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炯目の刺繍鳥  作者: 夕霧湖畔
後編
22/27

防衛拠点2

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 最初に状況が動いたのは、オークレイル側を中心に始めた自然洞の封鎖が、凡そ過半数を過ぎた頃だ。


 オークレイル側を優先したのは防波堤代わりの対応が期待出来るからで、半端に他から手を付けるより、片側を完全に終わらせてからの方が都合が良いからだ。


 が。同時に目標が近くにいる可能性も、襲撃場所に近かった事もあって他所と比べて特に可能性が高かった方角だった。


 小さな警戒音が鳴り響き、それはドワーフ達に緊張感を与えた。

 魔道具の完成にはオークレイルの協力が不可欠であり、多くは精霊姫が関わる。

 その証拠とばかりに、繊細な音色にはよくよく精霊達が惹かれて来た。故に誰も誤解や勘違いを疑う事無く、辺りの物音に気を配る。


 が、傍では無い。慎重に進み、徐々に周囲に気を配り、気付いた。

 地上から、空気が吹き抜けている事に。


 慌てて通路を走る。直ぐ出口を見つけて駆け付けたドワーフの一組は、顔を出すと突風に煽られる。日陰となった山肌、野晒しに開いた自然洞。

 辺りに動物、獣の気配は愚か、隠れる様な岩場も少ない斜面が広がる。

 見渡す限り植物の気配も疎らで日の差さない、山の裏側になるようだ。


 気付けば警報が絶えた事に安堵して。

 仲間と顔を見合わせて外に逃げた訳では無いと判断するのだが、はて。


 では今の反応は何処で、何が。

 洞窟に戻ったドワーフが再度の警報に気付いた瞬間、暗がりから牙だらけの口が迫って咄嗟に腕で眼前を庇った。


「居たぞ!仲間を助けろ!」


 洞窟上部に引き摺り上げる事に失敗し、周りのドワーフ達の斧を加えた体で弾きながら逃走を図ったが、口の中のドワーフにはまだ息も抵抗する余力もある。

 更に集まったドワーフの一人が、突然暗がりに消えた。


「待て!一体じゃないぞ!」


 誰かが足を掴み、必死で仲間を引きずり出す。

 咄嗟に奥に灯りを投げ込めば、割れたランプの灯に怯えた三頭の蜥蜴が浮かび上がると、悲鳴を上げるように奥に逃げ去っていく。

 幸いなのは咥えられた状態から引きずり出す事に成功したドワーフで。

 不幸なのは、不意の一頭に丸呑みされて消えていったドワーフだ。




 悲報が二つ、朗報が三つ。それが会議に集まった面々の結論だ。


 悲報は仲間が食われた事、敵が数を増やしている事。


 朗報は警報が敵を察知出来ると証明された事、敵がドワーフを一呑み出来る程の大きさでは無かった事、恐らくは光か火に弱いという事。

 但し、一呑みに出来なかった点は楽観視出来ない。防具さえちゃんとしていれば歯は防げても、喉の圧力で頭を砕かれたり首が折れる恐れだってある。


「光か火に弱いという根拠が火に怯えたからだけでは弱くないか?」


「いや。長老達の持つ坑道地図の記載によると、確かに今迄の被害は日の射さない斜面側を中心に分布していた。

 更にドワーフ達の被害が途絶えた時と、例の黒い怪物が焼かれた時期は一致している。奴がトップと見て間違いないだろう。

 ならマリオンに焼かれたのも記憶に新しいと考えていい。」


 流石に全坑道地図はドワーフ達の最秘奥だ。今回の調査用に被害状況だけをまとめた簡易地図を用意してある。

 例えるなら自国の王城離宮の隠し通路含めた詳細設計図、場合によっては都市計画まで含まれる最重要機密。

 盗まれるだけではなく、頭に記憶されるだけで侵略の最短経路を知られる恐れもある危険な代物だ。

 見せてくれそうな気配はあるが、正直頼まれても見たくはない。

