王と王妃
読んでいただいてありがとうございます。セレスとジークが全然会えていないですね……。
ジークフリードは、目の前の女性をじっと見た。王妃という名の役職を持つ女性。
ユリアナとジークフリードは、あくまでも次代の王までの繋ぎ。この十年、二人ともそう思って生きてきたはずだ。少なくとも、ジークフリードはそう思っていた。
「ユリアナ、どこでこの香水を手に入れた?」
机の上にあるのは、魅了の香水。ルークの部屋から回収してきた物だ。
「十年ほど前に、わたくしの手元に来た物ですわ」
ふわりと微笑んで、ユリアナは答えた。さして重要な物ではなくて、まるで手軽に手に入れられる物のような言い方だ。
「リリーベル・ソレイユとの関係は?」
「リリーベル?あぁ、あの可哀想な子。全てが自分の思う通りになると思っていた子ね。ふふ、まるで昔のわたくしを見ているようでしたわ」
今度は、少し自虐が入ったような笑いだ。
……こんな女性だっただろうか?
確かに元からふわっとしたどこか浮世離れしたような感じのする女性だったが、今は目の前のジークフリードを見ているようで、もっと違う誰かを見ているような、そんな意識が浮いたままのような感じを受ける。
「昔の貴女?」
「そう。ずっとずっと昔。わたくし、ずっと後悔していましたの。あの時、ちゃんとしておけばよかったって。もっとちゃんと……」
ユリアナがぽそっと何かを呟いたが、ジークフリードには聞こえなかった。
それに兄と結婚する前のユリアナは、そんなわがままな女性ではなかった。間違ってもリリーベルと同じような性格ではなかったはずだ。
「ユリアナ?」
「……香水のお話でしたわね。そちらは、フィルバート殿下に頂いたものですわ」
「兄上に?」
確かに、兄ならば入手は可能だっただろうが、十年前の物がこんなに濃い匂いのまま残っているものなのだろうか。
「えぇ、リラックス効果があるとか。フィルバート殿下がご自身でお使いになられていたようですわ」
ふふふ、と懐かしそうに笑っている。
「ルークに渡した時に、人を操ることが出来ると言ったそうだが」
「嘘か本当か知りませんが、人を操ることも出来るとおっしゃっていましたわ。まるでおとぎ話の魔女の薬みたいですわね。好きな方の心が手に入らないルークが可哀想でしたので、殿下から聞いたお話をしただけですわ。それくらいの夢は見ても良いのではありませんか?」
あくまでもフィルバートに聞いた話をしただけだと言うユリアナに、ジークフリードは違和感しか持てなかった。
「では、なぜセレスティーナに会いに行ったのだ?」
「だって、陛下、あの子は貴方が夢中になっていらっしゃる子ですもの。一目見てみたかったの。王家の女にとっては天敵のような娘に」
「天敵、か」
「そうでしょう?わたくしたちからしてみれば、『ウィンダリアの雪月花』は大切な夫や息子、兄弟を奪っていく憎い女ですもの」
「……そういう一面もあるな」
それは認める。だが、全ての女性たちがそうではないことも知っている。
母は、アリスという少女に出会って幸せだったと言っていた。それにアヤトから聞いた話によれば、ティターニア公爵家に保護された雪月花を王宮から逃がし、王の手の及ばぬように守ったのは当時の王妃だったらしい。きっと伝わっていないだけで、他にも雪月花たちを大切に思っていた王家の女性たちもいたはずだ。
「ユリアナ、セレスに会って、どう思ったのだ?」
「……そっくりですわ。王太后様がお持ちの絵の方に」
大切に保管されている初代の雪月花の絵。そして、ユリアナの記憶の奥底にあるあの女性の姿。
本当に嫌になる。今度こそ幸せになれると思ったのに。
ユリアナはジークフリードを見つめた。
王太子の婚約者として初めてジークフリードに会った時、衝撃を受けた。
どうして?なぜ今なの?彼の兄と婚約したばかりなのに、どうして出会ってしまったの?
誰にも言えずに、ずっと葛藤していた。
王太子が亡くなり、ジークフリードが王位を継いで自分が彼の王妃になると知った時は、表にこそ出さなかったが、歓喜していた。
まさか、お飾りだとは思わずに。
王妃という役割を熟しながら、それでも、ずっと傍にいて彼を支え続ければ本当の夫婦になれると信じていた。
セレスティーナ・ウィンダリア、彼女の存在を知るまでは。
「陛下、陛下こそ、あの子が『ウィンダリアの雪月花』であるから気にかかるだけなのではありませんか?それは貴方の真の思いなのでしょうか?」
ただ、先祖の呪いに引きずられているだけなのならば、その呪いに打ち勝つ最初の人間になればいい。
「生憎だが、ユリアナ、俺はセレスという少女に惹かれているんだ。先祖の呪いとやらに関係なく、セレス自身との関わりの中で生まれた感情なのでね。これを否定する気は一切ないよ」
「それが!それが呪いだとは思いませんか?」
「思わない。もし本当に呪いがあったとしても、俺の中で作用したのは、髪の毛一本分くらいかな」
そもそも先祖は、雪月花を守りたかったのだ。やり方が迷走しまくっている者も多かったが、彼女たちに向ける思いは恋愛感情だけじゃない。姉のように、妹のように、そして娘のように。危険がないように、囲ってでも守りたかっただけだ。
「ユリアナ、改めて命じる。セレスティーナに手を出すな。ルークをこれ以上振り回すのは止めろ」
「ルークの思いはルークのものです。わたくしがどうこう言うことではありませんわ」
そしてユリアナの思いもユリアナだけのものだ。
もう二度と、誰にも渡さない。