赤錆連峰王国2
閑話休題。
ドワーフという種族は、地上の人々が思っている以上に精霊に近い種族だ。
多くの者が誤解している事だが、彼らが半精霊、妖精族を自認するのは別に妖精眼が種族全体に及ぶからだけでは無い。
彼らが生涯の大半を地中で過ごす上で最も重要な点は何か。
毒、ガスに強い。否だ。その程度、とある一点に気付けば些細な話でしかない。
酸素。呼吸である。彼らドワーフ達は、地中生活に適合する故に、極論土に埋もれていてもしばらくは生き延びられるのだ。
土や岩に含む微かな吸気。それ以外は土から補充出来る。
食料が不要な訳では無い。が、地上の生き物程では無い。ならば何故彼らは大食漢と知られているのか。それは、食い溜めが出来るからだ。
樽の様な腹に、年近く生き延びられる栄養を蓄えるから。
これこそがドワーフが忍耐強い種族と言われる所以であり、真実だ。
彼らは間違いなく、地中に適合した種族なのだ。
そして地中で生きるが故に、鉱石に一方ならぬ興味を抱く。
彼らの興味は土の七変化であり、加工であり、精錬であり。熱にも強い体は鍛冶という天職を彼らに与えた。
だが金属には限りがある。彼らの興味は天然の鉱石が増える速度よりも遥かに多く深くやがて世界中の金属を掘り尽くす事は疑いが無い。そのままでは。
だが違う。彼らの屍は土深くある程に、やがて金属へと変質していくのだ。
人がミイラになる様に、土に埋もれたドワーフは金属に代わり、山に溶けて未来の鉱脈となる。彼らが増えるほど、山に世界に様々な鉱石が増える。
彼らは間違いなく半精霊、妖精族なのだ。彼らは人と違う意味で土に還る。
だからドワーフ達は土葬を望む。自分達の死は未来の子孫の宝物に変わるのだ。
それは鉱石を愛するドワーフ達にとって、どれ程誇らしい死後の夢だろうか。
「いやぁ~……。それはアカンよ、マリオンちゃん。
流石にコレは無いよ。これは普通じゃない。間違いなく変、とても変。」
実はミスリルを作るのが一番得意なんです、銀や鉄の方がちょっと難しいですと簡単な実演を見せた後の長老方の反応がコレである。
聞けば多少は理解出来た。詰まり金属の精錬はドワーフ達の遺体分でも凄い量なのだ。考えてみれば、この洞窟で見たドワーフも千人を下る数ではない。
思わずマリオンをちゃん付けで呼んでしまうぐらい、彼らの常識が崩れた様だ。
「いやね。君達人族はおかしいと思わなかったの?
石の精錬とか金属の精錬とか、君らが試してどの程度出来るのよ。」
小石程度、指先でも難しくない?と問われ、思わずジグラードとコルネリアがハイと頭を下げる。
因みに今部屋で密談している人側はマリオン含め以上の三人だ。
「全く初の快挙だったので、てっきり生糸と同程度の難易度かと……。」
「いや違うからね。濃度と密度が違過ぎるからね?というか生糸?魔術師に聞かないと儂等も分からないけど、ぶっちゃけ割と際限無く出せたりしない?」
多分変換効率がオカシイのでは無いか。他の魔術師が魔力比一割程度で精製出来る素材を多分百パーセント、控えめに言って九割越えの精度で生産している。
それが今彼らとの相談結果で出た結論だ。
「オリハルコンがそんな簡単に出来ちゃうかぁ~……。
絶対それ、俺らドワーフの中でも数千年はかかるって。後相当深みで眠らないと溜まらないぞ?この魔力量。もう精霊頼みでしか手に負えんわ。
こっち再現無理。絶対。」
「そりゃ精霊と普通に話せるわ。というか人の形した精霊じゃね?もう。
人の精霊だろ、きっと。」
長老達が口々に眉を寄せて並んだ鉱石を検討し、匙を投げる。
トロルズ大老が額に手を当てたまま口を挟めないでいる。
結局全てを話す事になり、宝石類に関してはドワーフ達にも生産不可能と、量産に厳重注意を頂いた。金属はギリギリ何とかなるが、量次第だという。
ミスリルの性質も疑われる事が無かったし、言われると納得出来る面も確かにあったのでその辺は試してみると太鼓判を押してくれた。
