紅薔薇様と一緒③
読んでいただいてありがとうございます。どうもこじれる…もっと早くに決着を付けるつもりでした。よければお付き合い下さい。
「国王陛下、ストラウジ子爵、マリウス・ストラウジ、ただいま戻りました」
エルローズと再会してからしばらく経った頃、ようやくこの国の王に謁見を許されたマリウスは、珍しい土産の数々と共に王宮に来ていた。と言っても堅苦しい場ではなくて、最初から国王であるジークフリードの私室に通されていた。
「お帰り、マリウス。しばらく俺が出かけていたから会うのが遅くなって悪かったな」
ちょっとした小旅行に行って温泉に入ってきたという国王陛下は心なしか最後に会った時より若返っている気がする。
「温泉に行ってたんだって?」
「ああ、王都内に温泉が無いのは本当に残念だよ。あったら王宮の風呂を温泉にするんだがな」
私室では基本的に王と臣下としてではなく、友人として振る舞うこと。ジークフリードにそう言われているので、マリウスの口調も普段通りのものだ。特にかしこまってなどはいない。
「たまに行くから有難みが分かるんだろ。ま、何にせよリドの調子も良さそうで良かったよ」
国王・ジークフリードはマリウスの友人であり同時に唯一の忠誠を誓った王だ。ストラウジ一族は、商売人として頭を下げるべき場所ではきちんと下げるが、心から誰かに忠誠を誓うような一族ではなかった。けれど、当時、次代の一族の長と目されていたマリウスがジークフリードを主として忠誠を誓った。そんなことは長いストラウジ一族の中でも初めてのことだったので一族はざわついたが、最終的には「たまにはそんなこともいいだろう」と言ってジークフリード支持に回った。おかげで中立だった商人達やストラウジ一族と繋がりのある貴族達もジークフリードの支持に回ったのだ。マリウスがジークフリードを主と定めている限り、ジークフリード王には従う。そうで無くなった場合は、それぞれの商人魂に従って生きる。それがストラウジ一族の出した結論だった。
「ところで、俺、ローズに会ったんだけど」
「聞いている。あのヘタレがまたやらかしたそうだな。あれほど念を押したというのに」
出かける前、リヒトには必ず開演から行けと言っておいたのに、あのヘタレは仕事にかこつけてほとんど終幕に近い時間に行ったと報告があった。その間にエルローズはマリウス・ストラウジと再会を果たしたというわけだった。
「なあ、正直、俺がローズと結婚するのは反対か?」
本日の最大のお話はそれだ。他のことは定期的に送っている報告書に書いているし、緊急のことなら来た瞬間から話している。マリウスもエルローズも貴族だ。その婚姻には国王の許可が必要になる。ジークフリードは別に貴族たちの婚姻に関して口は出さないので、よほどのことが無い限り本人たちの意思を確認した上で婚姻の許可を出している。
「…友人として言わせてもらえば、リヒトとエルローズの馬鹿みたいなこじれっぷりをずっと見てきている以上、さっさとくっつけと思っている。そこに変なちょっかいを出すのはやめてほしいところだな。だが、国王として判断するのなら、どちらでも良い」
「……へぇ、いいんだ」
「ああ。ローズがリヒトに嫁ぐのなら国内貴族の強化に繋がる。お前に嫁ぐのなら、ストラウジ一族がこの国を見捨てない為の楔になる。お前自身にも良い足枷だろう?」
大変良い笑顔で国王陛下はそうのたまった。相変わらずマリウスの主は容赦がない。誤魔化すことなく、エルローズがマリウスの枷になると言い切った。その通りなので、「チクショウ」と呟くくらいしか出来ない。
「今は、お前が俺に忠誠を誓ってくれているからストラウジ一族も味方でいてくれるが、次の王がストラウジ一族の忠誠を勝ち取れるかどうかは分からん。そうなると別の枷が必要だからな。エルローズならちょうどいい」
鬼畜な王は鬼畜な発言をどんどんしてくれる。ってゆーか、次代の王に今のところ一族の者が誰1人として傅く気が無いのはちゃんと分かってくれてるんだ。その上で、エルローズを足枷にしようとか考えるなんてひどい。
「アイツがお前達一族の誰か1人からでも忠誠を勝ち取っていたら別にこんな手は考えないが、そうじゃない以上、別の手段が必要になる。エルローズとお前が結婚すれば最愛の妻というわけだな。妻が祖国を愛している以上、お前はこの国を守る為に動く。それにお前と結婚してもエルローズは好きなことをして幸せに暮らせるだろうしな。むしろ変わった布とか簡単に仕入れそうだ。リヒトよりもきちんと言葉にして言うお前の方が気持ちを伝えるのが上手いから、その内、ローズの心の中にだってお前に友情じゃない愛情の1つや2つくらい湧いて出てくるさ」
今現在、エルローズが抱くマリウスへの気持ちは友情以外にないことをちゃんとご存じでもある。
