊を用途に応じて小隊単位で分散し、各隊に二人以上の随伴連絡要員を付ける。彼らは緊急時には予備戦力として活躍する予定だ。
最も大きい中隊が、マリオンが同行し第二王子ジグラード・オルズ・オークレイルが率いてデボーディン老が副将を務める指揮中隊だ。
洞窟に詳しい長老では無くジグラードが指揮官を務める最大の理由は、ドワーフに無い戦術能力を補うためだ。
全体の統括は表向きデボーディン老が行っているが、生憎ドワーフ側に軍隊を率いる為のノウハウが無い。
洞窟内、小隊単位での運用なら間違いなく彼らの方が上だ。
だが実際に唯一戦場に赴き利害調整が出来るデボーディン老には、戦争を指揮する才能が残念ながら無かった。
他の長老達なら多少マシだったが、協調が難しい。全てを兼ね備えるトロルズ大老は、流石に戦場へ赴くのはデメリットが勝る。
というよりオークレイル王国が土下座するレベルで、彼だけは可能な限り生きていて貰いたい。彼が居なければ長老達の統率が今も恐ろしい。
「突入洞窟、いずれも敵先兵の姿無し!包囲網の縮小を行います!」
元マリオン工房、現指揮中隊駐屯拠点で歓声が上がる。これで広大な包囲網に費やした兵力が大幅に減らせて、此処の部隊に戦力を集中出来る。
大洞窟の兵力を一時的に包囲網のために減らしていたのだ。その兵力が今、集結し半数は後衛の守備に戻る。戻れる。
「これで大分楽になりますな。」
「気を緩めるな。その分中心部での兵力の集中が予想される。
今日は激戦になるぞ。」
方位探知機モノポールを持った中隊が再び次の大きめの洞窟を踏破し、途中壁面からの奇襲があったと報告が届く。
尚、制圧後中を調査し、別の未調査洞窟からの横穴と判明。
似た様な報告が続き、向こうの余力の無さが伝わって来る。
だが全てが小勢で、被害が出るだけの奇襲にジグラードの顔は徐々に暗くなる。
「どうやら敵さんは、消耗戦がお望みらしい。」
「そのようだな。」
長老含めたドワーフ達も意見の一致を見る。
曰く、一気に物量で押し潰そうとしないのは強敵を倒せる手駒がいないか、大将の守りに置いているのだろうとの事。
「では向こうが今出している戦力は、全て捨て駒だと?」
「恐らくな。こっちの全員が強敵では無いと気付かれているようだ。
自分達が物量で押し潰されないよう、本体発見前にこちらを削りに来ている。」
「なるほど……。」
本体さえ見つけて仕舞えば主力は全部突入させられる。だが本体を発見するまでは主力が減った時点で勝率が下がる。
物量で押すといっても、無尽蔵に不死身の兵がいる訳では無いのだ。戦えば当然負傷者と死者が出る。既にマリオンのところにも負傷者が来ていた。
迂闊にマリオンが重傷者を治療すると非常時に逃げられなくなるので、人数に余裕がある時だけ重傷者の治療を担当し、多くは軽傷者を中心に手当している。
元々マリオンは正規の医者では無いからそれ自体は構わない。所詮代役だ。
実際ドワーフ医がここに待機している以上、マリオンの存在は必須では無い。
今のところ軽傷者以外は、一名重傷者を治療しただけで済んでいる。だが一方で死者は数人、皆が救護班の元に辿り着ける訳では無い。
「これでも、被害は少ない方。なんですよね……。」
「ああ。むしろ我々が出た後が本番だ。」
ジグラードの言葉で、彼が本命の怪物を討ちに出る気なのがはっきり伝わる。
敢えて明言されていなかった予定だが、マリオンも薄々は察していた。
当然と言えば当然だ。実際彼より強い戦士は限られているし、連合王国になるなら相応に前に出て活躍し、ドワーフ達に顔を覚えられておきたい。
そして遂に、本命となる地底湖大空洞へと続く自然道の中で。
瘴気で腐り果てた腐臭まみれの通路を埋め尽くす、奥の見えない程に溢れ返った醜悪な怪物達が群がっていた。
その多くは蜥蜴で蛇で、時に山犬で。中には手足や頭の本数が違うものもいる。
凡そ真っ当な環境で産まれた生き物では無い事は明らかだ。
「防げ!盾隊は無理に武器を使わんでも構わん!