だが他の、創造に関しては殆ど全面的に駄目出しを喰らったに等しい。
「まあ、この大きい方の宝箱一つ分が百年掛かりで誤魔化せる、ギリギリの採掘量だと思って貰って構わんよ。
正直鉱脈より遺跡から見つかった方が、遥かに自然だとも。
そもそも銀鉱脈の一部がミスリル化しているだけで噂にはなる。
コレの数倍とか言い出した日には世界中のドワーフが集まって来かねない、一大鉱脈を発見せねば辻褄が合わないぞ。」
後ミスリルは今後可能な限り厳禁と言われた。
一応裏技として王城直下に発見された洞窟にミスリルの鉱脈が発見された事にして今回は誤魔化そうとの結論に達したが、せめて自分達含めた長老ドワーフ達が今聞いた情報を元に新たなミスリルの製錬に成功してからにして欲しいという。
「ま、まあ何だ。お互い深く結び付けるようになったから、今回の(強制)友好成立に関しては大成功って事で。
問題はもう一つの、蜘蛛の方な訳だし?」
考えるのを止めたカイゼル髭のタスキルニル老が、割と強引にもう一方の話へと目を移す。
「ふむ、実際かなりの朗報ではあるの。
蜘蛛の魔物が本体で、しかも破邪の魔具が有効だというのは。」
「魔導具に加工するだけなら此方で出来ます。質はあなた方が作る物に劣るでしょうが、マリオンなら実物をミスリルで用意出来る。」
「そ、そうじゃな。オリハルコン製は流石に……、いや。レンタルで有りか?」
ふとデボーディン老が上を見上げながら思い付きを考える。
「ん?どうした、何か名案が?」
「いや、いっそ王城地下にあった事にする洞窟をじゃな。
洞窟じゃなくて宝物庫だった事にすれば……。」
(((あれ?行けるんじゃね?)))
ちょっと金銀財宝があってもおかしくは無い。
問題は宝物庫だけがあるという不自然をどうするかだが……。
「宝物庫よりは金庫の方が、発見し易くありません?」
「「「それだ。」」」
ちょっと怖くなって来たマリオンの言葉に、真顔の全員が揃って振り向く。
「お主等の城、古いけど今使われてない井戸とかあったりせんか?」
「ありますね。しかも少し前まで使っていなかった離宮に、かなり深いのが。
魔法の金庫なら別に何百年単位で無事でも不思議有りませんし。」
「それこそミスリル製でもよかろ?ミスリルは水を弾くぞ?」
「常人は気付かなくとも、ヴェールヌイ様なら気付くかも知れんのぅ。」
「実は儂、この間の土産で千年前の金庫を再現する案もあっての?
現物の設計図持ってたりするんよ。」
記憶力任せに大雑把な寸法だけ書き出す。
「短剣や穂先なら結構な数仕舞って置けそうじゃのぅ……。」
「宝石箱と金塊を入れて、幾つかの武器と魔導具ですかね。」
「というか小剣、いやギリギリ直剣も入ったりせんか?」
「いや、井戸が大きいのなら金庫もこの寸法で作る必要無いぞ?」
「引き上げの手間はどうする?秘密裏に引き上げたとしても相当な重量だぞ。」
アイデアだけがポンポンと追加される。マリオンがコルネリアを振り向くとお茶を追加しますと告げて、危険な部屋から逃走する。
「一番無理が無いのは戦火から逃れるために井戸に宝物を投げ込んだとかか?」
自重する必要あんまり無いかも知れない。
マリオンは残る紅茶を飲み干しながら、微妙な表情で案を出し合う男達から少しだけ距離を取った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
最終的に、井戸の底に隠し部屋を作る事で決着した。
隠し部屋自体は掘り出す際に崩壊させれば、必要な作業は穴を掘るだけで済むという結論だ。
元より再利用する心算も誰かに調査させる予定も無いのだ。
改めて残りの財宝が無いかを再調査すると言って井戸に降り、発見される予定の財宝を仕舞った箱を、事前に掘った穴から出すだけだ。
後は発掘の弾みと称し、穴を崩壊させれば全部解決。
『今回使用するのは第一波じゃな。最初の発掘では安全確認前だったから一度に持ち上がれなかったと言って、今度再調査してみせれば良い。』
