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炯目の刺繍鳥  作者: 夕霧湖畔
前編
10/27

死者の妄執2

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 日程が詰まってるため、面会日は左程に時を置かず訪れた。


 面会は不測の事態を避ける意味で、非公式に行われる。

 なので面会が決行されるのは午前中に、完成した国王陛下の衣装調整が終わった帰りに、見舞いと言う形で向かう事になっている。


 オークレイル王陛下には無理をしないようにと、服の着心地に感謝の礼を伝えられた後に改めて念を押された。

 その表情からは、この後の面会が只ならぬものと思わせる緊張感があった。



 ミスティカ嬢は今現在、マリオンとは別の離宮で隔離される形で暮らしていた。

 現状は既に正妻であり、本来は第一夫人として結婚式を行い、舞踏会や祝い事に出席すべき立場だがそれは不可能。


 周囲には呪いが解けるまで王宮入りを待つよう止められたが、サミュエル王子が国王夫妻とは別の離宮と言う形で強引に認めさせた。

 以来、現ミスティカ妃は一度も離宮から外出する事は無かった。



「お待ちしておりました、サミュエル殿下。」


 侍女達に出迎えられて離宮入りしたマリオン一行を玄関で出迎えたのは、薄色の金髪を編み上げて肩に流す、白レースに黒を基調とした装いの美少女だった。


 特に数枚重ねのスカートのレースには、目立たぬように金糸の装飾を紛れ込ませて上品さを演出し、当人の凛々しくも女性的な雰囲気と見事に調和している。

 年嵩がマリオンと同じくらいで、僅かに固い表情で一同へ順に挨拶する。


「紹介しよう、彼女はマリオン・ヴェルーゼ宮廷伯。

 事前に通達したとおり、今日は皆で我が妻ミスティカ・ガネル・オークレイルの見舞いに来た。」


「お初にお目にかかります、ヴェルーゼ宮廷伯。

 キャンベル伯爵家次女、アストリットと申しますわ。」


 優雅な一礼に一瞬見惚れ、慌てて拙いながら挨拶で返せた。

 すると彼女はマリオンの夫の兄嫁の妹、でサミュエル殿下が義兄、ミスティカ妃が義兄嫁、となるとアストリット嬢は義妹になるのがこの国の法だった筈。


「御覧の通り彼女は社交に関しては経験不足でね。

 後日君に多方面での教育係を依頼したいと思っている。」


 ジグラードの言葉にマリオンはおやと顔を見上げるが、どうもサミュエルも驚いている様子は無い。どうも既定の話だったようだ。


「礼儀作法であれば、王家の家庭教師が私以下だとは思えません。

 それは私に服飾貴族としてのノウハウを分け与えよ、と言う意味ですか?」


(今凄い直球に問い質してるの?!)


 周囲に召使が居ない訳では無い。が、アストリット嬢の言葉に、宮殿の侍女達は心得たとばかりに頭を下げて玄関ホールを後にする。


「そうだ。彼女に服飾貴族としての、必要な振る舞いと常識を教えて欲しい。」


「本気でしたら技術貴族を保護する王家とは思えない横暴な要求かと思われます。

 それは技術系貴族の根幹、一族が長年を賭けて築き上げた一族である証拠を他家に全て与えよという意味、自分と同格の商売敵を用意せよと言うに等しい。

 それが姉を救う条件なのですか?」


 馬鹿にしているという憤慨を全身に出して抗議する反面、冷静さを失っていない淑女然とした態度を崩さないアストリットだったが。

 会話を聞いているだけのマリオンは背筋が凍る思いがした。


「残念ながらそうはならん。何より人手を安易に増やせないからな。

 だがこれはキャンベル家にとって利益となる提案であり、キャンベル家の貢献を重く見ているからこその提案だ。

 対価は、彼女の技術解明にキャンベル家である君が関われる事だ。

 君がこの提案を蹴っても義姉上に何ら関係は無いが、長期的に見てキャンベル家が没落する可能性は低く無いな。」


「!それはこの娘にキャンベル家が劣るという意味ですか!!

 その娘が精霊に愛されているから!それだけでキャンベル家が無能の如き扱いを受けると!?甘く見ないで頂きた……い。」


 急に言葉が勢いを失い、アストリットはジグラードの傍らで死にそうな程青褪めているマリオンに気付く。


「あの。もしかして殿下。」


「ああ……。今後、予想外の威圧にも慣れる必要があるだろう?

