次女と後輩君①
読んでいただいてありがとうございます。本編に戻りますのでよろしくお願いします。
アヤトからなるべく外に出ないように、と言われたのでセレスは今日ものんびりと家で薬作りをすることにしていた。薬師ギルドに手紙を出しておけば必要な薬草は届けてもらえるし、今のところ急ぎの仕事もないので、のんびりと出来る。ちょうど良い機会だから今の内に薬のストックを作って、お勉強をしながら新しい薬作りにも挑戦しようと思っていた。
「お嬢ちゃーん、パン屋さんがこれおまけでくれたッス」
パン屋から帰って来たヨシュアが元気よく扉を開けた。師匠の知り合いで多分、騎士っぽい人にお使いを頼むのはどうかと思ったのだけれど本人は全く気にしていないし、アヤトからも扱き使って良し、との許可が出ているので遠慮なく色々と手伝ってもらっている。むしろ本人から、ここで使えない判断されるとお仕置きが怖いんでそりゃあもう遠慮なくどうぞ!という言葉をもらった。…使えない判断されたら誰にお仕置きされるんだろう?こっちも怖くて聞けない。
「ヨシュアさん、ありがとうございました」
「いいッスよー。お嬢ちゃんはしっかり食べて体力付けて下さいッス。じゃないとリド先輩の相手は大変ッスよ」
「ジークさんの相手…?何の?あ、剣の稽古、とか。それは無理かも…」
師匠は一応、ジークフリードのことをそっち方面で考えて欲しい、と言うような感じで言ったつもりだったのだが、自分が恋愛対象に入ると思っていないセレスはそのことをすっかり忘れていた。
結果、見当違いの方向に向かったセレスの思考にヨシュアは爆笑した。
剣の相手とか絶対に無いし、あのジークフリード相手にそういった発想が出てくる時点でジークフリードが全くもって恋愛の対象になっていない。普通の女性ならそう言われたら顔を紅く染めそうだが、セレスはきょとんとしているだけだ。
いやー、世の中にはリド先輩に落ちない女性もいるもんだなぁ、と思ったが、よく考えたら花街のあの2人組も昔っからジークフリードが全く目に入っていない珍しい貴族女性だった。
ユーフェミアの方はアヤトがちょっかいをかけていたからまだ分かるが、パメラもジークフリードには全く無関心だった。下位貴族の女性でもジークフリードに色目を使う人が多かったというのにパメラは先輩の1人くらいの態度しか取っていなかった。クラスにリヒトがいた関係で顔を出すことも多かった先輩にクラスの女子達が浮き足立って黄色い声を上げていた時もあの2人は冷めた目で見ていただけだった。
今だってそう変わらないだろう。
「お嬢ちゃん相手に剣の稽古とかはしないッスよ。それくらいなら俺がボコボコにされてお終いッス。これから先も先輩と一緒に旅とかするんでしょ?だったら体力は必要ッスよ」
もっともらしいことを言うと、セレスは頷いて納得しているようだった。この辺りはまだまだお子様だ。どっかの大人2人組なんかちっとも進展しないどころか、エルローズのことを好きな子爵が国に帰ってきたので、あまりに待たせるようならもういっそう、あっちとくっついてもいいんじゃないかと思うくらいだ。兄上様の方はちゃんと捕まえたのに弟のヘタレっぷりと来たらそろそろ見捨てたくなるほどだ。
「俺も一緒に行きたいッスけど、きっとリド先輩は嫌がるッスよねー。……よく考えたらそれってリド先輩に嫌がらせできる絶好のチャンスなんじゃないッスか…!?」
いつも扱き使われているのだから、ちょっとした仕返しならオッケーなのでは?と一瞬危険な思考が出てきたが、すぐにその後に我が身に降りかかるであろう報復で死ねる確率が高いことに気が付いた。
「ダメッス!やっぱお嬢ちゃんを使った仕返しは後が怖いッス。俺、きっと報復で死ねるッス。ってゆーわけで、申し訳ないッスけど、リド先輩からお嬢ちゃんを守るのは大変難しいッス。諦めて下さいッス」
「えーっと、とりあえずジークさんからは守ってもらわなくても大丈夫だと思います。どちらかと言うと師匠の報復の方が怖い気がします」
「アヤト先輩ッスかー。でもアヤト先輩の場合は薬物系だろうし、きっと死ぬ寸前くらいで止めてくれるから大丈夫ッス!」
爽やかな感じでヨシュアは言い切ったが、死ぬ寸前で止める事のどこが大丈夫なのかよく分からない。
「それにきっとユーフェミア嬢が止めてくれるから大事には至らないッスよ」
「あれ?ヨシュアさんとユーフェさんってお知り合いですか?」
ヨシュアがジークフリードとアヤトの後輩というのは知っていたが、そことユーフェミアが結びつかない。先輩の恋人だから知っているという感じではなくて、元から知り合いみたいな感じを受けた。
「学園で一緒のクラスだったんスよ。パメラの方はもっと昔っから知っているッス。幼なじみってやつッスね」
「パメラさんと?」
「そうッス。俺んち、ちょっと裕福な商人の家なんスよ。家は兄貴が継いでるんッス。パメラの家がご近所だったんで昔っからよく遊んでたんッスよ」
