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炯目の刺繍鳥  作者: 夕霧湖畔
後編
21/27

第五章 防衛拠点

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 秘密工房に戻った一行は今晩調査結果を書類にまとめる傍ら、全員工房で過ごす手筈から整える事にした。


 割と劇的な進展だったとは言え、元より調査は数日越し。

 何より明確な危険に遭遇した訳でも無いので、撤退よりは更なる分析と報告書、そして提案書の提出を優先した形だ。


「こうなって来ると、場合によっては全坑道の閉鎖と再調査も視野に入るわい。」


 何せ相手は多勢。他の魔物に乗り移った事も踏まえれば、洞窟全体の掃討はむしろ早期に行った方が実害は少ない。

 提案は方針も含めて早々に行うべきだろう。


 翌日報告を以て戻ったデボーディン老は、いつもの二人の長老と武装ドワーフ達を十数名引き連れて、深刻な顔で戻って来た。


「どうも儂らは一歩出遅れたらしい。

 昨日、多分儂らと同時刻辺りに異様な黒蜥蜴に襲われたドワーフが出た。」


「あなた方がこちらに来たという事は、我々もこちらに待機して欲しいという要望と見て良いのですか?」


 本来であれば人手や物資の手配など、会議だけでも一日仕事の筈だった。

 なのに早々に戻って来たとあらば、誰かが即座に引き受けたくらいしか考えられない。そんな状況で護衛の人数を増やして連れ戻さない理由など他に無い。


 ジグラードの確認に対しデボーディン老はそうだと頷き、早速坑道の地図を広げながら説明する。


「ここが敵の襲撃地点だ。坑自体は古くて最近は人通りも殆ど無かった。

 そして実はここから遠くない場所に、先日妃殿下らが泊まってた会談用の宮殿がある大洞窟に出る。

 勿論間に防衛施設はあるし味方が多い向こうの方が安全かとも思ったが、あちらは他にも他国の要人が少しは居るのでな。

 何かあった時、ここだと君らを優先出来る自信が無い。」


「正直儂らもどっちが良いか迷っているのだ。

 意見は君達にも聞くとして、取り敢えずの増員は急務だからな。

 結論に関係無く先ずは、追加の人員は置かせて貰いたいのだが。」


 説明を引き継いだラフレイ老によると、後からだと追加人員自体が精々交代要員しか増やせないだろうという目測もあるとか。

 兎にも角にもおっとり刀で連絡と増員を優先した形らしい。

 ジグラードとしても、マリオンの安全を最優先に出来るのは望むところだ。


「御厚意に感謝します。

 そういう話なら、こちらも何かとここの方が都合が良い。」

「こっちには警報もありますしね。」


「「「…………。」」」


 マリオンが空気を和ませたかった軽口に、微妙な沈黙が広がる。

 そして長老達と殿下の視線が微妙に交錯というか、彷徨っている。


「な、なあ。マリオン妃殿下、済まんがちょっと相談があるんだが。」


「あ、はい。瘴気用のガムランボールですよね?

 量産レシピに関しては、ジグラード様の許可次第かと。」


「そうだな。もうこの際、例の隠し部屋の費用を勉強して貰う形で。」


「あ、うん。魔導具の完成はマリオン妃殿下に協力して貰わないとだし、もうアレの費用全部こっち持ちでも良いかな。」


 なんか最近過程をぶん投げたくなって来たと、危険思想を呟く長老達。

 準備中工房を封鎖する訳にもいかないしと、手透きの者を動員して量産する方向で話を進める事になった。


「あ。マリオン様はもうこちらでお休み下さい。」

「え?いえ、今から設計図を増やさないと。」

「あ、はい。そうですね。で、では我々は夕食の準備を進めます。」

「追加人員分の食料も余分に用意お願いしますね。」


 承知しましたと、何とも言えぬ顔でコクコク頷くコルネリア。

 マリオンも急いで自室の机に向かった。




 翌日。大洞窟ではドワーフ達が動揺と熱気で声を上げ、怒号と説明を求める声が洞窟内を揺らしていた。彼らにとってこれは危機だ。


 坑道が閉鎖されるかも知れない。ふざけるな。

 職人仕事は後回し。有り得ない。

 職人にとって仕事以上に大事な物があるか。これは遊びではない、人生だ。


「どう言う事だ!あれだけ手間をかけて駆除出来るだけ駆除した筈だ!」


「只でさえ遅れに遅れた納期なんだぞ!

 これ以上後回しになんて正気の沙汰じゃない!」


 当てにならない対策に業を煮やし続けた彼らは遂に、大長老達の集う合議の宮殿へと詰めかける。半分以上が工房なので、入れる出口は一つしかない。


 たった一つの扉の前に凡そ成人したドワーフの殆どが駆けつけて、制止の声が誰かの怒号でかき消されて何も聞こえないに等しい。

 扉は最初から開いていた。集まったドワーフが多過ぎただけで、やがて溢れに溢れたドワーフ達が津波の様に宮殿の扉を壊すだろう。


 小さな鈴に似た音色。


 彼らが動きを止めたのは、誰の耳にも届くか解らない程に小さくて繊細過ぎる、楽器としか思えない金属音だった。

 だが、彼らの優れた耳は微かな異音を聞き分けて。

 一斉に二階のバルコニーへ視線が集う。


「諸君!我々を当てにならないと申した諸君!