 君なら冷静さを失う事態にはならんと思って、な。」


 足が震え、全身が恐怖で竦み上がって体が動かない。

 辛うじてジグラード殿下の服を掴めたマリオンの有様に呆気に取られなながら。


「あの、彼女の素性をお聞きしても?」

「公表しない方針だが、元ストラード家長女だ。」


「は?いや、ストラード家って、え?長女?もしかして十歳で死んだ……。


 『は ?』 」


 没落。職人の脅迫。一年前後前。死亡申請。失伝。精霊の寵愛。

 思い浮かぶキーワードが一つの構図を描き出し、目の前の少女の扱い、その可能性に思い至ったアストリットの声に隠す気が失せる程の怒気が零れる。


「も、申し訳御座いません!」


 恐怖に怯えて咄嗟に頭を下げる、実の姉より王妃に相応しいと語られる少女の有様に、絶対零度の眼差しを王族に向けるアストリットへ。

 ジグラードは神妙な心持ちで頷く。


「付け足すと、彼女だけが家の建て直しの為に嫁入りした、正妻の娘だ。」


 能面の様な笑顔でそっとマリオンの手を両手で包むアストリットに、マリオンは生涯一番の恐怖に全身を硬直させる。


「大丈夫。あなたは何も悪くないから。聞かせて。

 ジグラード殿下は貴女の味方?」


「……っっっ!!!!!」

「いや。別に危害加えないから。」


 声も出せず涙目で必死に頷き続けるマリオンの姿に、流石のアストリットも気まずさを覚えて怒りを鎮める。

 落ち着かせようと優しく頭を抱き抱え、背中を撫で続けるアストリットのお陰で徐々に震えが静まっていく。


「あ~……、えっとな?

 予定では彼女を王宮から出すのは難しいから、家は後継者に任せる方針だ。

 で。君には彼女の秘匿性が実感出来るよう今日の場に立ち会わせる事で、今の話の判断材料にして貰うつもりだった。」


 先程の話が何故利益になるのかを察して貰うためにな、と付け足すジグラードに構わずアストリットは重要と思われる部分を確認する。


「詰まり、この子のフォロー役を身内で固めて仕舞うお積りでしたと?」


「ああ。後、出来れば同世代の友人に鳴って貰えれば……と。」

(うん。義妹殿はもうちょっと計算高いイメージだった。)


