番外編、犬耳のメイドに夏服を
ある夏の日、その日はとても暑かった。
屋敷のメイド達は、袖の短い内着に丈の短いスカート。
二の腕と太股の一部を惜しげもなく、さらけ出し実に夏らしい。
日焼けしないように白く塗られた肌が輝いて見える。
だが良く見ると一人だけ冬の様に長いスカートを履く者が、上半身の内着は手が短く半袖か長袖なのかも分からない始末。
そのメイドを見ながら頭を悩ませる。
周りに馴染まず、少し目立ち過ぎるのでは?
俺は意を決して立ち上がり、そのメイドに問いただせば、合う夏服が無いと言う。
そんな事があるだろうかと不思議に思うも、直ぐさま服飾屋を呼び寄せ、冬服を着た犬耳のメイドを部屋に招き入れた。
服飾屋に、そして犬耳のメイドに。
「他のメイド同様夏に相応しい服にしろ」
そう言うと服飾屋は「はい」と頭を下げたが、犬耳のメイドは何かを言いたそうにモジモジオロオロしているが何も言い出さない。
「あぁ俺が居たのでは脱ぐ事も採寸も出来ないな」
そう言って俺は部屋を後にした。
此の時に気付いてあげていれば、ちゃんと理由を聞いてあげていたなら。
その日の夕刻前に、服が仕上がったと報告を受けた為、出来た服で夕食の給仕をするようにと伝えさせた。
早めに夕食の席に着き皆を待つ。
そして俺の次に入って来たのは犬耳のメイドだ。
大分、夏らしい見た目に成った。
腕は出ていてしっかり二の腕も見えている、が半袖とか短袖と言うより、もう殆ど袖無しと言って良い。
此れでは少し腕を伸ばしただけで脇の下まで見えてしまう。
しかも彼女の腕は短く、見てくれと言わんばかりだ。
そしてスカートも短い、短いのだが?
何かが違う、そう太股はおろか膝さえも見えてないのだ。
だがスカートが既に十二分に短い、流石にこれ以上短くして膝上丈にしろとは言えなかった。
メイドが短い足で、ちょこちょこ走る姿が実に甲斐甲斐しく思える。
ダックスフントの血が色濃く表れ、手が短いのは知っていたが、まさか足まで短かったとは。
可愛い、可愛いのだが、何故か笑いが込み上げてくる。
笑いを堪えて平静を装い、在り来りの言葉を掛ける。
「良く似合ってるよ」
「ありがとう御座いますワン」
先程までは不安そうな顔をしていたメイドだが、俺の一言に笑顔を返てくれた。
未だ笑いを堪えている自分に少し罪悪感を覚える。
そんな俺の苦労や苦悩は何の意味も成さない事を、直ぐ思い知らされる事に。
いや、むしろ俺に笑う勇気が有ったなら。
次に部屋の扉が開かれると、大勢入って来た。
俺の両親に、お付きのメイドや執事、その後ろには料理の配膳係、合計十人以上だ。
そして誰もが一点に注目し釘付けとなる。
その視線の先は俺のやや右後方辺り。
丁度犬耳のメイドが立っているだろう辺り。
皆の視線に気付き、俺が額に手を当てるとほぼ同時。
「ガハハハ」
「オホホホ」
「「「「クスクス」」」」「ゴホンッゴホンッ」
両親の笑いに釣られたのか我慢出来なく成ったのか皆が笑いだす。
そんな中、咳払いだけで我慢している執事は優秀だ。
皆の笑い声を聞いたら自分の堪えていた笑気はすっかり消え去り、代わりに笑ってる皆への怒りと憎みが湧くが、直後に哀しみに襲われ振り向いた。
が、犬耳のメイドが居なかった。
既に走り出し、反対の扉から出て行ってしまう。
もう少し早く気付いて抱き止められたなら。
そう思うも後の祭りだ、後悔してても仕方ない、取り敢えず彼女を追いかけた。
鍵の掛かった部屋の中からはメイドの啜り泣く声。
固く閉ざされた扉に、何度呼び掛けても開く事は無かった。
近くの者にメイド長を呼びに行かせ、合鍵を持って来させる。
一応ノックして「中に入るよ」と言って鍵を開けた。
「カチャリ」
音がすると同時に声は止み、扉を開けると泣き腫らした赤い目が入口へと向けられた。
彼女は床に膝を付き、ベッドにもたれ掛かっている。
睨まれながらも中へ入り、そっと扉を閉め……その日の夜、俺は犬耳のメイドとベッドを共にした。
二人でベッドに腰を下ろし、彼女の頭を撫で背中を擦り涙を拭いた。
泣き疲れ眠り着くまで、いや眠った後も側で見守り続け、何時の間にやら俺も眠ってしまった。
その後、本気で可愛いと思った俺の気持ちが彼女に伝わるまで、三日も掛かった。
犬耳のメイドが再び夏服を着てくれる日は、訪れるのだろうか?