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炯目の刺繍鳥  作者: 夕霧湖畔
前編
14/27

終章 結婚式

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 あれから後始末が大変だった。


 オリハルコンは全て魔力を抜いて金に出来たが、抜いた魔力は自身の魔力以上に溜め込むと精神的に辛い。

 なのでドレスの製作と並行して半月近くを費やした。


 だがミスリルから魔力を抜く事は、結論から言って出来なかった。感覚的には完全な別素材で、既に完成した物は組成自体が別物と化しているのだろう。

 幸い形状の加工は簡単だったので、今は全てを糸状に変えマリオンの部屋に放置してある。製法は後日ドワーフ達に伝える予定なので、彼らの奮闘に期待だ。


 宝石類は普通に壊せるので、デスグレイ先生の悲鳴以外に問題など無かった。


 未だ準備が整っていないため呪いの浄化成功は公表されてないが、あれからリハビリも兼ねて王族限定のお茶会にミスティカ妃も参加する様になった。

 徐々に噂という形で情報が漏れているらしい。

 結果論だがサミュエル殿下を廃そうとしていた派閥は求心力を失いつつある。


「でも流石に王家の方々に囲まれるのはまだ慣れません。」


「あら。それは王家でも無いのにこの場に来ている私への嫌味かしら。」


 滅相も無い。貴女がいないととても不安です。

 カップを下ろして半眼を向けるアストリットの袖を、マリオンはテーブルの下から掴んで逃げない様にと訴える。


「あらあら。私達の方が付き合いは長い筈なのに、何だか妬けちゃうわね。」


 クスクスと笑うロザリンド王妃に全くだと賛同するオークレイル王陛下。

 彼らは何と言うか、圧があるのだ。漂う空気が違うのだ。


「まあ、空気が読める様になったのは成長の内かしら?」


 ジグラード様は収納自在なので、普段は大丈夫なのだ。



 圧というのは、彼らが王族として振る舞う時に出るらしい不思議技能だ。

 以前は圧の有無に関わらず緊張するしかなかったが、最近緩急が実感出来る様になった分むしろ精神的な負担が増していたと判明し、克服のために若干スパルタな特訓を受ける羽目になった。


 何でもこの圧は、相手を委縮させて交渉を有利に進めるコツの様な何からしい。

 これに耐えられないと理不尽な要求を呑まされるので、王家の人間は全員これに耐える訓練をするというが。魔法ですら無いこの謎技術は一体何なのだろう。

 正直言ってこの不思議技術があって呪いに対抗出来ないのが不思議でならない。


 ジグラード様は兎も角何故かアスリも自在に圧を出せる人だったので、新たな作法を学ぶ傍ら、精神的に圧迫された状態で完璧に振る舞えるかという特訓が続く。

 理由は理解出来るが、強制的に緊張させられるのは結構辛い。

 こうなってくると諸々のドレス製作が日常の癒しとなり、少々熱が入り易くなるのは当然だと思う。


「でもドワーフも来るからミスリル糸を混ぜるのは禁止だ。」


 駄目出しされたけど、銀に紛れて小粒程度の宝石を混ぜたのは精霊も喜んでくれるのだし、許されて良いと思う。


 深呼吸して椅子から立ち上がる。

 アストリットはキャンベル伯爵家の次期当主でもあるため、父親のキャンベル伯爵と共に一般客として会場入りしている。


 彼女達はマリオン側の親戚枠、ヴェルーゼ宮廷伯爵の家族代理として参加する案もあった。だが最終的に次世代以降の為に、キャンベル家とは別枠の方が良いと結論付けたために断念されている。


 むしろ交渉の窓口を絞るためにも、王家以外の後ろ盾は不要という結論になったため、介添え人は当日まで明かされる事は無かった。


「不安か?マリオン。」


「前より、落ち着いています。」

 思わず取り繕うなと苦笑される。


「何、今回も喋るのは最低限だ。

 極論適切な時に誓いますと言う以上の台詞は不要だと考えれば良いさ。」


「流石にそこまで割り切れません。」


 くすりと小さく笑い、たったそれだけで楽になるのだから現金なものだと内心で自分に呆れてしまう。


「心配しなくても大丈夫よ。あなたはこの国の大恩人、少しくらい失敗したって誰も咎める事なんて出来ないわ。」


 ミスティカ妃が控室にいるのは彼女こそマリオンの介添え人だからだ。

 場の人間は皆、マリオン達とは違った意味で華やかな装いに身を包んでいる。


 花嫁が白、花婿が黒。出席者は全員、この色以外を選ぶ事で両者を際立たせて祝福の意を示す。

 装飾の一部として採用する程度なら見逃されるが、両者の色を着て来た者は例え家族であっても追い出されるのも習わしだ。


 花嫁の婚姻衣装はオークレイルでは白基調と決まっているが、逆に言えば白の印象が薄れない程度であれば良いので、実際には様々な重ね着や羽織り、ヴェールに薄い色地を混ぜて飾り立てる。