 ジグラードは余計な爆弾を抱えないために、オークレイル外部首脳陣を赤錆連峰中枢とで分けて会議を進めていた。


「今ミスリル持ちのドワーフ達が現地に討伐隊を派遣したところだ。

 負傷した場合はこちらに運ばれるだろうから、今後宿舎の一部を病棟として使う事も視野に入れねばならんかもな。」


「相手の数が判らないのであれば、今の内に改築して病室を作っておいた方が良いかも知れませんね。

 やるなら速い方が良いでしょうし。」


 マリオンの提案に、デスグレイは少し迷いを見せて首を捻る。


「ん~。まあ希望者は幾らでもいるだろうが、人手が足りているかは向こうが判断する所だろうな。実際どの程度用意出来るか、我々には分からん。」


 会議終了後。取り敢えずベッドの移動だけ済ませテントを設置して、簡易診察室を作ったあたりで、負傷したドワーフ達が運ばれて来た。


「済まん、重傷者だ!ここで止血をさせてくれ!」

「こちらです!ベッドに運んで下さい!」


 見張りが伺いを立てるまで待たせようとした瞬間、たまたま聞いていたマリオンが咄嗟に準備出来立ての簡易病棟に案内する。

 あるのはベッドと仕切りだけだが、視察団にも医者は同行している。が。


「悪いが無理だ!儂は病気が専門で外傷は骨折の添え木が限界だ!

 此処まで酷い怪我は手におえん!」

「私が出来ます!」


 今息があるだけでも奇跡だと言う同行医に、咄嗟にマリオンが手を挙げる。

「え?」


 同行医が戸惑っている間に、マリオンは怪我人の傷口脇に手を添えて、傷口に直接手を触れずに魔力を通し、何となくの傷の形を把握する。

 幸いにも肋骨の破損も見当たらない。全身に魔力を反響させても同じだ。

 良かった、これならどうにかなりそうだと安堵する。


「怪我は内蔵に届いていません!このまま脇腹の傷を縫い合わせるので、怪我人を押さえ固定して下さい!」


 分かったと声が挙がり、手早くベッドに荒縄で縛りつつ歯を傷つけないよう、口でくわえる丸めた布を患者ドワーフに噛ませる。


 弧を描いた肌縫い用の針を使い、魔力糸で傷口を縫い止めて治癒効果のある包帯を編み上げて巻き付ける。包帯は絹糸で編み上げた。

 魔力糸は止血が終わってから絹化させれば解ける心配はない。多少魔力を宿して置けば、後日抜く時に血と同化する恐れもない。


 一番重傷な怪我の処置が終わり、骨折した腕の骨を確認する。

 神経の位置は太いところしか分からず繋ぐのも限度があるが、複雑骨折した骨の破片を繋ぎ合わせる程度なら魔力糸を使えばどうとでもなる。


「骨を組み合わせますので大分痛いです!

 ですが上手くいけば障害は残りませんので頑張って耐えて下さい!」


「ぜ、絶対耐え切ってみせる!処置を!」


 頷いて魔力を骨折ヶ所周辺に響かせて位置を探りながら、神経を通らないように慎重に骨を繋げ。繋げた骨を魔力糸で包めば治癒術式が編める。

 半日ほどで糸ごと魔法効果が消えるが、骨がズレなければ良いなので問題無い。

 骨が繋がってしまえば只の添え木と包帯でどうとでもなる。


『神経を繋ぐだけならやって見せようか?』


「あ、是非。私だと太い部分しか分からないので。」


 ヴェールヌイの申し出のお陰で大手術の最大難易度の箇所が解決し、全て合わせて一刻と掛からずに処置が終わる。

 念のため全身を触診して魔力を通し、簡単な内出血が一ヶ所あったので針を刺して血溜まりに穴を開けて壊死を防いでおく。


「これで終わりです。頭部に一見して怪我は見あたりませんが、外傷はともかく臓器などの知識は無いので、お医者様に確認して貰って下さい。」


「あ、はい。有り難うございました。」

(な、なあ。何か親方の拳骨より痛くなかったんだが。)


(ば、馬鹿!精霊姫と俺達の強度を一緒にするな!

 医者に行かないで姫を気に病ませる様な真似したらぶっ飛ばすぞ!)


