次女と生まれた家
読んでいただいてありがとうございます。書籍用に色々と加筆しました。自分、画伯なのでセレスたちを絵で見られて幸せです。
幼い頃から通い慣れたウィンダリア侯爵家へ続く道をセレスは走っていた。
先ほどのあの不可思議な少女。もし彼女が本当に姉であるソニア・ウィンダリアなら彼女の言うお姉様方やあの方というのは誰のことなのだろう。セレスにとって血縁上の姉は、ソニア自身しかいない。それにユーフェミアが10年前の事件の事もソニアが何か知っているらしいと言っていた。
彼女がソニアなら……たとえソニアじゃなくても外見の年齢から考えて、10年前はまだまだ子供のはずだ。
なぜ学園で起きた事件、それも魅了の薬を使った事件について知っていたのだろう。
頭の中を色々な考えが巡ってうまく纏まってくれない。
「ッお嬢ちゃん!」
肩を掴まれて立ち止まると、セレスを追いかけて来たらしいユーフェミアがはぁはぁと肩で息をしていた。
「ユーフェさん」
「あー、本当に日頃の運動不足が祟ってるわ。この程度の距離を走っただけで足がガクガクよ。運動しないと、と思いながらついつい放置した結果ね」
にっこり笑うユーフェミアに思考ループに陥っていたセレスは、力が抜けたように息をついた。
「お嬢ちゃんはまだ若いからいいと思うかも知れないけど、運動は大切よ」
「……そうですね、運動は大切ですね」
「そうそう。で、お嬢ちゃんはこのままウィンダリア侯爵家へ行くの?」
「はい。先ほどの方が本当にソニアお姉様なら、私の知っているソニアお姉様ではありません」
いくら存在を忘れられていて、薬師ギルドに通ったり王太后の元へ行ったりしていてもウィンダリア侯爵家はセレスが生まれ育った家だ。同じ家に暮らしている以上、こちらは侯爵や夫人、それに姉の様子はいくらでも知れた。セレスや侍女たちが見てきたソニア・ウィンダリアは典型的な傲慢な貴族のお嬢様といった感じの少女だった。一番身近でソニアを見てきた弟のディーンでさえそう思っているはずだ。
あんな風に穏やかに話す少女ではなかった。
「私も噂でしか聞いたことはないけれど、ソニア・ウィンダリアは典型的な貴族のわがままお嬢様だと聞いたわ。申し訳無いけれど、本当にお嬢ちゃんたちの姉かと疑っていたくらいよ」
「姉は侯爵家の唯一の存在なんです。ディーン、弟は嫡子ですからそれなりの待遇でしたが、両親の関心や愛情といったものは全て姉にあったんです」
セレスの言葉にユーフェミアはパメラの言っていたことを思い出した。
『この娘に気を向けるように誘導するので精一杯』
幼い頃のソニア・ウィンダリアが言った言葉。
どう考えてもソニアの中にいる者は、両親の関心をセレスティーナ、『ウィンダリアの雪月花』から引き剥がしにかかっていた。その代わりのようにセレスの周りには彼女に愛情を注ぐ存在が配置されているように思える。
月の女神セレーネ様の采配かしら。
女神様の願いがセレスティーナの自由なら、ソニアの中の者も女神様の関係者である可能性が高い。
「お嬢ちゃん、今、お姉さんに会ったところできっと何も覚えてないわよ」
「え?」
「さっきも言ったけど、パメラが昔、ソニア嬢に会ったことがあったそうなの。その時に10年前の出来事を示唆することを言われたそうなんだけど、その時もソニア嬢は噂と全く違っていたそうよ。でも、その忠告を言い終わった後は噂通りの少女に戻っていたそうなの」
「それって」
「多分、彼女の中には2つの人格があるのよ。わがまま姫と名高いソニア嬢と先ほどの穏やかで貴女のことを心配しているソニア嬢。おそらく主人格はわがまま姫、そしてわがまま姫はもう1人の人格に気付いていないわ」
主人格はもう1人の人格に気付いてはいない、そして副人格ともいうべき存在は、陰から主人格を操っていた可能性はある。そこまでは言わなかったけれど、ウィンダリア侯爵家から雪月花を逃がすために女神様も必死のようだ。
「……もし本当にそうだとしても、私は一度、ソニアお姉様にお会いしたいです」
