第四章 蛇の抜け殻
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長老達に金属の感触を伝える方法は上手く言ったが、彼らの弟子達に伝授する方は苦戦続きだった。
毎回マリオンが手を貸す訳にもいかないので、長老方も大分苦慮している。
一方でジグラードは今までの外交手続きや書類管理を他の長老達と協力して再確認しており、諸々の不備や問題点を洗い出すだけで早一週間が経過した。
その間マリオンは迂闊に出歩けなかったので宿の中で暇を潰していたが、これが思いの他捗り、新しい魔導具の作成に成功していた。
勿論大物を作っている時間までは無かったので、今まで王都で学んだ事の延長止まりの小物が数点と簡単な編み物程度だ。
とは言え今回の外交は、同盟の再構築とミスリルの口裏合わせだけで終わらせる訳にはいかない。そもそも此処まで問題点が多いと発覚したのは入国後だ。
隠蔽や諸々の手間が省けるとはいえ、上記の二つだけならマリオンが同行せずとも国内で用を済ませれば良かった。……良かった筈なのだ。
真の問題は。マリオンにしか識別出来ないであろう、呪いの源の確認。正確には呪いの根源か否かの調査だ。
坑道内で発見されたと言う大蜘蛛の抜け殻は現地に放置されて、今も閉鎖された坑道に残っている筈だという。
正直な話、下手に動かさない方が再調査には都合が良い。
「取り敢えず道中に秘密の工房を作った。
ここで秘密裏にミスリルの研究が出来る様になったぞ。」
「そちらは後回しでも良かったと思います。」
報告と日程の説明に来たデボーディン老の第一声に、マリオンの突っ込みは意外だったらしい。ガンと強いショックを受けて硬直する長老に有るまじき姿は、流石に苦笑しつつ流すしかない。
「いえ、ソコ場合によっては放棄する必要がありますよね、近過ぎて。」
「いやいやいや!中継点というか、緊急避難場所としての意味もあるぞ?」
慌てて補足するデボーディン老に、コルネリアがでは先行して視察しておきますとジグラードに断わりを入れる。
「ああ、よろしく頼む。先に結界用の魔導具を設置しておいてくれ。」
「あ、此方もお願いして良いでしょうか。警報用に魔導具を創ったので。」
「……概要を、先に聞いても?」
三人全員が残念なモノを見る様な顔でマリオンを見て、慌てて現物のオルゴールボールの改良版、見た目大きくなった拳未満の金属球を差し出した。
せめて役に立つものだと言い訳くらいしたい。
「前に作ったオルゴールボールを魔導具として完成させた物です。
音と術式の両立が難しかったんですが、刻むのを諦めて櫛の形で術式を作ったら上手く行きました。
今の所完成したのは周囲に瘴気が近付けば音が鳴る物と、敵意に反応して鳴る物の二種類です。
一応、区別するためにガムランボールと呼ぼうかな、と……。」
恐る恐る、沈黙が続く三人の顔色を伺う。
もう分かる。これは技術的危険物を見る目だ。
「老よ、判定を。」
「魔法の方は詳しくないが、ハンドベル、手持ち鐘が警報魔導具の最小サイズだと聞いた事があるの。
昔ドワーフの若者に作らせた鐘に、魔術師が勝手に術式を刻んで乱闘になった事件があったのを覚えておる。」
「良かったな、記録更新だぞ。」
半眼で気軽に出すなと非難の視線を向けるジグラードに、縮こまりながら設計図の方も差し出す。
最終的な判定はオルゴールボールの製作者なら出来ても問題無い点を踏まえて、熟練のドワーフなら再現も可能との事でギリセーフ判定を貰った。
「ま、二~三個程度なら用意出来ても不思議はあるまい。だが儂等が思った以上に秘密工房の存在が重要になりそうじゃな。
細かい所は数日以内に準備が整うじゃろう。」
今度地下道の一件が片付いたらちょっとした鉱脈を発見しておこうと真面目に検討されたが、当面の問題は日時の調整だけとなった。
坑道の道案内は今日と同じく、デボーディン老と他の三長老達の親族による護衛戦士となる。
トロルズ大老は気軽に出歩けないし、調査は今のミスリルの新技術でドワーフ達が沸いている間に済ませる必要がある。
