次女と第二王子②
読んでいただいてありがとうございます。書籍化作業も一段落しましたので、WEBもがんばって更新していきます。
ユーフェミアは第二王子であるルークを真っ直ぐに見つめた。
遠くから見ただけでも本当に良く似ているとは思っていたが、こうして真正面から見ると父である先の王太子にそっくりだ。蘇って来ました、と言われたら信じてしまいそうになる。
ただ、外見はそっくりでも纏う雰囲気というものがやっぱり違う。
彼の王太子はもっと老獪な雰囲気を醸し出していたが、目の前の王子サマはまだまだ青臭い。
青臭い王子サマはユーフェミアと彼女にかばわれているセレスを交互に見た。
「セレス……」
ルークがセレスの名を呼んでもセレスはユーフェミアの傍を離れなかった。セレスがユーフェミアを信頼しているというのはその仕草だけでも分かる。それは、今のルークには決して向けられないものだ。
ルークは息を吐くと、ユーフェミアに笑顔を向けた。
「僕はルーク。この国の第二王子だ。貴女は?」
「私はユーフェミアと申しますの。セレスちゃんの保護者の1人よ」
接客用笑顔のユーフェミアと王子様スマイルという名の笑顔のルーク、2人とも笑顔で対峙しているのだが、雰囲気がものすごくとげとげしい。笑顔なのに2人とも目が笑っていない。
「僕とセレスは大切な話の最中なんだ。邪魔はしないでもらえるかな?」
「まぁ、まだお話合いの最中でしたの?”大切なお話”とやらは、セレスちゃんにお断りされて終了していましたわ。それとも私の幻聴だったのかしら?ちゃんと振られてましたわよね。ここにいる全員に聞こえていた言葉は貴方様には届いていないのですか?」
今ここにはルークの護衛の人間もいる。その人たちにもセレスのお断りの言葉は聞こえていたはずなので護衛の人間を見て見ると、みんなどことなく気まずそうな顔をしているが誰1人として否定の声は出てこなかった。
「皆様、聞いていらっしゃったようですわ。ですから王子サマ、セレスちゃんのことは諦めて下さいな」
「……もっと深く話せばセレスもわかってくれる」
「あらあら、聞こえていないのではなくて、理解したくないようですわねぇ。優秀だと評判の頭脳はどちらに置いてこられたのでしょう?私のような庶民でもわかるくらい簡単な言葉だったんですけれど」
うふふふふ、と軽やかに笑うユーフェミアに対して、ルークの方は少しむっとした顔をした。
あら?この王子サマって、ひょっとしてあまりこういう感じで嫌みとか言われたことがないのかしらね。最初こそ笑顔が出来ていたけれど、今は感情をうまく隠せていないし、口撃に慣れていない感じがするわ。王族の数が減っているせいかしら、まさかの箱入り息子みたいねぇ。
接客用笑顔を崩さずに口撃しているユーフェミアが知っている王子様(当時)2人はこの程度の口撃ならすぐに反撃してきたし、表情も変えなかった。これがスパルタ系で鍛えられていた王子様と大切に育てられた王子様の違い、というやつだろうか。
あの当時の王子様たちは、1人は妹の絶対的な味方でもう1人は妹と敵対していた。そして、敵の敵は味方にならず、なぜかユーフェミアにも敵対していた。妙な三角関係だったと思う。だが、どちらの王子様もこの程度の嫌みには笑顔で返してきていたものだ。
先代の王が少し身体が弱かったせいで成人する前から外交官としての顔を持ち、要人たちに鍛えられていた第一王子と奇人変人、秀才天才の集団(全員性格に難有り)と言われた年代を纏め上げて、歴戦の騎士たちに遊ばれていた第二王子。どちらの王子も一癖も二癖もある人間たちに鍛え上げられていたが、今の王子様たちの周りは比較的穏やかだと聞いている。それに王子たちの母親である王妃は過保護なのだと聞いたことがあった。あの集団に容赦なく息子たちを放り込んでいた先代の王妃=今の王太后とはずいぶん違う。
笑顔の裏側で王子様比較をしているユーフェミアに対峙する為にルークは深呼吸をした。
肝心なのはセレスティーナを連れ帰ること。
出来れば王宮で保護したい。母からも会ってみたいので連れて来るように言われているし、連れて帰ってしまえば父王も王宮で保護する許可をくれるだろう。
セレスティーナに一度でも王宮に行くと言わせればいいだけだ。
「貴女はセレスティーナの保護者の1人というが、血縁関係や家族ではないはずだ。ただの知り合いに過ぎないのなら少し下がっていてもらえないだろうか」
言い方は丁寧だが、実質命令だろう。たしかにセレスとは血の繋がりはないが、家族となるとまた別の話になる。
「そうね、私とセレスちゃんに血の繋がりはないわね」
