花街の2人
読んでいただいてありがとうございます。寒くなってきましたねー。膝の上に猫が乗る季節です。
コルヒオは祖母から受け継いだ薬屋の中を落ち着きなくうろうろしていた。
「クソ!!」
ちょっとした好奇心と小遣い稼ぎの為に作った薬が今になって問題になろうとしている。祖母も知らない作り方を知った優越感と金目当てで少女の提案してきた話に乗っただけだったのに、まさかあんな事態になるとは思っていなかった。10年前はまだ隣国と行き来していたのでうまく逃れたが、再び掘り返されようとしている。
そのことがコルヒオの毎日に大きくのしかかってきていた。
気怠い感じでベッドの住人と化している自分の隣で、パメラは器用にリンゴをウサギカットしてくれた。
別に病人ではないのでそんなことをする必要なんてないのだが、なぜか嬉々としてパメラは世話を焼いてくれている。
「さぁ、召し上がれー」
今にも歌い出しそうな笑顔で言われても、ものすっごく胡散臭いだけだ。
「病人じゃないわよ」
「分かってるわよー、何て言うか…お祝い?」
「何でそこで疑問符なの。それに何のお祝いなの?」
「大人になった貴女へ?」
即答のくせに疑問符を付けないでほしい。
完全にからかわれているだけなのは分かっているが、リンゴが美味しいので可愛らしいウサギの正面からついつい食べてしまう。
「あら、残酷物語」
「どうせどこから食べても一緒よ」
しゃりしゃりとした食感のリンゴはアヤトから貰ったお土産の1つだ。出身が高位貴族で本人も若くして薬師ギルドの長となったアヤトの元には各地から色々な特産物が届くらしい。
「……ねぇ、パメラ、アヤトと少し話をしたんだけど…」
「よくそんな時間があったわね。どうせあの男のことだから、ユーフェがわざわざ捕まりに行ったんだから離さずに抱き潰すと思っていたわ」
おほほほほ、と笑うパメラからユーフェミアはそっと目を外した。
『チクショウ!その通りでしたよ!』
なんて死んでも言えない。それにわざわざ捕まりに行ったわけではない。お話し合いに行っただけのはずだ。確かにしようと思っていた話は出来た。ちょっと思ってた場所とシチュエーションが違っていただけで。
「で、どんなお話をしたの?」
にやにやしながら聞いてきたパメラを少しだけ睨んだが、効果なんてまるっきり無い。
「…はぁ、貴女の時は絶対からかってあげるからね。パメラ、貴女のお兄さんが魅了の薬を作っていたのは聞いていたけど、調合だけしていて元になるいくつかの液体はどこか別の場所から運ばれていたみたいだって言ってたわよね」
「私の時って言うけど、まあまず有り得ないから安心してちょうだい。私は仕事に生きるの。で、原液だったわね。そうね、兄の部屋には薬草は一切無かったわね。あったのは色々な瓶に入った液体だけ。兄はそれを薄めたり、量を調整したりして実験していたわね。一時期、裏社会に出回っていたっていう魅了の薬もどきは兄たちがばらまいた物だと思うわ」
「その原液、どこから持ってきていたの?」
「私も詳しくは知らないの。兄の傍にいつの間にかいたリリーベルが無くなるたびにどこかから持ってきていたらしいわ。リリーベルもそんな頻繁に持ってこれる物じゃないらしくて、大切に扱え、的に怒っていたのを見た事はあったわね」
ほれた弱みなのか、パメラの兄はリリーベルの言いなりだった。リリーベルの持って来た原液を別の液体と混ぜ合わせたりして試作品をたくさん作っていたのを覚えている。いつも家の中を我が物顔で歩いていたリリーベルは、パメラにもその薬を使ったことがあったらしい。これは後で兄がぼそっと言っていたことだったのだが、どんな試作品を使ってもリリーベルに落ちることのなかったパメラにリリーベルは相当いらだっていた。パメラだけではなく一部の人間にはどんなに魅了の薬を使っても効果は一切なかったらしく、兄はそのことで何度か理不尽な八つ当たりをされていたようだった。特にリリーベルの本命であったらしいジークフリードやアヤトには一切効いていなかった。
「その時にコルヒオの姿を見たことはある?」
「なかったわね。あったらさすがに花街で会った時にユーフェに言ってるわよ」
「そうよねぇ。でもあの反応はどう考えても関係者ですって自白してるようなものよね」
「今更と言えば今更ではあるけれど、色々と謎が残ってるものね。気持ち悪い感じのままだわ」
「…典型的なわがまま娘だったけれど、リリーベルが魅了の薬の作り方を知っていたとは思えないわ。誰に入れ知恵されたのかしら」
「かと言ってコルヒオみたいな小物が魅了の薬を使って国を混乱させようとか考えつかないでしょうね。誰か、は結構な権力者だと個人的には思ってるわ」
パメラの言う通りだ。コルヒオは小物感満載の小物だ。目先の事だけに捕らわれて深くは考えられない。もし本当にコルヒオが魅了の薬の原液とも言える物を作ったとしても、本人が自力で調合方法にたどり着いた、なんてことは絶対にない。誰かに教えられて作ったのだ。誰かは最初にリリーベルに教え、それがコルヒオに流れてパメラの兄の元へと行った。ただ、そのルートを知っている人間が全員この世にいない。
「そう言えば…ねぇ、ユーフェ、セレスちゃんって、ウィンダリア家の次女ちゃんだったわよね?」
「本人がそう言っていたからねぇ。まぁ、言われなくてもあのジークフリード様が溺愛中なのよ。ウィンダリア侯爵家の血を引いているって言うのは誰でも想像出来るわね。そうなると…」
