次女、王城へ行く①
読んでいただいてありがとうございます。書籍を買って下さった皆様も本当にありがとうございました。
馬車の中でルークとセレスは特にしゃべることもなく無言で向かい合って座っていた。
セレスはずっと窓の外を眺めていて、ルークはそんなセレスを見ていた。
彼女の髪は今までと同じ見慣れた黒髪だが、セレスティーナは本来なら銀色の髪のはずだ。銀色の髪と深い青の瞳を持つ『ウィンダリアの雪月花』。おとぎ話のような存在のはずの少女がルークの目の前に座っている。昔、『ウィンダリアの雪月花』について習った時、そんなに執着するものか、もし出会ったとしても自分は絶対に執着心は持たない、そんな風に思っていた。
セレスと出会った時もどちらかというと好奇心の方が強くて、自分が知らない知識を豊富に持っていたセレスに純粋に興味だけで近づいただけのはずだった。
こんな風な想いを抱いたのはいつからだろう。
幼い頃に出会った少女が徐々に大人っぽくなっていくにつれ、誰にも渡したくないという思いが強くなり、誰かに盗られるのが嫌になっていった。
貴族の令嬢たちが群れで目の前に来るのに、セレスティーナだけはけっして群れることなく遠くで1人立っていた。その姿は孤独というわけではなく、見惚れるくらい凛としていた。自分から傍に寄りたいと思ったのはセレスだけだ。
「セレス」
「はい、何でしょうか?」
その名を呼べばしっかりとこちらに顔を向けて応えてくれる。その顔に王子だからと特別視するような表情はない。時々こうして、自分はセレスティーナにとってその他大勢の内の1人なのだと思い知らされる。
よく考えたら彼女の特別が誰なのかも知らないし、親しくしている友人も知らない。知っているのは幼い頃から王太后に可愛がられていて、両親から忘れられているということだけだった。彼女が『ウィンダリアの雪月花』であることさえも知ったのはつい最近のことだ。
「セレス、君はいつから自分が『ウィンダリアの雪月花』であることを知っていたんだ?」
「……年齢はあまりはっきりとは覚えていませんが、幼い頃から侍女たちに聞いてはいました。実感とかそういうのはあまりなかったのですが、彼女たちが必死で守ってくれようとしてくれていたのでそういう存在なのだと認識はしていました」
「歴代の雪月花たちは特殊な能力を持っている者が多いとのことなのだが、君は何の能力を持っているんだ?」
「秘密です」
直球で聞いてきたルークにセレスは迷うことなく「秘密」と答えた。
「秘密」というより、セレスの持つ能力を理解してもらえるかどうかが疑問だ。
セレスの持つ能力は歴代のように「予言」だの「遠見」だのというある意味分かりやすい能力ではない。
何と言ってもセレスティーナの異能は「異世界の知識」だ。
セレスの中で異世界の知識とこの世界の知識が混ざりあい、時々どこまでがこの世界の知識でどこからが異世界の知識なのか自分でも分からなくなるくらいだ。
自分でさえ分からなくなるのに、ルークにこの世界と全く違う文明を持つ異世界がありその知識こそがセレスの異能なのだと説明しても分かってもらえるとは思えない。たとえばこの世界の人々が信仰する神々が住む神界があるといえば、神とはいえその容姿や性格などが語り継がれている身近な存在の為、理解はしてもらえると思う。
けれど別の世界にそれぞれ住んでいる神々や人間がいてそこには見たことのないような文明が栄えている、というのは戸惑うだけだと思う。ましてやその証拠ともいうべきモノが目で見えない「知識」というものだけで、それもセレスの頭の中にあるだけだ。さすがのセレスもそれで理解しろとは言えない。
……でもジークさんなら理解してくれそうな気がする。
ジークフリードなら「そうか」と言って納得してくれそうだ。その上でセレスを質問攻めにして思う存分「異世界の知識」を堪能しそうだ。
何だかすごく良い笑顔が思い浮かぶんだけど、なんでだろう?
