弟と義弟
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お風呂でしっかり髪の毛の染料を落として、ついでにお肌を磨いてもらったセレスは、青色のドレスに身を包んでいた。家族だけの食事のため、あまり仰々しいドレスでは無かったのでセレスも抵抗なく着ることが出来た。
「まぁまぁまぁ、本来の銀髪の方がよく似合っているわ。ねぇ、貴女たちもそう思うでしょう?」
大喜びしているクリスティーンの問いかけに、着付けを手伝ってくれた侍女さんたちが大きく頷いた。
「はい、奥様。黒い髪もお似合いでしたが、銀色だと神秘性が増してとても神々しいです。お嬢様こそ本物のおとぎ話のお姫様です」
世話をしてくれている最中もこの侍女さんたちは、セレスを褒め称えてくれていた。
お肌がすべすべだの銀色の髪が絹のようだ、等と言って褒めてくれたので、セレスが恥ずかしくなったくらいだ。もちろん彼女たちはセレスのことを分かっている。新たに仕えることになったお嬢様が『ウィンダリアの雪月花』だと知った時はさすがに驚いたらしいが、ウィンダリア侯爵家以外だと基本的に王家かティターニア公爵家が関わることの多い幻のお姫様に、まさかオルドラン公爵家で出会えるとは思ってもみなかったので、侍女たちは張り切った。
「お嬢様、本当にお綺麗でございます」
侍女たち的にも大変満足のいく仕上がりになった。
しいて言うのならば、お嬢様専用のドレスではなかったのが不満だったが、セレスがお風呂に入っている間に奥様がエルローズ様宛に手紙を書いていたので、すぐにドレスは届くだろう。あのエルローズ様がお嬢様のドレスを作っていないとは思えない。
「うふふ、こんな可愛い娘が出来るなんて、今日は素敵な日ね」
「はい」
クリスティーンと侍女たちが嬉しそうにしていると、扉がノックされた。
「お母様、お呼びですか?」
そう言って入ってきたのは、六、七歳くらいの男の子だった。
赤い髪の少年は、彼の父親の面差しを受け継いでいたので、セレスは彼がすぐに何者なのか分かってしまった。
「えぇ、呼んだわよ、ラウール。ラウ、この子はセレスティーナ、貴方のお姉様になった方よ。セレス、この子はわたくしの息子でラウールというの。貴女の義弟になるわね。仲良くしてあげて」
ラウールは最初きょとんとしていたが、母の言葉で目を輝かせた。
「お母様、本当ですか?本当にこの方が僕のお姉様になるんですか?」
「そうよ。貴方、ずっとお姉様が欲しいって言っていたものね。その願いが叶ったのよ」
ラウールは、満面の笑みでセレスに近づいた。
「初めまして、お姉様。僕はラウールです。ラウって呼んでください」
「セレスティーナです。よろしくお願いします」
「あああ、本当に僕にお姉様が!お姉様、僕は貴女の弟なので、何でも言ってください」
ラウールのはしゃぎようにセレスの方が驚いてしまった。きらきらした目でこちらを見てくるので、どうしていいのか分からなくなる。ディーンは姉に甘い弟だが、あちらは付き合いが長い分、セレスのことを守らなくてはいけない存在だと認識しているので、年下なのにどこか保護者感がある。だが、ラウールは純粋に姉という存在に歓喜している。
「あの、お母様?えっと、ラウール様は」
「ラウですよ、お姉様」
「あ、はい。ラウがすごくはしゃいでいるように思うのですが」
ラウール様と言ったらすかさず本人に訂正されたので、セレスは素直に新しい弟のことは愛称で呼ぶことにした。
「お姉様、そういうことは僕に直接聞いてください。僕、お姉様が欲しかったんです。お父様とお母様にお願いしても、さすがに無理だと言われていたんですが、願いって叶うんですね!」
ラウールの両親の言う通り、その願いは普通では叶わない。今回その願いが叶ってしまったのは、ある意味、反則的なものなのだが、何はともあれラウールの願いは叶った。友達にも絶対に叶わないと言われていたのにこうして願いが叶った以上、はしゃいでも仕方のないことだ。
「お姉様!お姉様!お母様と一緒に、あちらでお茶でもいたしましょう」
にこにこしながらラウールは左手でセレスと手を繋ぎ、右手で母と手を繋いだ。すかさず侍女が扉を開けてくれたので、ラウールは二人と手を繋いだままお茶の用意がしてある別室へと向かった。