 もう一度、己の腕に賭けて、この音を聴け!

 これはとある淑女がもたらした、敵の所在を知らせる警報魔導具だ!

 彼の淑女はドワーフではない。

 我らの窮地を憂い、我らの力になるべくやって来た者だ!」


 なんだ、何を言っている?

 あれほど繊細な音を奏でた道具が、ドワーフの物ではない?


「諸君!諸君等に問おう!諸君にこれより繊細な音を奏でる警報機が作れるか!」

「「「で、出来る!出来るに決まっている!」」」


 一瞬の迷いの後、ドワーフ達の誇りが応える。並の職人では出来ずとも、出来ると知っているのだからやって見せる。それが上を見続ける職人というものだ。


「ならばその成果を、皆の為に分け与える事が出来るか!!」



「「「「「ッ!?!?!」」」」」



 場が、怒号が凍る程の静寂。


「彼の淑女は、何の躊躇いも無くやって見せたぞ!

 我らがため!我らを惜しみ!我らを救えと言って下さった!!

 お前達はこれを、後回しに出来るか!!」


「「「「「否!否だ!!

     ドワーフの誇りにかけて、全てに勝り挑むべきだ!!」」」」」


 ドワーフ達が全力で一致団結する中、唯一正気のジグラードは・オルズ・オークレイル第二王子は胡乱な目で会場を見つめていた。


(甘く見ていた……。)


 絶対にマリオンは深く考えていない。

 多分元々ドワーフ達が考え出した技術を参考にしているのだからと。

 安直に、どちらかと言えば誉めて貰いたい程度の感覚で、軽い気持ちで提出しただけなのだろう。


 ドワーフが評価してくれるならきっと良い物なんじゃないかな?的な。


(ホントに、ほんと~~~~に、甘かった…………!

 アレ、ドワーフ達にとって本気で魂に刺さるんだ……!)


 何の事は無い。長老達は敗北感に打ちのめされていたのだ。

 価値が分かっているとか分かっていないとかは重要では無いのだ。

 素晴らしいものを差し出されたのだから、素晴らしいもので返す。それだけだ。


「我ら赤錆連峰に住まう、全ドワーフの誇りに賭けて!!

 此度の魔物騒動の解決を、最優先課題とする!!!!!」



「「「「「ぉおおッ!!!!!」」」」」



 大長老トロルズの、誇りに賭けた叫びに全てのドワーフ達が応えた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 洞窟を震わす微かな振動に、マリオンは不安に紛れた妙な違和感を覚える。

 一言でいうなら、焦燥感?


(警報は……。鳴っていませんね。)

 現段階において、マリオンが出来る事は少ない。

 ジグラードは既に、ミスリル技術の真価を伝え、更に警報器を全面公開した技術的恩義の重さに気付き始めていたが、生憎当分戻ってこれる状況にはない。

 マリオンは容易にミスリルを増やせないのだからと、思案を巡らせる。


「うぅん……?そもそもあの辺り、オークレイルから訪れても迷い込める位置なんですよね?人が通れないと辻褄が合いませんし。

 となると、あっちを塞ぐのは割と重要なのでは……?」


 そこまで考えて、必要な物量に思い至るが。


「あ。そもそも何で私はミスリルに拘っていたんでしょうか。」


 そうだ。何も退路を断つのに必要なのは、強力な魔導具ばかりではない。


「鉄製の安物ならオークレイル側からも運び込めるんじゃないですかね。」


 先ずは現物を幾つか作って、ジグラード達に政治的なあれこれを考えて貰おう。


 勿論先の設計図の方も疎かにする積もりはない。

 だが同じ事だけやっていると流石に疲れるし、何より警報器だけでどうにか出来るとは流石に思わない。全ての穴にドワーフを配置するのは現実的では無い。


 見張るのは大変でも、近寄りたくないと思わせる事が出来れば脇道の閉鎖くらいは可能ではないか?


 例えば細かな道を先に塞いだ上で、安全を確認出来た大通りの出入り口を強力な魔導具で塞ぐ。


「うん。割と現実的で、負担も減りそうな案では?」


 効果は直径数m程度のもので十日ほど持てば十分だと思う。

 浄化術だと数作れないから、簡易の破邪術式を組み込み、魔力が尽きたら回収して補充すればいい。


 勿論我慢すれば突破出来る程度なので、全てを破邪術式で賄うのではなく、破邪術式の先には浄化術式があると錯覚させるよう、オークレイル側から浄化術の魔導具を徐々に近付けて貰えば完璧では無いか?