家族が愛してくれなかったわけではないが、優秀な兄貴と甘え上手な弟に囲まれて育ったヨシュアは、昔から存在感が希薄だったらしくよく家庭内でも忘れられていた。ヨシュア自身は忘れられていても特に騒ぐこともなくだいたいぽけーっとしていたのだが、そんなヨシュアをいつも見つけてくれたのがパメラだった。小さい頃はパメラにもっと自己主張をしろ、と何度も怒られた思い出がある。
「パメラは昔っからあんな感じのけっこう世話焼きさんなんスよ。ユーフェミア嬢とパメラはいつも一緒にいたッス」
「うーん、学生服着た2人が思い浮かばない…」
「あははは、そうッスね、お嬢ちゃんが出会ったのは最近だし仕方ないッス。学生の頃はさすがにもうちょっと幼い感じだったッスよ。あんな大人の色気は振りまいていなかったッス」
あの事件の時、2人とも花街に売られていった。何とかパメラだけでも、と思ったが本人からきっぱりと拒絶されて断られた。自分が無力だった事がどれほど悔しかったことか。だがあの2人はこちらの考えなど悉く覆して今は吉祥楼のオーナーと教育係兼オーナーの片腕としてお店を盛り上げている。
「お嬢ちゃんの学生生活はどうだったッスか?」
「私?私はお姉様…じゃなくて師匠から学園で薬学の基礎を学んでこいって言われていたからそっちばっかりに気を取られてたかなー。薬草のお勉強が楽しくて本当は最後まできちんと学びたかったんですけど…」
第二王子であるルークに執着されたおかげで学園は辞めてしまったが、本当は卒業まで薬学について学びたかった。それがアヤトとの約束でもあったし、数は少なかったが一応お友達と呼べる人が何人かはいたのだ。
「ああ、第二王子に執着されたらしいッスね。アヤト先輩から聞いたッス。お嬢ちゃん、正直、今の国王陛下や王族のことはどう思ってるんッスか?」
ジークフリードは現役の国王だ。セレスといちゃつく為に国王の座をさっさと次代に譲ろうとしてはいるが王族であることに変わりはない。ウィンダリア侯爵家の血を引く存在として王家のことをどう思っているのか常々疑問だった。
「んー、特に何もないです」
「え?マジッスか?」
セレスの答えはすごくあっさりとしたものだった。
「第二王子殿下から逃げたのは純粋に恋愛とかそういうものに興味が無かったからです。あのまま無理矢理婚約とかされても困りますし、何度お断りしてもしつこかったので。王族の方ってこうして普通に生活している分にはまず会うことが無いので特に思うところは無いです。もちろん一国民として平和路線の今の国王陛下の政治は続けて欲しいと思っていますし、行事等で陛下が国民の前に姿を現される時は凄い方だな、と思って見ています」
「…ま、そうッスね」
ヨシュアだってたまたま先輩に王族がいて仲の良い友人が高位貴族で鬼の先輩に王家の影に放り込まれたから関わっているだけで、もし普通に生活していたら王族に会うことなんて無かっただろう。そう考えると王族は遠いのだ。興味のない人からしたら、好きも嫌いもないだろう。平和に治めてくれていてありがとうございます、くらいの感覚だろうか。
「まぁ、でもお嬢ちゃんは元は貴族だったし、王家とウィンダリア侯爵家ってちょっと因縁みたいなのがあるじゃないッスか」
「そうですね。でも、だからといって会ったこともない方たちのことを好きにも嫌いにもなれないです」
セレスは王太后に育てられたようなものなのだが、ヨシュアがそのことを知っているのか分からなかったのでその辺りは伏せた。王太后のことは尊敬しているし感謝もしている。好きか嫌いかと問われたらもちろん好きと答える。それは王太后個人のことなので、王族全体のことを聞かれると本当に思うところはない。執着された第二王子だって、彼さえ諦めてくれれば逃げ出す必要も無く友人の1人くらいにはなれたと思っている。今の国王陛下には直接会ったことが無いので好きも嫌いもない。
「ヨシュアさんは国王陛下に会ったことがありますか?」
「え!?俺ッスか」
これはどう答えるべきなんだろう。セレスは知らないが今の国王陛下=ジークフリードだし、王家の影に属しているとは言え、自分は昔から彼の直属の部下とも言うべき存在だ。会ったことがあるどころか、今現在、この王都で国王陛下に最も恨まれているのは自分だ。理由は護衛の為とは言え、セレスの家に泊っているからというとても私怨に満ちたものだ。ヨシュアがセレスを害する可能性など皆無だからこそ許されているのだが、ジークフリードからしてみればセレスの家で寝泊まりするヨシュアは羨ましい以外の何者でもない。おかげでうっかりヨシュアの事務系仕事が増えて行ってることに誰もが見て見ぬふりをしている。
「まぁ、会ったことはあるッスよ。陛下はちょー有能な方ッス。でも、あんがい気さくな方なので、お嬢ちゃんも会ったら気軽に話せるッスよ」
これぐらいでいいッスか?先輩。お嬢ちゃんに親しみやすい国王って印象付けときました。
心の中で国王陛下にそう報告しておいた。