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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女と新しい家族

読んでいただいてありがとうございます。

「セレス、今日、午前中にアヤトとユーフェミア嬢が来るそうだよ」


 朝食の席で、オースティがにこやかに二人の来訪を告げた。


「昨日の夜、君をうちで保護して養女にしたから安心してね、っていう手紙を書いたら、すぐに来るって連絡が来たんだ」

「師匠とユーフェさんが?そういえば、昨日は色々あって、連絡するのを忘れてました」

「そう思ったから僕から連絡しておいたんだよ。それにユーフェミア嬢には、君の保護を頼まれていたしね。手紙を送ったのが夜遅くになってしまったけれど、昨日の夜は、家族として初めての夜だったから、僕もうっかりしていたんだよ」


 はははは、と笑っているけれど、オースティはきっとその手紙を、その日だと来られないようなギリギリの時間を狙って届けたのだろう。悪びれる様子が一切ない笑顔が、それを物語っている気がする。


「さすがです、オースティ様。僕も見習っていきます」


 一緒に朝食を摂り、この後ここから学園に行く予定になっているディーンが、オースティに尊敬の眼差しを向けていた。

 ディーンがオースティを見習って似たような性格の大人になったら嫌かも。もうちょっと見習う人を選んでほしい。

 そっとセレスは願ったが、目標となる人物を自ら定めたディーンは、あちら側の人間になる確率が高い。


「ああ、しかしユーフェミア嬢もついにアヤトに捕まってしまったのか」


 そう嘆いたオースティに、クリスティーンが口元に手を当てて、ふふふと笑った。


「あの子もよい年齢ですわ。むしろ自分に来た縁談を断り続けたアヤト様を褒めるべきでは?待っていらっしゃったのでしょう?ユーフェミア嬢が自分から出てくるのを」

「居場所が分かっていながら、ずっと後を付けなかったことは褒めてやる。誰かに追いかけられる感覚は、気持ちの悪いものだ」


 あれは嫌だからな、と呟いたオースティにセレスも同意した。ストーカーはたしかに怖い。


「僕も昔、似たようなことをされたが、行く先々の夜会で纏わり付かれてものすごく迷惑だったな」

「あの頃は遠くから見ておりましたが、壁の花仲間の間ではお似合いのお二人ですわね、と言っておりましたのよ」

「どこが?君も見ていたのなら、助けてくれてもよかったじゃないか」

「当時のわたくしたちの関係は、しゃべったこともない間柄でしたわ。むしろ、わたくしたちを嫌っておいでだったのは、あなたの方でしたもの」


 無敵っぽい感じのする義父だが、義母にはものすごく弱いようだ。それに、クリスティーンが壁の花だったなんて信じられない。


「お母様、壁の花とは何ですか?」


 まだそういったことを学んでいないラウールの疑問に答えたのは、オースティだった。


「壁の花というのはね、夜会などで壁の方にいる女性たちのことを言うのだよ。性格的におとなしい方だったり、目立つのが嫌だったり、と事情は色々あるが……ラウ、覚えておきなさい。中央の華やかな花たちもいいけれど、壁の方でそっと咲く花たちの中にはとんでもない才能を持っている方もいるんだよ」


 ディーンはチラッと姉の方を見た。セレスも学園の行事の時でさえ目立つのは嫌だと言って、いつも壁の方や隅っこにこそっと立っていた。ディーンが出るような同年代の茶会でも、隅の方のテーブルに集まっている人たちの会話は、専門的なことも多かった。


「噂や上っ面だけで全てを判断しないことだ。その人を煩わせる問題さえ解決してしまえば、大輪の花を咲かせることが出来るんだよ」


 つまり、オースティはクリスティーンを煩わせていた問題を解決し、見事に彼女の信頼を勝ち取ったということだ。


「分かりました、お父様。僕も噂などに惑わされないようにします」

「そうだね、そうすればきっと素敵な女性に出会えるよ」

「はい!お母様やお姉様のような方がいいです」


 目を輝かせて言うラウールに、オースティは釘を刺すことも忘れなかった。


「お母様が理想なのはいいけれど、お母様はお父様と結婚しているからね。それとセレスには、ちょっと強力な守護者がついてるからねぇ。まだまだラウじゃ太刀打ち出来ないかな。憧れだけに留めておきなさい」