 全力でマリオンを庇う姿勢になっているアストリットを見て、ホントに酷い目に遭わせてないからと手を振るジグラード。


「分かりました。私も姉の身は心配しておりますので。」


 ではこちらに。と落ち着いたのを見計らって離れ、先程の怒気が幻のような静謐な一礼を取って、ゆっくりと扉を開く。



 扉の向こうには絵画の並ぶ廊下が続き、角を曲がると扉の前の侍女達が扉を開いて中に促す。扉の先には白い天幕付きベットがあった。


 ベットの上にはアストリットと揃いの金色の髪を背中まで伸ばす、病弱さを体現する程に血色が白い金目の令嬢がいた。

 身体より大きな枕を背もたれにして、穏やかな表情で身体を起こしている。


 柔和な空気を漂わせる微笑は余りに儚く、何よりも右手全てが黒ずみ手首から先はヒビの様に幾筋も枝分かれしながら腕を伝い。

 顔にまで枝の様な黒い傷跡が届いており、瘴気すら漂いかねない程の濃厚な気配を辺りに撒き散らしていた。


「お初にお目にかかりますわ、次期王妃と噂されるお姫様。

 私はミスティカ・ガネル・オークレイル。

 どうかミスティカとお呼び下さいな。」


 漂う気配による余りの衝撃に危うく拳を握り締めかけて、震える手でスカートを摘み頭を下げる。


「マリオン・ヴェルーゼと申します。どうかマリオンとお呼び下さい。」


 痛々しいのはミスティカに限った姿では無い。

 精霊眼を持つ者には、更に凄惨な姿で傍らに漂う傷だらけの水精霊。

 ミスティカの契約精霊である半身が黒ずんで異形と化した指骨の様な翼で浮かぶ小人淑女の姿があった。


 酷い。酷いとしか言えない。

 自分の大事な人をこんな姿にする気持ちも解らないし、理解したくも無い。

 けれど目の前で笑いかけた人は、精霊は。今もずっと消えない痛み苦しみに耐え続けているのだ。


「どう?驚いたでしょ。この呪い、私に触れようとした人にも牙を剥くの。」


 だから迂闊に近付かないでね、と自嘲気味に一歩前に踏み出したマリオンに忠告の言葉を語る。


「――ジグラード様、サミュエル様。良いでしょうか。」


「――!分かった、任せる。」


 マリオンの意図を察したヴェールヌイが透明化を解いて肩の上に姿を現す。

 精霊眼も魔法にも疎い者ですら濃厚に感じられる、膨大な存在感にジグラードとサミュエル以外の全員が驚き息を呑む。

 異形の小人淑女が驚きに重なる様に、瞳に希望の色を浮かべて。


 一方で近寄ろうとしたマリオンに若干の拒絶を見せていたミスティカ妃が、呆然とマリオンとヴェールヌイを見つめたまま絶句する。


「少し痛いかも知れませんので、ご容赦を。」


 言うと同時に先ず精霊淑女の元に近付き、両の手の平を添える様に、十指全てから魔力糸を伸ばして傷口に当てる布を編み上げ包帯として巻き付ける。


 しかし水精霊が痛みに顔を歪めると同時に黒い傷や歪みが立体的に盛り上がり包帯を引き千切り始める。が、マリオンは更に複雑に糸を操り布を編み上げる。


 包帯に浄化の術式を編み込み、片方の手ではボロボロの服を繋ぎ縫合する。

 魔力の糸は先端を針状にまで鋭くする事で、針を使うよりも繊細に精霊が纏った服の形を整える。

 服へ伸びる黒い茨の様に盛り上がる歪みは術式を刻んだ包帯で遮り、浸食や崩壊が進む前に繋ぎ合わせ、水属性を歪ませない範囲で浄化の呪を編み込む。


「な、こ、これは。魔力の糸が精霊の傷を縫合しているの……?」


 アストリットが驚愕を露わに目の前の光景を整理するが、糸状になる程繊細な魔力の流れが複数、同時進行で術式を描くという非常識な現象を前に、現状の理解が中々追い付かない。

 それでも溢れ続ける光の帯が、精霊に宿る呪いに対抗し始めているとだけ把握する事が出来た。


(こ、これが精霊の寵愛を受けた者の力?

 精霊の服を縫い留めるだなんて、人の魔力が精霊の身体と同化するだなんて本当に在り得るの?)


 服の縫合は終わるが呪いの勢いは収まらない。

 包帯にもマリオンを通して精霊力が宿るが、溢れる黒い呪力が更に加速して包帯を侵食する。


(このままじゃ駄目。この呪い、精霊の方からも力を奪ってる。)


 ならばと覚悟を決め、視線を交わして精霊の承諾を得る。

 頷いたマリオンは精霊の薄皮に糸を刺して頬の下をなぞる様に呪いの端を砕き、更なる糸と包帯で縁を弾き、ヒビ割り、傷口に癒しと周囲の水精霊から借りた魔力で手早く塞ぐ。

 痛々しい顔の傷を薄皮が塞ぎ、顔と身体の黒ずんだ呪いが弾けて霧と消える。


「おお!呪いが霧散している!」


 興奮するサミュエルを抑えながら喜び合うジグラード達は、既に完全にマリオンの意識からは外れている。


(浸食が速い……。でも、浄化と治癒を併用すれば不足は補える!)


