アヤトとセレス
読んでいただいてありがとうございます。更新が遅くなりまして申し訳ありませんでした。
セレスティーナは直接10年前の事件に関わったわけではないのに、ここに来てなぜか急にセレスの周りであの時の事が浮かんできている。それに最初の月の巫女はセレスに出会う前の自分たちを助けてくれた。
いずれセレスの為になる事だとは言え、最初の月の巫女はリリーベルの起こした事件がいずれセレスティーナにまで波及すると知っていたとしか思えない。まあ、あの時の状況がすでに神の領域の出来事に近いのでそういうものなのかも知れないが、一体『ウィンダリアの雪月花』たちはどこまでの未来を視ていたのだろう。
目の前にいる雪月花はそのことを知らない。歴代の雪月花たちが受け継いでいたと思われる記憶の数々を全く受け継いでいない。これでも師匠としてずっと見守ってきたのだ、それくらいは分かる。
「セレス、花街の薬師に絡まれていたらしいけど、あの薬師、コルヒオって名前なんだけど、花街の婆の孫でね、あの当時は隣国から帰ってきたばかりで店は婆が仕切っていたし本人もまだ薬師として活動していなかったから捜査の対象外だったんだけど、あの匂いに反応したってことは関係者で間違いはないと思う。一応、今は薬師ギルドから見張りを出しているけど、もしまた何か絡んできたらすぐに連絡しておくれ。彼は婆の孫ではあるけど、婆本人じゃないからね。どっちかというとちょっと問題児っぽい扱いなんだよ。腕はあるんだけど、その分、自分は優秀だっていう変な自信持ちなんだよね、おかげで私は目の敵にされてるんだ」
はぁっとアヤトはため息をついた。コルヒオは腕は確かなのだが、いかんせん人間性は難ありの人物だ。
本来なら自分こそ薬師ギルドの長に相応しい、アヤトはたまたま貴族の家に生まれたからその座に就いたに過ぎない、俺の方が全てにおいて優秀だ。そんな風に言っているのを何度、聞いたことか。目の前で言われたこともあれば、噂話として耳に入ってくることもある。コルヒオと一緒に飲んだ薬師が怒りながら教えてくれたこともある。確かにそこそこの腕はあるのだが、本人が言うほどではないし、アヤトのように外部との交渉が得意なわけでもない。薬師ギルド全体から難ありという認識を持たれているので当然、コルヒオに仕事を回す薬師もいない。
かといって婆から受け継いだ店と人脈を生かすことも出来ずに、むしろ花街の女性陣を敵に回しているのが現状だ。花街に関わる男性陣が細々と店に通っているが、客はほぼそれだけなのではっきり言って店は閑古鳥が鳴いている状態が続いていて、それが余計にアヤトに敵対する理由にもなっているようだ。
「先代の婆は口は悪かったんだけど、何て言うか…面倒見は良かったんだよね」
「…ツンデレ…?」
お婆のツンデレはそれはそれで可愛いのかもしれない。セレスは会ったことはないのだが、きっと素直にお礼を言ったところで、目をそらされた挙げ句にそんなつもりじゃないとか言われそうだ。
「ツンデレって…あの婆じゃ可愛くない」
アヤトの意見は別らしい。
「セレスはしばらくの間は花街に入らないようにしてほしい。どうしても用事がある時は薬師ギルドの護衛かユーフェのところの護衛を連れていくこと」
「わかりました。気をつけます」
「うん。出来れば夜も1人じゃない方がいいんだよなぁ…」
普段、セレスはガーデンで1人暮らしをしている。弟のディーンが泊まる時もあるが、基本は休日だけなので平日は完全に1人になってしまう。かといってアヤトが泊まろうにも、忙しくてしばらくギルドに缶詰状態になる予定なので自分の家にも帰れそうにない。これもユーフェミアと籠もっていたからなので仕方ないのだが、仕事が空き次第、忘れられないようにもう一回は籠もりたい。そしてユーフェミアやパメラも自分の仕事があるのでセレスの家に泊まるのは無理だろう。下手な人物はセレスに近づけたくない。