『二つ目の金庫は此方に持ち込んでから開けるので、例の千年前の錠前で修復をお願いします。』
『任された。それがレンタル武器の礼金替わりじゃな。』
等と怪しい密談が終わり、早速オリハルコン製の破邪の短剣を三本、ミスリル小剣を一振り創造して彼ら三長老に手渡した。
名目は発見物の真贋確認を依頼されたという形だ。これで自然な建前でドワーフ達を本件に巻き込める。
因みにトロルズ大老は今回不参加。
というのもマリオン達が鍛冶工房の見学中に幾つかの秘伝を見せるという建前で他のドワーフ達を締め出す間、魔物達の対策会議を他の長老達と進めるからだ。
今から行われるのは新たなミスリルの製錬実験。
成功すれば他の長老方を通して、理論上全てのドワーフ達に新技法が広まる事になる。その為の銀は、彼ら長老達が提供した物を使う事になった。
「うん。これなら問題無くミスリルに出来ます。」
欠片を確認して実物の銀を見る限り、純度が低過ぎない限り全ての銀がミスリル化出来るという確信を抱く。
「銀の純度見本を作りますから、この下限以上の質の銀は全て加工出来るかと。」
「後は職人側の腕という訳か?」
「ええ。ただ実際の鍛冶作業は私が今日初めて見るので、皆さんがどうやってミスリルを生産しているのかを見ないと違いが分からなくて……。」
必然的に秘伝を実演して貰わねばならない。些か心苦しいところではあるが、長老達は元々その辺りを理解していた。
それではと実際に加工する現場を実演し、溶鉱炉の熱さに驚きを露わにする。
「驚いたな。マリオン妃殿下は居るだけで炉の精霊にも歓迎されるらしい。」
いつもより遣り易い位だと、銀製の玉鋼を取り出す。これは既に完成した現物で、天然のミスリル以外は全て玉鋼段階では普通の銀だという。
この段階でミスリルに出来るかは先日試したが失敗。単に魔力を通すだけでは中に留まらず、ミスリル化するにはもう一工夫必要だと判明した。
例えば地精霊との契約などがそれに当たるが、生憎ドワーフ達には地精霊と契約した者は居ない。尚、マリオンは例外枠だ。
「というより詰まらんからの。
精霊の力でミスリルが作れても、儂等の出来る事は魔力を通すぐらいじゃろ?」
ドワーフ的に鍛冶は仕事であると同時に趣味、拘らない者が鍛冶を極められる筈も無しと、実用一辺倒の者を職人とは呼ばない程に嫌われる。
とは言え一回は試した。具体的にはインゴットをミスリル化するのと製鉄ならぬ製銀段階でミスリル化するのはどちらが難易度高いかだが。
「ああ、やっぱり熔けている最中の方が整え易いみたいですね。」
「そもそも魔力を離れて注げないと試す事も出来んからな?」
ナイナイと手を振る長老達。只の分析実験で終わる。
とは言うものの、ある程度作品として作らないとミスリル化しないのは不便だ。
インゴットであれば自由に加工出来るとはいえ、最初から潰す心積もりで作品を造るのは、腕に覚えがある人ほど集中力が保てないだろう。
だが今回は観察が目的。先ず短剣でミスリル化を実演してくれると言う。
が。気付けば三長老全てが並んで、それぞれ短剣を作り始めていた。
「同じ作業をじっと見続けても詰まらないじゃろう?」
「おいジジイ。単にアンタが良い所見せたいだけだろうが。」
手を止めずに睨み合い、しばしの沈黙。
猛然と作品の質を競い合う、本気の職人バトルが始まった。
周りの打ち手、リズムに引き摺られず自分のペースを維持して。
それでいて誰にも負けない最高に丁寧でシンプルな、力加減一つ手に馴染む完璧な仕上がりを目指して。
マリオンの手に合わせた最高の作品を創り上げていく。
(済みません、私ナイフ使わないです。)
果物ナイフ使うと隣の筆頭侍女様に怒られるんですよ。
因みに実際に使うであろうコルネリアの拳はドワーフに匹敵する分厚さで、今作られている作品が明らかに小さ過ぎるのが素人目にも分かってしまう。
