家族
「杏奈、宿題はランドセルに入れた?」
「入れた」
「終わったら、寄り道しないで帰ってくるのよ」
「わかってる」
玄関先から、義妹が義母をあしらっている声が聞こえる。
父の晶が再婚して一年半。義母の美穂と義妹の杏奈の二人がやってきてから毎朝繰り広げられる光景に瑠璃は嫌悪感を抱かずにはいられなくなった。
「パパ、今日は何時に帰ってくる?」
「杏奈!」
玄関からリビングに続く扉を開けて杏奈が顔を覗かせる。その後ろには杏奈を追う少し怒った美穂の姿も見えた。
瑠璃は途中になっていた朝食に目を戻した。紅鮭を小さく切り離して口に運ぶ。
「今日も早く帰ってくるぞ」
晶の甘い声に、瑠璃は嫌悪感がさらに増すのを感じた。
なにも知らないくせに。
瑠璃は黙って味噌汁に口をつけた。
杏奈にとって、晶は父でありパパだ。家族としての父であり、甘えればなんでも言うことを聞く都合のいい男。晶に対しては本当の父と思っているように接してみせているけれど、実際は、寝てほしいものを手に入れる女にとっての男と同じだと思っているに違いない。杏奈がそんなことを口に出したことはないし、あからさまな態度を美穂や晶の前で見せたことはないけれど、瑠璃はなんとなくわかっていた。
味噌汁の椀を置きながら、横目に二人を見る。
挑戦的な目をした杏奈と目が合った。父にすり寄って甘えた眼差しを向ける。
杏奈は瑠璃に対しては感情を取り繕わない。たぶん杏奈は、瑠璃が杏奈の本心をなんとなく察していることに気がついているし、それを瑠璃がどうにかしたくてもできないと確信しているに違いない。杏奈にとって重要なのは、自分を過保護に世話してくれる母と甘やかしてくれる父だけで、自分を可愛がりもしない都合のよくない義姉など家族には必要ないのだ。杏奈の思惑通り、家族になりきれない瑠璃を杏奈は見下している。
食べ終わった朝食の食器を持ってキッチンに向かう。
別に美穂も杏奈もどうでもいい。でも父はそうじゃない。この家のなかで唯一血の繋がった家族。
晶はもしかしたら杏奈の隠した気持ちに気付いているのかもしれない。けれど、新しい娘が懐いたことに安堵し、新しい家族との間に波風が立つことを恐れ、実の娘がいまだ家族としてなじめていないことに見て見ぬふりをしている。そう思えてならないことがある。
それでも瑠璃は晶が幸せになれるのならそれでいいと思っていた。美穂は優しくていい人だけれど、杏奈の本性を見破れない愚かな人間だ。けれど、父はそんな美穂を愛しているし、その娘も愛そうとしている。
3年前に母が病気で亡くなって、最愛の妻を看取った父はそれはもうひどい落ち込みようだった。苦しみのなかそれでも一人娘をなんとか育てようとしてくれた父の愛情を瑠璃はしっているから、瑠璃は現状を甘んじて受け入れることにした。
父に悪者だと思われるよりは、そのほうがずっといいと思った。狡猾な杏奈に瑠璃は敵わない。
「いってきます」
瑠璃は朝からはしゃぐ三人から目を反らして玄関に向かった。