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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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王と王太后①

読んでいただいてありがとうございます。

「母上、聞きたいことがあります」


 隠居して離宮でのんびり暮らしている母の元を突然訪れた息子は、何の前触れもなくそう切り出した。


「あらあら、急ぎかしら?」

「ええ、あ、これお土産です。少し前、セレスと旅行に行ったので」

「…まだ、お嫁さんに出す気はないわよ?」

「俺より条件の良い男はいませんよ」


 自分が礼儀作法をみっちり仕込み、どこに出しても恥ずかしくない立派な淑女に育てた養い子とも言うべき娘の名前をさらっと出されたので、王太后は息子に釘を刺すことを忘れなかった。だが、息子も息子で引く気はないようだ。


「…仕方ないわね。でもあの子の意思を無視してはいけないわよ。あの子は『ウィンダリアの雪月花』ですもの」

「そのことで聞きたいことがあります。母上、正直に答えて下さい。昔、宝探しに使った『銀』と書かれた紙、どこで手に入れられたんですか?」


 アヤトの記憶が戻ると同時にジークフリードもあの時の記憶を思い出した。今があの女性の言っていた必要な時というやつらしい。アヤトから手紙をもらい、母にあの時のことを聞くために急遽、離宮を訪れたのだ。


「…あの紙は預かり物なの。先代の『ウィンダリアの雪月花』からの」

「先代、というと曾お爺さんが夢中になっていたという?」


 ウィンダリア侯爵家に生まれる雪月花。セレスティーナの前はジークフリードの曾祖父が捕まったという女性のはずだ。彼女も若くして亡くなっているので、今生きている人の中で直接会ったことのある人はもういないはずだ


「違うわ。あの方とセレスの間にもう1人いたの。彼女はわずか10歳で亡くなってしまったけれど。わたくしや貴方のお父様の幼なじみで、この離宮で育てられたウィンダリア侯爵家の知らない雪月花がいたの」

「……初耳です」

「当たり前よ。早世したということもあったけれど、彼女のことは極一部の人間だけが知っていた秘密だったもの。王家がウィンダリア侯爵家から隠し通した特殊な雪月花だったのよ」


 そっと目を伏せた王太后の脳裏にかつて一緒に育てられた幼い少女の姿が浮かんだ。顔立ちこそセレスとは似ていないけれど、同じ雪月花だけあってその瞳や髪の色はそっくりだった。


「彼女、アリスはウィンダリア侯爵家の中でも末端の末端、ウィンダリアの名さえ持たず、本家と距離を置いて王宮に文官として勤めていた方とここで隠居なさっていた当時の王太后様の侍女をしていた女性との間に生まれた子だったわ。侍女の方は男爵家の娘だったけれど、離宮勤めをしている頃にはもう身内もいなくて…でも王太后様に可愛がられていた方だったらしいわ。文官の方は生まれつき身体が弱い方だったらしくて、残念ながらアリスがお腹に宿った頃に急な病で亡くなったの。2人は秘密裏に付き合っていたから誰もその事を知らなくて、恋人が亡くなった精神的なショックで倒れた時に子供を身ごもっていることに気付いたそうよ」


 その辺りは当時の王太后に詳しく聞いていた。生まれた時より王の婚約者として、将来の王妃として育てられていたので王妃が知るべき秘密として教えられたのだ。


「身内もおらず恋人も亡くなっていた彼女にこの離宮で子供を産んで育てるように言ったのは当時の王太后様で、恋人の両親にも会ったことがなかった侍女はその申し出に感謝をしてここで産むことにしたそうよ。お腹に宿っている子が『ウィンダリアの雪月花』だなんて誰も思っていなくて、少し年配者の多かったこの離宮が赤ん坊の声で明るくなれば、という思いだったそうよ。ただ、侍女の方も少し身体が弱かった上に恋人の死でさらに弱って、アリスが生まれると同時にその命を亡くされたそうよ」


 母の命と引き換えに生まれた子供は両親の身体の弱さを受け継いだように弱々しく、その泣き声は儚く無事に育つのかどうかさえも怪しかった。そのせいか、赤ん坊の内は必ず誰かが一緒の部屋で寝ては夜中に生存確認をしていたそうだ。それは王太后も例外ではなく、むしろ率先してアリスの面倒を見ていたのが王太后だった。

 母の命と引き換えに生まれた少女が次第にはっきり目を開けるようになって、離宮の者たちは初めてアリスが銀の髪に深い青の瞳という『ウィンダリアの雪月花』の特徴を持っていることに気が付いた。


「王太后様が調べた結果、父親がウィンダリア侯爵家の分家のまた分家の、遠すぎるけれど細々としたウィンダリア家の血脈の持ち主であったことが分かったの。王太后様は彼女の存在を離宮の人間以外、誰も知らなかったことをいいことに秘密裏にアリスを育てることにして、表向きは孤児を引き取ったことにしたそうよ。わたくしや貴方のお父様とはこの離宮で会っていたのだけれど、アリスはどこか浮世離れした感じの優しい娘だったわ。でも『ウィンダリアの雪月花』としてアリスは強い予知能力を持っていたの」