「お姉様の守護者ですか?」

「そうだよ。経験値とかそういうのを加味すると、ラウが追いつけるのはいつになるのか分からないくらいの方だよ」


 元々優秀だったのに、あの事件の後始末や国王としての仕事やらで経験値が爆上がりしている。今回はセレスの保護と、どこにでも嫁げる身分の確保という目的があったからジークフリードもあっさりと引いてくれたが、これがもしセレスを傷つけたりすることだったら、本気でこちらを潰しにかかってきていたことだろう。


「分かりました。えっとその守護者の方は、お姉様と結婚する方なのですか?」


 事情を知らない幼子らしい疑問に、オースティはにっこり笑って答えた。


「そうなるかどうかは本人次第かな。まだ、僕を乗り越えられない内は渡せないかな」

「高くて厚い壁ですね」


 オースティとディーンが、一緒に微笑んでいる。笑っているのに、何か怖い。


「何だろう。恐怖体験出来そうな感じ?」

「お姉様、空気って誰かの笑顔一つで変わるんですね。勉強になりました」 


 ラウールと二人で怖い空気感を味わってしまったが、そもそも守護者って誰のことだろう?

 守護者と言われて思い浮かんだのは、師匠でも弟でもなく、ジークフリードだった。


「私の守護者って、ジークさんですか?」


 ジークフリードじゃなかったら、他には誰もいない。


「僕たちは、そう考えているけどね。でも、もしセレスが違うと言うのなら、違うんだよ。守護者を選ぶのは君だからね」

「えっと、ジークさんが守護者というのは何となく分かるんですが、その、結婚とかそういうのはあんまり考えていなくて」


 好きか嫌いかと言われたら迷うことなく好きと答えるのだが、セレス的には、何というかまだよく分からない感情なのだ。


「セレスちゃん、そんなに難しく考えることはないのよ。今はまだ、ただ、あの方のことが好きか嫌いかだけでいいと思うの。セレスちゃんが嫌いじゃないのなら、傍においてあげて。それで、ちょっとずつあの方のことを見て、それから考えればいいわ。セレスちゃんがどうしてもあの方は嫌だと言うのなら、お父様ががんばって排除するわ、ね?」


 クリスティーンがオースティに向かって微笑むと、オースティも力強く頷いた。


「お父さん、はりきってやるから安心していいよ」

「……はい」

 

 夢の中で言われたいちゃいちゃが遠のいていく気がするが、こればかりは自分の気持ち次第なので、もう少し待ってもらいたい。

 セレス自身も何となく分かっている。自分の感情が足りないことに。

 好き、嫌い、という感情の中にも色々な種類があるのだが、自分にはそれが足りていない。

 少なくとも、ディーンに対する好きとジークフリードに対する好きは、同じではいけないのだと思う。


「ジークさんは、待ってくれるでしょうか……」

「それは大丈夫。保証するよ」


 オースティは、ジークフリードの本気度を知っている。セレスが待ってほしいと言えば、ジークフリードはどれだけでも待つだろう。幸い、セレスは短命ということはなさそうなので、時間はまだある。

 それにしても、セレスはジークフリードの名前だけを出した。それだけでも彼が特別だと言っているようなものだが、歴代の雪月花たちのことを考えたら、やはりセレスは特別なのだと思う。


「ゆっくりといこうか。急いだって良いことはないしね」

「はい」


 セレスが娘になったのだって、昨日のことだ。家族になっていくのもゆっくりでいい。そして出来れば、嫁いでいくのもゆっくりがいい。

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ジーク一択に誘導されるセレス可哀想 全然自由に生きてない
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