次女とお父様②
読んでいただいてありがとうございます。年内の更新、出来る限りがんばります。
オースティが言っていた通り、午前中にアヤトとユーフェミアが屋敷にやって来たが、一緒にいたオースティを見てアヤトがちょっとだけ嫌そうな顔をした。
「おやおや、君といい陛下といい、年長者に対して何て顔をしてるんだい?」
「ここで貴方が出てくるとは思いもよらなかったので」
「はっはっは、ならば僕は君たちを驚かせることが出来たんだねぇ。嬉しいよ」
とても楽しそうな笑顔だが、絶対、分かってやっているのがこの人だ。きっとセレスを養女にする機会を狙っていたのだろう。
「お父様と師匠は仲が悪いんでしょうか?」
「あれは放っておいていいのよ。兄弟のじゃれ合いみたいなものよ。それよりお嬢ちゃん、驚いたわよ。オースティ様の養女になったのですって?」
無事でよかった、と言ってセレスを抱きしめた後、男二人を放置したユーフェミアは面白そうな顔をして尋ねた。
「はい。昨日の夜、急でしたがお父様の庇護下に入った方がいいという話になりまして」
「オースティ様は現役の公爵ですものね。確かに第二王子に対抗するなら、それくらいの方の養女にならないと押し切られちゃうわね」
アヤトでも問題はないだろうけれど、まだ独身だし、爵位は弟が継いでいる。実質的にティターニア公爵家の頂点に立ってはいても、表だっての公爵はリヒトの方だ。その点オースティは、現オルドラン公爵で領地も豊か、当然ながら王国内でも無視出来ない権力を持っている。
今すぐセレスを保護するには最適の人物だ。
アヤトも手紙を読んだ時は納得したが、同時に、よくあのジークフリードがオースティがセレスの義父になるのを許したな、と思った。
自分たちよりちょっと上の年齢のオースティは、昔っからアヤトやジークフリード相手に絶妙な加減で罠を仕掛けてくる天才だった。リヒトに対しては、最愛の妹のこともあるので容赦なしだったが、リヒト本人以外に被害は出ないので、夜中にリヒトがうめいていてもアヤトもスルーしていた。
「さすがにしばらくは、この屋敷に留まるように言われていますが、オルドラン公爵家から護衛を出してくれるそうです。ルーク殿下や王妃様相手だと公爵家の手の者がいた方がいいだろう、と」
「そうねぇ、うちのは花街や一般の人にはいいだろうけど、さすがに王侯貴族相手では厳しいわね」
「オルドラン公爵家からの護衛なら、抗議はお父様にどうぞ、って言えるそうです」
貴方の娘にちょっかいかけたいのに断るとはどういうことだ、的な抗議をオースティ相手に言える人間がいたら見てみたい。
「うちの可愛い娘の話は、ぜひ僕のところに来てほしいからねぇ」
それは、婚約話を含む、でしょうか?というか、ジークフリードはどうするつもりなのだろう。
「セレスは何の心配もいらないよ。ただねぇ、昨日の様子を見る限り、ルーク殿下はそう簡単に諦めてくれそうにない気がするんだよね」
セレスはジークフリードの雪月花だ。それは問題ない。だが、ルークのあの執着の強さは何なのだろう。
母である王妃に唆された、という部分もあるかもしれないが、根本的な執着はルーク自身のものだ。
「殿下は、確かに幼馴染と言えるかもしれませんが、私はあの方の相手ではないと思うんです。あの方だけの華はもっと別の……傍にいて癒やしてくれるのは、もっと別の方です」
そっと目を伏せて紡がれたセレスの言葉は、セレスがそう感じたことなのか、それとも雪月花としての予言のような言葉なのか、恐らく本人も分かっていないのだろうが、その言葉が全てだ。
ならばこちらは、それを前提として動くだけだ。
「あの……王妃様はどういう方なのでしょうか?」
少し言い辛そうにセレスがオースティに聞いた。
「セレスはどう感じた?」
「……言い方は悪いかもしれませんが、魔女、みたいだなって」
「ふむ、魔女か」
「はい。見た目以上の年齢を生きたような感じを受けたんです」
ルークの執着も怖いが、王妃には得体の知れない怖さがある。年齢的にはオースティよりも少し上くらいのはずだが、もっと上の、それこそ何百年も生きた老婆だと言われたら納得出来るくらいの、年齢を重ねて色々と経験した者だけが持つ特有の雰囲気を醸し出していた。
「王妃様ねぇ、私は一度も会ったことがないから分からないけど、アヤトは会ったことあるの?」
「昔、何度か。でもそんな雰囲気はなかったかな。ごく普通の貴族令嬢って感じだったけど」
ただ、アヤトは一度だけ、当時は王太子妃だったユリアナがジークフリードを切なそうな目で見ている姿を見たことがあった。
ユリアナはすぐに侍女が来てどこかに行ってしまったが、あの目は兄嫁が義弟を見る目ではなかったので、記憶に残っている。その後、ユリアナがそんな目でジークフリードを見ることはなかったので、本当にたった一度だけ偶然見てしまったものだった。
「僕の方で少し調べて見るよ。セレスは取りあえず捕まらないように気を付けてくれ。今回は、たまたま僕が王宮にいたからすぐに助けられたけど、次回も助けられるとは限らないからね」
王宮にはジークフリードもリヒトもいる。どちらかは必ずいるので、王宮内に連れ込まれたのならまだ何とか出来るだろうが、外だとそうもいかない。だからこそ、セレスにはオルドラン公爵家の護衛を付けるつもりだ。もちろん、ジークフリードの手の者もいるが、まだ周囲にセレスが本物だと知られるわけにはいかない。少なくともジークフリードの準備が整うまでは。
「お父様、魅了の香水を少しでいいので手に入れることは可能ですか?」
昨日、香水は国王の手の者が回収するはずだと言っていたので、出来れば少しだけ分けてほしい。
「アヤトのところにもいくと思うけれど、こちらにも持ってこよう」
「お願いします」
「可愛い娘のわがままは叶えてあげないとねぇ」
相変わらず心の内側に入れた者には甘いなぁ、とアヤトは思ったのだが、よく考えたら、ジークフリードやアヤトの「身内には優しく、敵対者には容赦なく」という性格は、この人を見て育ったせいかもしれない。溺愛する妹と同じ年齢だったということもあって、何だかんだ言いながら、この人は年下の子供たちの面倒をよくみてくれていた。決して、兄と慕うことはないが、色々と教えてくれたのはオースティだ。
「何だい、アヤト?そんなに僕を熱く見つめてくるなんて。何なら君も僕のことをお父様と呼んでくれてもいいんだよ?」
「お断りです」
やばい、このままだとこの人、ユーフェミアも養女にしてこっちに嫁がせようとしてきそうだ。
「何か、イヤねぇ。リド様とアヤトにお父様と呼ばれるオースティ様……」
自分もオースティをお父様と呼ばなくてはならない危機にさらされているとは気が付いていないユーフェミアの言葉に、アヤトも「同感」と呟いていた。