第一章 惨劇の妖精
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ジグラード第二王子の婿入りとミスティカ妃の社交界復帰は事前に噂されていた以上にオークレイル王国を揺るがした。
何せあらゆる伝手を用いて解呪の手段を探し、遂に叶わなかった呪いの完全浄化に成功したのだ。
ミスティカ妃はサミュエル第一王子にとって瑕疵どころか、夫婦愛を示す美談へと変わった挙げ句に両夫妻の良好さまで知れ渡った以上。最早王子の死以外で継承順が覆る事も無い。
こと此処に至っては、サミュエル王子の即位に異議を唱える事自体が既に不敬に当たる。
後は如何に、サミュエル王太子が足下を盤石にするかの問題でしかなかった。
一方。王都に衝撃をもたらした片一方、マリオン達の近況と言えば。
驚く程に情報が伝わっていなかった。
曰く、妖精と区別が付かぬほどに美しく浮世離れした美姫である。
曰く、あらゆる才能に満ち溢れ、神に祝福されたかの如く全てを見通す千里眼を持つ。
曰く、余りに万能過ぎる力を有するが故に、普段は地上に干渉せず、統治を人に任せて眠り続けている。
……ワタクシ、一体何者だと思われているのでしょうか?
原因はある程度察している。爵位周りの義務や手続き諸々の所為だ。
マリオンがヴェルーゼ宮廷伯爵となった表向きの理由は服飾付与師の一族を興すためだが、実体はまるで違う。
職務全般を担当するのは夫、ジグラード・オルズ・オークレイル殿下だ。
何れ兄サミュエル・オルズ・オークレイル第一王子がオークレイル六世になり、後継ぎが産まれれば今のオルズ号を返上しライズ号になる。
今ジグラード殿下が殿下と呼ばれる立場なのも、既に形式や保険的理由だけ。
真の目的はマリオンの宮廷伯は夫ジグラード第二王子と釣り合いを取らせ、王宮内での保護を通すための地位を確保するためだ。
二つしか無かった服飾付与貴族ストラード家が没落した結果、残る服飾付与貴族がキャンベル伯爵家のみとなった現状も宜しくない。
次代をヴェルーゼ宮廷伯爵として育成するのも確かに重要だ。
だが数多の精霊に愛されたマリオンの保護と比較すると、明らかにその重要性は見劣りする。
なのでマリオンがヴェルーゼ宮廷伯爵として伯爵相当の立場を見せるのは都合が悪い側面もあるのだ。
よって服飾付与を担当する人材は二人の子供か、それ以外の人材が受け持つ方が都合が良い。というより他に無い。
何せ次世代が同等に精霊に愛される可能性は流石に無いと判明している。
故にマリオンが担当する服飾付与は将来に禍根を残さないため、基本は王族限定の、最小限に抑えられる事となった。
よって結婚式が終わると慌ただしくなると思いきや、実際には出来る仕事も無く暇になったと言って良い。
逆に夫たるジグラード様は住居の管理やら工房の作成やら人材雇用やら、マリオンが手伝えない範囲で徹夜続きの生活を送っている。
良好な夫婦生活どころか、顔を合わせる機会も激減していた。
とは言え、夫婦として疎遠になったかという事も無い。
ジグラードが休めるのはマリオンと面会する時だけの為、疲労痕倍のジグラードは割と人目を憚らず抱き付き、甘える様になった。
甘えると言っても抱き枕にされたり頬擦りやキスをする類で、幼児退行等の変態的な行為は無い。あくまで熱愛の範囲だ。
だがその分余計に人目が気になるし羞恥心も刺激されるのだが、拒絶するのは心苦しい程に過労が伺える。なので常に全身を赤くしながら我慢し続けている。
周りもその度にほっこりして生暖かい視線を向けるのだが、マリオンに気付く余裕など無い。夫婦関係に不備があるとは到底口に出せない状況だった。
これより過激なスキンシップとか超無理。お姫様抱っこしながら食事とか、今が既に結構キツイ。周囲が見れない。
(さあ、今日も性欲を勤労意欲に変えるお仕事が始まるぞ!)
