表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
67/143

次女と新しい年

明けましておめでとうございます。新年番外編です。こうして続けられるのは読んで下さっている皆様のおかげです。今年もよろしくお願いいたします。

 12の月の25日に降った雪で作った大中小の3つの雪だるまは、セレスの家であるガーデンの扉からちょっと離れた辺りに可愛らしく並んでいる。作っている最中に近所の子供達も面白がって一緒に作っていたのでこの辺りの家の扉の脇には大小様々な雪だるまたちが並んでいた。

 今年の年末はけっこう寒くて毎日雪が降ったり止んだりを繰り返していたので、雪だるまたちも溶けることなくこのまま年越しだろう。

 セレスとディーンは年末年始の引きこもり用品の買い出しに出たり、家の中を掃除したりと忙しく過ごしていたが、最終日である今日はまったりとこたつの中でくつろいでいた。

 ちなみに料理だけは執事がちゃんと料理長の美味しいご飯を届けてくれた。

 ディーンは寝っ転がりながら本を読んでいて、セレスは慣れた手つきで編み物をしていた。


「よし、出来たー」


 編み目におかしなところないし、試しに自分の首に巻いてみたらけっこう暖かい。薄い青色のマフラーの出来上がりにセレスは大変満足した。


「出来上がったんですか?姉様、それはどなたに?」


 ここのところ暇を見つけてはずっと編んでいたのを見ていたので、姉がマフラーを作っているのは知っていた。むくりと起き上がって聞くと、セレスはにっこりと微笑んだ。


「ふふ、これはディに。はい、どうぞ」

「姉様…!姉様の手作りを頂けるなんてとても嬉しいです。宝物にします!」

「大げさだねぇ、ディは。前にも作ってあげたでしょう?」

「大きくなったのでサイズが合わなくなったんです。もちろんそれはそれで取ってありますが、こうしてまた作って頂けるなんて嬉しいです」


 自他ともに認めるシスコンであるディーンが姉の手作りの品物を捨てるなんてことは無い。ただ、サイズに関してはどうしようもないので、大切な思い出の品として保管してある。


「糸も余ってるし、私用のも作ろうかな」

「ああ、いいですね。姉様とお揃いです」


 弟が嬉しそうにしていると自分も嬉しい。どうせこの寒さで外に出る気も起きないのでこの休み中に作ってしまおう。


「姉様、そろそろ灯火(ともしび)をしてもいいのでは?」

「んー、そうだね。もうそろそろそんな時刻だね」


 がんばってこたつから出て窓から道を覗くと、各家の扉の横に雪だるまたちと一緒にランプがおかれて暖かな火が灯されていた。

 これは灯火(ともしび)と呼ばれるこの国の風習で、その年の最後の日の夜に家の主が家の扉の左右にランプを置いて火を灯すのだ。今年1年の感謝と来年も暖かな火の灯る家庭になりますように、という願いを込めた風習で、扉の左右に火を灯すということが重要なので一般家庭ならせいぜいランプ程度だが、大きな家の持ち主だと篝火サイズでこれをやる。ちなみに王城だと正門の横の灯火はちょっとしたキャンプファイヤーサイズのものをやっている。

 原則として家の主が火を灯すことになっているので各家の主はこれをやってからお出かけするのが常のことで、ディーンもいつかはやらなくてはいけないが今のところ家の主は父なのでその辺は放置してガーデンに泊まり込んでいた。ちなみに王城でこの役割をするのは国王陛下その人だ。


「今年は雪で道が真っ白だからすごく映えるね」

「そうですね。とても綺麗ですね」


 雪道を照らすランプの火がとても綺麗で幻想的だ。

 ガーデンの家の主は一応セレスなので用意してあったランプを手に取ると、しっかり着込んでから意を決して外に出た。ディーンの方は嬉しそうに先ほどセレスから貰ったマフラーを首に巻いて一緒に外に出てきた。

 扉の左右にランプを置いて火を灯す。たったこれだけのことだがこうして火を灯すと新しい一年を迎えるのだという気持ちになるのが不思議だ。このまま明日の朝まで置いておくので、年末年始の道はけっこう明るい。


「姉様、来年も一緒にこの火を灯しましょうね」

「うん、来年も一緒にね」


 それは、1年間の無病息災と平穏を願う常套句ともいうべき言葉で誰もが当たり前に言う言葉なのだが、ディーン的には「来年も一緒に灯す」ことが何気に重要な言葉だ。そう、来年も姉と一緒にこのガーデンで火を灯したいのだ。脳内にちらっとこの国の至高の地位にいる方の顔が過ぎったが、彼はとっても忙しいのでこの年末年始は一度も顔を見ていない。当然本日もこの儀式を始めとするいくつかの国王のやるべき儀式をやっているはずだ。

 

 そう簡単に姉様を取られてたまるか。ぜひ来年も姉様と一緒にこの灯火を灯そう。

 

 弟の来年の目標が決まった瞬間だった。




「うーん、寒いわねぇ」


 同じ時刻、花街にある吉祥楼でもオーナーであるユーフェミアがランプに火を灯していた。

 さすがに篝火サイズではやらないので、少し大きめのランプ2つを置いた。


「ホント。さっさとお風呂に入ってお酒でも飲みたいわ」


 その胃は無限酒収納とも言われる女傑2人は、この年齢になると雪はもはやただただ寒いだけという感覚しか持てない。子供たちみたいに雪ではしゃげない。むしろやりたいのは雪見酒だ。


