次女、自覚する。
読んでいただいてありがとうございます。次女は今年、初めての投稿になります。今年もよろしくお願いいたします。
魅了の香水の現物が手に入ったので、次にやるのは解析だ。
匂いは幻月の花で間違いはない。けれど、セレスが作った物よりももっと濃い匂いがする。
「んー、もっと濃縮出来るのかな?それとも別の匂いを混ぜる?あれ?甘いけど、ちょっと違う甘さが入ってるかな」
匂いながら気になったことをどんどんメモしていく。ガーデンに帰ったら、これを基にしてちょっと実験するつもりでいる。
「セレス、実験もいいけれど、あまり一人でやるのはおすすめしないねぇ」
「ですが、これは他の人といる時にするのはちょっと……」
下手をしたらその人が魅了にかかってしまう。それは避けたい。
「お父さんを頼りなさい」
「だめです!万が一、お父様がかかって私の言うことを聞くようになってしまったら」
「しまったら?」
「……あれ?特に害はない、かな?」
基本セレスに甘いオースティなので、今だってセレスが望めば何でもしてくれそうだ。魅了にかかっていようがいまいが、そう違いはない気がする。わずか数日前に父娘になったばかりだが、オースティのことはちょっとだけ理解していた。
「ないねぇ。セレスが望むなら、お父さん張り切っちゃうよ」
「それはそれで困るんですが」
「じゃあ、ジークに頼む?」
「ジークさんに?」
「そう。どうかな?」
ジークフリードが万が一にも魅了にかかったとしたら、どうなるのだろう?
あの笑顔と声で、甘い言葉を囁くのだろうか。
「……お父様、私、耐えられないかもしれないです」
「ん?何に?」
「ジークさんが、その、他の誰かに、えっと、甘い言葉とか言うのを、です……」
最後の方はもにょもにょして小さな声になっていったが、セレスはジークフリードが魅了にかかった場合、他の誰かを口説く前提の話をしている。
オースティは、セレスがなぜ口説かれるのが自分ではなく、他の誰かを想定しているのかは分からないが、想像しただけで嫌な気持ちになったらしい様子を見て、一方的だと思っていたジークフリードの想いも、どうやら少しずつ芽が出始めているらしいことを感じた。
「では、セレス、口説かれるのが自分だとしたら?」
「私、ですか?え?ジークさんに口説かれる私……?」
甘い言葉、甘い言葉って何?どんなセリフ?えっと、異世界の少女漫画を思い出せば何とか!自分とジークフリードに置き換えて……
想像した瞬間に、セレスの顔が真っ赤になった。
「お、お父様!違う意味で耐えられないです!」
「おやおや。今までとそう変わらない気がするんだけどねぇ」
直接見たわけではないが、報告は聞いている。とはいえジークフリードもまだ抑えているし、本格的に口説くところまではいっていないが、それでも十分に甘いと思うのだが。
「こ、子供と大人の会話、だと」
「セレス、君はお子様だがジークは大人だよ。意味が分かって言ってるんだよ。でも、そうだね、もう少しの間は、知らないふりしてもいいんだよ?彼の方の準備もまだ整っていないからね」
「お父様……」
アヤトにもジークフリードとのことを考えろ、と言われたが、具体的な想像はしていなかったので、どこかぼやっとしていた。でも、オースティに自分が口説かれる様を想像しろと言われて、はっきり自分がそういう対象なのだと自覚した。
「今度、会ったら……」
「あ、それはもうちょっと待って」
「はい?」
考えろと言われたり待てと言われたり、どうしろと?
「ごめん、ごめん。ジークはね、まだちょっと色々なことが片付いてない。セレスが今、告白したところで彼が応えるわけにはいかないんだ」
そう言われると、セレスとしては頷くしかない。
「大丈夫。ジークはセレスしか目に入ってないよ。もうちょっとじらしてやりなさい」
「じらしてるわけではないのですが」
ようやくセレスは自分の気持ちを自覚したところだ。今まで、ジークフリードがそういった気持ちを持って接してくれていたのなら、すでに十分じらしていたと思うのだが、父はまだじらせと言う。
「何を聞いても、何を言われても、セレスはジークを信じていてあげればいいと思うよ。あの子は昔っから本当に欲しいものが出来た時は、絶対逃がさない子だから」
その分、興味がないものに対しては、冷徹になることも多い。だから、ユリアナがいくらジークフリードのことを想っていようが、絶対に応えることはない。ジークフリードがその気になれば、いくらでも手に入れる機会はあったのだ。それをしていないということが、ジークフリードにとってユリアナは、兄の妻であり、王妃という役割を持つ人間、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「お父様、私、ジークさんを信じます」
「うん」
これから先、ジークフリードの正体を知り、セレスのことが表沙汰になれば色々と言われるだろう。もちろん、オースティやアヤトと言った後ろ盾はあるが、セレスが自分で対処しなくてはいけない時が出てくる。ジークフリードを信じていれば、言葉で惑わされることも少なくなるはずだ。
「盲目的に全てジークの言う通り、ってなると困るけど、セレスなら大丈夫だよ。自分の目で見て接したジークを信じていればね」
「……きっと貴族としてのジークさんは、もっと色々な顔をお持ちだと思うのですが、私と一緒にいる時のジークさんを信じます」
いつも楽しそうにしている彼を信じる。もし公の場で、身分ある立場のジークフリードがセレスに対していつもと違う接し方をしてきたとしても、何か理由があるはずだと思って後でちゃんと聞こう。セレスだって貴族としての教育は受けてきたのだ。公私の違いは分かっているつもりだ。
「まぁ、僕だって公の場ではきちっとするからね」
おどけるようにそう言ったオースティに、セレスはくすりと笑ったのだった。