尚、ジグラードも割と生殺しでも良いかなと思ってしまう程度には満喫しているので、山場を越える迄は耐えられそうという気はしている。
「でも、現状のままだとジグラード様がいつか倒れそうと思ってしまうので。」
そこんとこどうすれば良いでしょうか、アストリット・キャンベル伯爵令嬢様。
「惚気は程々にしとけと言いたいけど、まあちょっと仕事が集中し過ぎよね。」
王家のお茶会にもすっかり慣れたマリオンが、同じく馴染んだアストリットことアスリも溜息を吐いて同意する。
というか、下手に休息を取るとマリオン相手に野獣が目覚めるのではないかという方向でもアスリは本気で危惧している。
あれだけベタベタして自制出来るのはやはり過労が全てなのだろう。
年頃の娘のする気苦労では無いが、その手の欲望に対する理解は未だに若い両親の所為で割と理解がある方だ。達観していると言って良い。
マリオンは気付いていない様だが、ジグラードは胸派だ。マリオンへの接し方を見ていればハッキリ分かる。分かってしまう。なのに発散する気配も無い。
マリオンの性知識が幼いのは割とジグラードが一線を越えないのも理由だろう。
(コレ、私がフォローしないといけないのかしらね。未婚が。)
最近再び求婚者が増えて来たアスリも、下心には敏感な年頃だ。
「けど、目途が立つまではどうしようも無いわ。
最近あなたも茶菓子を作っているんでしょう?あなたの作る手料理は精霊の加護があるから疲労回復には良いわ。それくらいしか私に言える事は無いわね。」
「まだ練習段階ですけど……。」
「味見さえ忘れなければ大丈夫よ。自分が食べられない物を出さない。
これだけは絶対に忘れない。」
不意に思い出す。かつて料理研究家を名乗った婚約者候補の一人を。
「愛情は免罪符じゃないわ。そもそも食べられない物を人に出すという時点で、そいつの愛情は人として許されていないって事よ。」
「あ、アスリ。怖いです……。」
才色兼備、キャンベル伯爵家の鬼才。
ミスティカ妃が瑕疵と言われていた中で、尚もキャンベル家を発展させた才女。
アストリットとの婚約は、大抵申し込んだ相手が謝罪別れをする事でも有名だ。
婚約破棄の度に評判が上がる才女アストリット・キャンベルの結婚への道は、既に国内貴族が全滅しかかっている程に遠かった。
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苦境に立たされた筈のジグラードが、イイ笑顔で苦境の詳細を語った。
「嬉しそうですね。」
「はっはっはっは。その通り!
なぁに、一度にやるべき仕事全てを棚上げにする理由が出来たのだ。
コレを口実に後日の負担を適切な量に分割すればいい。他の仕事を疎かにしていないというポーズとして、徐々にな。」
転んでも只では起きないどころじゃ無かった。
まあ元々余所の都合で同時に対処を求められていたのだ。それらを拒否出来る口実さえあれば急ぐ必要が無い用事も多いという事か。
紅茶を軽く啜り、一息吐いてから説明を始めた。
「我々の結婚式にドワーフ達が来なかったのを覚えているな?」
「ええ。本当ならもっと前にミスリルの件で面会する予定でしたよね。」
確かドワーフ側の方で代表者達が来れないと、政治的な問題に巻き込むなと抗議付きで断って来た案件だった筈。
ミスリルの件があったのでその後も折につれ面会を求めていた筈だが、結局結婚式の時も拒否されて終わったとか。
「実はあの後、ヴェールヌイ様の話を知ったらしくてな。
金属の精霊に合わせないのは不当だと抗議が来た。何でも向こうは自分達の方が間違い無く金属の精霊に好かれる自信があるとの事だ。」
ドワーフの長老は話の分かる御仁だった筈だがと首を横に振るジグラード。
「流石におかしくないですか、対応。」
幾ら何でも非礼が過ぎる。こちらが求めた面会を全て無視した上で、全てこちらの責任扱いだ。
国の面子を全面的に否定しているし、何より同盟関係にある相手に取る態度では絶対にない。
「そうだな。担当者が通達無しに代わっているというのが我々の判断だ。
なのでドワーフの長老に直接お越し頂きたいと返答した。
代理人が来た場合は同盟を破棄したものと見做し、入国と国交を拒絶するとだけ記載した手紙を送ってある。」
わぁ、既に長老以外が対応していると決めつけてますよ。
もう普通に国交拒否の最後通達だよね。
「で、でもそれで今後どうなるんですか?
