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炯目の刺繍鳥  作者: 夕霧湖畔
後編
17/27

第二章 妖精達の本気

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 あれから数日後、正式な謝罪文と共に謝罪とお祝いの祝辞を述べに向かう使節団を派遣すると予定日付きでドワーフの国から通達が来た。


 今回の惨状は長老達にとっても衝撃だったらしく、何よりヴェールヌイが地の大精霊に相当すると言う話も寝耳に水だったという。


 長老方曰く、向こうにも金属の怪物が出た程度の認識で照会を求めさせたら全く別の話をしていたと知り、真剣に今迄の関係を見直したいとの全長老の連名による書状だった。


「そう言えば今回の件、何故サミュエル殿下では無く、ジグラード様が対応なされたのでしょうか?」


「向こうでトラブルが起きているのは気付いていたからね。

 友好的な相手の謝罪だから、非公式に済ませたかったんだよ。」


 目が覚めたらジグラードに渡すよう頼まれ、書状を見たマリオンがふと訊ねた。

 ドワーフ達とは公式な繋がり以外に職人や商人を通した繋がりもあったのだが、そちらも一年程前に途絶えて久しかったという。


 実はマリオンが来た時も裏では並行して対応しており、向こうが黙っている本音を聞き出したかったというのが例の強気な対応の真相だった。


「まあ君の件も急を要するとは言い難かったからね。

 彼らの方が余程切羽詰まっていたと我々は認識していたんだ。」


 だが救援要請も無しに協力を申し出る事は出来ない。

 一山超えたのかも知れないが、事態は把握しておきたいのか。

 やがてドワーフ達数十名の使節団が遂に到着したとの知らせが届く。




 ドワーフ達の一団は太鼓を鳴らしながらやって来たという。

 離れている段階から気付かせる事で、敵では無いという意志と儀礼を必要とする公式の存在だと顕示しているのだという。

 これは行進という、主に大人数の使節団が行う作法らしい。


 使節団は城下である王都の大通りを通過する場合と直接王城に入場する場合の二通りがあり、例えば行事などに参加する場合は前者になる。

 今回は後者だ。彼らは直接王城に案内され、代表者以外は仮宿として離宮の一つへと招待される。


 今回は結婚のお祝いと同盟強化の相談という形になるので、疲れを取るために一日休憩を取りつつ打ち合わせ、今晩に歓迎の宴が開かれる。


 メインは結婚祝いの贈呈だが、快気祝いも急遽ねじ込まれた。


「まあ別々にする事も検討されたんだが、今回の贈り物にはドワーフ達が本気で取り組んだ渾身の作品が、最上位の品を含めて全百点届けられてな。

 国宝級が複数紛れてるんで、彼らの判断で分けさせると我々にとって非常に危険だという結論に達した。」


 ちょっと遠い目をしたジグラード様が説明してくれる。


「何故そこまで?」


「何。事の発端は知っての通りだが、彼らは後回しにした結果失敗した。

 ドワーフの名誉に賭けて期日以内に仕上げる事になったんだが、禁欲が続いてた反動で親方衆が挙って名乗りを上げたらしい。

 後は悩む時間も惜しいと、早い者勝ちで百点と上限を定めたと言っていたよ。

 結婚式の外に快気祝いもあると判明したのは後だったらしいな。

 彼らはどちらに贈っても問題無い品を揃えたと豪語しているが、ね。」


 それ、王位継承時の祝い品のハードルが上がるヤツ!

 だが流石に友好の品だ。豪華過ぎるからという理由で断るのもツライ。


「あの、せめて五品くらいに絞れませんか?