撃退は後ろの長槍隊に任せろ!」
ドワーフ達の基本装備は全身隠れる大盾に斧や槌。弓や槍は人族が担当。
とはいえ場所は狭い洞窟内なので、弓は基本天井狙い。長槍はドワーフ達が頭一つ二つ低い分、意外と力むのに支障はないらしい。
「火吹き隊、放てぇ!!」
水鉄砲の様な筒を押し込み、霧状の油が放出されると同時に発火して細長い火柱を怪物達の頭上に浴びせかける。
隙間無く洞窟を埋める怪物達は互いの距離の狭さも相まって、次々と油が引火し丸焼きに成っていく。これは皆が思った以上に有効だった。
「いよおおおおぉぉぉッし!!!このまま行けるぞ!!」
特に手の届かない天井をこれで焼き、後方の台車部隊が入れ替わるように大団扇で煙を、奥へ奥へと押し込みながら進む。
大団扇で扇いでいる間は無防備になるかと一瞬不安になったのだが、彼らは天井に浄化杭を打ち込む部隊でもあった。
煙を押し出した天井に素早く梯子を伸ばし、次々と洞窟天井に杭を固定する。
杭が並んだ天井は近付くだけで辛いようで、壁を這う蜥蜴達は進行速度が鈍っている間に次の火吹き隊が準備を終える。
大型の怪物ほど天井や壁を進む事は難しく、激戦区は必然地上部隊となる。
巨大な山犬や猪は多少の手傷では止まらず、矢は目などの急所を射抜かない限り有効打にはならなかった。
例外はマリオン達が事前に浄化の魔力を注いだ鏃を使った分だ。
閉所での戦いのため、弓を所持しているのは特に腕利きの精鋭に限っている。
なので全員が十数本の浄化矢を持っており、皆が使う相手が分散する様、浄化矢を使う者は周囲に宣言してから使うべしと定められている。
お陰で大型個体には誰かの突撃で動きを止めた瞬間を狙い、平均して二本三本が両目や口の中を狙って放たれる。
致命傷ではないが、確実に止めへと繋げて敵の数を減らし続ける。
「順調ですね。穴が狭い分、一度に襲ってくる奴が限られる。
対して此方は直ぐに後方に下がって手当を受けられる。勝てますよこの戦い。」
「優勢は認めるが慢心するな。こいつらは言ってしまえば全部尖兵、只の捨て駒に過ぎん。今まで出た連中全てよりも、先日の牛鬼は大きかったのだぞ。」
「は、はい!」
蒸し風呂の様な熱気が漂う中で若手の騎士が高揚した顔で語った軽口に、一方のジグラードは戦況から目を離さずに窘める。
実際時々盾隊が何度か強引に突破されており、予断を許す状況では無い。
しかし次第に煙を奥に押し込み辛くなる程度に進むと、ジグラードも台車隊に少し長めに扇いで空気を押し込むように命じる。
進行方向に空気の逃げ道は無いようで、やがて押し出された煙が天井に流れる。
これはもしやと、周囲にうっすらと緊張感が漂う。
数匹の蜥蜴が煙に紛れて突破を計ろうとしたが、長い浄化杭の天井に耐え切れず途中で落下して、近くの後衛達に討ち取られる。
驚かされた分、周囲から小さな歓声が上がった。
有る意味で、一番空気が弛緩した瞬間だったのかもしれない。
突如天井が崩落し、大量の怪物達が降り注いだ。
一部は落下の衝撃で潰れたが続々と床に飛び降りて近くの騎士やドワーフ達に手当たり次第に襲い掛かる。
だが迎え撃つ側の者達は、全くと言って良い程心構えが出来ておらず、次々と犠牲者を増やしてパニックを起こす。
「後ろ!?そんな、あんなところに!」