オークレイル王国はドワーフとの同盟によって守られていると聞いた覚えが。」
「何、それは出来ない。
何せ中の手紙には、ミスリルの糸を装飾に用いているからな。」
「 」
ジグラードの返答の意味を察したマリオンが思わず瞠目する。
マリオンの知るドワーフとは、地の妖精を自認する亜人種族の事だ。
――身長は子供か小柄な大人未満、但し全身が筋肉質で肥満の人間と遠目に区別付かない程に分厚いという。ただ鼻の大きさは人の倍近くある。
生活圏が基本地下であり、地の精霊力に対して高い融和性を誇り、鉱物に対する執着は他種族の追随を許さない。
それは種族の大半が鍛冶に関わる職を選ぶ事からも明らかだ――。
(詰まり国交を拒絶する以上、新発見したミスリルには関わらせないぞ、と。)
ドワーフ達はミスリルを扱う際、糸状にして使わない。
材質が希少過ぎる上に、糸は裁縫の領分。加工技術としては一流であっても鍛冶職人としての腕を誇るには向かない。
金属糸を使いたいなら、ミスリルを選ぶと言う贅沢は有り得ない。
そんな人一倍金属に執着するドワーフ達に、新品のミスリル製の糸等を見せたらどういう反応が返って来るのか。
「まあ間違い無く今の責任者は同族からリンチだろうな。
彼の種族は鉱物に関わる話ではかなり気性が荒い。」
次の返事は確実に事態が動くから、君にも同行して貰うかも知れないとジグラード様はにこやかに紅茶を啜る。
果たして長老ドワーフが身内を荒縄で引き摺って現れたのは、数日後だった。
「いや済まないな。今こっちはトラブル続きでな。
緊急時以外は取り次ぐなと糞餓鬼共に対応を任せていたんだが、よりにもよって貴国の祝い事全部、余所の話扱いして独断で対応しておった。」
お茶の代わりにエールを一杯飲みながら、ジグラードとマリオンが王城の離宮にある、客間で長老達を迎えていた。
「では、此方の通知を無視していた訳では無い、と。」
「勿論だ。そもそも王家の結婚式など職人の腕の振るい時では無いか。」
今からでも遅くないから今度祝いの品を送らせてくれ、と長老ドワーフのデボーディンは蓑虫ドワーフ達を椅子代わりにしながら大笑いする。
満面の笑顔とは裏腹に、身内に対する怒りが全身から放たれていた。
「しかし突然対応する相手が連絡無く変わったのではこちらも納得出来ません。
一体何がどうなってあなたは連絡を絶っていたのですか?」
ま、そうだろうなとエールのお代わりを頼んでデボーディンが両手を膝に置く。
「まあ一番は運が悪かった。そもそも長引くとも思っていなくてな、儂らとしては担当を変えた心算も無かった。
此奴らが勘違いしていただけで、身内の連絡に優先順位を付けただけなのだ。
多分タイミング的にはお前さんが婚約の通知や協力を伝えてくる、少し前辺りに坑道の崩落があった。
どうも謎のモンスターが地中を掘り進んでいたらしくてな。偶々儂の発掘現場に現れて暴れ出したのだ。
最近になって漸く追い払う事に成功したが、その辺で漸くそっちの定例の挨拶が来てないと分かってな。そこで今回の手紙で慌てているコイツ等が居た。」
コイツ等、のタイミングで部屋に衝撃音が響く。
「この馬鹿共は儂らをモンスターの対策に専念させたくて、お宅の国からの手紙を纏めて握り潰していたと白状しおった。」
「詰まり別に大事によって連絡が途切れた訳では無く、単純に人の国の話だからと勝手に手紙を持ち出して対応していた、と。」
「うむ。儂が動けない時に独断で処理して、報告すらせずに黙っておった。
だからコヤツらは二度と要職には付けん。他国からの連絡を何一つ周囲に知らせずに握り潰した訳だからな。」
そこでデボーディンは椅子にされていたドワーフ達の口縄を解き、何か言いたい事は有るかと一旦体を起こす。
「済まなかったとです。
そもそも何で他国の結婚式の連絡が大事なのか、分からなかったとです。」
「「「 。」」」
沈黙。
ギシギシと軋む様な動きで視線がミノムシ達に集まる。
「おい。まさかお前達、王印って理解しているか?」
「勿論知っているだ。ドワーフの王様が使う印鑑だべ。」
「……ドワーフに王が居たとは聞いていないが?」
「…………本当に済まん。
ドワーフ王は数百年前、お宅が知っている範囲でしか現れていない。」
土下座しているのか崩れ落ちたのか分からない姿勢で、頭を床に付けて謝罪するデボーディンの様子に、簀巻きドワーフ達もこそこそと相談し始める。
(ほれ、やっぱりアレ、判子の事じゃないんだべ。)
(何言ってるだ、王印って言ったらあの金具、ミスリルの判子の事だべ。)
(だども今、手紙の話しとらんかったか?)
「……済まん!本当に、済まんかった!!」
遂に泣き崩れるデボーディンに、簀巻きドワーフ達は顔を見合わせる。
因みにだが彼らは、一応若長候補。次代の要職を担う可能性があったドワーフ達だと聞いている。所謂長老の弟子達である。
「あの、この場合の王印と言うのは王に認められた証拠として捺す判子の事です。
王印を捺す、と言って、手紙に捺された判子跡も王印と呼びます。」
流石に見てられなかったマリオンが説明すると、感心した顔でなるほどなーと、素直に礼を言う簀巻き衆。
「最も腕の良い鍛冶師が長老になるというドワーフの風習、急いで改めるべきかも知れん。」
「今まで何で問題が起きなかったのかな?」
「普通は扱う仕事が増える段階で色々常識を学ぶから!