「あ、あの~~。

 外傷に関しては姫の方がすんごいので、他の方々もお願いしても……。」


 顔を青くした同行医が呆然と頭を下げる。


「え?ああ、分かりました。そちらですね。」


 幸いにも他の方も骨折が一番重傷で、しかも粉砕骨折はほぼ無かった。

 魔力的にも余裕を残して全員の手当が終わる。

 夕食には少し遅いが、これから食べても夜更かしと言うにはあたるまい。


「これで全員ですね?」



 振り向くと同行医が正座してジグラードに事情聴取されていた。



「いや違うんですよ。別に僕仕事放棄した訳じゃなくてですね。

 僕元々病気担当でして。ぶっちゃけ薬師?近年医者は全部出来るべきだとか言われてますけど本高いんですよ。学費って基本自腹なんです。

 国所属だと図書館の本が見れる様になりますが、アレ下手したら国宝有りますからね。閲覧も身分とか役職とか必要ですし。

 そもそも若手に無理なんすよ、全分野担当とか。

 後怪我担当って割と力仕事じゃないですか。普通別分野なんですよ、薬師の本分は薬草採取と管理。僕異国の食事にも対応出来る医者って名目で呼ばれてて。

 そもそも今回少数精鋭なんですよね。身分高い医者って貴重で実は一番雑用ぃんですよ。僕朝の健康診断したら不要じゃないですか。

 日頃する事無い時の肩身狭過ぎて今侍女長の下働きですし。

 ここで専用の手術具とか用意する王族とかと比較されちゃうと、普通に誇りとか意地とか心折れちゃうな~って。」


……むっちゃ小声かつ滑舌良いんデスがあのお医者様。


「終わったか、お疲れ。」


 微妙な顔のジグラードが正座していた同行医の事情聴取を終えて戻って来た。


 マリオンに汗を拭くタオルと水筒を差し出し、小声で「ストラード案件か?」と聞かれたので、ハイと頷く。罪悪感から何となく顔を背ける。

 後回しにすると後に響きますからね。必須だったんです。


 自分限定とは言え、実地で学んだ技術なので正直医者以外ならちょっと自慢出来ると思う。けど、まあ。実際のお医者さんの仕事を知ってる訳では無い訳で。


「でだな。ちょっと相談の結果、ここに医者を常駐させる事になった。

 それで来た医者達にさっき使ってた針を二十セットくらい譲ってやってくれ。

 あと触診のやり方もちょっと相談したいと言っていた。」


(うん?結構やる事多くない?)


 報酬としてドワーフ達の医学書を三冊、二冊は国に譲られるらしい。


…………はて。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 怪我人が相応の数に増えてきた。


 幸いにも骨折する程の重傷者は少なく、治療は直ぐに終わる者が殆どだ。

 今はドワーフ達の医者も常駐するようになり、深刻な事態は免れている。

 医者同士での情報交換も進み、例の同行医も骨折やそこそこの手当の経験が身に付いている。ドワーフ医達は薬剤より外傷の知識の方が豊富だった。


「浄化術式で編んだ包帯は洗いさえすれば使い回せるというのは盲点でしたね。

 治癒術式の包帯と交換で使えば結構凄いみたいですし。」


「うん。そりゃあ普通に考えたらもう店買える額の包帯を消耗しているしねぇ。」


 物凄く札束で殴っているんだよと、マリオンの常識不足に慣れてきたドワーフ医が内心の複雑さを一切隠さず補足してくれる。

……も、元手タダですし?


 普通に考えてこの数は死者が出てもおかしくない状況らしいので、感謝はとてもされているのだが、現状はそれよりも深刻だ。

 平たく言って、増え過ぎている。徐々に大きな個体も現れ始めており、繁殖地。つまり巣の在処を突き止めるのが先か、物量に押し潰されるのが先か。


「だが候補はある程度絞れて来ている。

 そろそろ強行偵察隊を出す頃合いだろうと私は睨んでいる。」


「強行偵察ですか……。」


 要注意区域が絞られたからと言って、それは円であり一帯。

 もし偵察隊が縦割りに突入して分断に成功した場合、外れ半分に残っている魔物達を殲滅すれば劇的に防衛範囲が激減する事になる。


 勿論、当たりだった場合も外れ側に株分けされている可能性は拭えないので、実際討伐を進めるとしたら可能性の低い方を先に殲滅する流れになるだろう。

 どちらにせよ、反撃の規模によってある程度本命の位置に見当をつけられる。


「問題は、どの程度の規模で編成するか、ですか?」


 マリオンの言葉にジグラードが同意する。

 敵に有効な武器の数は限られているし、守りを薄くして既に調査した一帯へ逃げられてしまえば元の木阿弥、相手に与える時間が増える事になる。


「だが強行偵察を小刻みに行えば、当然向こうも危険を察知する。

 小動物程度の知恵でも、巣穴の危険を悟れば株分けや逃亡は当然あり得るな。」


「避難所の私達に出来る事と言えば、偵察日に備えて場所や薬を余分に蓄えておく事くらいですね。」


 歯痒くはあるが、最前線に出て足手まといになるのはゴメンだ。

 それが一番助かると苦笑されれば疎かにも出来ない。期日が決定したら伝えてくれると言うので、見送った後は手元の書類を片付けて一息を吐く。

 折角なので日に当たる序でに外へ出てくる旨を伝えると、護衛の一同がウキウキと準備に移る。手間を増やしているだけでは無いのかと思ったが、安全な時はそうでもないという。