セレスの頭の中で今まで見たことのないような最高の笑顔のジークフリードがそれはもう満足したような顔をしている。そしてその傍らで何故か泣き出しそうなヨシュアが思い浮かんだ。
ヨシュアさん、ジークさんに無茶でも言われたのかなぁ。
恐らくセレスから聞いた異世界の知識の中でこちらでも再現可能な何かを作るように言われたのだろう。「無理ッス!」という泣き声まで聞こえてきそうだ。
セレスはルークから再び目を離して外を眺めつつ、無表情でそんなことをつらつらと考えていた。
駆け込んできたヨシュアに冷たい眼差しを送りつつ事情を聞いたジークフリードは「仕方ないか」と呟いた。
「先輩?」
「さすがに俺は今、動けない。アヤトが何とかするだろう。お前は今まで通りセレスの護衛をしていろ。それから何名かユーフェミアとパメラの護衛に付かせろ。あの2人、こっちが思っている以上に10年前のことで色々と知っていそうだしな」
本当に10年前から女性陣に引っかき回されてばかりだ。これから先も引っかき回されそうな気はするが、それも仕方ないと諦めた。
「先輩、俺、アヤト先輩からパメラと話をして来いって言われたんスけど、どうすればいいッスか!?」
本当にどうして良いのか分からないので、ここは一つ、数々の修羅場をご経験なさっている先輩に思い切って相談してみた。
先輩の数々の武勇伝はすでに伝説として後輩たちに語り継がれている。
顔良し、家柄良し、性格(表向き)良し、優しくてかっこいいと評判だった先輩には多くの女性陣が虜となって突撃してきていた。多くの女性は先輩がにっこり笑って「すまない」というだけで引き下がったのだが、一部の過激なお嬢さん方は強引にでも先輩と関係を結ぼうと画策していたものだ。最終手段で騎士団に逃げ込んでいたらしいが、様々な女性をかわす姿は中々見応えがあった。ある意味、女性経験は豊富な先輩だ。
「正面突破しろ」
先輩は軽くそうおっしゃった。
自分は外側からばっちり固めにいっているのに可愛い後輩には何のアドバイスにもならない言葉をくれた。
「それが出来れば相談してないッス」
「遠回しにいったところで何になる?ぐじぐじ悩んでリヒトみたいになりたくなければ難しく考えずにいってこい」
先輩、「いってこい」がちょっとだけ「逝ってこい」に聞こえます。
そして先輩2人が同じように表現する逆見本が身近にいるので、ここは腹を括るしかなさそうだ。
「がんばりまーす」
覇気のない声でそう言って部屋を出て行こうとしたらノック音と同時に扉が開いて、噂の主がやってきた。それも珍しくちょっと慌て気味だ。
「リヒト?」
「大変です。今、兄上から連絡がきて、セレスティーナがルーク殿下の馬車に乗ってここに向かっているそうです」
「え、えー!何でそうなるの!?だってお嬢ちゃんはウィンダリア侯爵家に行ったんじゃ!!」
「どうやらそこでルーク殿下と出会ったようです。ルーク殿下の身に纏っていた香水が例の魅了の薬の香水だったらしく、残りが殿下の部屋にあるとのことでそれが欲しいみたいです」
セレスが王城に来るのも驚きだが、ルークが魅了の香水を持っていることにさらに驚いた。いつの間にそんな薬に手を出したのか。ルーク自身はそれが何か知っているのか。
「兄上からの知らせによれば王妃様が絡んでいるようです」
10年前、自分の夫が死ぬきっかけになった薬をなぜ王妃が持っているのか意味がわからず、ジークフリードは息を吐いた。
「王妃を秘密裏に探らせろ。それとルークの部屋の香水は……セレスが回収出来なければこちらで回収しろ。ここに来るというのならば仕方ない。ヨシュア、隠れて護衛してろ。さすがに王城の関係者だとバレるのはだめだ。セレスがこれから先、妙な遠慮をし始めたら護衛が出来ないからな」
「了解ッス。でもどうするんッスか?」
確かにヨシュアが王城、つまりは王家の関係者だとセレスにバレるわけにはいかない。ヨシュアは『王家の影』だが、一応、表向きの身分として宰相補佐室の使いっ走り末端騎士となっている。セレスはヨシュアのことを多少は怪しんでいるかもしれないが、師匠であるアヤトとジークフリードの後輩ということであの2人に何か言われてるんだろうな、くらいにしか思っていない。さすがに王家の関係者だと知られたらセレスが「いつも護衛してもらうわけには」とか言い出しそうだ。
ヨシュア的にはセレスを守らないと王様がヤバい、とか思っているので堂々と守られてほしい。なのに肝心のセレスが変な遠慮をしそうだ。それもこれも全て目の前の先輩がその身分を明かしていないことが原因な気がする。
だがそうなるとこの王城でセレスを表だって守るのは誰になるのか。
「私がティターニア公爵として接触しますか?陛下がウィンダリア侯爵家の娘を気にかける様子を見られるよりはマシかと思いますが」
不特定多数の貴族たちにジークフリードがウィンダリア侯爵家の娘を気にかける様子を少しでも見られたら、セレスティーナが『ウィンダリアの雪月花』であることなどすぐにバレる。
彼女が薬学科を選択していたのは有名な話なので、まだリヒトの方が”薬のティターニア”として薬師であり月の女神の愛娘が生まれる血筋を持つセレスティーナを保護した方が怪しまれずにすむ。気付く人間は気付くかもしれないが、黙っているならばそれでいいし、騒ぐのならば黙らせるだけだ。
「多少は危険ですが、薬師である彼女にティターニア公爵が接触するのは問題ないかと」
「ダメだよー。彼女に接触するのは僕の役目だからね」
リヒトの言葉を遮るようにいつの間にか扉を開けて佇んでいた男性がにこやかにそう言った。
その男性を見た瞬間、ヨシュアはゲッ!という顔をして、ジークフリードは額に片手をやり、リヒトは少しだけ嫌そうな顔をした。
「僕のところにも知り合いの女性から連絡が来てねー。可愛い妹分を守って欲しいって。僕としてもセレスティーナ嬢は縁ある女性だから喜んで引き受けたよ。いやー、たまたま今日はここに来ていて良かったよ、こんな面白いことには参加しなくちゃ」
男性は一方的に言うだけ言うとそのまま機嫌良さそうに扉を閉めて去って行った。
「……知り合いの女性ってどう考えてもユーフェミア嬢のことッスよね。どういう関係なんスかね」
「さぁな。ヨシュア、お前さっさとパメラから色々と聞き出してこい。あの2人、変な繋がりまで持ってるぞ」
「……うぃーッス……」
不本意だが、先輩の案である「正面突破」しか手段はなさそうだった。