他の二長老達も一緒に来たがったが、表向きは最も身軽で若いデボーディン老に貧乏籤を引かせたという形で目的を誤魔化すしかなかったのだった。
公的な理由としては坑道の説明と案内、要は視察の一部。
非公式且つ実際の目的としては、中継点である秘密工房に寄ってからの大蜘蛛の抜け殻再調査となる。
洞窟を進むのはマリオン、ジグラード、コルネリア、デボーティン。
この四人を護衛する人材としてオークレイルの近衛兵五名、赤錆連峰のドワーフ五名。合わせて十四名。
ドワーフ達は言うに及ばず、職人としてよりも戦士として、特に口の堅い信頼性重視の長老親族の面々。事の重大さを理解している者達で構成されている。
同行している近衛兵に騎士身分は居ない。元々国に騎士身分が少ない事もあるが最大の理由は機密漏洩時に処断し易い、責任の重い任務に就く者達だからだ。
尤も扱いが悪いというより、条件が限定される代わり並の騎士より重い権限を有するからで、時によっては大貴族すら現行犯で断罪出来る程だ。
元々近衛とは、命よりも忠誠を優先する義務がある役職なのだ。故に元々実家が貴族であっても近衛に就くためには地位を捨てる必要がある。
実家より王家を優先するためだ。
勿論貴族身分を持つ騎士も来訪しているが、今回は大事ではないというアピールも兼ねているため連れて来てはない。
表向きは王族の護衛を優先した人選となっている。
「マリオン様、見えて参りました。あそこが中継点となる工房です。」
最も実態はマリオンと接する機会の多い、所謂顔見知りの護衛達だ。
尚、本人は知らないが王族の護衛の中で一番人気の立場である。
重要度が高く格式には拘らず、評価は実績一辺倒。何より精霊の加護高き美女、精霊姫と接する事が出来るのだから、水面下で争奪戦が起きるのは止むを得ない。
他の王族を軽んじる訳では無いが、責任よりも庇護欲が先に立つ。
因みにこの場で最優先の報告対象は、ジグラードである。
ジグラードが咳払いをして頷きながら、坑道内に設置された錠を開き、遠目には重要度が分からない小さめの金属扉を開いて中に入る一同に続く。
「うわぁ……。洞窟の中なのに随分明るい……。」
入り口周りの壁は分厚いが、防戦に備えて鎚や斧、大盾が壁一面に並んでいる。
奥の部屋から工房と宿舎、倉庫、食堂に分かれており、緊急時の避難路は外に通じて、秘密裏に工房を訪れる事が出来る様になっていた。
加えて最大二十名の者達が宿泊出来る規模があれば、ちょっとした邸宅並の設備が揃っているのではなかろうか。
当然の事ながら、ドワーフ達が作業出来る工房なので、火を焚いても煙に巻かれる心配も換気口の不自由も無い。
既に奥には十日以上泊まり込める食材が運び込まれていた。
「コレ、どう考えても工房だけの設備じゃありませんよね?」
「言ってなかったか?今後は君の普段の居住区がこちらになる予定だ。」
しれっと告げるジグラードだが、表情には確信犯だと書いてある。
奥に隠れた階段、二階がマリオンの私室複数だった。
装飾が明らかに上質なもので彩られ、客室に有った筈の私物も一部運んである。
「ここなら精霊が溢れていても外に漏れないからな。」
工房が妙に立派だった事も含めて成程と納得した。
「精霊用の遊具も作りますからね?」
秘密にされた分遠慮無く。ええ。
秘密にした理由は絶対驚かせたいからとかそんな理由だろう。
すっ呆けた男衆が悪戯大成功の顔で手を握り合っているのだから。
「それでは私は此方で待機しております。」
荷物を概ね置いたコルネリアが、呆れた顔で中にいた侍女達に確認や指示出しを行うため席を外す。
まあ考えてみれば当然か。工房に辿り着くのも大してかからなかったし、中継点があるのに戦闘員でも無いコルネリアに出来る事など無い。
事前に先回りして待機していなかったのは、偏にマリオンへの悪戯に協力させられたからだろう。
マリオンもある程度身軽な服と簡素な防具を纏っており、武器ならぬ小さな盾を持たされているので、流石に工房を訪れて終わりという話は無い。
簡単な説明だけ済ませて、改めて工房を出発した。