「交代制とは言え、ずっと動かないのも気が滅入りますからね。

 時間が経ってからだと割と気分転換になって楽しいんですよ。」


 道中の道は防衛線より離れており、事前に安全を保障された区域しか通らない。

 外の山肌は随時警戒して監視されているので、油断しなければ気を楽にして構わない区画だった。必然、雑談も多くなるのだが。


「て、敵襲ーーーっ!」


「武器を!先ず危険ヶ所を把握します!」

 近場で巡回していた警備隊が警告を発し、動揺した護衛達に声をかける。


(ええと、次は何だったか。そうだ一人を伝令に出すんだった。)


 現在位置を確認し、護衛の一人を走らせる。一見して護衛を減らす行為だが、誰も連絡しなければ救援も駆けつけない。

 警報を持たせておけば、多少は危機にも備えられる。


「!今こっちに近付いてます!」


 警告音が徐々に強くなり、次第に全員の耳を振るわせる。同時に複数人の足音と怒号に悪態が紛れて聞こえてくる。


「マリオン妃殿下、方角は向こうだ。今すぐ引きましょう。」


「……いえ盾持ちの方を前に、槍持ちは盾の上を狙う積もりで構えて下さい。

 盾持ちの内二人は後方に。」


 脳裏にこの近くの順路を描き、冷や汗を堪えながらマリオンは指示を出す。


「姫殿下?!なりません!」


 書類を持つ文官が慌てて動こうとするが、その文官をドワーフ達が遮り護衛達と無言で頷き合う。

 ドワーフ達は反響音でも気付くだろうし、他の護衛達も何度か通り慣れた道だ。彼らも既に手遅れだと、迂闊に逃げる方が危ないのだと察したのだ。


「防衛の際に、撤退してくる方々を盾の内側に通します。

 討伐出来る程度なら殲滅優先、先ずは撤退可能な方角を見極めます!」


「「「はっ!!!」」」


 指揮官の役目は基本方針を決める事だ。現在の対応はジグラードの指示の範囲内だが、この後も想定内に収まるとは限らない。

 というより、事前指示が無かったら多分今も迷っていたと思う。


 殴り飛ばされたドワーフの一人が曲がり角から姿を見せて、次々と血を流し通路の天井まで鎌首をもたげた大蛇が顔を出す。


「怪我人を先にこっちへ!ここで立て直しなさい!」


「「「お、おおぉ!!!」」」


 マリオンの声でこちらに気付き、互いに肩を担ぎ合って気合いを振り絞った負傷ドワーフ達が駆け寄る。

 大蜥蜴に二人のドワーフが斧ごと弾かれる間に、肩を担がれたドワーフが盾の間からマリオンの元へ辿り着けた。


 即座に怪我の様子を確認し、回復と浄化の術式を込めた包帯で止血する。

 幸い内臓に届いた傷もないが、中には骨が折れている者もいる。その者は浄化のみに留めて骨だけを仮に繋げる。

 仮縫いの暇も今はない。出血が惜しいので本格的な治療は後だ。


「突進を止めろ!」


 護衛隊長が声を上げ、全員がおぉと力強い雄叫びを挙げて結集する。

 弾かれた大蜥蜴の隙間を縫う様に大蛇が迫り、転がった大蜥蜴も跳ね起きる勢いで重ねられた盾に体当たりする。正面の全ての盾が同時に軋む。

 盾持ちの騎士達を他の者が支え、間隙から槍を突き立てて押し返した。


(別種の黒い動物が一緒に行動しているなんて……。)


 マリオンは密かに息を呑む。それはつまり、相手が種族を使い分けて使役する程の知性を獲得しているという事だ。

 どうやら恐れていた時が近付いているらしい。


(彼らの手は……、あの蜥蜴の爪なら穴掘りも出来る?)


