次女と第二王子③
読んでいただいてありがとうございます。3/25(土)に書籍第一巻が発売されます。加筆もしましたし、特典SSも書きましたので楽しんでいただけると幸いです。イラスト見てるだけで幸せになれました。本当にありがとうございます。
薄いが間違いなく“魅了の香水”の匂いが第二王子から漂っている。
経験上、ユーフェミアはどの程度の匂いでどれくらいの効果があるのかを知っていた。
この程度の匂いならば、あまり効果はない。ただ、何回もこの匂いを嗅いでいればそれなりに効き目は出てくる。熱狂的な信者は作れないが、何となく断れずに面倒な頼み事でも引き受けてくれる人間を作るくらいならばいける。
「お嬢ちゃん、あの王子サマから今までこの匂いがしたことはある?」
「いいえ、ありません。もしこの匂いがしていたら自分で作った時に気が付きました」
「そうよね」
セレスは今までになかった匂いの香水を目指して作っていたので、その香水がルークが使用しているのと同じ匂いの物だったのならばすぐに気が付いた。あの時、ユーフェミアの元へ持って行った香水は全て新しい匂いの物ばかりだった。
セレスが知らなかったということは、ルークがこの香水を付けはじめたのは、セレスが学園を辞めた後のことなのだろう。
「殿下、失礼ですが、この香水はどうされたのですか?」
セレスとユーフェミアが何やらこそこそと話していると思ったら、いきなり香水のことを聞かれてルークは意味が分からない、という顔をした。
「香水?なぜいきなり香水の話になるんだ……?まあ、いい。この香水は母上にいただいたものだ」
セレスが全然見つからなくて落ち込んでいた時に母である王妃がくれたものだ。この香水を身に纏っていれば望みが叶う、そう言われた。おまじないのようなものだろうとルークは思っていた。
「これでも君がいなくて落ち込んでいたんだよ。母上曰く、この香水は望みが叶う香水らしくてね。まぁ、おまじないのようなものだろうと思っていたのだが、嫌いな匂いではなかったし、こうして君に会えたからのだからあながち間違いでもないのかもね」
望みが叶う、の意味は違うだろうがルークにそれを教える気はない。使い続けられても困るが、それよりこの香水をルークの母、つまりこの国の王妃が持っている方が問題だ。それに言葉から察するに、王妃はこの香水が何なのかを知っている。知っていて息子に渡したのだ。
「……やっかいね……」
ユーフェミアがふう、と息を吐いた。
王妃が香水を手に入れたのが最近なのか、それとも10年前なのか。
最近ならばこの香水の作り方を知っている者が再び現れたことになるし、10年前ならば何らかの形で王妃が関わっていたことになる。だが10年前にこの香水の犠牲となって命を落とした当時の王太子は彼女の夫だ。王太子だった夫を殺しても彼女には何の利益もない。いかに実家が四大公爵家の一つとはいえ、夫である王太子が亡くなれば彼女の地位は不安定なものになっていたはずだ。まして魅了の薬を使用したのならばどんな事態になるのかなんて想像も付かないはずだ。
「殿下、その香水ですがまだ残っていらっしゃいますか?」
「もちろん。この香水に興味があるの?残りの物は僕の部屋にあるよ」
にっこりとルークが笑った。どんな形でもいいからセレスティーナを城に連れて帰る。そう思っていたのでちょうど良い口実が出来た。この香水がそんなに気になるのならば一緒に城に来るしかない。
「お嬢ちゃん、馬鹿なことは言い出さないでね」
ユーフェミアが小さな声でこそこそと言ってきたのだが、セレスは首を横に振った。
「でもユーフェさん、これがもし本物ならば放置してはおけません。私も薬師の端くれです。本物なら解毒薬を作らないと10年前の繰り返しになるだけです」
アヤトから聞いた10年前の事件。その時に解毒薬があればまた事態は違っていたはずだ。解毒薬を作るにしてもまずは毒本体を入手しなければ色々と分からない。
「危険よ」
「わかっています。でも行かせて下さい」
実の姉と思わしき人物を追ってきただけだったのにまさかここで魅了の香水に出会うとは思わなかった。でも出会ってしまった以上、解毒薬を作らないと危険すぎる。今回はまだ被害の報告はないけれど、10年前のように被害者が出てからでは遅い。
確かにルークと一緒に行くのは危険かもしれない。だがルークは第二王子だ。行く先もお城である以上、そこまでおかしなことにはならないはずだ。
「ユーフェさん、私、殿下と一緒に行きます。申し訳ないのですがこの事を師匠に伝えてもらっていいですか?」