「ねぇ、アヤト様んとこに行かなくていいの?」

「あのねぇ、アヤトだって色々と忙しいでしょう。年末年始は会いません」

「人肌恋しくない?」

「ふざけないで。恋しくなんてないわよ」


 ぷすっとすねた顔を見せたユーフェミアにパメラがふふふ、と笑った。


「そう?私は恋しかったよ」


 そう言ってふわりとユーフェミアを後ろから抱きしめたのは、噂していたばかりのアヤトだった。短く切った金髪に灯火の炎が良く映えている。


「ちょ、アヤト?貴方、家やギルドの方はどうしたのよ」


 公爵家から出ているアヤトは自らの屋敷を持っている。なので家の主としてこの灯火を灯す係のはずだ。薬師ギルドの方もギルド長として毎年灯していると聞いていた。


「ギルドの方は灯してきたから今から帰って家の方も灯す予定。それにいざとなれば家の誰かが代わりにやってくれるから別に問題はないよ」


 原則として火を灯すのは家の主だが、別に代理人がやっても問題はない。年末年始、王城に詰めている者たちもいるのでそういった家では妻や子供、それに家人が代理で灯している。ちなみに独身一人暮らしたちは仕事をしている時点で諦めている。


「って訳でパメラ、ユーフェを連れて行ってもいいかな?」

「いいですわよ。でも、仕事が始まる前日には帰してくださいね。それ以上、一緒にいたいのでしたらちゃんと手順を踏んでくださいませ」

「了解。それについてはユーフェと話し合うよ」

「ええ、そうして下さい。もしユーフェの意思を無視したらセレスちゃんに言いつけますからね」

「…それが一番怖いなぁ」


 セレスティーナは『ウィンダリアの雪月花』。月の女神セレーネ様の愛娘。セレーネ様は女神だけあって女性の味方なので愛娘が訴えたらもれなく天罰が下りそうで怖い。


「ちょっとアヤトもパメラも何を言っているのよ。私の意思は?」

「せっかく気持ちが繋がって初めての新年なんだ。一緒にいて欲しいんだよ」


 あまり見たことのない懇願するようなアヤトの表情を見てしまったユーフェミアは、色男ってどんな表情をしても似合うからたちが悪い、と思いつつも顔を少し赤くしてしまった。


「え…その…はい…」


 顔を赤くして頷くユーフェミアにパメラはくすりと笑った。


「あら、貴女の意思を最大限尊重したつもりよ」


 そう言ってパメラは1人、吉祥楼に戻って行った。




 王城の正門の左右に巨大な灯火用の薪が積み上げられていた。国王としての正装を身に纏ったジークフリードがその薪に火を着けると、辺り一面が暖かい光に照らされた。流石にこれだけ巨大なので灯火の周りには兵士が配置され、一晩中この火を守ることになっている。王城を囲む城壁には正門以外にも出入り口があり、そこにはランプの灯火を設置してあるが、当然ながらそれらに火を灯すのもジークフリードの役目だ。


「陛下、後は後宮だけですがどうなさいますか?」


 後宮の入り口にも毎年、灯火は置かれている。本来ならそこに火を灯すのも国王の役目だがジークフリードが国王になってからは一度も灯火を着けたことはない。そこに火を着けるのはいつも王妃という役割を持つ兄嫁に任せている。真の夫婦ではないしそこに自分が住んでもいないので後宮の主は自分ではない、というのがジークフリードの言い分だ。


「いつも通り王妃に頼んでくれ。俺は一度、部屋に戻って休んでくる」


 現在、ジークフリードは執務室の隣にある部屋を自らの部屋として使っている。本来そこは国王の仮眠室ともいうべき休憩室なのだが、国王の座に就いて以来ずっとジークフリードはそこを私室として使っていた。後宮へは用がある時に出向く程度だ。

 私室に戻るとジークフリードはどさりとソファーに座った。


「やれやれ次は夜明け前か」


 部屋で少し休んだら今度は夜明け前までに神殿に出向いて、太陽神に祈りを捧げる儀式が始まる。それが終わったら各神殿に出向いて神々に祈りを捧げる儀式を順番に行っていくことになる。


「…セレーネ様には念入りにしなくてはな」


 脳裏に浮かぶのは銀の髪に深い青の瞳を持つ少女。愛しい少女は女神の愛娘なので、母女神に嫌われるわけにはいかない。毎年、義務感しかなかった祈りの儀式も、大切な少女の母女神に捧げる祈りだと思うと意識が全く違ってくる。

 私室から窓の外を眺めると、城下の街ではすでに多くの灯火が灯っており、雪とともに美しい情景を生み出していた。


「次はセレスと一緒にやりたいものだな…」


 小さなランプに火を灯す。ただそれだけの事なのだが、セレスが一緒にいると考えただけでそれはとても楽しいものに感じられた。


「そうだな。やはりさっさと譲ろう」


 新年とともにジークフリードは次代に王の座をさっさと譲る事を決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おめでとう御座います♪ この一年が猫の名は。様に 良き年になりますように。 今年も更新楽しみに読ませて頂きます(^^♪ セレス&ディーン姉弟の仲良しほのぼの話が読めて嬉しいです♪ 「そ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