普段頼りになる旦那様は、今少年の瞳で初めての鍛冶経験に目を輝かせて自分の作品に没頭しており、長老達の罠に嵌ったのがアリアリと伝わる。
(良い事ですよね?友好の担当者がドワーフの皆さんと相性が良いのは。)
でも流石に物には限度がある。とは言え久々に羽目を外せる機会でもあるので、止める気には到底なれない。
頼りになる筈の筆頭様は『孫に良いところ見せたい御老人は皆同じです』と、一番先に匙を投げていた。
止む無く途中で水を飲みながら汗を拭い観察に徹すると、流石に長時間かかる作業では無かったらしく、程々の時間で全員が完成させる。
「……見事に全員ミスリル化していますね。
あの魔力量で此処まで安定するのは流石としか。」
精霊達も興味こそ示すが、積極的に遊ぼうとはしない。
だが作品としては間違いなく一級品だ。長老の名に相応しい、かなりの名品。
「うん?どういう事だ?何か変だったのかね。」
「はい。ミスリル化に必要な魔力が殆ど流れていません。
本当に無駄無く、必要最低限の魔力でミスリル化していました。」
どうも腕の話では無いらしいと、三長老達も姿勢を正す。
「そいつは、儂等の魔力が足りないと言う話では無いのかね。」
「違いますね。魔力を送るのは確かに腕が必要なんだと思います。
けれど皆さんは魔力の制御を疲労感で計っているのでは?
ペース配分が完璧過ぎて、無駄な疲労を廃した結果、ミスリルとしての質が最低限から徐々に集中力を上げる形でしか向上しなかったのだと思います。」
ミスリルって本当はもっと、精霊達が遊びたがる素材なんですよ、とマリオンは語る。その遊べる幅が、多分魔力の浸透具合で決まるのだ。
「少しだけ、心当たりがあるのぅ。
初めてミスリルが出来る様になった時、あの頃はもっと沢山精霊達が寄って来ていた。まるで精霊達が完成を祝福してくれている様じゃったわい。」
いや、マリオン妃殿下が居ない時基準だが、と付け足すラフレイ老。
あくまで多いと言っても二桁超えるかどうかだ。マリオンが傍に居ると多分違いが分からなくなる。
「そうじゃなぁ。あの頃は確かに色々な精霊達が寄って来て、嬉しくなって散々新作作りに没頭した覚えがあるわぃ。
だが、安定してミスリル化が出来る頃には、そこまで精霊が来る事は無くなっていた気がするのぅ。」
しみじみとタスキルニル老も髭を擦る。
「ふむ。確かに色々試行錯誤している時の方が精霊が来ている気がするが……。
詰まり、儂等には遊び心が足らなかった?」
「いえ。魔力を注ぐ感覚に慣れていないのかと。
次は私が糸で魔力を注ぎ続けるので、その後は一旦皆さんでその感触を再現出来る様に試してみると言うのは?」
「よしコルネリア。今日の食事は此処で取るぞ。」
「ジグラード様は不参加です。大人しく見学に戻って下さい。」
うぐぅと唸り、手元のナイフを名残惜し気に振り替える。
「後御三方、マリオン様が直接果物ナイフを使う機会は御座いません。
プレゼントにしたいなら包丁か何かにして下さい。」
それなら無駄になりません、と涙目になりかけた三長老に圧をかける。
「し、しょうがない。コルネリア殿が使うのかね?」
「料理人に使わせないのであれば、そうなります。」
まぁ刃物だけ沢山あってもなぁと同意する三人。
「櫛や髪飾りならどうかね?」
「それマリオン様だけに贈られるのが一番困ります。」
「「「…………確かに。」」」
全身ミスリル妃が爆誕しそうだ。
「後皆様、これは一応公務ですからね?趣味に走るのは程々でお願いします。」
母親の貫禄は伊達では無い。
「じゃあ折角ですし、そろそろ槍の穂先で実践しましょうか?」
マリオンが提案すると、次は包丁でと声を揃えられた。
その後日を跨ぐ羽目になったが、翌日にはもうミスリル作成のコツを三長老全員が習得するに至った。この辺はドワーフの面目躍如だろう。
作業終了後、三長老が正座した姿で説教される光景が弟子達に目撃される。