 呪いの霧散が対価の様に、編み上げる先から失われていく小さな包帯の束。

 呪符の様に魔力糸で描かれた魔術式は、失われ続ける魔力と引き換えに確実に浅い部分の呪いを引き剥がし続ける。が、そこで大きな変化が生じた。


「痛っ!」

「姉さん?!」


 契約精霊の呪いが弱体化した事で、同調しているミスティカの呪いも立体化して枝の様な食指を伸ばす。が、間に浄化術式を刻んだ布を盾に遮る。

 服が豪華になり顔の呪いを粗方落とし、腕周りを包帯で抑えて。

 羽根の片方へ意識を向けた時、精霊が背を向けて視線で語る。


『手伝おう。』


「せ、精霊が喋った?!え、噂はホントに?」


 ヴェールヌイがミスリルの糸を伸ばし、無事な部分の羽根の根元を覆って呪いの影響の無い箇所を補強する。


 ヴェールヌイに糸の一部を借りて、マリオンは異形の羽根を切り落として即座に脇へ放り投げる。


 呪いが戻るより先に編み上げた、薄手の魔力糸の羽根を根元に繋ぎ合わせ。

 背中に浄化術式のマントを羽織らせて呪いを弾ける様に仕上げる。


 腕の呪いだけは残っているが、今は包帯で抑え込めている。

 後は妖精を座らせる、盾に出来る大きめの花を編み上げて一旦完成だ。


「ミスティカ様。これから痛くなるので暫く我慢お願いします。」


 魔力は五分の一ほどが費やされたが、精霊の方は峠を越した筈。

 精霊から散った呪いは、全て浄化布で包み込んで握り潰した。


 空いた両手を用い、片や食指を包帯で縛っている間に、先ず限りなく実体に近い絹布で手袋を編み上げて、呪われた手を持ち上げて腕を通す。


「ッ……!!」


 即座に呪いが膨れ上がり、徐々に布地を内側から浸食して手袋を引き裂く。

 手先で活性化している間に腕全体にも浄化付きの包帯を巻き付けると、直ぐに浸食が広がり包帯全体に染み出し汚染が膨れる。


 先程とは比較にならない強い呪いに、ミスティカは痛みに身をよじるも、咄嗟に近寄ろうとしたアストリットを空いた手で制止する。


「待って!痛いけど今までで一番痛みが少ないの。」


 多分布に宿る光が呪いを弱めているのよ、と補足して若干の驚きの中に小さく期待の眼差しを浮かべ始めるミスティカ妃。


(活性化が精霊さんの非じゃない……。)


 強力過ぎる呪いに魔力糸による包帯を諦め、手間がかかろうと実体化させた布地で呪いの魔力を相殺し、勢いを殺すところから始めねばならない。


(浄化の波長は効果があるけど、浸食が速くて術式が長く保てない……。)


 魔力を変質させた布地は呪いに吸収される事こそ無いが、消耗した魔力に釣り合うほどの相殺効果は無い。


(なら、先ずは呪いの外に浄化の術式を作る!)


 髪の上に浄化術式のレースを被せ、顔周りの呪いを僅かに弱める。

 効果の程を確信したマリオンは新たな包帯を編み上げながら、今度は治癒の術式を描いたストールを、呪いの無い方の肩に巻き付けて苦痛を和らげる。


 だが手袋が保ったのもそこまでだった。拉げて呪いが活性化し、膨れ上がりながら火の粉へと変える。膨らんだ呪いは包帯も一息に引き裂き始める。


『並の糸では汚染の方が速い。ミスリルを使え。』

「はぁ?!ミスリル?!」

「分かった。」


 驚くアストリットも気にせず、包帯を伸ばしてストールへの浸食を遮って。もう一方の魔力糸の束をヴェールヌイが広げた片翼を通してミスリルに変質させる。

 ヴェールヌイに負荷をかけないよう注ぎ込む魔力量を増やして、先ずは浄化術式付きの包帯を編み上げて腕全体に巻き付ける。

 が、危うく浸食がはみ出そうになる。


「……っ!!」


 両手で出し続ければ間に合わないと悟り、魔力糸側をミスリルにする事を諦めて包帯を一旦多めに作って、余った状態で糸を切り離す。

 活性化した呪いでもミスリルの浸食は大分遅く、その間に治癒と浄化の術式を併用した二重の手袋を編み上げてしまう。


(けど、流石に魔力が三分の二を切った……。)


 ミスリル製の手袋となれば立派な魔法具だ。

 むしろ布同然に編み上げたからこそ、この程度の消耗と期間で完成したのだ。


(これじゃ完治させるには程遠い。けど諦める?今出来る事は?)


 迷う時間は殆ど無く、せめて顔の硬質化した部分を痛みの出ない範囲で砕く。


(呪いを減らす?弱体化させる?

 せめて浄化以上の強力な術式を用意出来れば……!)


 千切られた包帯の一部で呪いの再結合を防ぐ。けれど所詮時間稼ぎ。


(!それなら時間稼ぎと割り切って呪いの進行を遅らせる魔具を増やす!)


 即席だったベールとストールに糸を繋げて徐々にミスリル化、それにミスリルの包帯に魔力を注いで強引に浸食に対抗して時間を稼ぐ。


(っ!手袋の方が浸食の影響を受け始めた!只の包帯じゃ長持ちしない!)


 なら腕輪だ。手袋の上に浄化術式を内包した糸では無く完全に金属製品化した腕輪を精製して手袋への干渉自体を弱める。


 既に手袋と包帯が覆っているのが幸いし、金属糸に火の精霊の力を借りて糸を繋げて、一つの完成された魔導具を精製する。


 ベール、ストールの順でミスリル化が終わる。


(まだ!……あと、少し!)


