国王と公爵
読んでいただいてありがとうございます。お父様ってば…。
アルブレヒトがセレスと会っている頃、ジークフリードはその父と会っていた。
「ねぇねぇ、陛下。僕ねぇ、アッくんと取引きしたんだ」
にこやかな笑顔で胡散臭いことを言ってきたオースティに、ジークフリードは仕事をしていた手を止めた。
「アッくん?誰のことだ?」
「アッくんがさ、どうしてもうちの可愛い娘に会いたいって言うからさぁ。交換条件出して会わせてあげたの。今頃、若い二人で会話が弾んじゃったりして」
「……セレスに会わせただと?……アッくん?アルブレヒトか!」
アッくんの正体に気が付いたジークフリードが、オースティを睨み付けた。
「そんな怖い目で睨み付けないでよ。しょうがないでしょう?今、会わせておかないと後でアルブレヒト殿下までセレスに執着を見せ始めたら、面倒くさいことになるからね」
「オースティ、何を考えているんだ?」
「可愛い娘の幸せだよ。それに今なら、魅了に落ちることなく国を建て直した国王陛下と、魅了に落ちて国に混乱をもたらした父を持つ王子殿下たちの対立で済む。そうなった場合、貴族たちが支持するのは陛下の方だ」
むしろジークフリードが王位を降りようとしている今、積極的に王子たちを廃して十年前の約束をないものにしようとしてくるだろう。
ジークフリードにそのまま国王でいてもらって、セレスを王妃にする。
盛大なパレードでも開いて、国王夫妻の想い合う姿でも見せてやればいい。
それだけで国は優秀な王を失わず、国王と雪月花は愛し合うことが出来るのだと認識される。
「貴族院の思惑はともかく、僕としても国内が混乱するのは避けたい。実績ある国王陛下と実績のない王子たちの対立なら何とでもなるが、元国王の公爵と新しい国王の対立というのは避けたい。だから、アルブレヒト殿下がセレスに会いたいと言ってきた時に、許可を出したんだ」
ジークフリードもオースティの言い分は理解出来る。
自分で言うのも何だが、たしかに今の状態なら、貴族院はジークフリードの方を支持するだろう。王妃となるのは、オルドラン公爵家に養女に入った『ウィンダリアの雪月花』。そうなった場合、王家の呪いの終焉を告げる最高の組み合わせにもなる。
だが、だからと言ってセレスがアルブレヒトと二人きりで会うのを許す理由にはならない。
「……それで、交換条件というのは何だ?」
セレスと会っているということは、会うために出された交換条件をアルブレヒトが飲んだということだ。
「ああ、それそれ。セレスがね、魅了の香水を再現したんだよね!」
「は?何だ、それは?」
実験していたのは知っていたが、作ったのか?あの香水を?
「うちに飾ってあった花が最後の材料だったんだよ」
「待て、なぜそんな物騒な花を飾っているんだ?」
意味が分からない。オルドラン公爵家にそんな物騒な花は飾ってあっただろうか。
「いやー、一応、ありふれた花だからね。それにそれを飾っておくのは、ナーシェル様の遺言だったんだよ」
「ナーシェル様?というと、先々代の雪月花だった女性のことか?」
「そう。知ってるってことは、アリス嬢のことは王太后様に聞いたんだね」
「アリス嬢のことまで知っていたか」
「当たり前だよー。だってうちはナーシェル様を連れてかれたんだ。王族とウィンダリア侯爵家の監視は厳しくやっているさ」
いつどこで新しい雪月花が生まれるか分からない以上、可能性があるところは厳しく監視している。
「まぁ、それはともかく、あの方の残した言葉に従って、うちには常に花が飾ってあったんだよ。ナーシェル様は、セレスに必要な花だということを知っておられたんだねぇ」
「雪月花の予知か」
「お転婆な妹を持つ姉君からの贈り物だね。で、その花を作っている町にナーシェル様と曾祖父のお墓があるから、行ってみない?って提案したんだよ。もちろんうちから護衛は付けるけど、セレスと一緒に行ってくれる人を探していてね」
「おい」
「だから殿下に提案したんだよ。もう一度、陛下の代わりを務めてみないかって。そうしたらセレスに会う許可は出すし、殿下の実績作りにもなるから」
にこにこ笑いながら言っているが、要するにセレスのためにジークフリードの時間を捻出してくれたということでいいのだろうか。
「僕も殿下の近くにいるようにするし、宰相室にはちゃんと自称しがない中間管理職を放り込んでおくよ。あ、そうだ、陛下、もうあいつに表の役職付けちゃったら?宰相補佐とか」
「いい案だ。そうしよう」
そこは迷わず賛成した。最近は王都で書類仕事ばかりやっているのだから、そろそろ表に引き摺り出してもいい頃合いだ。
「で、うちの娘の護衛を募集してるんだけど?」
「会ってもいいのか?俺はまだ婚約者ではないぞ?」
「募集してるのは護衛だからね。その点はセレスにもしっかり言い聞かせておくよ。何せうちの娘はここのところ大変だったんだ。第二王子とその母に拉致されるし、新しい家族は出来るし、魅了の香水は作っちゃったし。王都は危険だから外にも出られないしね。息抜きは必要だと思わない?」
オースティにいいようにされているのは気に食わないが、正直、セレスに会いたい気持ちもある。
どうしようか迷ったが、なぜセレスにアルブレヒトが会えて自分が会えないのかと思うとむかついたので、気が付けば頷いていた。
「護衛だからね、護衛!」
「分かっている、信じてもらうしかないな」
「陛下の忍耐強さは信頼してるよ。あーあー、昔はオースティ兄様って呼んで慕ってくれたのに」
「そんな風に呼んだことも慕ったことも一度もない。まさか、セレスに嘘を教えてないだろうな」
「あっはっは。どうかな?」
セレスには、オースティの言うことは信用するなとよく言い聞かせておこうとジークフリードは誓った。