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坑道はドワーフの身長に合わせて作られている。姿勢を低くして歩かないと頭をぶつけるのではないかと、来る前は心配したものだ。
実際には採掘用の機材やトロッコ用のレールを敷いている場所もあり、余程飾り立てた兜を被っていない限り頭をぶつける心配は無かった。
足元は煉瓦の道に比べれば整っているとは言い難いが、街道と匹敵、いや遜色が無いと言える程に平らで時々階段があり。
階段の中央には必ず平らな坂が配置されて、時々ドワーフ達の手に押された一輪の台車が通り過ぎた。
「我々は鍛冶素材が欲しい時は先ず、町で探す。
発掘作業はチームを組んで、定期的に行うからだ。何せ素材が欲しいのは全員同じだし何より手当たり次第に掘らせたら崩落の危機があるからな。」
かと言って全く個人で掘れない訳では無く、集団で掘るのは大坑道と支道だけ。
大量に取れる場所を管理して、後は個人で計画書や予定表を提出し、各々が許可を取る形になっているという。
当然ながら、その私坑で事故が起きた場合に責任を取るのは計画提出者本人で。更には予定に無い掘削をした者はセンス無しとして私坑を掘る権利を停止される。
後、そもそも私坑を掘る権利は親方か工房持ちにしか無い。弟子の段階では発掘作業に従事しないと素材を購入する権利すら得られない。
「楽な所だけ掠め取って良い作品が出来る訳無いからな。
そもそも一流の素材を見極めたいなら実際の鉱脈を見ながら発掘に関わり、多くの石を見比べるしかない。
若造達は鋼に携わるだけが鍛冶仕事だと思ってる奴らも居る。」
嘆かわしい話だとデボーディン老が苛立たし気に拳を振り上げる。
他のドワーフ方の表情を見るにそこまで極端なのは稀の様だが、彼ら曰く一流の職人ほど独自路線を歩み、必ず面倒臭くなるのだという。
彼らはその面倒臭さこそが職人の拘りとなり、創意工夫を生むと信じている。
若いドワーフ達に視点を合わせて話を聞くと、そもそも殆どの親方衆は己の仕事に誇りがあるため、後日別の職を選ぶなどよっぽどの理由抜きには許さない。
誰に弟子入りするかで一生の仕事が決まってしまうのだが、鍛冶職人だけはある程度腕を磨いてからも、方向性の問題で選択の余地があるという。
なので若手は一番に鍛冶職人を選び、大勢の親方と接しながら一人の師匠を探し出すのだと、中々長老側とは違った視点の話を聞く事が出来た。
実際、言われてみれば仕事の内容が分からぬ内に一生の仕事を決めるのは中々辛いものがありそうだと頷いたが。
王族であるジグラード様は、神妙な顔で俺に聞くなと首を振る。
「さて、そろそろ気を引き締めてくれ。」
坑道の先から嫌な空気が伝わって来た時、目の前に坑道を閉鎖する看板と穴全体に張り巡らされた荒縄の壁が正面に現れた。
どうやって先に進むのかと思ったら、荒縄と繋がったまま看板を引き抜き、壁の筒へと看板を突き立てて緩くなった荒縄の一方を引っ張る。
「ほっほぅ……。流石はドワーフの技術。」
まるで荒縄が門の様に開き、一同が潜り抜ける。最後尾のドワーフが引き抜いた看板を元に戻すと、内側からにも関わらず、先程と同じ状態に縄が戻る。
関心は長く続かず、視線で確認したジグラード様にマリオンは頷きで肯定する。
更にオルゴールボールの音が小さく響き始めた。
「成程、妃殿下の腕は確かなようだ。」
デボーディン老の言葉にドワーフ達に続き近衛達も気を引き締めて、洋灯の灯りが奥に届く。
「これが……。成程、周囲にも微かに燃え残った蜘蛛糸があるな。」
ジグラードが顔を顰めながら呟いた視線の先に在ったのは、一見すると黒蜘蛛の死骸。しかしよく見ると、微妙に炭化していると同時に、脱皮した跡があった。
「ああ。問題はこの脱皮跡……どうなされた?」
話の途中でマリオンの様子に気付き、言葉を変えるがマリオンは首を振る。
「違う……。コレ、只の脱皮跡です。
焙られただけで、火は燃え移っていません。」
表面に一度火は撫でたかも知れない。けれど違う。
この抜け殻は燃える前の物だ。
微かに漂う瘴気の方角を、ジグラードに視線で許しを得てからゆっくりと進む。