 膝を付いて床に座る。視界

がぼやけ始めた自分を叱咤し、包帯で呪いを一時圧し返して何とか腕輪を完成させて切り離す。

 腕輪が機能し始め、手袋への干渉を打ち消す。

 けれど、これも包帯が機能する間だけの優勢だ。包帯を結び、魔力が途絶えても離散しないように実体化を区切る。


(これで、当分は呪いの活性化にも対抗出来る筈……。)


 最後に締めとばかり、精霊の盾に作った花を傘にして柄を作り、水精霊が呪いへ対抗するための魔力として譲り渡す。


(ええ。先ずはあなたを優先して。

 あなたの呪いさえ解ければ、後は契約者さん一人に集中出来るから。)


 傘を受け取った精霊が頷くのを確認し、マリオンは意識を手放した。


「おい!マリオン大丈夫か!」


 尋常ならざる神秘的な光景に目を奪われていた一同が、最初に動いたジグラードの言葉で我に返る。


『大丈夫だ。魔力を全て使い果たしたから意識を保てなくなったのだ。』


 魔力が半分回復する頃には目覚めるだろうと、ヴェールヌイは姿を隠す。

 実際には不可視になって近くで待機しているのだが、事情を知らぬ者には大精霊が消え去ったようにしか見えない。


「ね、姉さん?姉さんの方は、無事なの……?」


 顔の呪いも小さくなり、幾多の魔導具によってミスティカ妃の全身が淡く輝き、呪いを弱め続けている。

 我が身の変化に呆気に取られていたミスティカは、恐る恐る頷きながら鏡を見たいと妹に応える。


「えっと、そうね。今、痛みはそれなりにあるけど、今までで一番楽よ。

 このストールのお陰で喉の息苦しさも大分収まって。

 それに、痛みしか感じなかった右手が、今は私の意思で指が動くの。」


「ほ、本当か!!じゃあ本当に呪いは抑えられたのかい?!」


 鏡を受け取り、震える手で顔の呪いが小さくなっている姿を確かめるミスティカ妃の左手を、サミュエル王子が呪いを活性化させないように慎重に握り締め。

 共に涙を流して喜び合う。


 今までは呪いの相殺が限度、呪いを活性化させる事は有っても削る事までは不可能だったのだ。

 まして苦痛を和らげている契約精霊の治療など、望む事すら在り得ない。

 むしろ治療自体が精霊頼みで、だからこそ最も偉大な精霊と共にあるマリオンの協力を仰いだのだから。


「そうですか……。では少しその手袋やらを見せて下さいな、お姉様。」


「?え、ええ。」


 硬い表情を崩さないアストリットに戸惑いながら手を差し出し、腕輪やヴェール等を検分する妹の成すがままに待ち続ける。


(これ、本当に。全部ミスリル製だわ……。)


 如何な大精霊の助力があったとはいえ、単純に産み出した魔力糸だけでも膨大な魔力量。アストリットでは到底及ばない魔力制御に、即席で魔導具相当の三品と、更に完成品の魔導具を全てミスリル製で精製する能力。


「確かに、ミスリルを量産出来る彼女の価値に比べれば、キャンベル伯爵家程度は吹けば飛ぶような存在でしかありませんね。」


「アスリ?!」

 驚くミスティカとは対称的に、アストリットは冷静に姉へと向き直る。


「お姉様。お姉様は今後、これ程の秘宝をお姉様一人の為に用意して戴いた事を、絶対に秘密にせねばなりません。

 何よりミスリルが量産出来るという事実、そのものを隠す事が必要でしょう。」


「「ッ!!」」


 指摘されて思い出す。ミスリルの価格相場を。その資産価値を。

 幾らヴェールヌイの協力が必須だとしても、彼女マリオンの手にかかれば本当にキャンベル伯爵家そのものが金で買えてしまう。


 何より、今たった一度でキャンベル家が傾く程の治療費を。

 我に返ったミスティカ達は即興で、秘宝とも呼ぶべき魔導具の数々が用意された事にも思い至ってしまう。

 そしてそれは、治療を続ける限りこの場限りでは無いだろう。


「これは、本当に国を傾けてしまう方なのですね……。」


「腕輪は隠せまいが、手袋やストールは侍女達の目を引かない様に全て包み隠して使うとしよう。

 当然コレを扱わせる者にも厳命する。」


 マリオンの全力を見たのはジグラードですら初めてだ。兄弟揃って今後の方針を再検討する意志を固める。


「ミスリルに関してはドワーフ達にも段階を踏んで情報を開示する予定だ。

 新しく判明した性質が広まればミスリルの精製量も増えるからな。少しはマリオンから目を逸らす役に立つ。」


 腕の中のマリオンを労わりながら、協力してくれるな、と問うジグラードに。

 この場の一同は深々と頷き、団結を誓い合った。

※次回、文章量の都合により7/7日の金曜投稿をします。

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