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出会い

 美しい少女が立っていた。形のいいアーモンド形の双眸に、とおった鼻筋、薄い唇。校門の脇、満開に咲いた桜の木の下で、その少女はなびく黒髪を耳にかける。花びらを散らす木を見上げるその横顔は、嬉しそうでも楽しそうでもなく、悲しそうでも苦しそうでもない、透明で美しい、無表情だった。


 きれいな子。


 吹けば風とともに消えそうな少女を、瑠璃は校舎前の外階段に突っ立ったままじっと見つめた。はたはたとはためく紺チェックのスカートがほっそりとした白い脚によく似合う。紺ブレザーの胸元に臙脂のリボンが結ばれていて、そこで瑠璃は、少女が瑠璃と同じ高校の同学年だということに気がついた。


 一年生にこんな子いただろうか。


 瑠璃はこの春、高校二年になる。瑠璃の通う高校は学年ごとにリボンの色が分けられていて、臙脂は一年の色だ。まだ春休み中の三月、新入生が制服を来て入学前の高校に来るなんてことはないだろう。


 びゅう、とひと際強い風が吹いた。瑠璃は慌てて舞い上がるスカートの裾を押さえる。

 目を開けたらいなかった、なんてオチじゃないよね。じつは桜の精でしたー、みたいな。

 やまない風の中、閉じた両目をうっすら開くと、少女は舞う花びらの中、まだ木を見上げていた。


 なんだ。やっぱり普通の人間。


 瑠璃が安堵とも落胆ともいえない息をついたところで、何かに気付いたように少女の視線がふっとこちらに向く。


 瑠璃は心臓がひとつ大きく脈打つのを感じた。


 少女は瑠璃に目を止め、さっきまでの無表情が嘘だったかのように嫣然と笑った。薄い唇が弧を描くやわらかいながらも妖しいその笑みに瑠璃は目を離すことができない。


「瑠璃?」


 瑠璃の背後から声がかかった。

 知っている声。彩だ。

 振り向くと友人の彩が生徒用玄関の扉を開けて出てくるところだった。部活終わりにも関わらず、化粧もばっちりキメている。


「ごめん、待った?」


 彩はひっかけたローファーを履こうと鞄を置いて前かがみになる。

 今日はこれから彩と遊びにいくのだ。スイーツの食べ放題に行って、春物の洋服を買って、映画を観る。予定が決まったときから楽しみにしていたし、久しぶりに遊びにいくから髪型も化粧も気合を入れてきた。それなのにどうして、こんなにもあの子のことで頭がいっぱいなのだろう。


「どうしたの? 疲れるくらい待たせちゃった?」

「え、ああ、そんなに待ってないよ。ただ、もう桜が咲いてるんだなって」


 彩の視線を断ち切るように、瑠璃は再び木に目を向けた。

 少女はもうこちらを向いていなかった。瑠璃に背を向けたまま、豊満な枝に手を伸ばしている。

 瑠璃は少しがっかりした気持ちになった。

 なぜ笑ったのだろう。瑠璃が忘れているだけでじつは知り合いなのだろうか。


「ほんとだ。あの木のとこだけ日当たりがいいから早く咲いたのかな」

 彩が桜の木に視線をやりながら歩を進める。

「そうかも。あれじゃあ入学式のころには散っちゃうね」


 なんでもないふりをして瑠璃も彩に続いた。

 もう一度顔をみたいと思ったが、結局瑠璃たちが校門を過ぎても少女が瑠璃のほうを向くことはなかった。


「スイーツ食べ放題まじ楽しみ」

 きっとこちらに向けて笑ったのは気のせいだったのだ。

「瑠璃、最初に何食べる?」

 何かうれしいことを思い出したか、校舎に友達でもいたか。

「うーん。やっぱケーキでしょ」

 でもやっぱり、もう一度見たい。

 彩と肩を並べて駅前に向かう。


 新しい風がまたひとつ、少女たちの間を吹き抜けていった。

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