国王と第二王子
執務室にいる国王に面会の許可をもらうと第二王子であるルークはすぐに父の元を訪れた。
「お忙しいところを申し訳ございません、父上」
「いい、少し休憩をしようと思っていたところだ。それで、どうした?」
国王である父はソファーに座ると侍女が淹れてくれた紅茶を一口飲んで、向かいに座ったルークを見た。
ルークの面差しは王妃によく似ている。兄である王太子は絵画の間にある曾祖父によく似ていて、王家の血の繋がりが感じられる。ただ兄弟でも性格は全然違う。兄の方が穏やかな性格だろう。
「父上、セレスティーナ・ウィンダリア嬢のことなのですが」
「ウィンダリア家の次女か。お前が養子先を探していたな。見つかったのか?」
「いいえ、それよりも重要な事が発覚しました。セレスティーナは『ウィンダリアの雪月花』でした」
その言葉に国王は紅茶を持つ手を止めた。
「……なんだと?セレスティーナ嬢が『ウィンダリアの雪月花』だと?」
「はい。あの家の執事より聞きました。今までセレスティーナが『ウィンダリアの雪月花』であることは、特徴的な銀髪を染め粉で染めることで隠してきたそうです。それと、彼女が『ウィンダリアの雪月花』であることはおばあ様もご存じだと」
「母上が…?」
「はい。セレスティーナの名付け親だそうです」
セレスティーナ…月の女神セレーネから付けられたと思われる名前。確かに侯爵夫人は母にとって姪。自分にとっても従姉妹にあたる女性だ。だから母がなぜか忘れられているあの家の次女を気にかけて、時には自分の住む離宮に泊まらせていたことも知っていた。ルークが出会ったのも離宮だと聞いている。
「やっかいだな…」言葉には出さなかったが、国王は内心でそう呟いた。そう、やっかいなのは目の前の子供の恋情だ。まるで王家にかけられた呪いのように『ウィンダリアの雪月花』に対して並々ならぬ恋情を持つ者が王家には生まれる。出会ってしまったら最後、一目で恋に落ちて執着する。
ウィンダリア侯爵家の当主と結婚していた初代の『ウィンダリアの雪月花』と呼ばれた女性に当時の国王が―すでに王妃や側妃がいたにも関わらず―ただ一度見ただけで恋をして何としても手に入れようとした時からこの呪いのような想いは続いているのだと言われている。それ以降も不規則に生まれる彼女たちに必ず王家の中から1人、執着を抱く者が現れる。彼女たちが領地から出てこなくなってからも何故か必ず王家の者はどこかで『ウィンダリアの雪月花』と出会い恋をする。傍にいて欲しいと希う。
『ウィンダリアの雪月花』を束縛してはならない、虐げてはいけない、何事も望むままに。
あの不文律は王家と侯爵家に対する戒めだ。
かつてその不文律がなかった時代に生まれた『ウィンダリアの雪月花』たちは、両親と髪や目の色が違ったために虐げられたりその稀少な外見から政略結婚に使われた。ウィンダリア家が王家に対して取引の材料として使った女性もいた。だがそういった女性たちは必ず短命で子供を残すこともないまま亡くなり、彼女たちの自由を奪い束縛したり虐げた者たちはその後、1年以内に亡くなった。それも病気とかではなく、事件や事故に巻き込まれる者たちばかりだった。盗賊に襲われたり馬車が暴走したり暗殺されたりとまともな死に方をした者はいない。
さらに彼女たちが亡くなってから次の『ウィンダリアの雪月花』が生まれるまでの間、この国は女神の罰を受け続けることになった。そんなことを何度か繰り返した後に作り出されたあの不文律は、それらの事態を避けるための戒め。
「父上、セレスティーナは自らの意志で侯爵家から出奔しています。彼女を保護する許可を下さい」
「だめだ」
「父上!?」
「だめだ。お前は不文律を忘れたのか?そもそも侯爵は彼女が『ウィンダリアの雪月花』であることを知っていたのか?」
「それは…!侯爵は彼女が『ウィンダリアの雪月花』であることは知りませんでした」
「だろうな。知っていたら放置などできないだろう。セレスティーナ嬢が自らの意志で侯爵家から出奔したと言っていたな。彼女の意志である以上、王家は彼女に対して何もできない。彼女自身が王家の保護を必要としているのならばもちろん喜んでしよう。だがそうでないのならば王家は彼女に干渉できない」
とは言ってもルークは納得しないだろう。だが、『ウィンダリアの雪月花』が望むのならばともかく、そうでないのならば王家が不文律を破ることはできない。残念ながら王族の中で真の意味で彼女の傍にいられた者は1人もいない。だからこそ歴代の者たちは、その恋情に一生身を焦がしながら生きたのだ。それがこの子に降りかかってくるとは、哀れだと思う。
「ルーク、不文律を破ることはできない。だが、彼女がお前を必要とするのならば話は別だ。何にせよ、まずは彼女の意志を確認してこい」
「…わかりました…」
そう言ってルークが部屋から出ていった後、王は小さくため息を吐いた。
そもそも彼女が侯爵家から出て行った原因はルークが彼女を望んだからだろう。『ウィンダリアの雪月花』は王族からの求愛を決して受けない。せいぜい親愛の情までだ。だからといって何もかも全てを禁止してしまえば、ルークはさらに暴走する。それよりもまずは彼女の意志を確認するという目的を持たせた方が暴走まではしないだろう。
「……何名か、セレスティーナ・ウィンダリアの護衛に行かせろ」
王以外他に誰もいない部屋の中で命令を下す。不文律で干渉はできないが、だからといって彼女に何かあっても困るのだ。最低限の護衛だけは配置しなくてはならない。
「…?どうした?」
いつもなら天井裏に潜む影が即座に応えるのだが、今回は何故か気配はあるのに応えが返ってこない。
『………陛下、薬師ギルドの長より伝言がございます』
ようやく返ってきた応えは意外なものだった。
「薬師ギルドの長?アヤトからか?」
あのふざけた格好と口調の薬師ギルドの長との付き合いは長い。長い分、言いたいことは真正面からはっきり言ってくるので、こんな風に影に伝言を託すような人物ではなかったはずだが。
「それで、何と?」
『そのままお伝えいたします。どうせセレスちゃんに護衛をつけるんでしょう?今頃知ったなんておっそーいわね。護衛をつけるのはしょうがないけど、セレスちゃんにバレたらお仕置きよ。おほほほほ、とのことでございます』
声まねまできっちりして伝えられた伝言に王は静かに切れそうになった。
「あいつ、知っていたのか!ふざけんな、あの野郎!」
言った時の表情やポーズまで想像できる。絶対小馬鹿にした目をしてのけぞっていたに違いない。今回ばかりは伝言なのが余計にむかつく。今度会ったらシメると決めた。
「そんな伝言をよこすってことはアヤトのところにいるんだろう?絶対、バレないように護衛しろ」
そこまで言われてバレたらそれこそお仕置きものだ。
王として普段は見せない素の表情で影に命令すると、天井裏でいくつかの気配が動いたので影達が実行するために散っていったようだ。
「誰か!」
扉に向かって呼びかけると侍従がすぐさま扉を開いて入ってきた。
「母上のところに行く。先触れと馬車の用意をしろ」
「はい」
まずはセレスティーナのことを知っていたという王太后に事情を聞かねばならない。国王は足早に部屋から出て行った。