「…セレス、一応、暇人予定に心当たりがあるからちょっと聞いてみるよ。夜は絶対、扉や窓を開けちゃダメだよ」
そろそろ便利屋の後輩君がウィンダリア侯爵家の領地から戻ってくる頃のはずだ。基本、セレス専属だと言っていたからこの際、放り込もう。絶対セレスに手出しなんてしないと分かっているからジークフリードの怒りを買うこともないだろう。とは言え面白くはないだろうから、ちょっとした八つ当たりは受けるかもしれないが、それくらいでどうこうなるような可愛い神経は持ち合わせていないので問題はない。
「はぁい。何か小さい子供になった気分です」
「弟子なんて子供みたいなものだよ。それに小さい頃から知ってるから、こっちは勝手に親の気持ちになってるよ。いつでも娘になってくれていいんだよ」
「ふふ、ありがとうございます。そうなると師匠はお父さんで、ユーフェさんがお母さん…うーん、気後れしそう」
ちょっと想像してみたが、この2人の間に娘として立つとか若干罰ゲームのような感じがしてしまう。それぞれが妙な色気を持つ大人の男女なので、お子様には刺激が強い。セレスは自分が内面も外見もまだまだお子様という自覚が一応はあるので、並ぶと落差が凄そうだ。気軽にお父さん、お母さんとか絶対に呼べない。
「セレスにお父さんとか呼ばれるのは何かいいね」
セレスとは逆にアヤトは、自分で言い出したことなのだが、本格的にセレスを養女にするのは有りかも知れないと本気で思った。アヤトの養女になればティターニア公爵家が表だって全力でセレスティーナを守れる。ウィンダリア侯爵家から月の巫女たちが何とか逃れようとしているのなら、セレスがアヤトの娘になるのは全然有りだろう。アヤトにはセレスを縛るつもりも何かを強制するつもりも全くない。それにセレスティーナが娘になればそれこそジークフリードとの結婚に何の支障もなくなる。
「ッセレス、お父さんはまだ結婚なんて許しませんからね!」
「何でいきなりそんな話になるんですか?私、まだ師匠の娘になってないですし、何より結婚するなら師匠とユーフェさんの方が先でしょう?」
急に男に戻った師匠が暴走し始めた。こっちの心配をするより先に自分たちの結婚のことを考えてほしい。ユーフェミアにだって憧れの結婚式というものがあるかもしれない。エルローズのドレスをオーダーするならある程度の時間だって必要だ。
服装における意見の相違はあるが、アヤトとエルローズは友人なのでアヤトの花嫁がエルローズのドレスを着ていないなんて事になったらめちゃくちゃ怒ると思う。
「そうだなー、実家の力全開にして無茶を通せば一ヶ月以内に何とか…?あ、でもローズの花嫁のドレスが間に合わないかも…そこら辺もデザインだけ起こしてもらって監修して貰えれば何とかいけるかな…??」
アヤトの中で最短でユーフェミアとの結婚式までのシミュレーションが為された。結果、一ヶ月で何とかいけるようなのだが、いくら何でもそんな急ではユーフェミアの準備が間に合わないと思われる。それにユーフェミアの方の気持ちはどうなのだろう。
「師匠、ちゃんとユーフェさんと相談して決めてくださいよ。勝手に決めちゃダメですからね」
「大丈夫、ちゃんとユーフェの許可は取ってあるから」
どこの場所で、どのタイミングで、何てことはセレスには言えないが、一応ちゃんと許可は取ってある。不本意ながら一度は逃げられてしまっているので、もう逃がすつもりはない。
花街の上役のおじさん達にもきちんと挨拶に行って、一族の方にも通達を出そう。
10年前のことを調べつつ、同時進行で結婚の準備もしていかなくてはいけないので、しばらくの間、アヤトの激務は続きそうだった。