次女と第二王子①
読んでいただいてありがとうございます。お久しぶりの第二王子です。
「セレスティーナ」
正真正銘の王子様がセレスの前に立っていて、まるでその存在を確かめるかのようにセレスの名前を呼んだ。
「ルーク殿下」
セレスを育ててくれた王太后様の孫。セレス本人の感覚としては幼なじみで友人、といったところだったのだが、いつの頃からか少しずつルークはセレスに執着し始めていた。基本的に1人で行動することに慣れきっていたセレスがルークの執着心に気付いたのは学園を辞める1年くらい前からだった。少しずつ広がっていた友人との関係に何故か口出しをしてきて、にこにこ笑いながら「婚約をしよう」と言い始めた辺りからさすがにヤバイと思い、王太后様にも相談した。
その時は王太后様から注意がいったので大人しくなったが、セレスが学園を辞める前には誰が見てもすぐ分かるくらいには執着されていたと思う。
ルークの事が嫌いかと問われればそこまでではないが、何となくだがルークは自由を与えてくれない、というような気がした。ルークは宝物は自分だけが見られるように隠すタイプの人間だと思う。
だから逃げた。
王族であるルークと会うことなど二度とないと思っていたのに、まさかここで会うなんてちょっと運命の神様のイタズラとやらに怒りたい気分になった。
「無事で良かった、セレスティーナ」
「無事、ですか?無事も何も私は特に危ない事などしていませんよ?」
「何を言ってるんだ。貴族の娘が突然、平民の生活をして平気な訳ないだろう?なぜいなくなったんだ。僕の婚約者になれば危ないことなどしなくて済むんだよ」
ルークは至って真面目に言っているのだろうが、セレスとしては物心ついた頃から侍女たちに連れられて街で買い物やら何やら色々としてきたし、師匠に弟子入りしてからは薬師ギルドに出入りしながら生きてきたのだ。ルークが思っているほど危険な生活も慣れない生活もしていない。何ならこっちでの生活の方が慣れているくらいだ。
そう言えばルークと会っていたのは基本的に王太后様の離宮か学園でのみ。
日常的に会う方でもなかったのですっかり忘れていた。
セレスにとっての日常は、この方にとっては危険な日々と認識されているようだ。
「殿下、何度もお伝えしていますが、私は貴方の婚約者にはなりません」
この件に関してセレスはルークに曖昧な返事をしたことがない。
いつだって断ってきた。
ルークはセレスが『ウィンダリアの雪月花』であることを知らないはずなのに、ずっとセレスに対して執着を見せてきた。まるで真綿でくるむようにして、周囲の者たちに間違いなく伝わるように行動していた。
「セレス、今の僕は君が何者であるかを知っている。知ったからこそ余計に傍にいてほしいんだ」
「何者であるか……?殿下、それはどういう意味ですか?」
「君の髪色の話だ」
今のセレスの髪の色は黒。ルークと出会ってから彼の前で黒色以外の髪の毛の色を見せたことはない。なのにわざわざその話をしてくるということは、ルークが知ったということだ。
「たとえ、何色であっても婚約の話は受けません」
それでもセレスの答えは一緒だった。そして同時に少しだけルークの感情が怖くなった。昔、侍女に聞いた不文律。王子であるルークは絶対に知っているはずなのに、それでもセレスに執着心を見せている。それが怖い。
今までルークは婚約をしたいと言いながらも強引には来なかったのだが、セレスティーナが『ウィンダリアの雪月花』であることを知った今、歴代の王族のように無理矢理にでもセレスを手に入れようとしてくるのかも知れない。
「お嬢ちゃん、大丈夫よ」
ぶるり、と少し震えたセレスの肩に優しく手を置いてユーフェミアが微笑んでいた。
「ユーフェさん……」
「大丈夫、セレスちゃんには貴女を守ってくれる大人たちが付いているわ。遠慮なんて一切しないであの人たちに守られていればいいのよ」
何も聞かないでそう言ったユーフェミアに、セレスは彼女も知っているのだと悟った。いくら恋人とはいえアヤトはセレスの秘密を漏らすようなことをする人物ではない。ユーフェミアは自力でセレスが何者か知ったということになる。
「うふふ、何て顔をしてるのよ。これでもねぇ、私もパメラも人を見る目はあるつもりよ。だから言ってるでしょう?何かあったら吉祥楼にすぐ来てねって」
「……あ……」
ユーフェミアとパメラは最初こそセレスを守る理由は、貴重な薬師でアヤトの可愛い弟子、そして何よりジークフリードのお気に入り、という理由だったが今ではどちらかというと『ウィンダリアの雪月花』だから、という理由の方が大きい。貴族の家に生まれた二人だからこそ『ウィンダリアの雪月花』にまつわる記録は残っていたし、あの銀の飴をくれたお姉さんのことを思い出して以来、『ウィンダリアの雪月花』という存在がおとぎ話の中だけに存在するものではないということを実感していた。
月の女神で女性の守護神であるセレーネは花街の女性たちにとっても信仰の対象となっている。
そんな女神の愛娘が同じ時に生きているのならば守ってあげたい。
「ユーフェさん」
「下がっていて、セレスちゃん。アヤトはいないけれど、セレスちゃんの保護者の一人として私がお話し合いをするわ。ね、王子サマ」
接客用な完璧な笑顔でユーフェミアはルークと対峙した。