 アリスの言葉はいつも唐突で、言われた時ではあまり意味のわからないことばかりだった。

 なにせ、勉強しているような時にいきなり「町中があの子の初デートなの?」とか彼の顔をじっと見ながら「彼は似てないの。姉様の相手に似てる」とか言われても意味が分からない。

 けれど、いざその時が来た時にはアリスの言葉の意味がよく理解出来た。アリスはいつだって未来をその目に視ていたのだ。弱く儚い外見と語られる予言の言葉の数々。未来を視るアリスは自分の命の刻限というものもきっと知っていた。


「ある日、アリスがわたくしにその紙を渡して言ったの。これは選別の紙よ、って。アリスの次に生まれてくる『ウィンダリアの雪月花』は正真正銘、最後の娘。ウィンダリア家の血脈に縛られた雪月花の運命を切って捨てることが出来る娘だそうよ。『ウィンダリアの雪月花』が生まれてくるのは次で最後。彼女がウィンダリア家から逃れられるかどうかで次の月の女神の娘が生まれるかどうか決まると言っていたわ。次の月の女神の娘が生まれてきたとしてもそれは全く『ウィンダリアの雪月花』とは違う形で生まれてくるのですって」


 遠い昔、最初の月の巫女がウィンダリア侯爵家の血に繋がれた。

 代々の雪月花たちは本来なら同じ一族に何度も生まれない定めだったのに、ウィンダリア家の血に月の巫女の血が繋がれてしまったがゆえにその定めが歪み、ずっとウィンダリア家にのみ生まれてきてしまった。その代償が雪月花たちの寿命だ。雪月花たちがどれほど静かに穏やかに生きようとも若くして亡くなるのは歪みの代償としてその寿命が極端に短い為だ。

 雪月花たちの記憶の一部は受け継がれ、代々の雪月花たちはこの血から逃れる為に少しずつ歪みを正していったのだ。そして生まれた最後の『ウィンダリアの雪月花』は、ウィンダリア侯爵家の本家の血を引きながら今までの雪月花たちの記憶を持たない解放された娘。アリスが視た未来でようやく自由を取り戻した本来の月の女神の愛娘の姿。


「あの銀の紙を持つ資格は、ウィンダリア侯爵家の血を引いていないこと、よ。ウィンダリア家だって古い血筋ですし、いくら閉鎖的だったとはいえ多少なりとも他家との婚姻による血のつながりはあるわ。でもアリスは、ウィンダリア家の血を引いていないことが条件になる、そう言っていたわ。あの日、あの場所に子供たちを集めることがアリスとした約束だったの。…わたくしもひどい母親よね。あの場所に来ていた子供たちの中から月の女神の祝福を授かる者が出てくる、そう分かっていたのにフィルバートには黙っていたの」

「…仕方がないのでは??あの時、兄さんはもう子供じゃありませんでした」

「そうね。でもあの紙を渡せばきっと祝福を受けられた。でもわたくしはそれをしなかった」


 アリスならきっと許してくれたと思うのに、それは出来なかった。限られた枚数の選別の紙を息子に使うことはどうしても出来なかった。これ以上、雪月花の定めを歪めれば今度は王国そのもの運命さえも変えてしまうかもしれない、そう思うと王妃として息子の命を最優先にすることは出来なかった。雪月花たちが自らの命と引き換えに受けてくれていた歪みを王家がまた歪ませるわけにはいかなかった。その結果、上の息子が亡くなってしまったが、後悔はしていない。


「母上、そのアリス嬢ですが…いえ、王家と『ウィンダリアの雪月花』、そしてウィンダリア侯爵家、どうも母上のお話を聞いていると伝説とは多少違うように思えるのですが…」


 どうも母の話を聞いていると、ウィンダリア侯爵家が歪みとやらの元凶に思えて仕方ない。伝説では『ウィンダリアの雪月花』と当時のウィンダリア侯爵は愛し合っていて、横恋慕したのが国王のはずだ。


「伝説はあくまで伝説よ。誰かに都合の良いように作られた物語にすぎないの。わたくしがアリスから聞いた話は全く違うわ。アリスは次の雪月花であるセレスティーナが雪月花としての全ての記憶を持たずに生まれてくることを知っていたから、自分の持つ記憶をわたくしに色々と教えてくれたわ。日記も残してくれたから、後で貴方に渡すわ。ジークフリード、わたくしがアリスに聞いた話によれば、惹かれ合っていたのは国王と月の巫女。結果的に巫女を奪ってしまったのがウィンダリア侯爵よ」

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりかー…… 短命であることは「ウィステリアの雪月花」である事の歪みであって、 「王家の呪縛」と本質的には無関係って事ですね。 そもそもウィステリアが「雪月花」を王家に渡したくないからこ…
[一言] 更新 ありがとう御座います(*- -)(*_ _)ペコリ 「宝探しに使った『銀』と書かれた紙」の内が想像以上で ウィンダリア侯爵家の方が悪人系だった。 歪みで雪月花さん達皆不憫。 それで…
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