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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女、王城へ行く②

読んでいただいてありがとうございます。本屋さんで自分の本を見かけると有難くて拝みそうになっています。これも皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。

 セレスとルークを乗せた馬車が王城の裏門を通って王族の住まいである後宮に入ったとの連絡がジークフリードの元へ来たのは上機嫌な男性がいなくなってしばらく経ってからだった。


「ヨシュア、行ってこい。王妃とルークの様子を監視していろ。セレスが害されることはないと思うが、万が一の場合は姿を現してもかまわない」

「了解ッス。先輩、オースティ様はどうするッスか?」


 何かがあっても止められる気がしないが先輩の命令なら死ぬ気で頑張る。そうしないと先輩まで暴走しそうでもっと怖い。


「放置でいい。お前じゃ無理だ」


 先輩はちゃんと分かっていらっしゃった。


「こういう時はアヤトを引きずり込んでおくべきだったと思ってしまうな。薬師ギルドの長と王国の宰相ではさすがに出来ることが違い過ぎる」


 薬師ギルドの長だからこそ出来ることもあるが、王国の宰相ともなればその権力は桁違いだ。先ほどの男性、オースティの暴走も抑えられるだろう。リヒトは違う意味でオースティ相手では分が悪すぎる。


「オースティだってセレスに何かする気はないだろう。したら思いっきり泣かれるからな」

「あーそうッスねぇ」


 セレスに何かした場合、オースティの大切な女性が泣く。彼女に「大っ嫌い」とか言われた日にはオースティが再起不能になる。ある意味、オースティはセレスにとっては最も安全な男性と言える。


「つーか、お嬢ちゃんの周りってどうしてこうも一筋縄でいかないヒトばっかり集まってくるんスかね?」

「全くだな」


 あたかも自分は一般人的な感じで首を傾げたヨシュアにジークフリードは内心で「お前もだろう」と思っていた。



 王宮の正面からではなく裏側に回って止まった馬車からルークは先に出て、手を差し伸べてセレスをエスコートしようとしたがセレスは首を横に振ってそれを拒んだ。


「殿下、私は別にドレスを着ているわけでもありませんので、エスコートは大丈夫ですよ。よく考えたらこのような私服姿で王宮内では問題ありませんか?もし問題があるようでしたらメイド服でもお貸しください」


 セレスは普段着のままで王宮まで来てしまった。それも一般庶民の服装だ。セレスは知らないが、実は生地などは作ってくれたエルローズがこっそり上等の生地を使用してくれているのだがデザインはあくまでも一般庶民のそれだ。

 通常、王宮に入る人間はそれなりの格好をするのが当り前だ。貴族の女性ならドレス。貴族の男性は略式でも良いがあくまで正装。働いている人間はその仕事に合わせた制服や服装。商人や出入りの業者もそれなりの格好をするのが当然の中で、セレスの姿はそこら辺の町中を歩いている一般人の姿だ。


「大丈夫だ。セレスは僕の友人として招いている。表に出るわけでもないし、住まいである後宮内は母上の許可が出ているからそんなにうるさくは言われない」


 この国の後宮は、正妃や側妃など王の妃が住まう女性陣の権力争いの場所ではなく王族の私室という意味合いの方が大きい。基本一夫一婦制のこの国では国王といえどもそう簡単に側妃は持てない。跡継ぎなどの関係で歴代の王のほんの一握りだけ側妃がいたが、それもここ何代かはいない。

 唯一の例外が『ウィンダリアの雪月花』

 当時の雪月花を手に入れた王は、王妃や子供たちを違う場所に追い出してまで後宮内で『ウィンダリアの雪月花』を囲った。

 彼女だけが自分の唯一だと行動で宣言した。

 後宮内で雪月花たちがどう生きていたのかを記した資料はほとんどなくて、唯一、王の後宮から逃れたのがティターニア公爵家が助けた出した雪月花だけだった。その彼女にしても後宮内での生活について語ることはなかった。

 そして今、この後宮に住んでいるのは母と自分と兄だけだ。

 王は自らの執務室の横にある部屋を私室として利用していて、後宮には用事がない限り来ない。兄も住んではいるが王太子としての仕事が忙しいらしく、最近は後宮で見かけることがあまりない。兄も執務室の隣の部屋で寝起きしていることが多いと聞いている。