「危ないことはしてほしくないんだけどねぇ。じゃあ、私も一緒に行くわ。お嬢ちゃん1人で行かせて何かあったら、リド様に怒られちゃうから」
「ダメです。ユーフェさんに何かあったら私が師匠に怒られます」
「うふふ、じゃあお互い怒られないように今日はそっとソニア嬢を見るだけにしましょう?ソニア嬢とお話するのはまた今度、リド様かアヤトと一緒の時にしましょうね」
「う……はい……」
何だかユーフェミアにうまく丸め込まれた気もしないでもないが、自分に何かあったらユーフェミアが怒られるし、ユーフェミアに何かあったらこちらが怒られる。いつの間にかお互い怖い保護者付きになっている。
「大丈夫よ。ソニア嬢は別に逃げも隠れもしないわ」
「そうですね」
姉と違い妹であるセレスは逃げて隠れたが、姉には逃げる理由も隠れる理由もない。むしろ弟によれば第二王子の婚約者の座を狙っているらしいので堂々とその存在を見せているはずだ。
「で、どうやってウィンダリア侯爵家に入るの?」
「私がいつも使っていた裏から入ります。じいが、執事がいれば一番簡単なのですが」
侯爵家で働いている使用人たちはセレスのことを知っているので問題はないが、さすがにソニアを見ようと思ったら執事の協力がいる。
「じゃあ、とりあえずその裏の方に行きましょうか」
「はい」
ソニアに会いたいと思って走って来たが、ユーフェミアと一緒に歩いてウィンダリア侯爵家へと向かった。
「あそこが家の正面の門です。裏はこちらの道から行きます」
ウィンダリア侯爵家はさすがに侯爵家だけ有って屋敷も門も立派な物だった。『ウィンダリアの雪月花』という特殊な存在が生まれる家ではあるが、領地もそれなりに治めているので領主としては可も無く不可も無いという感じの評価を得ている。古い家柄なので王都でもそれなりに大きな屋敷を構えている。
「さすが、侯爵家ともなれば広いお屋敷ね」
「はい。そのおかげで会おうと思わなければ簡単に隠れられました」
ウィンダリア侯爵家の忘れられた次女。こっちの噂も聞いてはいたが、確かにこれだけ広ければどうとでも隠れられただろう。
「それもどうかと思うけれどね。お嬢ちゃんは隠れて何してたの?」
「侍女たちの真似事を。将来、この屋敷を出ると思っていたので一通りは自分で出来るように教えてもらっていました」
危ないからと料理はさせてもらえなかったが、それ以外のことは一通り教えてもらった。
この屋敷の使用人たちには感謝しかない。
のんびりと屋敷を眺めながら昔の思い出話などをユーフェミアとしていたのだが、何となくいつもと違う雰囲気なことに気が付いた。
「あれ?誰か来てるのかな?」
「あら?分かるの?」
「何となく、ですが。それに門の奥にある馬車が見慣れない物なので」
この位置からだと少し遠くて分かりづらいが、それでも侯爵家の馬車でないことは何となく分かる。
「ならまた別の日に来る?」
誰かが来ているのなら執事もそちらの対応に出ている可能性が高い。今行っても会えないかもしれない。
「そうですね…」
「お嬢様!」
セレスがユーフェミアに話しかけようとした時、聞き慣れた声で呼ばれて振り返ると、執事が珍しく慌てた様子で走って来た。
「じい」
「お嬢様、本当にお嬢様なのですね。庭師がお嬢様が門のところにいると教えてくれた時は驚きました。お嬢様、すぐにここから離れてお隠れください」
「え?じい、どうしたの?」
いつも取り乱すことのない執事の慌てた様子にセレスが驚いていた時にその声は聞こえて来た。
「セレスティーナ!!」
執事とは反対側、侯爵家の正面の門から自分の名を呼んだ声は、本来この屋敷にはいないはずの人物の声。
「……何とも間の悪い」
執事の苦い声。
「探したぞ、セレスティーナ」
迷うことなく真っ直ぐにこちらに向かって来たのは絵物語に出てくるような王子様。
というか、本物の王子様。後ろから護衛たちが慌てたように付いて来ていた。
「殿下?」
「ああ、無事で良かった、セレスティーナ。ずっと探していたんだ」
第二王子ルークがとろけるような笑顔でその場に立っていた。