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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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過去と無かったこと②

読んでいただいてありがとうございます。一応大人の2人の話はここまでです。

 ユーフェミアにとって目の前の人物は昔、憧れた人だった。

 初めて見た時にはすでに女装していたしそれがとても良く似合っていた。学園内でも変わり者と評判だったが、成績は常に学年1位で”薬のティターニア””策謀のティターニア”の名にふさわしい知識と能力を併せ持つ有名人だった。

 アヤトは覚えていないだろうが、たまたま裏庭でアヤトの髪を結んでいたリボンがほどけて飛んできたのを拾ったのが自分だった。その時にほんの一言二言、言葉を交わしただけだったが、指先まで美しい所作に驚き、男の方なのにそんな風には全然見えない女性らしい所作に純粋にすごいと感じて気が付けばいつの間にかアヤトのことを目で追っていた。正直、それまでは噂で聞くだけで特に興味のない相手だったのだが、ずっと毎日飽きずに隠れてアヤトを見ている自分がいた。見続けていたある日、アヤトを含めた生徒会の面々に当たり前のように接しようとしていた義妹が現れた。

 学園に入る前、義妹と義母が屋敷にやって来た後、色々とあって曾祖父の屋敷に逃げ出していたのでハッキリ言って義妹との交流なんて皆無だった。ぼろぼろだった自分を抱きしめてくれた曾祖父が亡くなり、学園の寮に入ってからも接触などは一切しなかったが、どう考えても何かを企んでいそうな状況に急いで義妹のことを調べてみれば、どうもおかしな薬に手を出して周りを巻き込み、王族に手を出そうとしているようだった。

 ふざけないで、と思ったがそれがソレイユ家の名の元に行われている以上、もはや実家が没落するであろうことはすぐに分かった。少しでも罪を軽くするため、そして何よりあの義妹の毒牙にかかるなんて可哀想すぎると思ったので何人かの男性たちには裏から義妹のことを見せて、正気に戻すという作業を地道に行っていた。この時はソレイユ家の屋敷を作り、趣味で隠し通路を作りまくった曾祖父に感謝しかなかったので、翌年の命日には曾祖父の大好物ばかり持ってお墓に行ったほどだ。

 その頃、何故かアヤトが目の前に現れては義妹について抗議を受けたが、正直、王族や高位貴族までかまっていられないので自分たちの能力で何とかしてくれ、と言うのを遠回しに言った覚えはある。遭遇する度に何かしらを言われたので、憧れはムカツキに変わり義妹の件が済んだら二度と会うもんか、と心に誓った。

 もっとも、没落決定の子爵家の長女と公爵家の嫡男であったアヤトが学園以外で会う確率なんてほとんど無きに等しかったので、学園さえ去ってしまえば二度と会うことも無い。アヤトにとってあの義妹の身内など憎悪の対象か、もしくは記憶の片隅に残しておく価値さえ無い人間だと思っていた。

 

 あの夜、全てが終わって、明日には自分で自分を買って自由になれる、と思っていたその時までは。


 何故かいつもの外面重視の笑顔を剥がして必死な表情で現れた彼は、口を開いたその瞬間から女性言葉を一切忘れていた。外見女性なのにその言葉使いは完全に男性のソレだったので、違和感が半端なくあり、思わず笑ってしまった。その笑いに反応してさらに乱暴な言葉使いになっていった彼とは対照的にどんどん冷静になっていく自分がいた。どうせ最後なのだから、そのケンカ、買ってやろうじゃない、という心意気で挑んだ結果、最終的に逃亡したのは仕方が無かったと思う。

 

 だって、言い合いをしてケンカをしていたはずの自分より女性らしい綺麗な男性が、目が覚めたら隣で寝ていたのだ。悲鳴を上げなかったあの時の自分を褒めてあげたい。

 

