次女、王城へ行く③
読んでいただいてありがとうございます。GW…にも関わらずノーマルな風邪を引いてしまったので引きこもり中です。
昏い想いを抱えたルークに全く気が付くことなくセレスは辺りを見回した。
裏とはいえさすがに王城だけあってどこもかしこも手入れが行き届いている。もちろん守備の衛兵たちや働いている人間もいるのでこの場でも全くルークと2人きりということはない。
「セレス、こっちだ」
ルークに言われるがまま王城内を歩いて行くが途中ですれ違うメイドなどは何も言わずに頭を下げているだけだった。あからさまに庶民の服装をした人間でも第二王子が連れ歩いているのならば誰も何も言わないようだ。
「こちら側は王族の私室だから余計なことを言う者はいない。ただし、表の方はさすがにその姿だと不審がられるから、いざとなれば僕の名前を出せばいい」
後宮というとどうしても異世界の知識が邪魔をして、女性同士の権力争いとか魑魅魍魎の住む場所とか変な風に勘違いしてしまうがこの国ではただの王族のプライベートルームだ。
とはいえ、飾られている物は絵画1枚、壺1個に至るまでとてもお高そうだ。ジークフリードと泊まった温泉宿もなかなかだったが、こっちの方が数倍怖い。あまり近づかないように気をつけよう。賠償とか言われても絶対に無理だ。
「……生まれながらにこういうのに囲まれていると目ってすごい養われそう……」
鑑定眼を養うには本物を見てなんぼ、と聞いたが生まれながらにこういった物に囲まれていたのなら偽物などすぐに分かりそうだ。
「変なとこに感心するね。まぁ、確かに王族として偽物を掴まされるわけにはいかないからね。そういった意味でも本物を見て触れることは大切なことだよ」
「そうですね」
その辺りは薬草でも同じだ。葉っぱや花の形をしっかり見て触れて覚えておかなければ本物の区別がつかない。何せ自然界には良く似た草花が存在することが多い。花に線があるかどうか、とか、葉っぱのギザギザが上向きか下向きかの違いしかない薬草などもある。そういった薬草は効能も全然違うし、片方は薬だが片方は毒草なんてこともある。数多ある薬草をどう調合するかが薬師の腕の見せ所なので肝心の薬草を間違えるわけにはいかない。
「セレス、母上からいただいた香水が本当に他人を操れる香水だとしたら、君はどうする?」
「原材料と配合を徹底的に調べます。それから治療薬を作ります。殿下、殿下だって分かっていらっしゃるでしょう?その薬に操られている以上、その方の行動や言動が本心とは限りません。それに……」
セレスは少し言いよどんだが、意を決したのかルークの方を見た。
「操られている時の人格なんてその方の本来のものではないでしょう」
「……そうだな」
その通りだが、セレスは知らないのだろう。たとえ人形のようになったとしても欲しいという想いを。他の誰かの横で笑っているのを見るくらいなら人格がおかしくなっても傍に置いておきたい。そういう風な狂った想いも。
今まで『ウィンダリアの雪月花』に狂ったご先祖の想いが理解できる。欲しいのはたった1人だけなのにその1人が全くこっちを向いてくれないのなら壊してでも捕まえたい。狂っていくのならこの手で狂わせたい。
「だがな、セレス。たとえ狂っていても一生、その人が傍で微笑んでいてくれるのならそれでもいいという想いがあることを覚えておくといい」
思わず苦笑しながら忠告をしてしまった。
妙なものだな、と思う。操ってでもセレスを手に入れたい思いと逃がしたい思い、その両方が心の中にある。心の中の大部分を昏い想いが占めているのにほんの少しだけそれではダメだという思いも存在している。
「そう、ですね。分かりました。そういう方もいるのだと理解しておきます」
「ああ」
忠告はした。それでも香水を手に入れる為に一緒に来ているのはセレスの意思だ。香水を嗅がせたらもう二度とこういう会話は出来ないだろうが、それで従順な彼女を手に入れることが出来るのならばそれでいい。
「さて、ここが僕の部屋だよ」