 残りは全部、友好の証として臣下へ下賜するとか。」


「十品だ。君とミスティカ義姉さんが相談して十品ずつ選び、残る四十品を王家の宝物に寄贈する形で後日の褒賞用に貯える。

 残り五十品が宴の参加者に配られる形となるな。」


 何でも既に王家が受け取る分五十品は選ばれており、宴の始まりのタイミングでドワーフ達の案内でマリオン達が十品を選ぶと、大急ぎで決議したそうだ。


 此処で二人が選ばなかった中から王家分として四十品になるよう修正して引き上げて、残る品を十本の順位付きの札を持った各家の代表者が投票する。

 投票するのは爵位順だ。狙いが重なった場合は爵位と投票順位が高い順から一品ずつ下賜されるが、投票段階では他人の一位は分からない。

 単に前の貴族の何番目かが、投票されていると分かるだけだ。


「代表者には大貴族と競う覚悟で高い札を投じるか、敢えて程々の品を確実に取るかを選んで貰う形になるな。

 自分達で選ぶのだから外れても不満は出にくいという訳だ。」


 二人が選択後、他の貴族が選ぶ間がドワーフ達との挨拶兼歓談となる。

 作品を選んだ後であれば話のネタにもなるという判断だ。


「多くありませんか?」

「少ない方が色々聞かれるぞ?何せ相手は職人だからな。」


 二人同時に選ぶというのも揉めない為の配慮もあるが、ドワーフ達に一人で対応せずに済ます為もある。マリオン一人では何を喋って良いか判らない。


「今回は君と義姉さんが王に従う形で入場し、右の席に並んで座る形になる。

 私達兄弟は左側で客と挨拶する間に、案内役のドワーフ達と選んで貰う。」


 出来るな、との問いに頷き、先に準備が出来たミスティカ妃が扉の前に現れる。


「大丈夫、緊張してない?」


 今迄は国内貴族相手、公式の外交の場に参加するのは今回が初めてだ。マリオンは深呼吸してから頷いた。

 入場門の前には王達が待っていたが、ロザリンド王妃は主役との格の都合で欠席している。大仰な場では無いというアピールのためだ。

 陛下に励まされ、門が開くとマリオン達は思わす息を呑む。


「凄いわね。これ程の細工物が一堂に並ぶと壮観だわ。」


 隣からの小声の呟きに、同じくこっそり同意するマリオン。


 今夜の舞踏の間は二つに区切られ、玉座のある中央を境界に、献上品が並ぶ一帯と貴族達が集まる立食空間に分かれていた。

 立食空間はドワーフ相手なので、堅苦しい作法よりも山盛りの肉が並んでいた。

 だがそれ以上に、陳列台に並んだ様々な秘宝の数々は眩いばかりに輝いている。


(扉側の半分が特に王家が受け取る予定の品々ですね。)


 陳列台の中央を進む中、一つ一つが光沢を放つ金属細工や装飾品に並び、武防具が混じるのは正にドワーフなのだろう。


 全員が恭しく椅子に座ると、改めてドワーフの使節団が入場してくる。

 但しこの場に来るのは十数人の代表達だ。他の者は護衛なので参加していない。


 そして一際目を引くドワーフの長老が一人。同行した三人の長老達と比べても比較にならぬ程の威容、ドワーフに在り得ざる人の大男と等しき大柄な老人。

 長く全身を包む、髭と区別が付かない白髪が膝下にまで届き。更に人の倍は横に分厚い筋肉質の巨漢。

 大長老トロルズが、約百年振りに他種族の前に姿を現したのだ。


 先頭を歩いて一礼し、口上を述べるのは長老デボーディン。

 成程確かに全ての長老に一目置かれているのだろう。来訪した長老の中では最も若いが儀礼の全てを受け持って見せる。

 その態度は先日の苦悩が幻と思える程に威厳に満ちていた。


「ドワーフの友誼の厚さ、確かに見せて頂いた。

 此度の贈答品は我らの友誼の為に大切に使わせて頂く。先ずは当人達が品々を受け取る間、我々は彼らと友好を築こうでは無いか!」


 王が高らかに宣言し、玉座を降りてドワーフ達の元へ向かう。

 彼らが共に挨拶を交わす傍ら、マリオン達二人は三人の長老達に促される形で献上品の展覧場へ向かう。


「ドワーフの方々の作品というから、武防具が中心かと思いましたが。

 装飾品の方が多いのは意外でしたわね。」


 絢爛豪華な装飾品に目を輝かせたミスティカ妃の呟きに、三角髭の長老ラフレイがうむと頷き、髭をさする。


「実は今回の作品はニ十品ほど、元々倉庫にあった品を出して来ている。

 そもそも武器も防具も本来は相手の体格を踏まえて造り上げる物。何より傑作を作りたいなら制限時間の半月は如何にも短過ぎる。

 とは言え普段に無い縛りだった故、新作の励みには丁度良かったくらいだよ。」


「成程、言われてみればその通りですね。

 相手の体格に合わせて伸縮する防具なんて、それこそ魔法の領域ですものね。」


 ピシリ。マリオンが感心して呟いた一言に、長老達が全員硬直する。


(え。何で?何か変な事言ったかな?)