 そして、逃げ出したのも仕方なかったのだ。目が覚めて自分を見たらアヤトはきっと嫌な顔をする。こちらを見る目に少しでも嫌悪の感情があるのを見るのは嫌だった。どうせ最初から二度と会うつもりも無かったのだ。彼が昨夜、追いかけてきたのは想定外の出来事だったが、ここで逃げて行方をくらませたところで何の問題も無いだろう、そう思って急いで花街に逃げ出した。

 花街の上役たちにかくまわれつつ吉祥楼のオーナーとして勉強させてもらい、気が付けば自分も上役の1人となっていて薬師ギルドとの定期連絡会に出席しなければならないと知った時は、パメラに泣きついて行ってもらった。引き換えに全部暴露させられたのだが。暴露、というか愚痴、というか…パメラには呆れられたが、その後も何も言わずに出席し続けてくれていたパメラには感謝しかない。そのパメラから、アヤトが気にしているようだ、と教えられた時は、正直、困惑の方が強かった。

 彼にとって自分はあの義妹の姉で、どうでもいい存在だと思っていたから。どうでもいいどころか、視界に入るのも嫌な存在だと思っていた。だからこそ、いつも会う度に嫌な顔をして話しかけられたのだろう。パメラには何度か、


「ユーフェは自己評価低すぎよ。まぁ、初手でしくじったアヤト様が悪いんだけど」


 と言って呆れられていたが、あのアヤトが自分に執着していると言われてもピンと来なかった。

 あの夜はきっとお互いに自分の感情を持て余していただけだ。売り言葉に買い言葉で……というわけでは無かったと思うが、告白はされていないしこちらもしていない。出会い頭の事故として処理するにはちょっと思い入れがありすぎる相手だが、会わなければこちらは忘れなくてもあちらは忘れてくれるだろう、と思っていた。

 まさか、こうして謝られるとは思ってもみなかったが、謝ることでアヤトの心が軽くなるのならばその謝罪を受け入れて何事もなかったように振る舞うだけだ。

 ユーフェミア自身は一生の思い出としてしまっておくつもりだが、出来ればこれ以降は節度ある良好な関係を築いておきたい。セレスの作ってくれる薬の効き目は大変良いし、化粧品も使い続けたい。セレスの師匠であるアヤトにもお店などで出会う機会が多くなるだろうが、何事もなかったつもりで平常心で接するのみだ。

 

 自分の心が切なくて痛んでも、それは隠し通す。


 自分を隠すのは得意だ。幼い頃からずっとそうして生きてきた。屋敷の片隅で、寒さと傷と飢えに震えながら生きてきたあの頃からずっと。感情が爆発したのはアヤトと言い合ったあの時だけ。

 目の前の人に会うのが怖かった。もう一度、感情を引き摺り出されるのではないかと思って怖かった。憧れて、好きになってしまった人だから、自分の感情が暴走するのではないかと危惧していたが、あんなことはもう二度としない。何の感情も浮かべず、貼り付けた接客用の笑顔で接するべし。ただこれを貫くだけだ。


「アヤト様、本日は少しご相談があって来たのです。あの時のことはもう無かったことに致しましょう」


 笑顔でそう言い切ったユーフェミアにアヤトがぴくりと反応した。


「……無かったこと…?」

「はい、そうです。今の謝罪を私が受け入れて終了です。アヤト様にとって私があの夜のことを覚えていること自体がご不快かも知れませんが、それは私の記憶内のことですのでお許し下さい。ですがあの時のような振る舞いはいたしませんので…」

「イヤだ。断る」

「…え…?」


 先ほどまでの雰囲気が一気に変化して、アヤトからピリっとした空気が流れてきた。


「アヤト様?」

「無かったことにはしない。謝ったのは、あの時、強引にしてしまったことに対してだ。貴女のことをもっと知って最初から口説けばよかったんだ。この10年間で自分の感情とはしっかり向き合った。貴女のことが忘れられなかった。行方不明になって、やっと見つけたと思ったら花街に保護されていて手出しが出来なくておまけに私は出禁までくらって…。薬師ギルドの長になってようやく定期連絡会の時だけ出入りを許されたのに貴女は絶対姿を現さなかった。それが今日、ようやく正面から会えたと思ったら無かったことにしようとかふざけた提案をしてきて…。もうぐちゃぐちゃ考えるのは止めた。本気で口説く」

