10年前の出来事~アヤトとセレス②~
少し長めになりました。今、思い描いてる感じなのですが…未熟な文章で申し訳ないです。矛盾が生じているかもしれませんが、今の精一杯です。
少々話が違う方に行ってしまったので、まだ10年前の出来事が全くしゃべれていない。
「えーっと話を戻すけど、リリーベル・ソレイユは生徒会の面々が自分の思い通りにならないと見ると、まずは下位の貴族から落とし始めたんだ。最初は、男爵や子爵家の者。次ぎに伯爵家、侯爵家、と次々により高位の貴族へと乗り換えて行ったんだよ。その為、女性陣からはすごく嫌われていたね。まぁ、当然と言えば当然なんだけど、リリーベルに落ちた貴族の中には彼女たちの婚約者だっていたんだ。たしか卒業式の前までには半分くらいは婚約解消してたかな?おかげであの世代の男性陣の未婚率はものすごく高くて、おまけにリリーベル絡みで婚約解消に至った男は信用なしっていう評判が立っちゃったからご令嬢方の見る目が厳しかったことに加えて親世代が許さなくてねー、信用を失うということは領地の運営や商売にも影響を与えるから貴族たちの見る目はさらに厳しいものになったんだよ」
リリーベルは魅了の香水を身に纏い、落としたい男に甘く都合の良い言葉だけをささやいていた。
それは様々な場所で見られた光景だった。学園内であったり公園であったり、時には誰かの家の中であったり、多くの男性に微笑んで心地よい言葉だけを甘くささやくリリーベルは、彼らにしてみれば自分の味方であり最大の理解者であり守るべき女神とも言える存在になっていた。当然、他の女性たちはリリーベルに抗議をしたが、いつだってその場にいる男性たちが彼女の味方をしていたので、女性たちからはかなり嫌われていた。
「そんな中でリリーベルはリドの兄に出会ったんだ。セレスはリドのお兄さんについて聞いた?」
「少しだけ。幻覚としてジークさんの前に現れたらしくて、その時に」
「…リドのお兄さんは、あの日、たまたま視察で学園を訪れていたんだ。学園をとっくの昔に卒業して奥さんと子供もいる身だったから本来ならリリーベルと交わることはなかったはずだったんだけど、あの日、リドのお兄さん…フィルバート様は学園に来てリリーベルに出会ったんだ」
当時の王太子フィルバートは公務の一環として学園の視察に訪れていた。弟から聞いたおかしな少女にほんの少しだけ好奇心を持って、見られたらいいな、くらいの感じで来ていたらしい。
それが見られたらいいな、どころか出会ったその日から彼女に夢中になっていた。王宮に帰ってすぐにリリーベルに密かに護衛の影を付ける程度には。その影たちもすぐにリリーベルに夢中になったらしく、一時期、王側と王太子側の影たちの間には大きな溝が出来ていたほどだったと聞いている。当然、事が済んだ後にその影たちは処分されたが、今でも影たちの間ではその当時の出来事は悪い見本として語り継がれている。王家の影ともなればその手の精神に作用する薬など効かないように訓練されていたのだが、リリーベルの使用した薬は今までの薬と全く成分が違っていた為か、影たちさえも虜に出来ていたようだった。
「疑問なのですが、どうして師匠やジークさんにはリリーベルさんの薬は効かなかったんですか?」
それは話を聞いた時からずっと思っていた疑問だった。リリーベルが落とそうと思った人間には軒並み効いていたはずの薬がなぜか一部の人間には効いていない。
「……それねー、私もずっと疑問に思ってたんだけど……ユーフェと話をしていて思い出した…というか、多分、忘れるようにされていたんだと思うんだけど…」
