アヤトとヨシュア
読んでいただいてありがとうございます。有難いことに書籍化のお話をいただき、ただ今、色々とやっている最中です。投稿が少し遅くなりますが、これからもよろしくお願いいたします。
本日はお城でせっせと業務に励んでいてすぐには動けないであろうジークフリードよりは、薬師ギルドの長の方がフットワークは軽い。いくら王太子に国王の座を譲るために公務を徐々に移行していっているとは言え、現在の国王はジークフリードなので激務ではある。ましてついこの間、久しぶりの長期休暇を取ったばかりなので、今現在は宰相と一緒に執務室で缶詰状態だ。
なのでヨシュアは薬師ギルドの長の元へと駆け込んだ。
「せんぱーい!大変ッス!!」
アヤトの執務室の扉が勢いよく開いた、わりにはほとんど音がしていない。この辺りはさすがに影だけあって、静かに!ということが身体に叩き込まれているようだ。
「何があった?」
ヨシュアはセレスの護衛についていたはずだ。今日は久しぶりに外に出ると言っていたはずなのだが、どうして1人で薬師ギルドに駆け込んできているのか。
「それがッスね…」
ヨシュアが先ほどの出来事を事細かに説明をすると、アヤトは一つ深呼吸をした。
「…なぜ、ユーフェまで一緒に行ってるんだ…。ヨシュア、ウィンダリア侯爵家の方には私が行く。お前はリドに報告して城で大人しく待っていろと説得しろ。ウィンダリア侯爵家にはセレスの味方が多いから大丈夫だろう。しかし、どうしてユーフェとパメラはこっちが知らない情報を持っているんだ。まったく、この分だともっと何か知っていそうだな。2人を連れ帰ったら、ヨシュアはパメラから詳しく色々と聞いてこい」
「えぇー、俺がッスか!?」
「不満か?」
「…心の準備が…」
「そんなものはいらん。行って来い」
「横暴ッスー!!」
どんな顔をしてパメラに会えと?しかもこっちは横暴な先輩たちの手下だ。パメラだってヨシュアがジークフリードとアヤトの命令を受けてることくらい分かっているだろう。
「ちょうどいい機会だ。きちんと話をして来い。リヒトみたいになりたくないだろう?」
「あれは嫌ッス」
そこは即答した。ぐだぐだ悩んではいるが、リヒトみたいにはなりたくない。リヒトは色んな意味で悩める男子の良い教材だ。ああなりたくなかったら動け、という。
「了解ッス。パメラと……せんぱーい、パメラは俺と話してくれるッスかね?」
よく考えたら、こっちがそんな決意をしたところで肝心のパメラがヨシュアと話をしてくれるのかが分からない。アヤトとユーフェミアみたいにちょっと若い時の過ちがあったわけでもないし、リヒトとエルローズみたいに両片想いの関係でもない。単なる幼なじみ。それ以上でもそれ以下でもないので、むしろ全然知らない人間よりやりにくい気がする。
「そこは何とか頑張れ」
あっさりと見捨ててそう言うとアヤトは護身用の剣を腰に差した。その姿がそこら辺の騎士より似合っていて、本当に薬師ですか?と聞きたくなるくらいだ。
「じゃあ、後は頼む」
「リド先輩の方も何とか頑張りまーす」
すっかり女装を辞めた先輩はとても格好良い。いや女装の時も格好良かったのだが、それはどちらかというと男装した令嬢的な格好良さだった。今はちゃんと男性として格好良い。
アヤトと一緒に薬師ギルドから出ると、アヤトはウィンダリア侯爵家の方へ向かい、自分は城に向かって走り出した。
今からジークフリードに説明しつつセレスの元へ行こうとするのを止めて、その後、パメラに会いに行って話をして…両方とも精神的にツライ。城にはまだリヒトがいるから一緒に止めてもらえるが、パメラに会いに行くのは自分1人だ。
幼なじみとは言え、彼女の兄や自分の弟がリリーベルに夢中になった時くらいからほとんど話さなくなった。パメラはいつもユーフェミアと一緒にいたのであちら側の人間なのでは、と疑っていたくらいだ。それはものすごい誤解だったのだが、一度崩れた信頼は中々回復しない。パメラは自分を疑ったヨシュアに見切りを付けて決して頼ろうとはしなかった。
「…俺が完全に悪いんだけど…」
パメラの話を一切聞こうとしなかった。最後の最後にパメラも被害者なのだと知ってものすごく落ち込んだ。ついでに花街に行く彼女に拒絶されてさらに落ち込んだ。
リヒトのことをマジで笑えない。このままだとヘタレ認定される。
「うう、先輩を見習う、のか?」
なりふり構わず口説いて見事に想い人をゲットした横暴な先輩と想い人の為に身の回りの整理と外堀をしっかり埋めにいっている鬼畜な先輩を見習う…って大丈夫だろうか。
かといって想い人を恋敵に取られかけている親友は見習うに値しない。
「ヤバイ。どの方向にいってもパメラの冷たい視線しか思い浮かばない!」
城への道を走るヨシュアの脳裏に浮かぶのは、パメラの笑顔なんかではなく、ただただ冷たい視線を送る彼女の冷め切った顔だった。