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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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紅薔薇様と一緒②

読んでいただいてありがとうございます。

 先に我に返ったのはエルローズの方だった。


 がんばれ、わたくし。次にあった時にはいつもと違う言葉を用意してきちんと受け答えするんだって決めましたのに!!


 ジークフリードから予め、リヒトに布を持っていかせる、と聞いていたのでその日に向かって脳内で色々と対策はしてきたのだ。今までみたいに、ご機嫌よう、だけではなくてもっと違う言葉をかけるのだ、と。


「ご機嫌よう、リヒト様。良い夜ですわね、わたくし、ジークフリード様より今日は必ず観劇に行くようにとお手紙を頂いていたのですが…リヒト様がわたくしの本日の会うべき相手でございますか?」


 言えた。けっこう長文を言えた。


 内心でガッツポーズをしたエルローズと違い、リヒトの方は久しぶりに会えた生エルローズの姿に脳内の処理能力が追いつかず、エルローズの長文(当者比)に


 「あ、あぁ、ご機嫌ようロ…エルローズ嬢」


 とだけしか返せなかった。しかもヘタレなので、本人を目の前にしたら愛称である「ローズ」呼びも出来ていない。


「お座りになったらいかが?もうすぐ終幕とはいえせっかくいらしたんですもの。本日もお仕事でしたの?宰相閣下ともなればお忙しいとは存じますが、お身体は大切になさって下さいませ」


 先ほどの長文に加え、リヒトを気遣う言葉も言えた。


 今夜のわたくし、完璧ではなくて?


 ちょっとだけ自画自賛が入った。他の人からしてみれば、その程度の言葉なら心なくても言えるよね?という感じなのだが、いかんせんこの2人の場合はこれでもがんばっている方なのだ。もっとも、リヒトは固まっているだけなので、いつも通りと言えばいつも通りなのだが。


「ロ…エルローズ嬢は最初からご覧に?」

「えぇ、わたくし、じっくり拝見させていただきましたわ。恐れ多くも陛下よりお贈りいただいたチケットですもの。今日は来てよかったですわ」


 取り方によっては、「せっかく陛下からチケット貰ったのに、こんな終わり近くに来るなんて!」という感じの嫌みに聞こえるだろうが、リヒトの場合は内心で「しまった。せっかくローズと2人っきりで過ごせる時間だったのに!仕事を優先してしまった…」という後悔しかなく、エルローズも別に嫌みで言ったわけではなく内心では、「えぇ、無駄ではありませんでしたわ。こうして少しの時間ですが貴方に会えましたもの…!」という風に思っていた。

 両方がその心の内をちゃんと言葉に出していればここまでこじれることはなかったのだろうが、生憎となぜか2人揃って心の中の言葉は豊かなのに、それを片想いだと思っている相手に対して言葉に出すのが苦手という悪循環に陥っていた。


 そうこうしている内に劇は終了し、役者たちが客席に向かって礼をしているところだった。

 当然、2人とも劇の最後の方なんて見てもいなくて、ぐるぐると心の中で色んなことが巡りまくって思い切って何か言おうとしてもうまく言葉が出てこずに端から見れば「何やってんだか…」という状態になっていた。


「ロ…エルローズ嬢…」

「は、はい」


 リヒトが何かを決意してエルローズに言おうと思った時、扉が叩かれて「失礼」という言葉とともにマリウスが入ってきた。


「ローズ、お待たせ……って、もしかしなくても、リヒトか?」

「……マリウス・ストラウジ?生徒会で一緒だった?」

「おぉー、よく覚えていたな。そのマリウス・ストラウジであってるよ。久しぶりだな、元気そうで何よりだ。お前の話は砂漠の国でも良く聞いたよ。ちょっと知り合いになったあそこの国の王子様から、お前の国の宰相はエゲツなさ過ぎる、どうにかしてくれ、って言われる程度には有名だったな」


 はっはっはと笑うマリウスは、どこからどう見ても完璧な貴族の男性という感じだった。宰相として把握している限り、ストラウジ家は子爵家だが商売も領地も順調で領民たちからも慕われている領主だ。むしろこれ以上の爵位を打診されても毎回「いらん」と言って蹴っているのは、貴族として忙しくなったら好きな商売が出来ないから、というのが理由の生粋の商人魂を持つ一族だ。各国の王侯貴族を相手に商売をしているので各地の言葉はもちろん、その地の礼儀作法や風習にも詳しく、出来れば外交官枠で採用したかった人物だ。マリウスは、政治よりも商売の方に興味がある、と言ってリヒトの誘いを一蹴した過去を持っている。時々、ストラウジ一族の話は聞いていたので生存確認くらいは出来ていたが、帰ってきているとは知らなかった。


「ローズ、約束通り夕飯に行こう。ここから少し遠いが、知り合いがやっている店があるんだ。連絡をしておいたから用意して待ってくれているよ」

「え、えぇ、そうね。お約束しましたもの」


 何となく気まずい空気になったので、エルローズは差し伸べられたマリウスの手を取った。

 エルローズからは見えなかったが、その瞬間にマリウスがリヒトに向かってにやりと笑った。


「悪いな、リヒト。ローズの待ち人がちっとも来ないっていうからさ。来ないなら来ないで俺が名乗り出てもいいってことだよな。リドに、その内挨拶に行くって伝えておいてくれ」

「挨拶、だと?」

「そう、挨拶、だ」


 それがどういった類いの挨拶になるかはその時次第だ。場合によってはエルローズと2人で挨拶をすることになるかもしれない。


「…ふざけるな」

「至って本気だ」


 言葉に乗せなかった内容をしっかり読み取ったリヒトが昏い瞳でマリウスを睨み付けた。

 言葉の端々から色々なことを嫌でも読み取ってくれる宰相閣下は大変有能だと思うので、こういう時にはその能力が役に立つ。何と言ってもエルローズの前で堂々と恋敵に宣戦布告をすることが出来るのだから。

あれ?こじれた……

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