でもそのおかげであの時、銀色の飴が貰えたのでセレスとの血縁関係はなくて正解だったと思う。
「うふふ、だけど家族となると話は別よ。だってセレスちゃんはいずれ私の可愛い義娘になるんですもの」
ユーフェミアの宣言にセレスが「え?」という顔をしているが、ユーフェミアはまず間違いなくセレスが自分の義娘になると確信していた。
セレスティーナの相手はジークフリード。
セレスが『ウィンダリアの雪月花』であるというだけで十分だが、そこにさらに後ろ盾がいればもっと良い。アヤトの弟で家督を継いだヘタレな弟君がそっち方面で一切当てに出来ない以上、アヤトの養女にするのが一番速くて安全だ。アヤトがはっきりとセレスを養女にすると言ったわけではないが、アヤトの娘になるだけでたとえ王族と言えども手を出しづらい存在になる。
そして自分は確実に巻き込まれる。セレスがジークフリードから逃れられないように、こっちもアヤトから逃れられると思えないし、逃げる気もない。いずれ家族になるのなら時期が早まろうが何の問題もない。
問題があるとすれば、このことをアヤトが知ったらすぐに結婚しようと言い出すくらいだ。
一応、本当に一応だが、結婚式にはそれなりに憧れがあるのでこっちの意見は聞いてほしいと願っているが、服やら何やらのセンスは確実にアヤトに負ける。女子力全開の薬師ギルドの長には花街の一流女性陣も負けているくらいだ。
ともかく、近い将来家族になるのならばもう開き直って可愛い未来の義娘を守ろう。
「ユーフェさん、私のお母さんになるんですか?」
「ええ、そうよ」
「……師匠に無理強いは?」
「されてないから安心してちょうだい」
アヤトのお気持ちはもうしっかり教えてもらった。それに万が一セレスがジークフリードから逃れたくなった場合もティターニア公爵家は役に立つ。『ウィンダリアの雪月花』を保護するのはティターニア公爵家の役目だ。
「そんなわけでね、王子サマ。未来の義娘の将来のことは母親である私にとっては大問題なのよ。本人がすでに断っているのよ。じっくり話をしたところで答えは変わらないと思うわ。それにしつこい男は余計に嫌われるわよ?」
セレスはユーフェミアの言葉にうんうんと頷いている。
「それとも王子サマは望めば全てが手に入るとでも思っていらっしゃるのかしら?」
だとしたら思い違いも甚だしい。『ウィンダリアの雪月花』のことだけでも歴代の王族たちがどれほど望んでも手に入らなかったのだ。成功しかけている人が現在進行形で1人いるけれど、『ウィンダリアの雪月花』の方が特別なのでノーカウントだ。
この王子サマは外見こそ理想の王子様像を体現しているが、中身が大甘だ。この大甘さ加減は彼の父親と全く違う。おかげで別人だと安心できるのだが、一国民としてはこんな大甘な王子様でこの国は大丈夫なのかと心配になる。まぁだからと言って、あの人たちのような性格の王子様が溢れていたらそれはそれでイヤなのだが。
「……別に全てが手に入るとは思ってはいないが、セレスティーナは別だ。彼女は僕が守らなくちゃいけない存在なんだ」
……前言撤回。大甘だが言葉だけはそっくり同じことを言ってくる。
貴方のお父さんも同じようなセリフを言っていましたよ、奥さん以外の女性相手に。
あっちはもっとねっとり感があったけれど。
「あらまぁ、セレスちゃんが今まで貴方に守られていたかしら?どちらかというと貴方から逃れてきたんでしょう?」
セレスが学園を辞めた理由は聞いている。その最大の理由であるはずの人がセレスを守りたいと言うなんて笑わしてくれる。人を好きになることはもちろん大切なことだが、相手が同じ想いを返してくれるとは限らない。一方的に押しつけるだけではだめなのだ。
「セレスを守る為だ」
「どなたから守るおつもりでしたの?セレスちゃんを害そうとする相手がいたのならとっくの昔に排除されていたでしょうよ」
主に師匠とかその周辺の人間によって。でも今の言葉から分かった。この王子様ははっきり言って何も知らない。セレスティーナの師匠がどこの誰だということも分かっていない。
ますますセレスティーナは渡せない。
「貴方は何も知らなさすぎるわ」
ユーフェミアの言葉と同時に今まで無風だったのにふわりと風が舞った。
その風は、ユーフェミアとセレスの元にルークが身に纏っていた香水の香りを運んできた。
「……え……?この匂い……王子サマ、貴方、何を付けているの?」
うっすらと匂ってきたその香りは、昔、よく嗅いだ匂い。そしてつい最近、セレスが偶然作り出した匂い。
その香りは間違いなく”魅了の香水”の匂いだった。