それは、リリーベルが現れるずっと前、どころかまだ学園に通ってもいない幼い頃の出来事で、正直アヤトは忘れていた。けれど、ユーフェミアの方が覚えていた。アヤトは学園で初めてユーフェミアとは会ったと思っていたのだが、ユーフェミアはしゃべったりこそしなかったが、会ったのはもっと小さい頃だったと教えてくれた。
「昔、小さい頃、リドのお母様がリドにお友達を作ろうと思って子供たちを招いてお茶会を開いたことがあったんだよね。その時、リドの年齢に近い子供たちはほとんどの子が招待されてて、もちろん私もユーフェもパメラもいたんだ」
堅苦しい王宮ではなくて、ジークフリードの母、今の王太后の実家の庭で行われたそのお茶会にはほとんどの貴族の子供が招待されていた。爵位に関係なく貴族の子供なら招待されていたそのお茶会の参加者は子供とその保護者が来ていたので人数は多かったが、四大公爵家の一つが所有するその屋敷は広大な庭を持ち、狭さというものなど一切感じなかった。
「リドのお母様は子供たちが退屈しなくてお友達が出来るようにちょっとした宝探しを企画してくれていたんだ。ルールは簡単、色の書かれた紙が庭の中に隠してあるから、それを探してきて紙に書かれた色によってお菓子をくれる、というすごく単純な宝探しだったよ。……庭は広いけれど迷子にならないようにあちらこちらに侍女や警備の者たちがいたのに、気が付いたら私たちは小さな神殿の前にいた。全員、手に『銀』と書かれた紙を持ってね」
そこから先は不思議体験とも言うべきものだった。思い出したからそう言えるが、つい先日までは思い出しもしなかった出来事だ。
「そこにいたのは、銀色の髪と深い青の瞳を持つ女性。恐らくは『ウィンダリアの雪月花』と呼ばれた過去の方のお一人、多分、あの口ぶりからすると最初の方だと思うんだけど…」
姿形、振る舞いまでも美しい女性だったが、その青い瞳で見られると、全てを見透かされているような感覚を覚えた。それに彼女に捕らえられてしまうような感じがして幼心に怖かった。
「ふふ、怖がることはありませんよ、子供達。わたくしは貴方達を傷つける者ではありません。強いて言えば…そうですね、過去の残滓のような存在。女神様からの贈り物を運ぶ者とでも思って下さい」
そう言われても怖いものは怖い。ここには数人の子供達がいたのだが、どことなく不安そうな顔をしていた。だがその場の空気を読む気もないであろう圧倒的な美貌を持つ綺麗なお姉さんは、マイペースに子供たちの前に来るとすっと手を差し伸べた。
「さぁ、子供達。貴方達の持って来た紙を見せて下さい」
にっこり笑った笑顔でさえどことなく恐怖感を与えてくれたのだが、その言葉に真っ先に反応して女性に紙を見せたのはジークフリードだった。
「貴方、あの方の血を継ぐ者ですね。ふふ、面白いこと。長い月日が経っているというのに貴方はそっくりです。…これは全てわたくし達の出会いから始まっています。ならば、わたくし達の『最後の娘』に貴方が関わるのは当然のことかもしれませんね。……全員の紙を確認いたしました。正真正銘これは『先の娘』の残した物です。資格ありの印ですね。貴方方にはこれを差し上げましょう」
そう言ってそのお姉さんは子供達1人1人に銀色の飴をくれた。それも手にした飴を1人ずつ「あーんして」と言いながら若干青ざめた顔色をしていた子供達の口の中に次々に放り込んでいったのだ。
「これは、月の女神様からの贈り物です。この飴には貴方方が異常な状態に陥るのを避ける効果があります。期間は…そうですね、ざっと20年ほどは持つかと思います。もしまた必要な時が来たのならば女神様がわたくし達の誰かを寄こしてくれるでしょう。いえ、20年後だともう『最後の娘』が作れるはずです」
なんでもないことのようにさらっと言われたが、そんな効果のある飴など聞いたことがない