「現物はあった方が良いですし、取り敢えず鉄製で両方作ってみましょうか。」


『効果の程を聞いているのか?

 なら蜘蛛程度なら問題無く閉鎖出来るだろうな。』


 半精霊にして半神たる刺繍鳥ヴェールヌイに政治は分からない。

 技術的に問題無くても政治的には問題があるのだが。

 有効過ぎると見なかった事に出来ないという点をマリオンが理解するには、未だ未だ人生経験が足らなかった。




 打つ手無いなら兎も角、出来るなら自国の安全のためにもやるよね、と言うのが結論となって幾日かが過ぎ。


 オークレイル側へ出る天然洞窟が割とあっさり発見されて、伝令が一旦帰国。


 王国宰相デスグレイ・ラッセルが国防のためと周囲を説得した(という建前)で魔術師団を派遣し、洞窟の閉鎖と調査(浄化作業)を行った。


「取り敢えず間道は全部魔法で塞いだぞ。流石に人が通れない道まで逐一確認なぞしておれんからの。

 洞窟全部を浄化して閉鎖の繰り返しで、坑道までの突貫工事じゃったわい。」


 突然の重労働に不満たらたらのデスグレイだが、やらなかった場合のデメリットと実行した場合のメリットが桁違いなのは分かっている。

 と言うより事態がドワーフ側の問題として全て一気に片付くのだから、政治的な意味でもやる一択だ。

 大半が書類だけで済む実務の方々は、経費の安さに喝采しているくらいだ。


「その割には顔が緩み切っていますな、ご老体。」


 秘密基地、もとい中継拠点で茶をしばくご老人を、ジグラードは半眼で睨む。


「そらお前、来れて良かったからだろ。

 何だこのドワーフの歴史が動いたっぽい空気。伝聞で事が終わってたら絶対後で後悔したわ。」


 最高のショーに間に合った顔のデスグレイに、全力で殴りたい笑顔を向けるジグラード。煽り合いは彼らの精神安定のためにとても重要だ。


 今ドワーフ達の間で最も熱い合言葉が『我らが精霊姫の為に』であり、大洞窟内は文字通り物理的に鍛冶場の熱気で満ち溢れていた。


 この国に他国の外交官や旅人がいない訳では無かったが、彼らが国内でマリオンの悪口や私欲に満ちた要求をしたと知れれば、誇張無く命が危ない状況である。


 勿論彼らの中には権威ではオークレイル以上だと断言する者達も多くいる。だが理屈が通じると思わせない空気が、熱意が全てのドワーフから漲っている。

 マリオンと接触を図りたかった者達は今や身の危険と恐怖を感じて次々国外に脱出し、後日落ち着いてからの来訪に賭けている。


 ある意味隠蔽の手間がとても楽になったのが現状だ。


「だが当初懸念していた抗議はどうなった?

 ミスティカ次期王妃の件はこちらにも伝えたと聞いていたが。」


 黒蜘蛛の発見によって呪いとの繋がりが明らかになった以上。オークレイルの呪いが波及した所為だとドワーフ達に責められる事態を、オークレイル上層部は今一番に警戒していた。


「ああ。父に報告はしたが、長老達は全員把握している。

 だが敢えて説明する必要を感じていない様だな。彼らにとっては我々も同じ被害者と言う認識しかなかった。」


 でなければ直通の回廊を増やすような提案通らんよ、と苦笑する。


「……さぞ歓迎されたろうなぁ。」


「いや。公表は後回しにして関所と門を設ける方が先だという結論に達した。

 例の金庫を運ぶ件もそうだが、山道を通らない直通路って絶対主要街道より往来が激しくなるというのが彼らの結論だ。

 一番離宮の近くに出られるしな。」


「お、おぅ。」


 今まで滅多に人里に下りたがらなかったドワーフ族の話とは思えない理屈だ。

 一時的な熱狂かと思っていたデスグレイは思わず腰が引けた。


「と、兎に角鉄製品なら余り作り過ぎずとも、屑鉄を国内で回収させればそこまで問題にならないだろうという判断だ。

 慈善事業を兼ねて国内で寄付を募っている。」


 先日のドワーフ族への返礼という形を取ったので集まりは悪くないという。


「でだ。マリオン妃殿下にはこれを作って欲しいとの王家からの依頼が届いた。

 アストリット伯爵令嬢からは、この際普通の生地作りにも挑戦してみろと織機が届いているから、後で使うと良い。」


「い、今このご時世でですか?!」

 何故か積み重なるドレスその他の依頼書の数々。

 ドワーフの里でやる事かと身の危険を感じたマリオンだが。


「今このご時世だからだ。

 裏方の仕事が一段落した以上、君を暇にするとまた効果的かつ事務方や外交官が潰れる提案をする恐れがあるとな。」


「…………はい。」

 当然ながら、マリオンに逆らう余地など無かった。

※続きは明日、8/19日投稿です。

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