「あー、じゃあ、俺とローズが婚姻の許可を取りに来たら?」
「ローズが納得しているのなら許可は出す。その後、リヒトが使いものにならなければアヤトを使う」
「アヤト?一筋縄じゃいかなさそうだけど」
「アヤトは貴族籍のままだ。ついでにアヤトの恋人の貴族籍もそのままにしてある。貴族同士の場合、婚姻の許可を出すのは誰だ?」
「…国王陛下ですね。アヤトの恋人って彼女だろう?ユーフェミア・ソレイル。今現在、彼女を屋敷に連れ込んでるって噂は聞いてるよ。でも彼女って貴族籍からは抹消されてるはずだろ?」
ユーフェミア・ソレイル自身に罪はないが、ソレイル子爵家そのものが罪に問われて子爵家が抹消されているはずだ。そうなるとソレイル子爵家に属していたユーフェミアもすでに貴族ではない。
「彼女単体で貴族籍を残した。彼女が望めばソレイル子爵家を再興させることも出来るが、以前聞いた時には一蹴されたな。ソレイル子爵家はいらんそうだ。平民に嫁ぐのなら貴族籍はそのままこそっと抹消しようかと思っていたが、貴族に嫁ぐのなら必要だろう。ソレイル子爵家の名で都合が悪いのならどこかの家に養女に入ってから嫁げばいい。その時も最初から貴族籍が有るか無いかで手続きが複雑になるからな、ちょっとした俺からの謝罪の意味も込めて残してあるんだ。今回はそれが俺に有利に働いたにすぎない。というか、ユーフェミアのこと、噂、と言ったな。どこまで広がっているんだ?」
一応、アヤトはユーフェミアを薬師ギルドから直で監禁…じゃなくて、屋敷に連れて帰り、現在は溺愛して片時も離さないらしい。とはいえ、他人の口に上るほど堂々と連れ込んだわけでは無かったはずなのだが。
「ご安心を。まだ裏の連中にしか広まっていませんよ」
「裏の方に今の溺愛っぷりを流しておけ。それとユーフェミアにちょっかい出しそうな奴らは潰せ。アヤトにちょっかいをかけそうな奴らの方は、ユーフェミアとセレスティーナに危害が及ばん限りは放置でいい」
「承知いたしました。……ところで陛下、ユーフェミア・ソレイルはともかくセレスティーナ・ウィンダリアとのご関係は?」
もちろん国王の周辺の情報収集にも余念がないマリウスは、最近の陛下のお気に入りの少女のことは調べてあった。
セレスティーナ・ウィンダリア、ウィンダリア侯爵家の次女でジークフリードと一緒に旅をするくらいに親しい少女。なぜかよく分からないが、両親や一族からその存在を無視…というか無い者とされている。本人は一族そっちのけで薬師ギルドの長に弟子入りし、今現在は先代の残した『ガーデン』に住んでいて薬師として実家なんて放置して頼らずに生きているようだ。彼女の作る薬品は良品として重宝されているし、変わった効果を持つ薬を生み出しているらしい。
そして、髪の色は黒だが、その瞳は深い青色なのだと聞いている。
「関係と言われれば、そうだな、今はまだ保護者の1人とか知り合いの信頼できるお兄さんくらいの関係だな。少しずつ詰めていく予定だ」
「……そういう趣味を持っていたっけ?」
「他はいらん。セレスだけだ」
「彼女は…深い青の瞳の持ち主だと聞いている」
「髪は染めている。銀だ」
「……『ウィンダリアの雪月花』?」
「王命だ。マリウス・ストラウジ。セレスティーナ・ウィンダリアを守れ。そしてもしこの国に何か起こった時には迷わずエルローズとセレスティーナを連れて国外に逃げろ」
エルローズが生まれた家は何度も王家の血が混じっている。彼女自身も低いが王位継承権は持っているのだ。万が一、この国の王族や他の継承権を持つ者たちが根こそぎ滅びてもエルローズが無事であれば王位は彼女、そして彼女の産む子供に引き継がれる。
セレスティーナを一緒に逃がす理由は月の女神の怒りを買わない為だ。ごたごたの中でもしセレスティーナに下手な危害が加われば女神の怒りによる罰はこの国全土を襲う。過去の『ウィンダリアの雪月花』たちの時にも何度か女神の怒りによる罰が国を襲ったが、ありとあらゆる薬草が一定期間全く生えなくなったり、植物に異常が出て飢饉が起きたりと女神の罰はその都度違う。期間も罰の内容も様々にあるそれを避ける為にもセレスティーナは無事でなければならないのだ。
マリウスは独自に他国とのルートをいくつも持っているから、いざとなればどこか別の国に2人を逃がすくらいは出来るはずだ。
「王命、しかと承りました。陛下の御代が安定しているとは言え、いざという時には命に代えましても陛下の命を果たします」
マリウスはジークフリードに向かってしっかりと頭を下げた。それから頭を上げてジークフリードににっこりと笑いかけた。
「そうならないのが一番だけどな。最終手段は引き受けたけど、答えは貰ってない。セレスティーナ・ウィンダリアはリドの何?」
「最愛だ」
迷うことなくこちらもにっこり笑ってジークフリードは宣言した。