後宮内では比較的表に近い場所にルークの私室はあった。母である王妃の私室はもう少し奥にあるが、学生のルークは何かと出入りするので表に近い場所に部屋はあった。
「……ここでお待ちしていますので、持ってきていただけませんか?」
今更ながらだが、ルークの私室に1人で行くという事実に危機感を抱いた。
今まではただただ魅了の香水が欲しいという思いだけで来てしまったが、よく考えたらいくら王宮内とはいえ、1人で男性の部屋に行くことはまずいことじゃないだろうか。
「もし本当にそれが他人を操ることの出来る香水だとしたらこんな廊下で匂いを充満させるのかな?」
確かに匂いを確かめる為にここで香水の蓋を開けたら廊下に匂いが拡散してしまう。その香水がどれだけの濃さがあるか分からない以上、他人を巻き込むような危険は避けるべきだ。
「……分かりました。では、部屋の中で」
「あら、お帰りなさい、ルーク。そちらのお嬢さんはどなたかしら?」
セレスが意を決してルークの部屋の中に入ろうとしたら優しそうな声がかけられた。
「母上……」
「うふふ、お邪魔だったかしら?」
そこにいたのはルークの母である王妃ユリアナだった。
とても年頃の子供2人を持つ母親とは思えないくらい若々しい感じを受ける。表情も豊かで今はにこやかに微笑んでいる。
「ルーク、紹介してちょうだい」
「はい。彼女がセレスティーナ・ウィンダリア。ウィンダリア侯爵家の次女です」
「そう、その子がそうなのね。わたくしはルークの母でユリアナというの。よろしくね」
出来ればスルーしたかったのだが王妃にそう声をかけられたのならば返さない訳にはいかないので、セレスは綺麗なカーテシーを披露した。
「お初にお目にかかります、王妃様。セレスティーナと申します」
「まぁ、綺麗なカーテシーね。ルークってば気が利かないわね。貴女に綺麗なドレスの1枚も用意していないなんて」
「いいえ、王妃様。殿下はご用意して下さいましたが、今の私は貴族籍を離れた身。本来ならばこのような場所に来ることも出来ない身ですし、すぐにお暇させていただく予定でしたので、申し訳ありませんがお断りさせていただきました」
言葉使いってこんな感じで合ってたっけ?多少おかしいのは庶民ということで許して欲しい。
王族は祖母のような王太后と目の前の学友であった第二王子しか接したことがない(と本人は思っている)ので、堅苦しい言葉使いは慣れない。
「あらあら、そうなの。ルークのドレスは断ったようだけれど、わたくしのお茶に付き合ってくださらないかしら?」
「母上!?」
突然の王妃のお茶の誘いにルークは驚いて咎めるような声を出した。
「息子の想い人とお話してみたいのよ。それに必要ならわたくしが彼女を擁護して貴族籍も元に戻させるわ」
それは確かに母が動いた方が早い。セレスが貴族に戻るのならばウィンダリア侯爵に図って婚約者にすることも出来る。
「セレス、すまないが母上に付き合ってやってくれ。香水はその後に渡す」
王妃直々にお茶に誘われ、第二王子にまでそう言われてはさすがに断れない。それに香水はお茶の後にくれるというし、セレスは「わかりました」と返事をした。
「そのままの姿でよくてよ。今日は天気も良いし庭でお茶をしましょう。あちらに王族か四大公爵家の人間しか入れない庭園があるの。そこにしましょう」
少女のような笑顔で王妃が言うと、お付きの侍女たちの一部が素早く動いてどこかに行ったので庭園でのお茶会の用意をしに行ったようだった。
さすがに王宮の侍女たちは動きが違うし、ウィンダリア侯爵家の侍女たちとは雰囲気が全く違う。
セレスにとって侯爵家の侍女たちは家族的な雰囲気があったのでここまでプロフェッショナルな感じは格好良くて尊敬してしまう。
「こっちよ。ついて来てちょうだい」
魅了の香水を取りに来たはずなのになぜか少女のような雰囲気を持つ王妃とお茶をすることになってしまった。
……どうしていいのか良く分からないが、こうなったらもう成り行きに任せるしかなさそうだと、セレスは内心でため息をついた。