周囲の護衛達も頷き合ってマリオンの様子を伺いながら先行しようとして、直ぐに立ち止まる。
「こっちです。上がります。」
上の方の間道、いや通気口を進むと、壁一面に山程の煤と焦げ跡が灯りに照らされる。そこには偶然にも、階段の様に斜めに亀裂が広がっている。
丁度先程の位置からは死角になる場所だ。だが、間違いなく奥がある。
「な、なんと。こんなに大量の煤があったとは……。」
位置的には空気の流れは通路の先、上に流れている。だからこそ、逆方向には匂いが届かなかったのだろう。
何せ近くには、目立つ焦げ物が転げ落ちていったのだから。
「こ、これは……!!」
瘴気溜りの空気の中、明らかにドワーフの手では無い天然の洞窟。
ひび割れの奥。崩落によって広がった、かつては地下水の流れた水溜り跡。
広がる地下洞の一面には、一面を埋め尽くす程の煤と蜘蛛糸、何より山と積まれ砕けた子蜘蛛の死骸が溢れ返っていた。
原型を止めている子蜘蛛は無い。僅かな風、振動で揺らぐだけ。
その大多数が内側から弾け、飛び散り、砕け散っている。
「……当たりです。私が見たのは、間違いなく此処でした。」
羽ばたき、ヴェールヌイが姿を現してマリオンの肩に着地し直す。
『我も見たな。あの黒蜘蛛は、確かにここに居た。』
うっとおしい瘴気だと、羽ばたきで瘴気を吹き散らす。
ヴェールヌイを間近で見た護衛の面々が驚き、思わず跪こうとする近衛達をジグラードが身振りで止めた。
ジグラード自身も、いつでも抜刀出来る様に周囲を伺っている。
「ヴェールヌイ様、そしてマリオン。その黒蜘蛛は今、どうなっているのか。」
この場でヴェールヌイを無視してマリオンに聞く訳にも行かないジグラードが、両者への問いかけと言う形を取って訊ねる。
その意味を正しく理解したマリオンもヴェールヌイへ糸越しに補足を頼む。
「奥の方に瘴気が溜まっています。ですが先までは未だ。」
『ここで死んだ瘴気では無いな。』
今度は先頭はマリオンとヴェールヌイだが、後ろにジグラードと長老、左右最後尾を護衛達が気を配りながら先へ進む。
最初の脱皮跡は上から転げ落ちたものだ。多分火が付く前の残骸で。
道は広くは無い。今いたのは崩落した結果の広場で、恐らく最近まで行き止まりだった場所。多分、炎に焙られて坑道と繋がった場所だ。
そして追い立てられた場所。偶然出来た脱出路。
割れ目の底が土で埋まり、周囲を煤が舞う道を慎重に進む。複数人が並ぶのは狭かったので、ドワーフ戦士が一人先頭に立った。
割れ目は一つでは無かったが、幾つかは崩壊していて何より瘴気の道は一本だ。
途中で恐らくは私坑と思われる分かれ道と、更なる自然窟に続いていたが。
「こっち。煤が濃いのは自然窟ですけど、私坑の方に降りて下さい。」
瘴気が擦れたように床にこびり付いているのは私坑の方だ。
足元に気を付けて飛び降りて貰うと、ドワーフの戦士が驚きの声を上げる。
「ちょ、入り口から離れた所に飛び降りて下さい!」
頷いてマリオンも飛び降りる。奥に下がってから崩落場所付近を灯りで照らす。
「な、こ、この血の跡は一体……。」
床には少量の血が撒き散らしたような黒ずんだ跡が広がっていた。
仮にも兵士が少量の血の跡で驚く筈も無い。問題は、血の跡から腐ったような強烈な臭気が漂っていたからだ。
白い黴も生え、只の血では在り得ない不気味さだ。
この私坑が今迄発見されなかったのは、既に閉鎖済みだったからかと縄で閉じた出口の方を見る。こちら側は関係無い。
全員が降りた後で、マリオンは手持ちの火鋏を取り出して石の中に紛れた蜘蛛脚を引っ張り出し。皆がぎょっとした顔を浮かべる。
蜘蛛脚は第一関節分しか残っていなかったが、先程の黒蜘蛛の抜け殻の二倍以上の長さがある。であれば本来の蜘蛛の大きさは、猫か子犬並だとすら思わせる。
「これは、黒蜘蛛を食べた魔物か何かがいたという事か?」
「いいえ。食べられたのは恐らく魔物、いえ蛇の方だったと思います。」
ヴェールヌイ以外の全員が戸惑う中、マリオンはランプの灯りを出口では無く、私坑の奥へ向ける。
そこにあったのは行き止まりだ。少なくとも人が追える程の穴は無い。