 ミスティカ妃に視線を向けても気付いた様子は無い。


「あ、この首飾りはオークレイル王国の建国神話をモチーフにしたのですか?」


「ほほぅ!よく気付かれましたな!まさにその通り!」


 急にテンション上がったカイゼル髭の長老タスキルニルに驚くマリオンに、残る二人の長老がそそくさと近付く。


「で。何故マリオン妃殿下、何故魔法なら可能だと?」


「?いえ、魔法なら伸縮を格納でどうにか出来そうかな、と。」

 そこまで細かく考え、ふと気付く。


「いえ、巻き尺みたいに柄や鍔に収納すれば同じ程度は出来そうですね。

 でも重さや強度はどうなるか分かりませんけど。」


 バランスが違うと問題があるのは分かるが、マリオンに分かるのはギリギリ防具まで。流石に武器の知識なんて必要無かった。


(((ふむ。刃物じゃなきゃいけるか?要検討だな。)))


 それも服飾系の動き易さしか分からない。まあ実際やるとなると問題は沢山ありそうだなと考えたところで、長老達がメモを仕舞う。アレ?

 まあいいやと視線を戻し、いくつか装飾品を見て気付くが、装備の類以外に付与魔術を用いた物が見当たらない。


「ドワーフは付与魔術を装飾品に用いないのですか?」


「む?ああ。魔術を用いて材質の価値を殺すのは理解出来ん。」


「?でも精霊と魔術は両立出来ますよね?材質と精霊も。」


「?そうだな。確かに。」


(ん~、やっぱり言っている意味が分からない。)


「精霊に合わせた材質を選ぶのと、素材に合わせて術式を選ぶのとは、何か違うのですか?」


 ぴくり。

「ほう。それは精霊に合わせた加工は魔術にも共通するというのか?」


「ええその筈です。それに、兜は表に出る部分と裏地に近い部分がありますよね。

 魔術知識が無くても合作なら行けそうに思いますけど。」


 中素材に術式を刻むとか、兜飾りに用いるとか。似たような応用は兜以外にも出来るのではなかろうか。


「ふむ。つまり填め込み式で板に魔法を刻んだ物を、加工せずに部品の一部として組み込むのか。

 工夫すれば確かにいけそうだな。」

 またメモしている?


 まあいいやと気になった楽器を見て、精霊にお願いして音を鳴らして貰う。


「少し引っ掛かりがあるみたいですけど、面白い音色ですね。」


「!分かるのか!いや、今契約してない精霊に干渉して無かったか?」


「あ。」


「ええ、この辺がちょっと温度調節失敗しているのは。

 精霊って気に入られたら普通に手を貸してくれますよ?」


 ミスティカ妃が何かに気付いた様だが、迷っている様なのでマリオンはそのまま雑談に応じる。会話を切らすのは好ましくない筈だ。


「こ、この宝石は綺麗ですわね!」


「?そうですね。古いのに随分立派に育ってます。」


「!ほう、石の年代が分かるのかね!」


 何が長老達の琴線に触れているのか分からないが、段々興奮して来たのは伝わる。


「ええ。加工されると分かりませんが、石や鉱石の成長に必要な歳月程度なら。」

(別に変じゃないよね?爪の長さで大体の期間が分かる程度の話だし。)


「……ねぇ、マリオン様は一目見ただけで分かるの?

 初めて見た材質でも分かったりする?」


「え?はい勿論。」


 物凄く苦悩し始めたミスティカ妃の疑問が分からず、長老達へ視線を移すとほぅと感心した顔を浮かべて幾つか年代を確認する。


「流石だの。まあ気にする事は無いぞ、こういうのは感覚的に見分けるものだ。」


 長老達は知らないが故に気付かない。マリオンは経験で積み重ねた感覚では無く性質の違いで見て判る事に。


 両者の違いに気付けたのは一人だけだ。


「あら、これもオルゴールだったりしますか?」


 柱時計に似た大型の、しかし随分と大きなハンドルの付いた正面ガラス張りの箱の中に既に見慣れた筒を見つけて、三つ目の品はこれにしようかと近付く。


「ああその通りだ。そう言えば妃殿下にプレゼントしたのもオルゴールだったか。

 気に入って頂けた様で何よりだ。」


「ええ、自分でも色々試してみましたが、本当に精巧で繊細な音色でしたね。

 ハンドルが三つあるという事は、三種類の曲が選べるのでしょうか。」


「これを一月程度で完成させるとは、ドワーフの方は本当に素晴らしい技術をお持ちなのですね。」


 ミスティカ妃の称賛に製作者だった三角髭のラフレイ老が途端に慌てる。


「い、いやいやいや!実はな、それは元々オルゴールの演奏時間を伸ばせないか試行錯誤した、完成品ではあるが試作品でもあってな。

 完成したは良いが売る相手を考えていなくてお蔵入りしかけた作品なんだ。

 曲を変えるのは手間じゃないが、全部で半年くらいかかっている傑作だ。」


 ミスティカ妃の脳裏に在庫処分という言葉が過ぎる。


「あぁ分かります。凄い作品を見ると先ず再現出来るか試しますよね。

 流石に盗作になると失礼ですからアレンジはしますけど、技術が面白かったら自分でも試してみたくなります。」


「うむ!そう、そうなのだよ!