此処まで馬鹿なまま昇格したのはドワーフでも稀じゃい!」
真顔で訪ねるジグラードに、必死で弁解する長老さん。
「あ、そう言えば。
長老の方々とお聞きしましたが、他にも長老はいらっしゃるので?」
「あ、ああ。居るぞ、ドワーフは十の長老達が政を司る。
ただ……、半数近くは耳が遠くてな。仕事しか出来なくなった長老はドワーフ内の政にしか関わらん。
特にここ数十年は窓口がオークレイルだけで済んだ分、色々疎かになっていた。
これでも儂は長老の中で一番若く発言力が強いのだよ。」
「他に外交を受け持ちたがる長老は居ますか?」
「本当に済まなかった!絶対に他の長老達も巻き込むと約束する!この通りだ!」
どうやらドワーフという種族全体が、鉱物以外に関心が薄いらしい。
深呼吸を繰り返して平常心を装う長老デボーディンが、一旦気持ちを仕切り直して姿勢を正すと、手荷物から長方形の小箱を一つ取り出した。
「済まんが第二王子殿下、ちょっと長老達でこの大惨事を相談したい!
急ぎでなければ正式な謝罪は後日改めてと言う事にして欲しい!
その時は必ずや半月以内にお詫びを兼ねた祝いの品を持って来る。出歩ける他の長老達も連れて来ると約束しよう。
こっちは面会の礼序での土産だ。お近付きの印だと思ってくれていい。」
今回謝罪を受け付ける必要は無い、という意味だろうか。
先ずは確認しようとジグラードは、差し出された箱を拝見しますと断って開く。
中には細長い箱状の小物入れが入っており、中に固定された金属製の櫛と筒が並んでいた。小物入れの外側には車輪に似た何かが付いている。
「それはオルゴールと言って、発条を回した反動で筒を回し、金属の櫛を鳴らす自動演奏楽器とも言うべき品だ。
筒に刻まれた範囲の曲しか演奏出来ないが、中々綺麗な音が出るぞ。」
実際に回せる回数も含めて実演してみせ、つい聴き入る穏やかな音色が響く。
『ほう、それも楽器と呼ぶのか。』
退屈して来たのか、ヴェールヌイがマリオンの肩から姿を現す。
「「「う、うぉおおおお!!!」」」
ドワーフ達が色めき立って我先にと手を伸ばし、不快気なヴェールヌイによって払われる。それで真っ先に我に返った長老が他の連中を壁に押し付ける。
「し、失礼した。も、もしやそちらは金属で出来たゴーレムか何かかね?」
慌てて壁際に下がりながらヴェールヌイを凝視するドワーフ達。
ヴェールヌイはマリオンにだけ分かる呆れた顔で、翼を半分程透過させる。
『お前達は、精霊とゴーレムの区別も付かないのか?』
「せ、精霊?こんな大きな精霊が人の肩に?」
「ま、まさかこれが噂の金属の精霊?」
「待てや貴様らぁ!!噂のってどういう事だコラぁ!!!」
思わず頭を鷲掴みにされた簀巻きドワーフ達が、しどろもどろにオークレイルに金属か鋼鉄らしき精霊かモンスターの類が王都の何処かで出現したらしいので、その詳細を訪ねようとしたと語る。
「つまりお前ら、本当かどうかも分からない話を王宮の手紙に書いた訳か!」
「「「と、問い質す様に言われて。」」」
「他の長老達にですか?」
こくこくと頷く簀巻きドワーフ達。
???? え? んん?
それって他の窓口じゃない長老達が……?
まるで灰になった様に崩れ落ちるデボーディンに対し、流石に哀れになって来たジグラードが我に返らせようと肩を叩く。
「もう今回は正式じゃなくていいから、一旦ドワーフで使節団を派遣してくれ。
貴国の人員をもう少し我が国と、積極的に交流させないと話にならん。」
「ホント申し訳ない。温情、痛み入る。」
そう言えば結局簀巻きドワーフ達は名乗らなかったなと後で気付いたのだが。
ジグラード様曰く、無かった事にしてあげなさいと厳かに言われた。
※遂にドワーフ登場。本番ですw
……ええ、本番です。本当は物語の三分の一くらいに収まる予定だったのが前回までですw
ちょっとノリが違うと思った方々、本当はこのくらいの緩いノリで進めたかったんです!なので、なんか違うと思われた方は申し訳ありません!
この物語は、シリアスとギャグが常に過半数を奪い合っていますw