だが、それこそ犬や猫なら通り抜けられそうな穴がある。
そしてその手前。
「あれが、黒蜘蛛が憑りついた先の抜け殻。
恐らく黒蜘蛛は蛇の体内に、自分の核とも言うべき本体を移して生き永らえたのでしょう。」
背中から中身が引き千切られた様な、脱皮というには余りに血生臭い抜け殻。
蛇の頭を割り、背中を突き破って出た小さな血塗れの足跡が、私坑の奥に空いた小さな穴へと続いていた。
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幸か不幸か、同時刻。
いや、これを幸運と呼ぶには余りに残酷だろう。
坑道を進む数人のドワーフ達は、久々に出来た時間で私坑の発掘を行おうと意気揚々と計画書を提出してきた者達だ。
彼らは一つの工房を数人組で共同経営しており、親方未満弟子以上の立場では、これが一番気軽に掘削が出来る手段だった。
だがそれでも工房が赤字になっては意味が無く、普段は細々と同じ形状の売れ筋を作るしかない。まあそれでも質を追求すれば多少は気が紛れるが。
加えて今回提出した掘削予定地は、つい最近まで魔物騒動があり中々安全が確保出来なかった元危険区域だ。
当時は神出鬼没の魔物相手に散々苦労させられたものだ。
「いやぁ~~!ホント長かったぜ。これで漸く新作の装飾が完成出来る。」
「おいおいお前、あれ未だ終わらせてなかったのかよ。」
三月以上前の作品が未だ終わってないと聞いて、別段大作でも無いのにと呆れる同僚達に、趣味で作るんだから素材も全部自分で調達するんだと拘りを力説する。
だがここで。彼らはもう少し周囲を先に注意すべきだったのだ。
何処かで岩が崩れる音がした時も、誰かが派手に掘っているなとしか思わず談笑に興じ、舌打ちをしながら角を曲がる。
そこでふと先頭の一人が後ろに違和感を覚える。
背後から悲鳴が上がって慌てて武器を構え振り向くと、そこには肩を噛み砕かんばかりの大蜥蜴が、背後から仲間に食らいついていた。
肩の骨が砕ける音が耳に届いたドワーフは錯乱して動き回り、周りも咄嗟に手を拱いてしまうが、ふと気付いた一人が最後尾のドワーフを近くの壁に突き飛ばす。
「歯を食いしばれ!」
遅れて気付いたドワーフ達が武器を構え、壁に押し付けられた事で狙いが固定された大蜥蜴に戦斧や鎚を叩き付ける。彼らは事前の準備まで怠りはしなかった。
「か、硬い?なんだこの固さは!」
危害を加えられた蜥蜴は噛み付いたまま壁に手を付き尻尾を振るうが、届かない攻撃が逆に他のドワーフ達を冷静にさせた。
誰かがランタンで大蜥蜴を照らし、黒いイモリの様に土壁に張り付くドワーフ並の巨体が晒されて。思わず一同で息を呑む。
「構うな!俺に続け!」
斧持ちが黒い大蜥蜴に体当たりを仕掛け、斧が鱗に僅かなヒビを入れる。
そのまま状態を脇に退けて仲間を振り向けば、意図を理解した友人が鋼の鎚を次々に斧に突き立てる。
堪らず咆哮を上げた大蜥蜴から仲間を回収して傷口に布を押し当て縄で縛り付けて応急処置を済ます傍ら、暴れる大蜥蜴が血飛沫を散らす。
「ぐあ!何だこりゃ!」
黒い血飛沫は浴びたドワーフ達の肌を焼き、堪らず斧を弾かれるまま脱出されてしまうが、問題はその後の大蜥蜴の尾だ。
坑道内一面を薙ぎ払うほどの巨大な一撃。
まとめて弾かれた屈強なドワーフ達の骨を砕き、其処彼処で悲鳴や苦痛の呻き声が上がりのた打ち回る。
彼らは見た。不自然な程に膨らんだ大蜥蜴よりも大きな尻尾を。
何より背中から噴き出す黒い血が、盛り上がった肉体で塞がる様を。
何処かで上がった振動が届き、坑道内の灯りが揺れて遠くが慌しくなる。
大蜥蜴は舌打ちする様に獲物の捕食を諦め、坑道を崩して身体を捻ると坑道へと入り込んだ抜け穴に戻った。
彼らに運が無かったとは言えないだろう。
自らの対応が間に合ったとは言え、一人とて欠ける事無く生き延びたのだから。
思い起こせば先日の黒蜘蛛モドキの時は、多大な犠牲者を出した。
だが幸運とは言い難い。彼らの中で何人かが確実に、職人としての未来を失ったのだから。
※次回、文章量の都合により8/18日の金曜投稿をします。