「お姉様、焼き菓子はお好きですか?」
「はい、じゃなくて、うん、好きよ。さくさくした食感の物もしっとり系の物も両方とも好きよ。ラウは?」
「僕はしっとりしている方が好きです。最近、果物が入っている焼き菓子を食べたんですが、あれも美味しかったです」
……世の弟という存在は、こんなにもしっかりしているのだろうか。実の弟も義理の弟も、しゃべりとか思考能力とか、何もかもがしっかりしている。下手したらセレスの方が、語彙力とかで負ける気がする。
「まぁ、ラウ。今度、お姉様に貴方の好きなお菓子を用意してあげてね」
「はい、お母様。お母様のお好きなお菓子も買ってきます。何がいいですか?」
「わたくしも貴方が気に入ったという果物入りの物が食べたいわ」
「お母様も気に入ってくれると嬉しいです。ね、お姉様」
ちゃんと真ん中に入って、母と姉の間がスムーズにいくように調整してしゃべっている様は、ベテラン感がすごかった。
そのまま、本日二度目のお茶会へと突入したのだが、先ほどのお茶会がものすごく気の抜けないものだったのと正反対で、今度のお茶会は気軽に、というか主にラウールがセレスのことを聞きたくてしょうがない感じで質問攻めにあった。ただ、その質問も難しいものではなく、好きな色とか好きな食べ物とかそんな他愛もないものばかりだったので、答えるのも楽だった。
「失礼いたします。奥様、お嬢様の弟君がいらっしゃいました」
「では、こちらへ」
「はい」
上品な感じのする執事がディーンの来訪を告げた。
「お姉様の弟?」
「ええ、ディーンというの。私の血の繋がった弟よ。ラウも仲良くしてくれると嬉しいのだけれど」
とは言ってみたものの、セレスも少し困惑していた。何せ、実の弟と義理の弟がどういう関係になるのかよく分からない。セレスからしてみれば両方とも弟だが、弟同士は別に兄弟じゃない。
「年齢はディーンの方が上ね。あの子がいないうちにちょっと色々ありすぎたから、上手く説明出来るかな……」
ディーンもさぞかし驚いたことだろう。自分が学園に行っている間に、姉が王宮に連れて行かれて、さらにオルドラン公爵の養女になっていた、とか意味が分からなさすぎる。しかもその知らせは、ディーン個人にのみ伝えられたのだ。
「姉様」
セレスがどう説明しようか迷っていると、執事に連れられてディーンが入ってきた。
「ディ、ごめんね。驚いたでしょう?」
「えぇ、さすがにオルドラン公爵から知らせをいただいた時は、何が起こったのかと思いましたよ。何にせよ、姉様が無事で良かったです」
詳しい説明は欲しいが、セレスの無事の姿を見てまずはホッとした。オルドラン公爵家に保護されたのならば、大丈夫だと思ってはいたが、こうして自分の目で姉の無事を確かめるまでは、落ち着かなかった。
それからディーンは、姉の義母となったクリスティーンの方を向いた。
「ご挨拶が遅れました。ディーン・ウィンダリアと申します。姉がお世話になりました」
「クリスティーン・オルドランよ。この子は息子のラウール。セレスティーナは今日からわたくしの娘でもあるのだから、気にすることはないわ」
「ラウールです。お母様、お姉様の弟で僕より年上の方ということは、僕のお兄様ですか!?」
姉も欲しかったが、兄も欲しかったラウールが母にそう聞いたので、ディーンの方が言葉に詰まった。
ラウールはこの家の養女になった姉の義理の弟だが、ディーンの弟ではないし、かといって全く無関係というわけでもない。姉からしてみれば二人とも弟という立場になる。
それに末っ子のディーンは、生まれて初めて兄と言われた。
「……姉様、何ですか、この素直で可愛い生き物は」
「……弟、です」
「姉様、弟とはこんなに素直な生き物ですか?」
「ディ、貴方も弟です」
いや、本当に何だろう、この素直な弟は。父がアレなのに、あの父の息子とは思えない素直さだ。父の腹黒さはどこに置いて来たんだろうか。それとも将来的には、腹黒さもにょきにょきと生えて来るのだろうか。
「まぁ、ラウ。そうねぇ、血の繋がりとか家とかは置いておくとしても、セレスの弟ということは、貴方の兄ね」
「やっぱり!嬉しいです、お兄様も出来ました!!」
ぱっと笑顔になって嬉しそうに言うラウールに、誰も否定の言葉は言えなかった。