 花嫁は祝福される側であるため動き回りはしないが、入退場や移動、宴の食事等、豪華なドレス姿が望まれるからこその様々な不自由が付きまとう。

 なので無暗に動かずに済むよう補佐役が必要なのだが、この役を敢えて侍女では無く、親族の誰かが担当する事で皆に祝福された結婚だと印象付ける。


 その為、介添え人は王族の様な例外を除き、上役が務めるのがオークレイル王国の一般的な風習だ。ジグラードは王族であり、マリオンはその伴侶。

 何よりマリオンの介添え人をミスティカ妃が引き受ける事は、両者の良好な関係を内外に知らしめる意味でも極めて重要だ。


『最初の社交が義理の妹の介添え人なら、私自身の負担も少ないわ。』


 今回は体調に不安を残すミスティカ妃自身が率先して提案したのも大きかった。


「何より実の妹は中々可愛がらせてくれないもの!」


 鼻息強く細部までチェックし、これならと太鼓判を押す姿は本当に楽しそうだ。

 アストリットが姉の世話をしていたのは別に呪いとは関係無く、感覚派の姉と合理主義の妹という元々の家族関係の延長であったらしい。


 昔から妹であるアストリットは常に大人びていて何事も卒無くこなし、面倒を見られる事はあっても面倒を見る機会など、覚えている限りでは無いのだとか。


「けれどファッションセンスだけは負けないから、その辺は心配しないでね。」

「それは、アスリからも聞いてますので……。」


 心配してませんと保証した心算が、何故かミスティカ妃は不満そうに頬を膨らませて、不意に溜息を吐く。


「はぁ、私も愛称で呼んで欲しかったわ……。」

 だが立場上、敬称抜きに呼べる身分では無い。


 ミスティカ妃の心からの溜め息にオロオロするしかないマリオンに、ジグラードは苦笑しながらそろそろ時間だと一同に宣言する。


 ジグラードに介添え人はいない。何故ならその立場にいる者が王であり王太子なので、下手に代役を立てられない王族ならではの立場故だ。

 故に今回は、既に入場している国王一家の前に、自ら進み出て報告するという手順となる。

 ジグラードが最初からマリオンと一緒にいるのは、つまりはそういう事だ。


 この国の結婚式では、夫婦が共に入場するのが習わしとなっている。

 彼が来ている服も黒い布地で鎧の様な外観を再現した、割とシンプルなマリオンお手製の防護服だ。


 花嫁がドレスなら、花婿は身分を問わず騎士風と決まっている。

 但し本物の鎧を着る訳にも行かないのであくまで仮装止まり。

 騎士身分であってもこの日だけは、敢えて護衛を周囲に任せると言う意味で本物の鎧を着る事は無い。あくまで心構えを現わしたに過ぎない。


 加えて式場に剣を持ち込めるのは護衛か国王一家のみと定まっているので、花婿は剣の代わりに一族の紋章の入った盾を、花嫁の反対側に構えて入場するのだ。


「それじゃ、行くとしようか。」


 開いてる方の手を手袋越しに手を重ね、二人で腕を組めば丁度盾の紋章が壇下の貴族達の方を向いている形になるよう計算された廊下を、並んでゆっくりと歩く。


 扉の向こうは近付くにつれて輝きで白く塗り潰され、ヴェール越しの視界の所為で会場の様子が殆ど見えなくなる。

 段差は無いが、自然と花嫁が花婿を頼りにする構図が出来上がるのだ。


 披露宴の会場は、門を潜り抜けた直後が一番輝いて見えるよう特別な作りになっていると聞いている。

 けれど。それ以上に。


 今日に特別な思いを抱くためにあるのかも知れないと思いながら。

 マリオンは二人一緒に、光の中へ足を踏み入れた。

※本日投稿分、前編です。後編も投稿されているのでご注意を。

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