 腕を磨きたかったら売る前に先ず試行錯誤しないと!」


 長老達が深々と頷き、カイゼル髭のタスキルニル老が不意に気付く。


「む?という事はマリオン妃殿下もオルゴールを作ってみたのかね?」

「????」


「ええ、流石に工房の設備では道具も足らず、再現には至りませんでした。

 今はこの耳飾りに応用しただけで我慢していますね。」


(あらららら?薄々そんな気がしてたけど、マリオンって実はドワーフの方々と相性が良かったりするのかしら。)


 先程から欲しい品が重ならないのは良いのだが、どうも技術的な話ばかりが弾んでいる気がするのだが。


「ほぅ、中々に変わった装飾の球体だな。

 少し見せて貰っても?」


「ええ構いません。補足させて頂きますと、私は付与魔術を研究しているのでそれにも消音の術を用いています。

 こうするとほら、動くたびに綺麗な音が鳴るでしょう?」


 名付けるならオルゴールボールだろうか?


「おおおお!こ、これは鈴では無いな!そうか、だからオルゴール!!

 中に金櫛が、櫛歯と鉄玉が入っているのか?」


「はい。鉄球の中を空洞にしてみました。」


 集まっていたドワーフの長老達が代わる代わる手に取り、耳元で回したり転がして確かめている。

 話と様子を見る限り繊細な品の様で、奏でる音は小さくも耳に心地良かった。

 成る程、これはドワーフじゃなくても人気が出そうだ。


「いや!これは素晴らしい!

 恥じる事は無いぞ、これはオルゴールとは別種の作品だ!」


 質問をしたがるタスキルニル老を一番冷静だった筈のデボーディン老が、馬鹿全部聞いたら試行錯誤する楽しみが無くなるだろと窘める辺り、そろそろ止めないと危険な気がする。


 だがマリオンは気付くどころかむしろ楽し気にしていて。


「なら魔導具化していない方を此度の返礼として、幾つか差し上げましょうか?

 今は音を損なわない魔導具化を模索していて、後日ならそれなりの数を用意出来ますけど。」


 勿論分解して構いませんよ、と補足するマリオン。


「そ、それは有難い!頼めるなら是非とも!!」


 良いのだろうか。止めるべきという気が凄いする。けれど友好という面では大成功なのは間違いないのだがと、ミスティカは苦悩する。


「ね、ねえマリオン様、私にも一つお願い出来るかしら?」


「ええ勿論構いませんよ。」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「いや!良き職人の作品には精霊が宿るのではなく、素材を良く生かした作品に精霊が宿り易いのだと、良き作品でも精霊が好まぬ技術もある、か!

 マリオン妃殿下の視点は中々に面白くて参考になるな!」


 上機嫌の長老ドワーフ達を中心に、先日の宴以降のドワーフ達は出席者以外からも好意的な反応が聞こえて来るようになった。


 改めて大長老トロルズ達と対談をして同盟関係の詰め合わせをした後。

 兄サミュエル王太子は父オークレイル王とも話し合ったのだがと、ミスリルの件について彼らと一度話し合いの場を持って欲しいと頼まれた。


(話し合いの場、とは妙な言い回しだな。)


 ジグラードはミスリルの話は本来自分達から持ち掛ける筈の話だったと慎重に成らざるを得ない。何より兄達が仔細を話せず、判断に迷うというのだから。


(何よりこれは、マリオンの身の安全に絡む話だ。)


 慎重に成らざるを得ないのだが、この好印象は如何なものだろう。

 全面的に胸襟を明かせない状況でこれは本当にやり辛い。

 そもそもヴェールヌイ様よりマリオンが注目を集めるとは、流石のジグラードにも全く読めなかった。


「妃殿下との出会いは良き刺激になって下さったようだ。

 先ずは皆を代表し、お礼を申し上げる。」


 幸いトロルズ大老には冷静に仕切り直して貰えたので、こちらも平時通りの挨拶で応じる事が出来た。


「それで、御用件の方を改めて確認させて頂きましょう。」


 うむと長老達が神妙な面持ちになり、驚く間もなくトロルズ大老が頭を下げた。


「恥を忍んでお願い致す。

 貴国が掴んだミスリルに関わる新技術、並びに新たなミスリルの製造法。

 そちらの望む対価と共に、我らにお教え頂きたい。」


「な!あ、頭を御上げ下さいトロルズ大老!