「……もう、仕方ないわね。わかったわ、アヤトにはちゃんと伝えるわ」
それにユーフェミアにも色々と伝手はある。花街にある高級なお店のオーナーなんてやっているとそれなりに知己は出来るものだ。
もちろん最終兵器・ジークフリードという手はあるがそれだとやっかいなことにしかならなさそうなので、その一歩手前くらいで止められる人物に連絡しておこう。
「いい、お嬢ちゃん、いざとなれば髪を銀髪に戻して大勢の人目があるところに行きなさい。『ウィンダリアの雪月花』には誰も手を出せないんだから」
「それは出来れば最終手段としてとっておきたいです」
「気持ちはわかるけど、あそこに巣くっている人たちは裏がありすぎるのよ。もっとも裏を探りすぎて真正面からいくと案外弱いけれどね。だから『ウィンダリアの雪月花』ですって堂々と歩いていたら戸惑いすぎて何の手も出せないわ」
10年前の事件の時や花街で貴族たちの相手をしているうちにユーフェミアはそれを悟った。遠回しの言葉や表現を使うと勝手に裏を読もうとしてくるので、面倒くさくなって素直に物事を言っていたら案外楽に進むことが多かった。
「王宮内にはアヤトの弟もいるから、アヤトからすぐに連絡がいくと思うわ。リヒトという名前なの。彼はお嬢ちゃんの味方だから安心して頼ってあげて」
“薬のティターニア”の現当主は『ウィンダリアの雪月花』を絶対に守る。ついでにエルローズのお気に入りのお嬢ちゃんに何かあればエルローズが怒るので、ヘタレの株を上げるためにも頑張れ。
ユーフェミアにも子爵家の曲者当主が帰って来たことは聞こえてきていた。身分などはリヒトの方が上だが肝心のエルローズに対する態度はリヒトが断然マイナスだ。ここで、リヒトの管轄内ともいえる王宮でセレスに何かあれば、さらにマイナスだけが増えていく。
「何をこそこそとしゃべっている?セレスティーナ、どうする?」
我慢の限界がきたのか、ルークが少しいらついたように聞いてきた。
「王宮に行きます。殿下、王宮に行ったらその香水を分けて頂けませんか?」
「一応、これは母上から頂いた物だから母上に聞いてみるよ」
濁した感が満載だが、今は仕方がない。
「わかりました。せめて香水本体は見せてもらえますね?」
「もちろんそれはいいよ」
最悪、香水を回収出来なかった場合は、匂いを一生懸命覚えて帰るしかない。その上で覚えた匂いから使われた物を推測して解毒薬を作っていくしかない。幸い、というか何というか、セレスは一度この匂いに似た香水を作り出している。その辺りから攻めていけば原材料も何とか分かるかも知れない。
「いい、王子サマ。セレスちゃんに何かあったら貴方、消されるからね」
冗談ではなく本当に。
まず『ウィンダリアの雪月花』に何かあればティターニア公爵家が許さない。セレス自身がアヤトの可愛い弟子なので、当然薬師ギルドも敵に回す。本人は知らないが、当代の雪月花は歴代の誰よりもティターニア公爵家に近い。
それに加えて目の前の王子サマの叔父様は身内だろうが何だろうが敵に回れば容赦はしない。あの叔父様は甥っ子以上に器用で何でも出来て他人に執着なんてしないはずの人間だったのに、セレスには激甘だ。彼のことをよく知っている人間から見れば溺愛もいいところだ。
「何を馬鹿なことを。セレスティーナを傷つけたりしないし、僕はこれでも第二王子だからね。そう簡単には消されないよ」
ユーフェミアの言葉にルークは自信満々に答えたが、ユーフェミアは複雑な顔をした。
「……知らないって怖いわ」
小さく呟いてため息を吐いた。
一番怖いのは貴方の身内なんですけど、何て言葉は言えない。
「お嬢ちゃん、気を付けてね」
「はい」
王宮という場所柄、ジークフリードと出会う確率が全くないわけではないが、今のセレスは魅了の薬のことで頭がいっぱいになっているだろうから、出来ればジークフリードのことは知らないままでいてほしい。高位貴族であることは知っているようだがさすがに現役国王陛下というのは知らないだろう。
ジークフリード本人もこんな形で知られるのは不本意だろうからセレスの前に現れるとしたら可哀想な後輩のヨシュアかリヒトだ。あの2人なら長年先輩たちの無茶ぶりに応えながら生きているのでセレスがちょっとくらい無茶な要求をしたところで可愛いものだろう。王宮内でもきっと役に立つ。
「セレスティーナ、そろそろ行くよ」
「……はい。ユーフェさん、後をお願いします」
「ええ、行ってらっしゃい」
ユーフェミアは第二王子に連れられて馬車の方へと歩いて行ったセレスに心配そうな瞳を向けていた。