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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女と庭

読んでいただいてありがとうございます。ブクマや評価、感想なども励みになります。誤字脱字報告、本当にありがとうございます。

 侯爵家の庭に関してはディーンといつも協力してくれていた庭師たちに任せ、侯爵家についても父がうだうだ悩んでくれていた方が本気でセレスを探さないだろう、ということでひとまず放置することにした。


「で、姉様、今って宿住まいですか?」

「うん。ギルドで紹介してもらった宿にいるよ。ご飯がとっても美味しいの」


 侯爵家を出たセレスは、薬師ギルドと提携している宿屋で部屋を借りている。地方から来た者や事情があって家に帰れずギルドに缶詰状態にされた薬師たちが泊まることの多い宿だ。薬師ギルドと提携しているだけあって、ギルドからも近く安全面もしっかりしているし、何より食事が美味しいのでそこに泊まっているのだが、さすがにいつまでも滞在するわけにはいかないので近いうちに部屋を借りようと思ってはいた。家事スキルは侍女の皆さんに教わったし、料理…は苦手だが何とかなると信じて部屋を借りるつもりでいる。


「姉様さえよければ、僕の持っている家に住みませんか?」


 優秀な弟は自分のお小遣いを商人や事業にこつこつ投資して増やしているので、個人の資産というものをそれなりに持っている。いざとなれば姉を養うつもりでいたので、他の家族にばれないように薬師ギルドで専用の口座を隠し持ってそこに貯めている。賃貸目的の物件もいくつか持っているので、その中からセレスが好きな家に住めばいいし、いざとなれば自分もその家に引っ越したい。両親は何とでも言いくるめられるし、あの人たちは基本ソニアさえ近くに置いておけば問題はない。こちらに近づいて来ることも無いだろう。


「あ、それなんだけど、セレスちゃんさえよければ『ガーデン』の管理をしてくれない?」

「『ガーデン』…?初めて聞きましたが、何ですか?」

「先代の薬師ギルドの長が住んでた家なのよ。1階は表通りに面した方がお店になっていて、奥が調剤室、2階と3階が居住スペースになってる家なんだけど、問題は奥の庭よ。先代が色んな薬草を植えててもう何が何だかわからない状態になってるの。でも貴重な薬草も多いから簡単に整理できなくて…ギルド長を押しつけ…じゃなくて、私が継いだ時に管理しろって言われたんだけど、私も忙しい身でねぇ」


 肩をとんとんと叩いて「忙しいのよ」アピールをしたところ、セレスは心配そうな顔をしたが、弟の方はどうせ嘘でしょ、という顔をしていた。忙しいのは本当なんだからウソはついていない。ただ、ちょっとあの奥の庭を見るたびにヤル気が喪失して一通り確認だけしたらそっと扉を閉めて帰ってきているだけで。薬草は本来、整備されていない森の中とかに生えてるんだから自然のままでいいのよ、というのがアヤトの主張だ。


「『ガーデン』なんてたいそうな名前がついてるけど、実体は先代の趣味のお庭よ。今でも旅先から貴重な薬草を送ってきてくれてるから時々、植えてるんだけど、そろそろ本格的に何とかしないと…って思ってたところなの。だからセレスちゃんがあそこに住んで庭の管理をしてくれるんだったらお家賃もタダにするわ。何だったらお店を再開してくれてもいいし。先代の時はそれなりに繁盛してた薬屋だったから再開してくれるならあの周辺の人たちも喜ぶと思うわよ」


 薬師ギルドの長という役目をアヤトに押しつけて元気よく放浪の旅に出た先代は、腕はもちろん超一流だったのだが、何よりその薬草に関する知識は当代一と称される人だった。しかも基本、何でも自分の目で見て確かめたい派の人だったので、ギルド長とかいう机にかじりついてなくてはいけない仕事はいつでも投げ出したい派だった。

 なのでアヤトにギルド長の座をさっさと譲ると自分はすぐさま隣国に出国して旅に出た。それ以来この国には帰ってきていない。貴重な薬草が定期的に届くので生きてはいるだろうし、薬草の種類でだいたいの居場所はわかるのだが、まず捕まらないのでこちらも放置してある。

 そんな状態なので、管理を任されたアヤトがセレスに住んで貰って奥の庭の管理をしてもらおうが何しようが自由だ。文句は言わせない。


「侯爵家の庭にも無いような薬草もあるわよ?どう??」


 先ほどセレスに薬草欲しさに弟の話に乗るな、と注意したわりには自分も薬草でセレスを釣っている。弟のジト目が怖いが、確かにセレスに「うん」と言わせようと思ったら薬草で釣るのが一番確実だ。弟は正しくセレスのことを理解している。


「先代様が集めた貴重な薬草…」

「そう、先代の放浪が終わるまではこれからも定期的に薬草が届くわよ。だから、そっちの研究と育成もお願いしたいの。下手な人物には任せられないと思ってたんだけど、セレスちゃんは私の唯一の弟子だもの。どうかな?お願い」


 師匠であるギルド長のお願い、何より見た事のない薬草たち。それも定期的に届くというおまけ付き。


「やります。ぜひ、そこに住まわせて下さい」

「…姉様……」


 姉は簡単に陥落した。だろうと思った、という弟のつぶやきを隣に座る姉はもはや聞いていない。すでに心は『ガーデン』に飛んでいるのだろう。


「ありがとう、本当に助かるわ」


 薬を作るのは得意でも薬草の育成はそんなに得意ではないアヤトとしては、月の女神の恩恵のせいか、薬草を育てるのが得意なセレスに『ガーデン』のことを引き継げて正直ほっとした。いくら自然のままで、とは言っても庭に植えている時点ですでに人の手がかかっているので世話をするのが当たり前なのだが、下手に自分が触ると枯れる可能性の方が高かったので学園を無事に卒業したらセレスにお願いしようと思っていたのだ。ちょっと時期が早まっただけで最初の予定通りといえば予定通りなので問題はない。

 セレスの方も見知らぬ薬草にもうそわそわしているようなので、不文律にも抵触しない。セレスの望むままに好きな薬草を好きなように育ててくれれば、それでかまわないのだから。

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― 新着の感想 ―
とても面白く楽しみな物語を紡いで下さってありがとうございます 何作か読ませて頂いて、とても心暖まる物語ばかりでひびの癒しになっています。 ただ一つ気になることが、ギルド長のお名前が最初はアヤセだったの…
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