 一体どういう事なのか、此方にはさっぱり分かりません。」


 流石のジグラードとて驚きを隠せない。今の発言は腕と技術に絶大な誇りを持つドワーフが、無条件降伏をしたに等しい物言いだった。


 技術者を軽視する盆暗なら兎も角、相手は職人第一主義のドワーフ達。その彼らが自力開発を諦めた。そう聞き取れる程に衝撃的な態度だった。


 いや、素直に受け止めよう。彼らは今、負けを認めたのだ。

 ましてそれを行ったのは他の長老達では無い。全ての長老達が一目を置く、最も偉大なドワーフ、トロルズ大老の言葉である。

 これは決して尋常の事態では無い。


「そうか、そうだな。貴殿らにはそもそも分からなかったのか。

 では先ず、ミスリル製の品には三つの種類がある。

 一つは銀をミスリルの鎚で鍛造し、変質させる物。二つ目は既にあるミスリルを更に鍛造する物。もう一つが、既にあるミスリルを溶かし、鋳造する物だ。」


 一つ目と二つ目は鍛冶と聞けば多くの者が想像する、金属を鍛えるやり方だ。

 三つ目は鋳造と言われてピンと来なくとも、鋳型、型に流すと言えば多くの者が理解出来るのではなかろうか。


 何故鍛造と鋳造という言葉を避けたのかには疑問が残るが、理解した旨を視線で伝えて続きを促す。


「君達が手紙に付けたミスリルの糸、あの細さを再現する技術は間違いなく今の我々には無いものだ。

 銀を打ち続けて糸状のミスリルを産み出す事は不可能。鍛えたミスリルを切り出してもあれほど見事な円柱の糸は出来ん。

 角を削るにしても、あの長さを均等に均すにはどれ程の月日が必要か。」


 じわり、とジグラードの背中に冷や汗が流れる。


「加えて鋳型だ。管に流せば詰まるだろうから、水の中に一定量で垂らし続けるなら糸状にはなるだろう。だが、太さを揃えるのは容易では無い。」


 元が魔力の糸だ。同じ太さはイメージが乱れない限り一定になる筈。認めたくは無いがジグラードにも、遅まきながらトロルズ大老の言いたい事が分かって来た。


「そして例の糸には、加熱の形跡が一切無かった。

 故に今の我々の知識では、あのミスリルが鉱山の段階から糸状で発見されたとしか思えんのだ。

 それは銀の性質上在り得ん。だからこう結論付けるしか無いのだよ。

 あれは、未知の技術で新造されたミスリルだ、とな。」


 だがジグラードは慌てない。視線が彷徨うのを必死で堪える。

 自分の失態を理解しつつも、大事な点を見落とさない。


「ですが、それだけではありませんね。

 単なる技術提供なら、あなた達が頭を下げる程では無い。

 あなた方にとってはむしろ、未知への挑戦だ。」


 そこで初めてトロルズ老は相好を崩し、笑顔になる。


「その通りだ。実は先日解決したと思われていた、坑道での騒動。

 出発直前の段になって、終わっていない可能性が出て来た。」


 表情を改めたトロルズ大老の口から出た言葉は、まるで再三の繰り返しだ。


「結局一体何だというのですか?そちらで起きた騒動というのは。」


「魔物、なのだろうな恐らくは。坑道内で我らが同胞が襲われた。

 当初は蜘蛛の群れだと思っていたが、どうも他の獣に寄生し乗っ取る性質があると判明している。ただ、ミスリルのみが防ぎ、浄化しうる事だけが確かだった。


 先日誰かが追い立てる時に使っていた火が引火したのか、蜘蛛糸を通して全ての蜘蛛共に引火した様だった。

 以来完全に沈黙していたのだが、坑道を隈なく調査していた際に人間大の大蜘蛛の抜け殻が発見されたのだ。

 それも、外側だけ炭化した状態で、な。」

※次回、文章量の都合により8/4日の金曜投稿をします。

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