 が、少し気になる。掘削するならそれに慣れた獣がいるのだと思ったのに。


『見ツケタッ……!オ前ダ!』

「?!?」


 突然声のような何かが弾け、混乱したマリオンに狙いを定めるように蛇と蜥蜴が勢い良く体当たりを繰り返す。

 遮二無二強行突破を試みる群を数えると、十匹近い蜥蜴や蛇の凶悪な群だが、盾が壊れ始める代わりに、遂に隙間から振るわれた斧が一体の首を切り落とす。


「いよぉっし!!」

 歓声が上がる彼らは士気を奮わせ、更に激しく反撃に転じる。


「確認させて下さい。あなた達はどの様に襲撃を受けましたか?」


 負傷し戦線に加わっていない老ドワーフに尋ねると、彼ははっとして体を起こし辺りを見回す。新たに倒された蜥蜴と残る数頭、その後ろを確認する。


「まだいるぞ!壁を突き破って来た奴だ!」


「前衛は撃退優先!負傷した方々は周囲の観察をお願いする!」


「「「おぅッ!!」」」


 一瞬躊躇った護衛達に護衛隊長が指示を被せ、続く指示で斧持ちが盾持ちと入れ替わり体当たりを押し止める傍ら、盾持ち達は剣に持ち替えて周囲の警戒に回る。

 暴れ狂う彼ら黒い獣達に、盾無しだけで食い止めるのは大分厳しい。

 だが壊れた盾に固執するよりはと早々に撃退する事を選んだのか。


 咄嗟の判断は流石専門家と思いつつ、マリオンも今出来る事に集中して耳を澄ませようと深呼吸すると。

 捨てられた盾の揺れ方に違和感を感じて視線を向ける。


 動いた拍子に杖が傾き、敵意を感知する方のガムランボールが強く鳴り始める。


「…………。」


 何となく警戒に加わっていない文官達と視線が重なり。

 杖を四角を描く様順番に突き出すと、後方上側で特に音が強く鳴り続ける。


「っ?!お願いします!」


 我に返った瞬間、杖で指した抗壁を突き破って土竜の様な黒い影が飛び出す。


 と同時。視線が集まったドワーフ達が咄嗟に揃って斧を突き出し、衝撃が走った瞬間に我に返って踏み込みながら一斉に斧を叩き落とす。

 衝撃によって派手に前脚の一つが弾き飛ばされるが、猪ほどもある黒土竜はまるで痛みなど感じないかの如く身を跳ね起こして脚を振るう。

 だが既に好機を逸した黒土竜に対し、ドワーフ達は斧の刃で抑え込む。


『オ前ダ!オ前ノ匂イダ!』


 だが興奮した黒土竜はまるでマリオン以外を障害物の様に扱い、強引に体を割り込ませようと頭部をねじ込むが。


『そこまでだ。貴様に母を傷つけさせはせぬ。』


 金属糸で出来た刃が黒土竜を縛り、全身を切り刻む。

 咄嗟に身を捩って急所を避けたが、所詮は時間稼ぎに過ぎず。周りが追撃に加わる必要すらなく生き絶える羽目になる。


 が。彼らは最悪にも群体だった。


『ミツケタ!オボエタ!ツギダ!ツギコソハ!』


 洞窟内に声が響かせながら、黒い獣達は洞窟の奥へ散っていく。

 均衡が崩れた事で次々と逃げ損ねた獣達の討伐には成功したが、予想外の事態にこれ以上の深入りは出来ない。


「とりあえず峠は越えたようなので、この場は後の調査隊に任せて我々は報告に向かいましょうか。」


 魔力糸を絹糸化して編み上げた浄化布で洞窟に空いた穴一面を塞ぎ、壁に宝石で作った小さな杭を刺して術式で岩に固定する。

 目印代わりにドワーフの彼らが追い立てられた穴の様子も確認して、浄化魔具を置いて応急処置完成だ。


「????」

「お、おう。」

「そ、そうですな。報告大事ですな。」


 テキパキと処置が進み、護衛達が行動の意味を理解する頃に作業が終わる。

 護衛達は何か見てはならないモノを見た気がして全員視線が彷徨った。


「?勿論怪我人の治療も大事ですよ?」


 振り向いたマリオンの指摘に護衛含めた一同は、ただ苦笑するしかなかった。

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