「ア、アヤト、様??」


 言葉がすでに女性口調ではない。それどころか怒っているようにしか見えない。

 怒らせた?でもどこら辺で?無かったことにしようとしたから?でも、それがアヤトの望みじゃないの…??それに口説く、とか言われてるんですが、相手は私ですか……??

 色々な考えが一瞬にしてユーフェミアの頭の中を巡った。


「あの…口説くって言うのは…私を、ですか??」

「貴女以外にはいないな。10年前のことも含めて、私のことは全て覚えていて欲しい」

「えーっと、その、あの…、あ、私、長い髪の毛の男性は嫌いです!!」


 我ながら良い提案だと自画自賛。アヤトが昔から髪の毛を伸ばして大切にしているのは有名な話だ。先代の国王陛下が何を言っても切る気はないと幼い彼が宣言したことも誰もが知っている。髪の毛が長い男は嫌いだと言っておけばこれ以上、口説いてくることもないだろう。


「……10年前は、さらさらしてて好きって言ってくれたんだけどね。まぁ、いいさ。貴女が嫌なら切ろう」


 そう言ってアヤトは首の後ろくらいで一つに纏めていた髪の毛を近くにあった短剣で躊躇なくバサッと切った。

 はらり、と短くなった髪の毛がアヤトの頬にかかる。


「まだ長いな。うっとうしい、もう少し短くしてくるか。でも、今はこれでいいだろう?」

「………」


 アヤトの思いきりのよさにユーフェミアが唖然としてしまった。

 10年前、さらさらしてて好きって言った?どのタイミングで?あ、何となく覚えがある。あるけど、それを言った時はお互いの身体がぴったりくっついていた時だったような…ダメ、思い出すのは止めよう。


「さて、ユーフェミア。10年前は意識がちょっと飛んだりして記憶が曖昧だろうから、一からやり直しだ」


 いつの間にか向かいのソファーに座っていたはずのアヤトがユーフェミアの隣に来て、彼女の髪の毛を一房手に取り、それにそっと口づけていた。





「…そろそろ文句の一つも言った方がいいかしらねー」


 セレスの店に来たパメラが薬師ギルドからの使い走りと対面しているセレスを眺めながら呟いた。

 ユーフェミアがアヤトの元に行って音信不通になってからすでに3日ほど経つ。この分だとまだ当分帰ってきそうにない気がする。


「お待たせしました。パメラさん」

「あら、大丈夫よ、セレスちゃん。それよりさっきのは薬師ギルドの子?」

「はい。本当は今日の午後からお姉様と約束があったんですが…”お姉様”が”お兄様”になって”お姉さん”と色々あってしばらく取っていなかった休暇に入ったそうです、意味が分かりません」


 首を傾げたセレスにパメラは思いっきり笑った。


「そうねぇ、意味が分からないわよね。ま、あと7日もすれば出てくるんじゃないかしら?」


 約束(?)は10日くらい、だ。アヤトだってそんなに長い合間、薬師ギルドは空けられないだろうから、ぜひとも10日で帰していただきたい。

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― 新着の感想 ―
よーし!次は弟じゃあ!
[一言] フィクションでまれによくある『髪の毛バッサリ』。 剛毛の民の髪ではカッコよく出来ないんだ…… 刃物が途中で止まってしまうので…… いいなあ、カッコつけられる髪質で。
[良い点] 【『ウィンダリアの雪月花』を束縛してはならない、虐げてはいけない、何事も望むままに。』 の不文律は王家と侯爵家に対する戒めだ。】  ⇧が有るのでセレスの自由が約束されてるのが良い!! 溺…
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