「警戒することはありませんよ、ティターニアの子。貴方方には『中の娘』を助けてもらった恩もありますもの。あの娘以降、わたくしたちの扱いも格段に変わりました。感謝しているのです。だからこそ、女神様もあの地を薬草で満たすことをお許し下さった。月の女神様は不甲斐ない娘であるわたくし達を見捨てずに見守って下さっています。最初であるわたくしは最後であるあの娘と直接、言葉を交わして助けてあげられることはないでしょうが、こうして協力者たちを助けることは出来るのです…」
正直、この場にいる誰もがお姉さんの言っている言葉の意味が全く理解出来ていない。そもそも『最後の娘』とかって誰だ、という話だし、最初って何の最初なのか分からない。
唯一理解できるのが、この銀の飴が月の女神からの贈り物だということくらいだ。
「…大人になって、ひどいと思うかも知れないけれど、わたくし達にとって大切なのは『最後の娘』。あの一族から解放される最後の機会なのです。どうか、恨むのならわたくしを恨んで下さい。『ウィンダリアの雪月花』と呼ばれたわたくしを」
すっとリドの頬を撫でると、お姉さんは立ち上がった。
「…直接的にせよ間接的にせよ、今ここにいる方々はわたくし達の大切な『最後の娘』に関わることがあるでしょう…今日のことはお忘れなさい。いえ、覚えておかなければいけない子もいるのね。でもそれ以外の子たちにとっては、今は不要な記憶です。いつか必要な時に思い出すでしょう。もう会うこともないでしょうが、貴方方の幸せを祈っているわ。そして、どうか、いつか出会う最後の『ウィンダリアの雪月花』のことをよろしくね」
綺麗な微笑みを見せてくれたお姉さんは今、目の前にいる少女によく似ていた。きっともう少し大人になったらあんな感じになるのだろう。
「…彼女が本当に初代の『ウィンダリアの雪月花』でセレスのご先祖に当たる方かどうかは分からないけれど、あの時もらった銀色の飴くらいしか思いつかない。…雪月花という花についてはどこまで知ってる?」
「一応、私がらみの花ですから一通りは調べました。基本的に真冬の雪山に満月の夜、たった一夜だけ咲く青い花。その花は万病に効く薬と言われているけれど、普通の人間では触ることすら出来ない。触ることが出来るのは月の女神の愛娘だけ」
「そう、雪月花が咲く雪山はウィンダリア侯爵家の領地の中でももっとも奥まった場所にある険しい山脈の一部。そこは月の女神の聖地とされている場所で、たとえ国王といえど女神の許可が無い者は一切入ることが出来ない場所。万年、雪と氷に閉ざされた山だけれど、たった1人、『ウィンダリアの雪月花』だけがその山に入っても何の支障もなく、願った薬草を採ってくることが出来る。雪山全体が女神から愛娘への贈り物で、その中でも雪月花は最大の贈り物と言われてるね。その花は青、その実や花粉は銀。歴代の『ウィンダリアの雪月花』が必ず髪と瞳に持つ色合いは、聖地に入ることが出来る鍵の印だとも言われているんだ」
その存在自体に謎が多い『ウィンダリアの雪月花』。歴代の雪月花たちが何を考えて、どう思っていたのか、ティターニア公爵家の者として生まれたアヤトは、家の書庫の中に隠されていた日記を読んで少しだけ知っていた。それはほんの数年、領地に滞在した当時の雪月花が残した日記から知ってしまったもので、その伝説とは全く違う内容は、リヒトにも知らせていないアヤトだけが知る秘密だ。
彼女の日記には、最初の月の巫女と国王、そしてウィンダリア侯爵との出会いや確執などが書かれていた。そして日記の最後には彼女の思いが書かれていたのだ。
『せめて最後の愛娘だけは解放してあげたい。私たちはその為に少しでも手助けを…』
私たちとは、歴代の雪月花。そして最後の愛娘は…恐らく今現在、目の前にいる雪月花のことだろう。