 その為、今現在この後宮内は王妃が取り仕切っている。母にはあらかじめセレスのことは伝えてあるので、どのような姿でも良いから連れてくる許可は得ていた。


「それにセレスにメイド服は貸せない。着替えるのならドレスが用意してあるからそれに着替えてくれ」


 セレスがいつここに来ても良いようにドレスなどはある程度は揃えてある。出来ればこのまま後宮に留まってほしい。ウィンダリア侯爵家や王族の庇護下にない雪月花はいつどこで誰に狙われてもおかしくない。ましてセレスは貴族籍からも抜けているのだ。


「でしたら用事を済ませたらすぐにお暇いたします。私は殿下の私室にあるというその香水が欲しいだけです。この姿でも問題がないようでしたらこのままでいさせてください」


 この場所でドレスに着替えたらいざという時にとても動きにくい。最悪王宮内を逃げ回らなければならないことも覚悟しているので出来ればこのままの姿でいたい。ダメならどこにでもいるメイドさんと同じ服を着て紛れ込みたい。間違っても第二王子に拘束されるわけにはいかない。

 こういう時は『ウィンダリアの雪月花』といえど攻撃系のチート能力がないことが恨めしい。異世界転生ならそういう系の能力も欲しかった。使いこなせるかどうかは別として。


「セレスティーナ、僕は君を守りたいんだ。出来ればこのまま後宮に留まってほしい。ここなら僕が絶対に守るから」


 言われたら誰もが喜ぶだろうセリフを外見がおとぎ話に出てくる王子様そのものの人が言ったのだが、セレスには全く響かなかった。

 このまま後宮に留まるということはルークに守られるかもしれないが、自由がなくなるということ。

 セレスの保護者たちはセレスの行動に制限をかけることはない。もちろん危険なことをやれば怒られるし、おかしな行動をすれば止められる。でもそれはセレスの行動を制限するものではなく、心配してくれているからだ。

 ルークは違う。本当の意味でセレスの自由を奪い、行動を制限するだろう。誰かに会うのにもルークの許可がいる生活など窮屈でしかない。


「殿下、私は後宮には留まりません。貴方がどうして私を守りたいとおっしゃってくださっているのか分かりませんが、私は薬師です。後宮で殿下の帰りをただ待つだけの存在にはなれません」


 ルークの妻にも、彼の帰りをただ待つだけの存在にもなれない。ルークがどうして自分に執着するのかは分からないが彼のお人形になる気はない。


「セレスティーナ……違う、君を束縛したいわけじゃないんだ。ただ傍にいてほしいだけなんだ」

「……殿下、そこに私の心は必要ないのですか?」

「違う!君の心も必要なんだ」


 セレスが心ごと寄り添ってくれるのならそれが一番良い。昔、祖母の離宮の図書室で何も言わなくても傍にいて2人で本を読んでいたあの頃のように。2人だけで完結されていたあの空気が懐かしい。


「昔みたいに傍にいてくれないか?セレスが望むのなら新しい本もたくさん手に入れるから」


 懇願するようなルークの言葉にセレスは小さく息を吐いた。

 ルークが望むのは過去のセレスだ。幼い頃、まだあまり外の世界を知らず、ただただ知識だけを積み込んでいたあの頃。離宮で2人だけの子供は自然と一緒にいる時間が多かった。でもセレスは外の世界をもう知っている。あの頃のようにはなれない。


「無理です、殿下。私はあの頃に戻ることは出来ません。私はやりたいことがたくさん出来ましたから。殿下、どうか殿下も前に進んでください。思い出だけに囚われないでください」

 

 セレスの言葉にルークは少しだけ顔を下げた。

 セレスの言う通り、自分は幼い頃の思い出に囚われているのかもしれない。でも、今のセレスを大切に思い、守りたいと思っていることも事実なのだ。そしてそれは自分の手で成し遂げたいこと。

 セレスが他の誰かの傍で守られている姿を想像すると昏い想いだけが心の内に広がってくる。


「……セレスティーナ、君の心が僕に向いてくれればいいんだ……」


 人の心は移ろいやすいもの。今はセレスの心がこちらに向いていなくても、いつかは手に入れたい。その為ならばどんな手段を用いても後悔はしない。

 母から貰ったあの香水を思い出す。あの香水は匂いが濃ければ濃いほど願いが叶いやすいのだと言っていた。ちょうど良いことにセレスが欲している香水でもあるので、部屋に行ったらすぐに香水を見せてその原液をセレスにかけよう。原液をかけられて濃い匂いに包まれたのならセレスティーナもきっと自分の言うことを聞いてくれる。あれはそれだけの力があると母から教えられた。


「とにかく僕の部屋に行こう。そこでもう少しちゃんと話をしたい」


 ルークの瞳には、昏い想いが宿っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 危機感足りんなぁ、男の私室についていくとかあり得んじゃろ 投稿乙です
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