始まりの月の巫女と王①
読んでいただいてありがとうございます。遅くなりましたが、過去編をまとめて投稿いたします。
それはまだ、神々と地上の人々の距離が近かった頃の話だった。
「死にたかったのですか?」
ありとあらゆる病に効くと言われる雪月花の花を求めて雪山に突入して意識を失ったはずだったのだが、目を開けるとこの世の者とも思えない美しい女性と目が合った。
「……君は女神…?あぁ、だとしたら俺は死んだのか?君が迎えに来てくれたのか…地獄に行く前の最後のご褒美かな…?」
うっとりとした口調でそう言った青年を女性は思いっきり叩いた。
「いっ!痛い」
「あら、よかったですわね。貴方様が生きている証拠ですわ。わたくしが守護するこの場所でそう簡単に死んで下さいますな。穢れは歪みを生み、それはやがて運命さえも変えてしまうのですよ。ただでさえ最近は戦争ばかりで世界全体が歪んでしまっているのに。人がせっせと浄化して歪みを正しているというのに、聖地を穢されたら非常に面倒ではないですか、主にわたくしが」
助けたのは自分の都合だときっぱり言い切った女性はいっそうかっこよかった。
「あー、それはすまなかった。死ぬつもりは無かったんだが」
「真冬の雪山に突入したらほとんどの生物は死に絶えますね。まして今夜は吹雪です。どうがんばっても明日の朝には氷の像が出来上がっていたでしょう」
この状況で氷の像になっていたら間違いなく死んでいただろう。死んだら終わりだ。この国も、自分をかばって毒を受けた友人も。
そう思った瞬間に自分がなぜこの山に来たのかを思い出し、がばっと起き上がった。
「そうだ!!ディオンの毒!」
「…落ち着いて下さいませ。そのディオン様とやらが毒で死ぬ前に貴方様が亡くなりますわ。先に意識を取り戻した従者の方にだいたいの事情をお伺いしました。宿にいたディオン様は今この神殿にお連れして治療を受けていただいています。幸い、ここにある薬で何とかなる毒でしたので、命を亡くされることはありません」
女性の言葉に青年はほっとした顔をした。友人のディオンが彼をかばって毒矢を受けたのだが、その毒は隣国でも珍しい毒で解毒剤がすぐに手に入らないと言って医者たちはさじを投げたのだ。幸い、今いるこの地には全ての病を治すと言われている雪月花の花がある。あらゆる病を治せるのなら毒にだって効くはずだ、そう思って雪月花の花を取りに月の女神の聖地とされる雪山に入り込んだのだ。
「無謀すぎです。貴方様のお考え通り、雪月花の花はこの世にある全ての毒の解毒剤にもなり得ます。ですがそもそも雪月花の花が咲くのは満月の晩のみです。今宵はまだ満月ではありませんから完全なる無駄足ですし、雪月花の花を見つけることができるのは月の巫女のみ。そう女神セレーネ様がお決めになりました」
「…なら俺のやったことは?」
「……無謀で無駄なことです。…ですが、そのおかげで貴方様はわたくしの元にいらっしゃいました。ディオン様も救うことが出来ます。雪月花の花を求めることは無駄なことでしたが、目的が果たせたのは貴方様が行動を起こしたからです」
雪月花の花のことをよく調べもせずに雪山に突入したことに対して青年は落ち込んだが、女性にそう言われてすぐに復活をした。
「うん、そうだな。結果的には良かったってことだ。改めて、俺たちを救ってくれてありがとう。俺はアレクサンドロス、君は?」
「…アレクサンドロス様、ですか。今話題のこの国の新しい王様と同じお名前ですね…」
「あ、俺、本人だから。嘘じゃないよ。命の恩人にそんな嘘はつかない」
「出来ればそこはわたくしの平穏の為にも嘘をついていただきたかったですわ。どうしてよりにもよって雪山に突っ込んだ方がこの国の王様なんですか。世間知らずのわたくしでも貴方様に今何事かあればこの国が混乱することは分かります。それにもし聖地で貴方様が亡くなっていたら、国の要の血で穢された聖地を浄化するのに時間と手間がかかって仕方ありませんでした」
あくまで女性は自分の手間暇についてめんどくさがっている。それはアレクサンドロスにとって初めての経験だった。王位に就く前は王太子として周りは全てその地位目当ての女性ばかりだったし、王位に就く為に結婚した相手はあくまで政略結婚だが、今まで国王だと知ってなおこんな態度を取る相手は初めてだった。
「えーっと、それは本当に申し訳なかった。反省して次回から気をつけます」
「本当にそうして下さい。他のどこか別の地で貴方様が亡くなっても問題はありませんが、ここではダメです。ここは月の女神セレーネ様の聖地ですから。わたくしは月の神殿の巫女、エレノアと申します。女神セレーネ様の娘でもあります」
ようやく名前を教えてくれた女性は同時に月の女神の娘だと名乗った。アレクサンドロスの方こそ「嘘だろ?」と言いたくなったがエレノアの持つ神秘的な銀の髪と深い青の瞳がその言葉を真実だと教えてくれている。それと同時に太陽神の巫女であった母の血が、月の女神の娘に会えて喜んでいる。
神話の時代、太陽神は月の女神に恋い焦がれ、幾度となく求愛をしていたのだという。
歓喜に震える血に気が付いたのか、エレノアがじーっとアレクサンドロスの方を見つめた。
「失礼ですが、お身内の方に太陽神に縁のある方がいらっしゃいますか?」
「母が太陽神の巫女だった。エレノア、月の女神の娘。貴女に会えて嬉しいよ」
心の底からにっこり微笑んだアレクサンドロスと正反対にエレノアはあからさまにがっくりとした。
「……お母様、申し訳ありません。あれほど関わるなと言われた太陽神に縁ある方にエレノアは関わってしまいました。がんばって縁切りをしたいと思います」
「ちょっと待ってくれ!せっかく会えたのにすぐに縁を切るとか言わないでくれ!!」
焦るアレクサンドロスを見てエレノアはさらにがっくりと落ち込んでいった。