『ウィンダリアの雪月花』たちにとって、リリーベルが起こした事件さえも最後の愛娘を解放する為の一つの要因に過ぎなかったのだろう。だからこそ必要な人物には引っかからないように予め耐性を付けさせた。
こう考えると歴代の『ウィンダリアの雪月花』たちの儚いイメージががらがらと音を立てて崩れ落ちていき、策略家軍団じゃん、とさえ思えてくる。各々がその短い命の間に、やれることをやった、そんな感じだ。
「…雪月花の実のおかげか、私やリドたちはリリーベルに落ちなかったんだけど、大勢の男性が落ちてくれたおかげで、一時期、学園内はリリーベル派が大部分を占めていたと言っても過言ではなかったよ」
『ウィンダリアの雪月花』たちが守りたかったのはセレスティーナだけだ。その為にアヤトやジークフリードは守られた。日記を読むと、歴代の『ウィンダリアの雪月花』たちはある程度の記憶の共有のようなものがあったようだ。だから、誰かが見た未来視の記憶もその次の世代へと引き継がれていた。
だが、セレスティーナにはその記憶が全くない。まるで『ウィンダリアの雪月花』であることを忘れようとしているかのように今までの雪月花達が持っていた能力そのものが失われている気がする。
代わりにあるのは、ウィンダリア侯爵家との希薄なまでの関係性と侯爵家に頼らずに生きていけるだけの能力だ。
「何にせよ、リリーベル・ソレイユは禁止薬物である魅了の薬を使い、王国に混乱をもたらした罪で裁かれたんだ…。とは言え、本人は裁かれる前に死んでしまったけどね。その時にリドのお兄さんも亡くなった。最後はリドがその手で彼らを送ったんだよ…」
今でも思い出す。
リリーベルの信者の1人の屋敷にジークフリードとエルローズが連れて行かれたと知って急いで騎士団と共に突入した時、部屋の中でジークフリードはその手に血塗れの剣を持って立っていた。その傍らでエルローズがこわばった顔をしていたが、決して目をそらさずにしっかりとその光景を見ていた。彼らの前に血まみれで倒れていたのは、フィルバートとリリーベルだった。
リリーベル・ソレイユという少女が自分勝手な思いで起こした事件は最悪の形で幕を閉じた。魅了の薬で洗脳された人物を誰1人として救うことが出来ず、彼らはリリーベルと共に逝った。僅かに生き残った者たちはすでに正気を保っておらず、家族によって幽閉され、ここ何年かで亡くなったらしい。
「…そのリリーベルさんがどうしてそんな事を起こそうと思ったのかは分かりませんが、魅了の薬が使われて、師匠たちは月の女神様に助けられた。そして、ジークさんがその手でお兄さんを殺めた、ということですね」
「あっさり言うとそんな感じ。ジークフリードが怖い?」
「どうしてですか?申し訳ないのですが…私にとって大切なのは今のジークさんや師匠たちです。生きていてくれて良かった、という思いだけです。その…薄情かと思われるかもしれませんが、当時を経験していない私には生きていてくれたからこそ出会えた師匠たちの方が大切なんです」
「…そうだね。話や事件を伝えることは出来るけど、経験はさせてあげられないから。生きているから出会えた、か。その通りだよ」
色々な思惑が入り交じっていたかもしれないが、こうしてセレスを弟子にしたことも、ユーフェミアといちゃつけたのも生きているからこそ、だ。月の女神や『ウィンダリアの雪月花』たちの願った『最後の娘』の解放とやらがどういう状況なのか分からないが、少なくともセレスティーナは今を自由に生きている。それにアヤトにとって大切な存在は今も生きている。あの時、最初の『ウィンダリアの雪月花』が恨むなら自分を、と言っていたが、アヤトにはそんな気持ちは一切出なかった。