それはマリオン達がいる中隊よりも更に後方、最後尾の部隊への襲撃だった。
「バルクホルン将軍!後衛の指揮を取り、部隊を立て直せ!」
「承知!騎士十人、付いてこい!」
「十人だ!お前が将軍を援護して来い!」
ジグラードが指示を出してバルクホルン将軍が走り出す。
騎士達は誰が同行するか互いに見回し、手透きの者が中心となって後に続き、十人を数えたところで後方の仲間に止められた。
更にデボーディン老に肩を叩かれたドワーフは、近場で手透きと見た仲間の十人の肩を叩いて頷いたドワーフ達が彼の後に続く。
必然的に前方の部隊は交代要員を失った事になるが。
「火吹き隊!直ぐに放て!我々は敵の勢いを止めるぞ!」
「「「ぅおおおおお!!!!」」」
動揺した一同を叱責する様にジグラードが指示を飛ばし、激励に応えて前列隊が雄叫びを挙げて武器を振るう。
一瞬崩れかけた前線も、直ぐに体制を立て直して防衛線の保持に成功した。
だがそれはあくまで傾いた天秤が水平を指しただけの話で。
「我々はこのまま前進する!このまま敵を、奴らの巣まで押し込むぞ!」
ジグラードの檄で敵の巣が近いと思い出し、防衛線の者達に気合いが入る。
「盾隊!強引に押し込め!」
「「「うぉぉぉおおおおおッッッ!!!!!」」」
盾を構えての突貫。防衛隊が雄叫びを挙げながら一斉に体当たりを敢行する。
背後からは反撃で足を止めかけた仲間の背を支え、隙間を縫った槍が伸びる。
盾を押す力が弱まり、一度崩れると雪崩を打った様に洞窟の奥へと突き進む。
目の前に暗く深い穴が広がり、最初に火の付いた油壷が証明代わりに投げ込まれると、そこに大勢の黒い獣達が集まっているのが見えた。
「投石砲部隊!あの中を狙え!」
ジグラードが指示したのは丸い筒状の弩を台座に構えた小隊だ。
これは元々突入直後の入り口を確保するために用意された部隊で、弓では放てない大型の浄化石を真っ直ぐ飛ばすための新兵器だ。
要は筒で方角を安定させたパチンコだが、下手な弓より相当に狙い易い。
「総員、閃光に備えろ!放て!」
入り口付近で弾けた浄化石が次々と発光し、一時的に爆発的な光を放つ。
其処彼処の怪物達から次々と悲鳴が上がり、一部の目を庇い切れなかった兵士達からも上がる。
全員にゴーグルを用意出来れば良かったが、騎士達は兜のバイザーを傾けて対応する他無く、殆どの者は盾や掌を目の前にかざすのが限界だった。
「盾隊、突撃!入口周辺を確保せよ!」
「「「ぅおおおっッッッ!!!!!」」」
盾に当たる感触を無視して体当たりを続け、力尽くで押し込んで入り口を突き抜ける先頭のドワーフ達に続き、押し広げた入口周りに切り込む兵士達。
後に続いたジグラード達の背中から、マリオンの視界にもそこが一目で巨大洞窟の広場だと分かり、思わず感嘆の声が出る。
下手な三階建ての建物くらい容易く中に建てられそうな高い天井。無数にぶら下がる、地上の閃光に照らされた人々の誰よりも長い鍾乳石の数々。
足が止まったマリオンの脇を次々とドワーフ達が潜り抜けて、入り口付近に盾の如く浄化杭を突き立てる。
その、傍らで。
「…………な、何て。大きい……。」
そこには巨大な蛇の塊が蠢いていた。
※続きは明日、9/2日投稿です。2話投稿予定ですのでご注意を。