王家の人間がウィンダリア侯爵家の人間に執着するのは有名な話だ。それも特殊な立場のウィンダリア侯爵家の人間に限定されるので、もう嫌でもセレスがそうなのだろうと推測出来てしまう。
「セレスちゃん、目の色が深い青だもの」
「髪色なんて染め粉で何とでもなるしね」
実際、花街の人間は染め粉で色々な髪の色にして楽しんでいる。最近の染め粉は髪の毛もあまり傷まないので、ユーフェミアもパメラも気分で髪の色を変える時があるくらいだ。
「『ウィンダリアの雪月花』……ジークフリード様が溺愛するはずよね。噂では第二王子が執着してるって言っていたけど、本命はまさかの国王陛下だったわね。ま、あの第二王子、お父さんにそっくりで嫌だけど」
パメラもユーフェミアもそれなりに前の王太子には嫌な目に遭わされた。チラっと見た事がある第二王子は驚くくらい父親に良く似ていた。申し訳無いが、第二王子には出来れば花街に来て欲しくない。成人しても一生花街とは無縁で生きてほしい。
「それは置いといて、ユーフェ、私、10年以上前にウィンダリア侯爵家に行ったことがあるの。昼のお茶会に招待されたんだけど…」
それはパメラもずっと忘れていたことだった。銀色の飴を貰った時のことをユーフェミアと話した時にふと思い出したのだ
「あのね、セレスちゃんの姉、ソニア・ウィンダリア、わがまま姫で有名だし、実際、ちょっと見た時にはものすごく横柄な態度を取る勘違い令嬢だと思ったんだけど…」
「だけど、何?」
「…あの日、私と似た年代の方がいなくて、1人で庭を散歩させてもらっていたの。人目の無い奥庭に行った時に、ソニア・ウィンダリアに会ったわ。正直に言うと、あの子、何者なのって感じよ」
パメラが1人で奥庭の散策をしているとその目の前に不意に現れたのは先ほどまでメイン会場で他の子供たち相手にわがままっぷりを発揮してた本日の主役だった。
「…ご機嫌よう、ソニア様。お茶会の方はどうなさったのですか?」
今日はソニアの友人作り、もしくは婚約者選定がメインだと聞いていた。はっきり言ってパメラは年上すぎて関係ないのだが、母が侯爵夫人と親しかったという理由で招待されたのだ。ソニア・ウィンダリアは目鼻立ちの整ったとても綺麗な子供だった。内面は典型的なわがまま娘で、この世の全ては自分を中心に回っている、そんなことを本気で思っているような少女だ。
だが、今、目の前にいる少女は先ほどと同じ少女かどうか怪しんでしまうくらい、雰囲気というか彼女の放つ空気感が全く別人と化している。
「……お姉さん、銀の加護を持つ方ですね。大変申し訳ないのですが…もうすぐ厄介事が始まります。銀の加護を持つ方々に薬は効きませんが、巻き込まれることまでは回避できませんので、頑張って切り抜けて下さい」
「……はい?」
「どうにもアレはこりないようですから。残念ながら私はそう長い時間、表に出ることは出来ないので、加護を持つ方々には自力で切り抜けていただければ、と。女神様や姉君方もそう干渉は出来ませんし、あの方はまだ幼すぎて何も出来ないでしょう。私もこの娘に気を向けるように誘導するので精一杯ですので、もう少しの間、皆様で頑張って下さい」
全く以て何を言っているのか謎なのだが、唯一分かるのはどうも自分たちは何か厄介ごとに巻き込まれることが確定している、ということだけだ。ついでに目の前の謎の存在が謎の応援をしてくれているようだ。
「えーっと、ちょっと意味が分からないんですけど…要は自力で生き抜け、ってこと?」
「そうです。そろそろ交代しなくては…この程度ではあの方々に対する贖罪にもなりませんが…仕方ありません。では、頑張って下さい」
そう言ってソニアは両目をつぶったのだが、すぐに目を開けると、パメラを胡散臭い目で見てきた。
「…あなた、誰よ?何で私、こんなとこにいるのよ。あなたが私を連れて来たの?お父様に言いつけてやる!!」
それはこちらのセリフだと思う。貴女こそ何者なのよ、と思ったのだが、一方的に怒鳴って去って行ったソニアを追いかける気力などパメラには無かった。
「……ついこの間まできれいさっぱり忘れていたけど、何度思い返しても、ソニア・ウィンダリアがおかしいことを言っているのは確かなのよ。もうすぐ巻き込まれる面倒事ってリリーベルのことでしょう?銀の加護を持つ者っていうのはあの時、飴をもらった人たち。頑張って生き延びたけど、ソニア・ウィンダリアは何なの?」
パメラが嘘をついているとは思えない。
ソニア・ウィンダリア、ウィンダリア侯爵家の長女。聞こえてきている噂は典型的なわがまま娘で第二王子の妻の座を狙っている、といったことくらいだ。でも、彼女は腐ってもウィンダリア侯爵家の長女なのだ。雪月花の血を引く一族の娘。彼女のいう「この娘に気を向かせる」とは誰のことなのか。
彼女の両親は、ソニアのことしか頭にない。
「…パメラ…もし、もしも、よ。ソニア・ウィンダリアがあえて自分にのみ関心を向けるように仕向けている、としたら…?」
「ソニア・ウィンダリア…いえ、言葉から考えると中にいる何者か、は『ウィンダリアの雪月花』のことを良く知っている存在…?」
アヤトから『ウィンダリアの雪月花』がウィンダリア侯爵家から離れたがっているんじゃないか、ということを聞いていたユーフェミアは、そのことをパメラにも伝えていた。そう考えると、ソニア・ウィンダリア、恐らくはその中にいる『ウィンダリアの雪月花』の味方であるはずの存在は、両親の心そのものを次女から離しているように感じられた。